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秘匿案件

一人で試したエミのEPTの結果は、青のラインがぼんやりとしていてプラスマイナスだったのであと1週間はなんともいえない状況ということで、教室での授業もテスト前勉強もまるで他人の人生の出来事でしかなく、脚が宙に浮いたような感覚が続いていた。


エミの母親は、毎朝目が覚めるとキッチンでお弁当を作りながら4人分の朝食を作りテーブルに並べ、皆が食べ終わると片付けて食器や調理器具を洗い、夕食で同じことを繰り返すまでの時間のうち4時間を非正規雇用者としてパート業務する、そんな毎日をもう15年以上も続けて暮らしている。


エミの父は、就職活動がすべて不採用になってニートを経験したあと祖父と同じ職場に中途採用枠にコネで入り、市の事務系職員をしているが、財務課などには異動したことがない非エリートで有給休暇や特別休暇を余すことなく使いながらのんびりと生きている。


エミの姉ユリは、高校を出ると調理師の専門学校に入り無事に卒業して自分で選んだ温泉地の老舗旅館の調理場に就職して半年、今は、思っていたのと違うと感じてなんとか辞める機会を探っている毎日だと母には言っているという。


幼い頃からエミは姉のユリから自分のことを聞かされた記憶がなく、いつもエミの方から願い事や相談を持ちかけては相手をしてもらったり適当にあしらわれて喧嘩になったりで、本当はユリがどんな女の子だったのかは今でもよくわからない。


家庭のことに興味がない乗り鉄の父を頼りに出来ない母は、ずっと姉のユリに幼かったエミの子守りや細々とした家事手伝いという家庭での役割を担わせてきたが、自分もそれなりに我慢してパートのオバサンという役と二人の子どものお母さんという役をやっているので、ユリの子供らしい甘えや青春を奪っていたことには全く無頓着で無関心だった。


職場で人気者の父は趣味仲間達と有給休暇をうまく使ってしょっちゅう全国を旅しているが、母にもお気に入りの人気俳優がいて彼がでる映画だけでなく全国の劇場に駆け付けて芝居を見たりTwitterでファン仲間を作って一緒に収録ロケ地に見に行ったり聖地巡礼と称して旅したりして自分のパート給与をすべて注ぎ込んで楽しんでいる。


こんな両親に、高校生の自分が教師の子どもを妊娠したかも知れないと相談することなど、まさしく馬鹿げているとエミはよく分かっていた。


エミはタチバナといるときだけは親友もいないつまらない学園生活も不安な将来のことも考えずに済むので、どうしても放課後は彼のマンションに足が向いてしまう。


部屋に入ってもう4時間、今日はもう夜の8時なのにまだタチバナはマンションに帰ってこないしLINEの既読もつかないのでエミはもう帰ろうかと思っていたところ、玄関ドアのカギを空ける音がした。


見た感じアラサーくらいのセミロングの巻き髪の女がリビングに入ってきて、驚くエミの顔を興味深げに見て話しかけてきた。


’あら、こんばんわ‘

‘…。’

’あなた、エミさんよね?‘

‘?’

’あ、私、まあ、元カノ。‘

‘…。’

’うちには置いとけないPCを置いてたんだけど、ちょっとま要るんで取りに来たの‘

‘…。’

’タチバナはカギ、何人かに渡しちゃってるから、ここでヤらない方がいいわよぉ‘

‘!’

’あ、じゃあ、カギはかけて帰るからそのままで‘

‘…。’


左手に指輪をした女が普通にサバサバと語るのを初めて見て、エミは不思議と腹が立つことも不安になることもなく大人の世界の多彩さと深さを感じた。


タチバナと既婚者の元カノの関係がどうであれこれからも続くだろうし、いきなり入ってきた女と2人きりの時間を持ったことでエミは自分も将来、結婚相手以外に付き合ったことがある相手が欲しい、と思った。


あと1週間してもう一度EPTの結果を見てからタチバナに子どものことを話すことにして、もしも自分のお腹に新しい生命が生きたいと願って存在しているならば殺すことなど出来るのだろうか…。


ネット上にはいくらでも情報が現れる。


~オスとメスが交尾するのは子孫を残すためだけの行為であるが、

楽しみとして交尾する人間の場合は母乳がでる女だけが8ヶ月の妊婦期間だけでなく出産後も専属で乳児を育てる役割が社会から与えられている。

日本でもどこでもお金と社会的地位の無い男との間に子どもを産むのは女にとってあまりにリスクが高いのだが、

現代のタイ、フィリピン、インド、アフリカなどでは12歳前後の母親も珍しくなく祖母や祖祖母らと一緒に子育てがおこなわれる~


もし、本当に子どもができていたら母や父はどうするだろうか。


学校の対応はどうなるのだろうか。


タチバナは、どうするだろうか。


エミは中1まで子役をしていたので「秘匿案件」とされる仕事をたくさんしてきた。

有名人が知らない家を急に訪ねるハプニング、の家族役。

人気歌手のイベントに群がる子供たち、のサクラ。

問題行動を繰り返す子どもドキュメント番組、の病児役。

現役議員に難題を詰め寄る子どもニュース、の台本通りの子役。

いじめの現場の隠し撮りスクープ、のいじめられる役、…などなど。


エミはこんな仕事をしたことで、

大人の作り事の裏を見て、それを信じて大騒ぎする人々を見て、夢を失くしてしまっている部分もあるが逆になんとでも形を作れるということも知っている。


エミのエックスデーまでは、あと1週間、

タチバナは今夜は9時を過ぎても自分のマンションに帰ってこなかった。
































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