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弱者の覚醒

決められたカリキュラムを同じ年に生まれた多くの他人と同じタイミングでこなすことで卒業というクリアした証明書取得を目指す難易度の低いゲームである高校生活は、途中退場やリタイアなど無駄で大損でしかないと誰もがちゃんと知っている。


ところがエミは2ヶ月前から生理がなく、思えば疲れやすくなっている気もするし階段で目眩がしたこともあり、近頃は好きなラーメン屋の匂いが気持ち悪く思えるようにもなって、いつも妙に身体の芯が熱いようで次第に心配になってきた。


小説の主人公キリはどこかの田舎で大人達にセッティングされた堕胎手術を受けたのだろうが、もしもの時でもエミには相談する相手は教師のタチバナしかいないのだ。


もとよりエミには留年することも退学することも想定になく、つまらない毎日がタチバナとのセクシーな逢瀬で俄然深くて重くて熱い日々になったことに酔っていたが、卒業は人並みに終えるものだと信じて疑ったりしてこなかった。


Web検索でいくら調べても未成年のエミが誰にも知られないように一人で産婦人科で堕胎手術を受けることは出来そうにないのだが、2人の関係を表に出すことはタチバナの失職を意味するので、エミが手に出来るはずの安定した憧れの‘衣食ショッピング趣味不倫つき主婦’になれる結婚が出来なくなってしまうことになる。


エミは教師を彼氏に持つことで、学内で偉そうに発言しているセンセイと呼ばれる大人達が世間の最高学歴者層の住人でもなく日本のティーンエイジャー教育に熱意を持つ人達でもないことを知ったので、万が一高校生のまま母親になるならば今の自分を守るのは自分自身しかいないのだと悟った。


エミは生まれて初めて、大人のタチバナがすでに入っている日本社会のことを少しでも調べたいと思ったのだが、何という言葉を入れて検索したらよいのかさえわからないことに初めて気がついた。


たとえばタチバナに何ひとつ物を知らない可愛いおバカキャラを演じて聴くという手もあるが、母親になるのならタチバナとは夫婦対等でいなければと思うので本当に何もわからないことに恐怖さえ覚えた。


どうやらネットによれば、近年の日本の大人達の経済的格差はすさまじく、温かい人間関係と十分な物資に恵まれた環境で生まれ育ったまま老後までいけるような幸運な人たちはほんの一握りで、その人たちでさえ社会への対応をどこかで一つ間違ったり不運な何かに遭遇してしまったりした途端に、恵まれた境遇から簡単に引きずり下ろされてしまうものであるらしい。


エミは大人の裏切りや嫉妬、憎悪の怖さをまだ知らないが考えを顔に出さない傍観者の一人でいることの楽さとお得さは小学生の頃から知っている。


実はタチバナは、処女だったエミが近頃は恥じらいや軽い拒絶を失って自分からさっさと素っ裸になったり何も着ないままで色気なく部屋の中をウロウロしたりするわりに、抱くといつも仰向けに寝たまま棒のようにじっとしていて反応がないのがいい加減つまらなく、明らかにエミには飽きてしまっていた。


エミが18歳になるまではあと4ヶ月卒業するまではさらに9ヶ月、なんとか職場である学校には秘密のままで時が過ぎるようにとタチバナは祈りながら注意深く態度を保ってエミの相手をしていた。


学校ではタチバナとエミの関係を表すような些細な目配せや交わしたあとに同時に外す視線を見逃さなかった人間が、職員室には2人クラスには1人いたのだが、みな自分が話題にすることで面倒なことになるのを嫌い、何も知らないエキストラのようにタチバナともエミとも関わらない選択肢を過ごしていた。


いつものように預かっている合鍵でタチバナのマンションに来ているエミは、いつものように裸のままで冷蔵庫からジュースを取ってきて飲みながら、済ませたあとはいつもさっさとホームウェアに着替えるタチバナに尋ねた。


’大学に進まないで就職したらどうなるの?‘

‘毎日決められた仕事するのさ’

’大学を卒業してから就職したら?‘

‘それでも毎日決められた仕事をするんだよ’

’いつまで?‘

‘65歳か70歳か、日本政府が決めた年齢までさ’

’その後はどうするの?‘

‘バイトでも探すんだろな’

’老人は何もしないの、年金で旅行したりして皆な遊んでるじゃない‘

‘僕たちは無理さ、老人の数が多すぎてお金が底をつくか破産するだろからね’

’誰が破産するの?‘

‘この国の仕組みだよ’

’私たちはどうなるの?‘

‘2000万円持ってない人間はホームレスになるんだ’

’2000万って誰がくれるの?‘

‘結婚したら夫婦2人で働いて毎月貯めとくんだよ’

’子どもは?‘

‘何人もいたら家庭が破産だな’

’結婚しない人もいるよね?‘

‘なんだか、今日は大人みたいなことばかりきくね、帰るまではまだ1時間あるよね? もう一回しようか?’


エミは、自分だけ服を着たタチバナの笑顔がなんだか嘘臭くて知らない男に見えて、何度裸を抱かれても、すぐに終わって少し痛いだけで、済ませてさっさとシャワーに入って服を着るタチバナには心の底から心配している妊娠のことはまだ口に出来なかった。


オッパイを思い切り揉まれ過ぎると細くて弱い筋肉がプチプチ切れて若いコのオッパイでも年寄りのように乳首の位置が大きく垂れ下がる、というネット記事を思い出したエミにはもはや、タチバナのことは自分だけ喜んで楽しんでる勝手な男に思えてきた…。



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