六話
「……ええ。一応、それが出来るのであればウェルツ山脈に足を踏み入れる事は許されるでしょうが……恐らく、現実的ではないかと」
「現実的ではない、ですか?」
なんとなく、力量云々を頭ごなしに否定しているわけではなく、それ以前の根本的な部分から来る否定であるような気がして疑問で返してしまう。
そして、それは間違いでなかったのか。
「力量を確かめるにせよ、ルシア様の相手を務めようとする人間がいない事は勿論、魔物を倒そうにも、閣下が常日頃より魔物の掃討を行ってらっしゃいますから」
だから、実力を示そうにも示す機会が無いのだと口にするドゥガさんの言葉にそういう事かと納得する。
けれど。
「成る程……っ、て、ちょっと、待って下さい」
ドゥガさんの発言に違和感を覚えた私は、慌てて待ったを掛ける。
次いで、先程口にされたドゥガさんの言葉を頭の中で繰り返し、抱いた違和感の正体を突き止める。
「閣下はあの状態、で、魔物の掃討を行ってるんですか……?」
呪いの効果は分からないけれど、あれが軽い呪いでない事は一目瞭然であった。
本来であれば、身体に負担を強いる行為はおろか、療養に努めるべきだろう。
にもかかわらず、魔物の掃討……?
どうして、止めないんですか。
そう目で訴えかける私の視線に気付いてか。
「……僕らは勿論止めたんですよ。ですが、閣下がまるで聞く耳を持って下さらないのです」
ドゥガさんは、諦念の感情を表情の端々に浮かべながら答えてくれる。
「元々、ロドリゲス公爵家は由緒ある武家。それ故に、王国の盾であり、矛とも言える役割を代々果たしておられます。実力が伴っていたからと言う前提条件はありますが、騎士団長を務めてらっしゃったのも、それが理由の一つでした」
代々受け継いできたお役目であるならば、簡単に放り出せないのも道理だろう。
けれどもそれは、呪いなどというものを背負っていなければの話。
何が悪化に繋がるかも分からない現状。
前世の記憶がある分、知識が豊富にある私が言うまでもなく、そんな行為は命知らずと罵って然るべき行いであった。
そもそも、だ。
「……守ろうとしている王国の民や貴族は、イグナーツ公爵閣下をよくは思っていません。これは、ロドリゲス公爵領に辿り着く以前から嫌という程耳にしてきた話です。……私には呪いを背負ったあの状態を押してまで、魔物掃討を行う理由があるとは思えません」
騎士団長としての立場であるならば、まだ分かる。けれど、私が聞く限り、療養の為と領地に引っ込んでいる彼は既に〝元騎士団長〟という立ち位置。既に、代役が立てられているなどという話も聞こえてくる。
通すべき義理はないんじゃないのか。
私はドゥガさんにそう言おうとして、
「そうですね」
けれど、言えなかった。
ドゥガさんが、あまりにあっさり私の言い分を認めるものだから、呆気に取られて言葉を続けられなかった。
「僕もそう思いますよ。事実、説得を試みようとした回数は両手では足りない程です。ただ、閣下はあの性格ですから、こちらの言い分には聞いてくれるだけで頷いてはくれないんです」
ルシア様も、もうご存じでしょう?
などと同調を求められたせいで、不意に思い起こされる彼との会話。その内容。
なんというか。
自分の事は二の次。
一言で言い表すとすれば、そんな性格であった。
「閣下はお優しいのですが、その、強情な部分もありまして。一度決めたら梃子でも動かないと言いますか。実際、使用人の件もそうでしたからね」
「……使用人?」
疑問符を浮かべる。
使用人の件とは、この異常に少ない使用人の数に関する事だろうか。
「この屋敷、使用人が少ないでしょう?」
「……それは、まぁ、そうですね」
触れちゃいけないと思って胸の内に仕舞い込んでいた事実をドゥガさんが笑顔で言うものだから、少しだけ戸惑う。
てっきり、使用人が勝手に出て行ったのか。
なんて思っていたのだけれど、ドゥガさんの物言いから察するに、そういう事ではなかったのだろうか。
「閣下の呪いに関しては、その、適当な事を言う輩が多くいまして。やれ、共にいると呪われるだの、災いを呼び起こすだのと」
それは違う————と、言いたかったけれど、あの呪いの禍々しさを考えれば、そう言いたくなる気持ちも分からないでもなかった。
「それもあって、閣下が気を遣われてしまいまして。多くの人間に殆ど強制的に暇を出させたのです。自分のせいで使用人にまで迷惑を掛けるわけにはいかないからと。なので、今屋敷にいる人間は、それを突っぱねた頑固者だけ、という事です」
ただ————。
「忠誠心が高いあまり、頑固に突っぱねたかったけれど突っぱねられなかった人間も少人数ながらいるのですが……今回は、その者達にこの件を話し、理解が得られたらその者達に一度ウェルツ山脈に向かって貰う、という事では駄目でしょうか」
私は間違いなくウェルツ山脈にはいかせられない。ただ、〝ドラゴン〟を頼るという発想自体はドゥガさんの琴線に響いたのか。
代役を立てて、向かって貰うでは駄目かと妥協点を提示される。
イグナーツ公爵閣下の日々の努力により、魔物を討伐して力量を示す選択肢はなし。
誰かに相手をして貰う選択肢も、殆ど使用人がいない上、イグナーツ公爵閣下自身がやろうと言い出しては敵わないので、それも却下。
とすると、私がどうこう出来る余地はなく、妥協点があるとすれば代役を立てるくらいのもの。
「……んん」
言い詰まる。
確かに、代役を立てて貰えるのであれば、良いようにも思えるけれど、それじゃだめなのだ。
〝ドラゴン〟と意思疎通をするなら、多分私がいなくちゃいけない。
一応、これでも〝ドラゴン〟から友呼ばわりされていた身。あいつらの気難しさは、私が嫌という程知っている。
だから、折角の知恵人に助けを乞うチャンスを無駄にはできなくて。
故に、確実性を重視して〝ドラゴン〟と面識のある私が行くべきなのだ。
「少しだけ、考えさせて貰ってもいいですか」