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ゴッド・リコレクションーー神と魔王の再進撃――  作者: 紅葉 紅羽
第一章『失墜と滅びから、今』
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第三話『英雄』

――逃げる以外の勝ち筋はない。それは、あまりに明白なこの戦いの前提条件だった。知略を尽くし、どのような手を使っても生きてこの場を凌ぐことが、カヴォイに与えられた至上命題だ。

「く……おおっ!」

 振り下ろされる棍棒の一撃をどうにか横っ飛びで回避し、崩れそうになる体制を何とか踏ん張って立て直す。躱してもなおその風圧はすさまじく、集中を切ればすぐにでも吹き飛ばされてしまうだろう。……そうなった場合、どうなるかなんて火を見るより明らかだ。つまり、この空振りの後隙の間に少しでも距離を取るべきで――

「グ……ロアアッ!」

「……ッ⁉」

 後ずさろうとした瞬間、怪物が足踏みを一つ。――その振動で、地面が波打った。踏み切ろうとした足が逆に突き上げられ、のけぞるような形でカヴォイは空中に打ち上げられる。

「まったく、どんな怪力だよ……‼」

 悪態をついて、カヴォイは地面に暴風を叩き付けた。その反動で落下の勢いを相殺し、着地後すぐに怪物へと突進、懐に潜り込もうと試みる。

「……風よ!」

 走りながら、さらに風魔術を展開する。カヴォイを包む風がさらに勢いを増し、そのスピードはすでに常人の至る域を優に超えようとしていた。それを見た怪物が迎撃のために棍棒を構えるが、それよりもカヴォイが股下に滑り込む方が先だ。……そして、それが勝機だ。

「…………爆ぜ狂えッッッ‼」

 叫ぶと同時、今までカヴォイを取り巻いていた風が解き放たれる。『風の羽衣』という決まった形のもとに圧縮され、怪物にすら追いきれない速度をカヴォイに与えていた風が一斉にその任を終え、ただの暴風として炸裂するというのは、すなわち――

「ゴ、アアアッ⁉」

ーー自然の猛威が、街道に解き放たれたということだ。

 カヴォイを爆心地として風が荒れ狂い、周囲のすべてを抉り取る。地面は削れ、根を張っていた植物はあっさりと吹き飛び、棍棒の一撃で削り出された大岩でさえも悠々と吹き飛ばす。そしてそれは、怪物にも例外なく襲い掛かっていた。その巨躯は高々と宙を舞い、初めてであろう不安定さに怪物は叫びをあげ、じたばたと手足を振り回している。魔力の圧縮と解放、少ない魔力量で最大の結果を出すための、最高難易度にして最適解。一歩コントロールを間違えば、自分すらも傷つける諸刃の剣――

「……魔術の扱いには、自信があってね!」

 醜態をさらす怪物をにらみ、カヴォイは強気にそう言い放つ。何せもう数えきれないほども前から、カヴォイは神秘に触れてきたのだから。……故に地上の者共よ、努々忘るるな。

 ……いかに力を失ったとて、この世界のすべての魔術の祖は、カヴォイであるのだということを。お前たちが紡いできた魔術文明は、全てカヴォイの後追いであるということを。

 ……その神威を失ってなお、魔術においてカヴォイを人間の尺度に当てはめるのは、あまりに愚かなのだということを。

「ガロアアアアーーッ‼」

 轟音をあげながら、怪物は地面に帰還する。当然受け身などとれるはずもなく、ぐしゃりと骨が歪む音と怪物の悲鳴が重なって街道に響き渡った。体勢を見るに、右足はもはや使い物にならないだろう。むしろあれほどの高さから無防備に落ちて死んでいない方が規格外というものだが、しかし生死はどうでもいい。

「……勝負あり、だな」

 足は折れ、それ以外にも落下で多くの傷を負っている。最早獲物を追いきる力などどこにもないと、確信にカヴォイは背中を向けて――

 ――確実に、気が緩んだ。

「ガ……ルアアアアアアアアッ‼」

「な……っ⁉」

 咆哮とともに、地面が揺れた。先ほどの足踏みとは比にならないほどに強く、そして激しく、衝撃が地面を蹂躙する。その猛威にカヴォイの足がとられ、受け身も取れずに全身をしたたかに打ち付けた。――聞こえてはいけない音が、自分の中から聞こえた。

「か……ッ」

 肺から強引に空気が押し出される感覚に視界がかすみ、全身を襲う鈍い痛みに脳の回転が妨げられる。何が起きた。分からない。分からない。分から、ないと。分かれ、ないと。

「死……っ」

 気力を振り絞って、首だけをどうにか怪物の方へと向ける。その折れた右足は変わらず、それをかばうように構えられた棍棒のありかも変わらない。……しかし、一つだけ、はっきりと変化している部分があった。

「……ま、さか」

 それを見て、カヴォイは一つの結論にたどり着いた。それは鈍い思考の中でも分かるくらい明確で、そして分かってしまえば、馬鹿馬鹿しいくらいに簡単な種明かしだった。……ただ無意識に切り捨てていた、それだけで。油断していたと、ただそれだけの馬鹿馬鹿しいミスで。

「……てめえも、魔術を……‼」

片足がへし折れてもなお、こちらをにらみつける怪物。……その濁った瞳は、青みを帯びて発光していた。

 ――確かに、カヴォイは誰よりも魔術を知る者だった。誰よりも魔術に触れ、その多彩な可能性を理解し、引き出せる者だった。――しかし、戦士では、なかった。故に、見誤る。戦いの終わりを、怪物の執念を、見誤る。……そして今、ようやく理解した。

 この怪物は、決して命を逃すことなどしないのだと。たとえ己の体がひしゃげようとも、カヴォイの命を消し飛ばしに来るのだ、と。

「……ははっ」

 乾いた笑みが漏れる。怪物の執念への称賛か、はたまた愚かな自分への嘲りか。……きっと、両方なのだろう。どっちにせよ言えるのは、カヴォイは敗北したということだけだ。

「グ、ラアアア……ッ」

「……おいおい、冗談きついぞ……?」

 右足が折れているというのに、怪物は棍棒を杖代わりにしてよたよたと立ち上がる。……見れば、全身に浅くできた傷はもう塞がろうとしていた。

「……自己再生まで持ってるとか、予想外にもほどがあるな……」

 傷さえ癒えなければまだ逃げの一手も打ちえただろうが、それすらも潰えたのならばもはや逃げる希望はない。なんせカヴォイの体は、意思に反してロクに動いてくれやしないのだから。

 ジンジンとした全身の痛みが思考を常に焼き、息を吸うたびに肺が痛む。きっと肋骨の一本や二本は折れているだろう。這いずるようにして距離を取る気力すら、もう湧いてこない。『逃げろ』と、本能はこんなにも叫んでいるのに。

『こんなところで終わってはいけない』と、魂が絶叫しているのに。

 ――人間の体は、あまりにわがままだった。

「か……ははっ」

 吐息なのか、笑い声なのか、ともかく声が漏れる。そんな些細なことですら命がすり減らしている気がして、自分の無力さを改めて痛感する。そして、実感する。

――この世界で人間として生きることが、あきれるほどに難しいということを。

「…………く、そ」

 悪態をつくのにもこのザマだ。息を吸うのにも一苦労で、最期の一言すらままならない。そうしているうちに、頭上まで怪物の巨躯が迫っていた。棍棒を杖代わりにすることすらなく、しっかりと己の:両足で立ってこちらを見下ろしている。

「ゴ……ルアアッ!」

「……はいはい、おまえ、の、かちだよ……」

 勝ち誇るようにうなり声をあげる怪物を見上げ、あきれたように頬を吊り上げる。せめて視線は外すまいと、しっかりその瞳をにらみつけながら。それは、カヴォイの最期の意地だった。その意地も、ここにきた理由も、カヴォイの意思も、もうすぐもろとも打ち砕かれる。カヴォイの物語に終止符を打つ棍棒が、無情に振り下ろされて――

「……時よ」

 ……聞き覚えのある声が、耳朶を打った。瞬間、世界が悲鳴を上げる。振り下ろされた棍棒はスピードを失い、のろのろと動いて一向にカヴォイのもとへとたどり着かない。その不可解な現象に、カヴォイの思考は混乱する。悔しさのあまり都合のいい幻を見ているのかと、自分の諦めの悪さに呆れそうになって――

「……『傲慢な時計』」

 続いた詠唱に、カヴォイは目を見開く。その視界の隅を、何者かが通り過ぎた。

「やっと見つけたよ……こんなでかい図体で、どこに隠れてたんだか、ね!」

……それは、不可解な光景だった。一人の男が、超高速で怪物に迫る。しかし、その姿を追うことはできない。点から点へ、まるで途切れ途切れの映像を見ているかのように、一部分しかその動きを、追うことはできなくて。

 ……なのに、怪物が切り刻まれていく様はあまりにも鮮明に、よく見えた。あまりに直線的な突進、しかしそれに怪物は反応できない。……いや、その表現は不適切かもしれない。

 確かに反応はしているのだ。棍棒は振り下ろす軌道から突進を防ぐための構えに転じ、飛び退って攻撃を捌こうと足には力が込められている。……しかし、そのすべてが遅すぎるのだ。あまりに緩慢で、防御態勢が整う頃にはもはや全身が切り刻まれている。……そのあまりに不可解な攻防のトリックを、カヴォイは知っていた。

「……時間制御」

 それは、痛みを伴う記憶。一つの魂に譲り渡した、己の権能。取り落とした神威、その欠片――

「……ま、こんなもんかな」

 全身から血を吹き出し、怪物がゆっくりと倒れ伏す。その決着はあまりにもあっけなく、もはや戦闘とも呼べないような出来事だった。そしてそれを見つめる人物には、傷はおろか返り血一つ見当たらない。

「……お前、は」

 声を、絞り出す。手に力を籠め、砂利を掴むようにして体を起こす。突如現れた存在を引き留めようと、全霊をもって手を伸ばす。

 ……そして、その思いは成就した。

「……驚いた。あれと対峙して生き残ってるなんて……見たところ、騎士団の人間でもなさそうだ。街中でも……見ない顔だね」

 驚きに目を見開き、こちらに手を伸ばす黒髪黒目の少年。……ああ、忘れようもない。忘れたくても、忘れられるはずがない。

「……とりあえず、自己紹介を。俺は黒乃。坂宮黒乃だ」

 ……歴史に名を刻む『英雄』の一人が、目の前に立っていた。

ようやく物語も加速してきました。ここからもどんどん書いていくので良ければ次回も見ていただけるととても嬉しいです。

 次回も明日の五時ごろ投稿予定です。物語はまだまだこれから!

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