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一話

 ルシア・アルヴァルト。

 アルヴァルト侯爵家が次女である私には、誰にも打ち明けた事のないある秘密があった。


 それは、己がかつて『大魔法師』と呼ばれていた前世の記憶。

 民と国に尽くした果てに、王族と貴族諸侯によって、事実無根の虚偽のでっち上げにより忌むべき存在として知られる『魔女』に仕立て上げられ、国を追われてしまった哀れな魔法師の記憶があった。


 故に、私はひっそりと生きる事を信条としていた。


 やろうと思えば魔法師として今生も大成する事も出来ただろうけれど、そんな選択肢は真っ先に蹴り飛ばしてやった。

 生まれが侯爵家である事もあり、一応それなりに選べる立場。

 だから、己の婚約者も出来る限り田舎で二人、静かに暮らせそうな優しい人をと、吟味に吟味を重ねていた————のだが。


「……まさか、慎重過ぎる事が仇になるとは思わなかった」


 十五歳を迎えて間もない頃。

 予期せぬトラブルに見舞われた。


 端的に言うと、姉から婚約者を押し付けられた。


「というか、薄情にも程があるでしょう。散々私に自慢してたじゃない、お姉様」


 波風を出来る限り立てないで過ごしたい私とは対照的な性格をしているお姉様は、家格が高い人間に嫁ごう嫁ごうと試みていた。

 そして、姉に何かと甘い父の尽力もあり、現騎士団長兼ロドリゲス公爵家の当主でもあるイグナーツ・ロドリゲス公爵閣下との婚約を見事手に入れていたのだが。


「……にしても呪い、ねえ」


 強大な魔物を相手にした際に受けた呪いのせいで、イグナーツ騎士団長には全身に呪術のような気味の悪い紋様がびっしりと刻まれているらしい。


『……あんなバケモノに嫁ぐなんて、無理よ。無理。側にいると(わたくし)まで呪われる事になるわ』


 忌々しげに言い放たれた姉の言葉を思い返しつつ、未だ一度として会ったことの無いイグナーツ公爵閣下の事を思う。


 父曰く、その呪いを解く方法は見つかっておらず、解けるまでは自領に戻って療養しろとイグナーツ公爵閣下には命が下っているらしい。

 ただそれは、言葉通りの意味ではなく、彼の呪いによって不安が広がるから、顔を出すなという意味合いの方が強いのだとか。


 そしてあろう事か、我儘を地でゆく姉がイグナーツ公爵閣下との婚約を破棄したいと考えたが、相手は格上の公爵家。

 一方的に破棄とはいかず、それ故であったのか。

 姉が自分の代わりに私に嫁げと言ってきたのが少し前の出来事であった。


 あれだけ散々婚約者自慢していた癖に、不都合が生じたら一目散に手のひら返し。

 その一連の流れを前に、昔の己の境遇が幻視された。


「……周りの人間も周りの人間だよ。ずっと尽くしてくれていた騎士団長さんだろうに」


 父の様子から、イグナーツ公爵閣下が今はよく思われていない事は明白であった。

 父自身も、出来れば関わりたくはないと言葉はなかったものの、態度がそう言っていた。


 恐らく、他の者達もそうなのだろう。

 実際に呪いの程度を私は見ていないから何とでも言えるけれど、報われないなと思った。


 かつての己と同じで、報われないなって。


 きっと、だからなんだと思う。


 格上の公爵家相手に完全に白紙は難しいからと、私が自分の代わりになれと姉に無理矢理に押し付けられた時は、おいおいマジか。


 なんて思ってたけど、事情を聞いて私がその意見を覆し、分かりましたと告げて私がロドリゲス公爵領に向かおうと決めたのは、きっとそれが理由。似たような苦しみを、私は知っているから。


 だから、力になれれば良いなと思った。

 本気で婚約を代わる気は……あんまりないけれど、あくまで呪いを治す手助けをする為に。


 何より、この身はその道を蹴り飛ばしたとはいえ、元は『大魔法師』とまで呼ばれていた。


 呪いを解く力になれる可能性はたぶんそこら辺の人よりもずっと高い。


「————と、言ってる間に着いちゃったか」


 色々とひとりごちながら、歩いていた私の目の前には大きなお屋敷が一つ。

 アルヴァルト侯爵領から馬車で連れてきて貰ったんだけど、御者の方は呪いを過度に恐れてか。


 ある程度のところまでしか近付いてはくれなかった。だから、徒歩。


 特定の個人に掛けられた呪いが、流行病のように移るわけもないし、そのせいで身体が蝕まれる事はあれど、不幸が訪れる。

 なんて事もないのに、といってもあの様子だと信じてはくれないだろうなあって思ってあえて指摘する事はやめておいた。


「……何の御用でしょうか」


 公爵閣下の事もあってか。

 ぴりぴりとしている門番さんに声を掛けられる。


「お訪ねさせていただくことになっていたアルヴァルト侯爵家の者です」

「……あぁ、アルヴァルト侯爵家の方でしたか。失礼ですが、お名前をお伺いしても?」

「ルシアです。ルシア・アルヴァルト。護衛も付けず、貴族令嬢らしからぬ訪問で申し訳ありません」


 本来であれば、護衛の一人。

 もしくは門のすぐ目の前まで馬車を付けるのが普通。


 ただ、護衛は護衛で誰もが嫌な顔を浮かべるわ、御者の方も呪いに怯え切ってしまっていた。


 だから、御者の人がここまでて勘弁を……。

 といった場所で、ついて来ていた護衛諸共置いてきた。


 そもそも、『大魔法師』の過去を持つ私に護衛はなんてものは不要であるし、そうもあからさまに怯えたり嫌な顔を浮かべる人間を伴っていては、要らぬ誤解を生む。


「いえ、お気になさらないで下さい。今、閣下にお取り次ぎさせていただきますので、少々お待ち下さい」


 そう言って、門番は小走りに屋敷の中へと消えてゆく。


 ぐるりと見渡す。

 大きな屋敷に、広い庭。


 ただ、その広さに反して圧倒的なまでにひと気が少なかった。

 門番も、さっきの彼一人なのだろうか。

 庭に咲いているお花は一応、手入れをされているみたいだけれど……。


 そう思って近付き、じとーっと観察を始めようとした直後、二人分の足音が私の鼓膜を揺らす。


 顔を上げると、そこには先程言葉を交わした門番の方と————


「————全身甲冑……?」


 身体の一切を覆い隠すように、甲冑を着込んだ男性であろう人物が視界に映り込んだ。


 どうしてそんな格好を。


 一瞬ばかし疑問を抱いてしまったけれど、それが受けた呪いを隠す為の措置であるのだと理解をする事に、時間は然程要さなかった。

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また、誤字脱字のご報告もありがとうございます。
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