七話
————しかし、考えさせて下さいといって考えたからと言って良案が都合よく浮かんでくれる筈もなくて。
「分かりました」と返事をし、ドゥガさんが部屋を後にしてくれた事をいいことに、数十秒と悩んだ後、設られていたベッドへと私はダイブした。
流石は公爵家の調度品というべきか。
ふかふかで心地の良いベッドだった。
だから思わず、ぱたぱたとバタ足させる私だったけどもそれも刹那。
「……まぁ、私の知る〝ドラゴン〟なら悪いようにはならないだろうけども」
動きを止め、うつ伏せた状態のまま、私はぽつりと呟いた。
「それに、公爵閣下の事も気掛かりなんだけれども」
ここで言う気掛かりは、呪い————その効果。
当人は何でもないような態度を取ってはいたけれど、あそこまでの呪いともなれば目に見える形で呪いの害を受けている筈だ。
彼の性格からして、何事もないと振る舞っているのであれば、それは少々のものではなく、他の誰かが目にしてしまえば心配に値するものであると分かっているからか。
兎も角、あんまり時間は掛けてられない。
それが私が出した結論であった。
「……にしてもまさか、私がこんな事をしようと思う日が来るとは」
魔法師としての道を蹴り飛ばして、二度目の人生は出来る限りひっそりと。
そんな事を考えていた癖に、イグナーツ公爵閣下の話を聞いて急にやる気を出した挙句、〝ドラゴン〟にまで会いに行こうとしている。
隠しに隠してきた知識を余す事なく使おうとすらしている。
本当に、数日前の私とは別人なのではと疑ってしまう程の変貌具合であった。
……まぁ、理由は分かってるんだけども。
「……結局、割り切れてなかったって事なのかな。とすると、申し訳ないね」
自分の未練のような。
心残りを、イグナーツ公爵閣下を助けるという行為でもって精算しようとしているという事か。
自分の事ながら、少し、そこのところが曖昧で眉を顰めてしまう。
そして、目を瞑り、脳裏に浮かんでくる光景。
かつて『大魔法師』、『魔女』と呼ばれていた頃の記憶が鮮明に思い起こされる。
前世と、今生は違う。
そう決心していた筈なのに、たぶんこんな気持ちに陥る理由はイグナーツ公爵閣下と過去の私があらゆる面で似ている気がするからなんだろうなって思って、苦笑いが漏れ出た。
特に、何もかもを一人で抱え込んでいそうなところとか。
「……国や、民の為、か」
ドゥガさんの前ではあんな事を言っちゃったけど、いざ一人になって考えてみると私も滑稽な事を言っちゃってるなあって思ってしまう。
私がよく知る『魔女』呼ばわりされる事になった『大魔法師』さんも、丁度、そんな考え方をしていたから。
「まぁ、助けたいって気持ちは本心だけど、どうしても投影しちゃうよね」
過去の自分を、今のイグナーツ公爵閣下に。
そもそも、こうしてやって来た動機がソレなんだから、仕方がないといえば仕方がないのだけれども。
こうして半ば強引にやってきて、やる気まで出して、うんうんと唸る理由は、彼の境遇が痛いくらいに理解出来てしまった事実こそが第一だと思う。
ただなんとなく、風の噂で聞いていたイグナーツ公爵という人が昔の私のように不幸になって欲しくなかったのかなと思って、頭の中に際限なく思い浮かんでいた思い出を、身体を起こすと同時に彼方へと追いやる事にした。
「よし、決めた」
そして、結論を出す。
長年貴族として生きている老獪達のように、ぺらぺらと私の舌が回ってくれるわけもなく、結局、たどり着いた答えというものはどこまでも魔法師らしいもの。
「言い包められそうにないし、だったらもう、こそっとついて行こう」
ドゥガさんを説得が出来ないなら仕方がない。
ここは割り切って、こそっとついていってしまえばいいだろう。
たとえ途中でついて来ている事がバレたとしても、ついて来てしまえばこっちのもの。
本心から心配してくれているドゥガさんには悪いが、『大魔法師』と呼ばれた頃に培った知識を使って無理矢理にでもついていく。
そう、私の考えは纏まった。
……ただ、問題が一つ。
「……でも、ちゃんと魔法使えるかな」
懸念と言えば、その一点だけであった。
今生も魔法使いとして生きる気がさらさらなかった事もあり、魔法の鍛錬は殆ど行っていなかった。
勿論、使い方は知っているけれど、問題なく使えるかどうかと聞かれれば首を傾げずにはいられない。それが本音であった。
そして先程、時間をくれと言った際、ドゥガさんが退出した事を良いことに、私は部屋に設られていた縦長の鏡の前に立つ。
無理矢理にでもついていくならば、この魔法が必要不可欠。故に、今も問題なく使えるかどうかの確認を込めて、言葉を紡ぐ。
「〝ミラージュ〟」
〝ミラージュ〟とは、光の屈折を利用し、まるで姿が消えたかのように見せる隠形の魔法。
直後、目の前の鏡から己の姿が跡形もなくふっ、と消えた事を確認し、心の中でよしと呟く。
如何に前世の頃の話とはいえ、『大魔法師』などと呼ばれた身。
決してその技量は伊達ではないのだ。
来たばかりの人間が目に見えてうろちょろする事はあんまり褒められた行為ではないし、〝ミラージュ〟の効果時間を確かめがてら、人に見えない状態のまま散歩でもしますか。
そんな事を思いながら、私は部屋を後にした。