オーバープロテクティブ ( 過保護 )
早期妊娠検査薬EPTの陽性反応の証しは、ものの数十秒ではっきりと出てきた。妊娠すると女性の身体の中では赤ちゃんを育てるためのhCGホルモンが出産まで出続けて尿にも現れるのを捉える検査で、妊娠4ヶ月にもなるとかなりはっきりと分かる量になるので試薬の反応も明らかでかなり正確だ。
タチバナにLINEしようとしても手が大きく震えてくるように感じ指先にうまく力が入らなくなってきて自分の身体をコントロール出来ないエミは、目が開いているのによく見えないほどのストレスがあることを知った。
タチバナのLINE既読がつかないことでますます不安は深くなり、エミは生まれて初めて訳のわからない声をあげていた。
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その頃タチバナは、一人でアジアンbarに来て初めて会った時に意気投合した30代後半の女ともう3時間も飲んでいた。女はアジアが好きでこのbarのタイ料理やベトナム料理に使われている現地と同じソースや香辛料が容赦なく美味しいので定期的に来てしまうという。
何度も会って意気投合した事でホテルに行く仲になっているが、この10歳ほども年上の女はべつに結婚を迫って来る気配もないし自分という生き方を持っていて若い女のように人生丸投げで男に頼ってこないので、誰からともわからないブラックメール攻撃で病みかけているタチバナにとってはこの女といる時はストレス無しに何でも話せるとても心地良い時間の過ごし方になっていた。
’今夜も時間あるの?‘
‘あるよ’
’私はあと4時間くらい付き合えるわよ‘
‘そうなの?’
’もう一杯飲んでから、行こうか‘
‘うん、僕ももう少し飲みたいかな’
’まだ嫌がらせメールはくるの?‘
‘もうメールもLINEもSNSも一切見てないんだ…’
女は、大切な連絡が取れなくて困ってる人とか居ないの?、と聞くのをわざとやめた。この男とホテルで気持ちよく過ごしたいから。年下の男と関係を持つのは初めてだが、やはり年上の頑なな心と老いた肌の男とは違い、女として優しい気持ちになれる。このままこの男との関係を無くしたくないのでよけいな会話は出来ないな、と思っていた。
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エミはしばらくして落ち着いて、ソファに座らずフローリングに寝転がってぼんやりと部屋の天井を見つめていた。
なんでこんなことになっちゃったんだろう、と夏休みにタチバナと出会った日のことを思い出していた。
今ここにタチバナが居て一緒に妊娠したことを悩みながら結婚のタイミングなどを相談するのが本当だと思う。
‘相談するって、なんだろう。いつも物心がついた時からずっと父さんも母さんも何を相談しても‘エミの思うようにしていいよ’というだけ。ユリ姉だってそうして周りの友達の意見とか自分の判断で調理師になったけど、もう辞めることになった。今どうしているんだろう…。私はいつもはサイト「守破離」に相談してるけど、あれも結局は小説を読んで自分で判断するんだもの…。妊娠したことも、父さんも母さんも好きにしていいよ、って言うの? 高校はどうするの…? 親って!勝手に私を産んどいて、もう助けてもくれないの? 父さんも母さんも、自分達は親から厳しくされて嫌だったから、って言うばっかりじゃない…。私には頼りになる保護者もいないのにもうお腹の子の保護者になるの?!’
エミの両親はとてもよく似た家庭環境で、老後まで安定した仕事を持つ父と専業主婦の母がいる家庭の子供として大学を卒業するまで金銭面には不自由なく守られていた。ただし家庭内での子供からの反抗は厳しく対処され決して許されなかったので、精神的に支配された子供のまま穏やかなふりをしながら欲しい物を手にする、ということを受け入れて大人になっていた。
2人とも親に保護され過ぎて脱け殻になったままの大人でもあり、いまだに学生時代に自由に出来なかった家庭を築いていた親たちをどこかで恨んでもいた時期に出会って結婚した。
エミは家主が帰ってこないタチバナの部屋で一人で受け止めきれないような事実に向き合うしかなく、Webでティーンエイジャーの妊娠に関する検索をして上がってきた、公園のトイレや一人暮らしの自分の部屋のトイレで仕方なく出産する若い女の子の問題記事のいくつもを他人事と思えずにじっくりと読んでいた。