風紀委員は何かがおかしい!
今回はいつもより少し長いです。
「晴れてるのに雨が降ってますね」
「そうだな」
毎度おなじみの放課後の自由部。
今日は雲はあるものの青空が顔を覗かせていたが、雨が降っている。
最近、雨の日が無かっただけに珍しいと思ってしまう。
「夕立ですね」
「……なぁ、朝にいきなり雨が降ったら朝立って言うのかな?」
「いきなり下ネタをぶち込んでこないでください」
今日も部長の下ネタは絶好調だ。いや、絶好調であっては困るんだけど。
「でも、下ネタって前振れもなくいきなり言うから面白いんだぞ」
「そもそも下ネタを言うなってことですよ」
二人で下ネタについて議論をしていると部室のドアがいきなり開いた。
入ってきたのは若干茶色がかかった髪をハーフアップにした女の人。腕には「風紀委員」と書かれている。
俺たちは特に悪いことをしてないはずだけど、何か他に用事があるのだろうか。
「あの、どうしたんですか?」
念のため俺は恐る恐る彼女に何をしに来たのか尋ねた。すると、彼女は腕を組みながら口を開く。
「どうしたも何も学校内を巡回していたらこの部屋から……そ、その……卑猥な言葉が聞こえてきたからよ!」
ああ、ちょうど今部長としていた会話の内容が彼女の網に引っかかってしまったのか。
俺が頭を抱えてどうしたものかと悩んでいると、隣にいた部長がすっと前に出て口を開いた。
「おい、卑猥な言葉とはどんな言葉だ? 生憎、あたしはそこまで頭のいい方ではないからな。教えてくれると助かる」
部長は薄っすらとした意地の悪い笑みを浮かべている。それに対して、風紀委員の女の人は冷や汗をかきながら顔を引きつらせて口を開いては閉じてを繰り返している。
どうやってこの危機を脱出しようかと考えているのだろうか。
改めて部長の性格の悪さを実感できる。
「わ、わ、わ、私は……」
女の人が何かを言いかけていたその時、もう一人の部員である彩乃先輩が入ってきた。
「あら、風紀委員の睦月さん。どうしたの? 自由部に何か用?」
「いいところにきたな、彩乃。なんかさあたしが卑猥な言葉を言ったって睦月が責め立ててくるんだけど、その卑猥な言葉とやらが何かわからないんだよ」
部長の返答を聞くなり、彩乃先輩も下品な笑みを浮かべて睦月さんに近づいていく。
「あら、優等生である睦月さんはたくさん知識を持っているようね」
いよいよ睦月さんが顔を青くして震え始めたので、俺は助け船を出してあげることにした。
「部長、彩乃先輩、もうその辺にしてあげてくださいよ。睦月さん卒倒しそうですよ」
俺がそう言うと、部長と長彩乃先輩は「ちっ」と舌打ちして口撃するのをやめた。
二人からの口撃が止んで、少ししてから立ち直った睦月さんはキッとこちらを睨みつけてきた。
「べ、別にあんたには感謝してないんだからねっ」
「ツンデレか……」
「うるさい!」
どうやら睦月さんはツンデレらしい。
「これで用は済んだろ。さあ、帰った帰った」
未だ俺にツンツンしている睦月さんを部長が追い返そうとするが、当の本人はプルプルと震えながら何も言わずに俯いているだけ。
俺たちが心配になって一歩睦月さんに近づいたとき、いきなり顔を上げた。
「待ちなさいよ! 私はここに留まるわ!」
唐突なその宣言にその場にいた一同が「えっ?」と驚きの声を上げる。
「おい、何でだよ。あたしの無実は……証明されてないけど、あの件はもうお前が手を引いた時点で終了しただろ。お前がここに残る理由はないと思うんだが」
いつもなら「睦月さんが居たいというならいさせてあげよう」と言うところだが、今回ばかりは部長に賛成する。俺もこの人がここに残りたいと言う理由がわからない。
「そ、そ、それは……っ! そ。そう、こ、この人があなたたちを襲わないか監視するだけよ! 男子は信用できないからね!」
それが嘘なのは俺でもわかる。しかし、俺が反論するよりも先に彩乃先輩が俺の言いたいことを代弁してくれた。
「睦月さん、それはおかしいわね。あなたのその理論で考えると、あなたは男子が所属する全ての部活に滞在しないといけないわ」
「えっ」
彩乃先輩のいきなりの反撃に睦月さんがたじろぐ。それを見た部長も参戦する。
「というか、最初にこの部屋に入ってきた時の理由とは大きくズレているようだけど、そこら辺はどうなんだ?」
「そ、それは……」
止んでいたはずの二人からの口撃が再開され、睦月さんがたじたじになっていると、部室のドアが勢いよく開いて汗だくになった遥が入ってきた。
「すいませーん、英語と数学と国語、理科の追試でだいぶ遅れました!」
もちろん、入ってきてまず目がいくのはこの部屋では見慣れない睦月さんの姿。そして、睦月さんもまた遥の方を見る。
一拍おいて、遥と睦月さんが同時に驚きの声をあげた。
「あっ!」
「えっ、睦月先輩じゃないですかー!」
どうやら知り合いだったらしい二人は、顔を見つめ合わせて、どこか嬉しげな様子。
とは言っても、睦月さんが嬉しそうな理由と、遥の嬉しそうな理由は違う気がするが。
「てか、お前らが知り合える場所なんてあるか?」
部長が他二人分の疑問も代弁してくれる。
それに対して、遥が「あー」と一つずつ思い出すように話し始めた。
「こないだ私が廊下を歩いていると睦月先輩がちょうど向かい側から歩いてきたんですけど、そしたら何かに躓いていきなり転んだんですよ。そこで知り合いました」
「でも、一回だけじゃ互いの名前を知って『あっ』なんて言い合う仲にまで至らないだろ?」
「いや、それが一回だけじゃなくて五回くらい同じようなことがあったんですよ」
意外なことに睦月さんはドジっ子だったらしい。
「ま、まぁそんなこともあったわね……」
自分の恥ずかしい事実が明かされてしまい、睦月さんは顔を赤くしてまたもや俯いてしまう。
「睦月さんっていえば、部活をやらずに風紀委員の活動に専念してるって聞きました。頑張ってください!」
「え、ええ、頑張るわ……頑張るわね」
睦月さんは自分を応援してくれる後輩にそんなことを言われてしまっては、「それでも、自由部にいる!」なんて言えず、トボトボと自由部から出ていった。
その姿を見て、部長、彩乃先輩と俺で一言。
「「「なんか可哀想なことをしたな……」」」
きっと風紀委員の仕事で彼女も疲れていたんだろう。
元気に手を振っていた遥と対称的に、少し後悔をした俺たち三人だった。
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