逃走者は何かがおかしい!
「今回はいつもの平和回だ」
「何を言ってるんですか」
毎度毎度の意味の分からないことを急に言い始める部長。
そして、それに毎度毎度の返しをする俺。
これがルーティーンになってることが怖い。
「何って、そのまんまだろ」
「えぇ」
「なんだ? もしかして、平和であることにいちゃもんを付けるっていうのか? お前処刑だぞ。処刑」
「平和を謳っておきながら、とんだ暴君じゃないですか!」
基本的に部長の周辺に平和なんぞ存在しないのだが。
現時点で平和と言えるのは、漫画に読みふけっている彩乃先輩の周辺だけだろう。
「あ、翔真くん。こっちにまで戦火を広げてこないでね?」
「聞いてたんかい」
「いえ、聞いてないわ」
「嘘ですよね?」
「う、嘘じゃないわ?」
「目が泳いでるし、語尾が疑問形みたいになってるし、確信犯ですね」
これがテレビなら、やらせを疑うほど目を泳がせていた彩乃先輩。
そんなに俺たちの会話に参加するのが嫌なのだろうか。
部長はともかくとして、俺はまともなのに。
「今、なんか失礼なことを心の中で言われた気がする」
「気のせいですよ部長。だから、その新〇解国語辞典を早くしまってください」
「違うぞ。これは明〇だ」
「どっちでも同じです」
投げられて痛いのはどっちも同じだし。
部長は舌打ちをした後、何事もないように服の中に〇鏡をしまいこんだ。
戦争を避けられたことに内心歓喜していたが、それを極力顔に出さないように机の下で拳をグッと握りしめる。
これこそが平和――――
「隙あり!」
「ぶばぺっ!?」
顔に激痛が走り、正面から来た物体に押されるようにして、椅子ごと後ろ向きに倒れ込んだ。
もう何回か経験したことがあるような痛みと衝撃。
それに耐えつつ目を開ければ、見覚えのある物体。
そして、俺の推測は事実へと変わった。
「こ、これは……」
「くっくっくっくっく、油断大敵だぞ! 平和的解決なんて夢夢のお股股! しかも、ガッツポーズをこっそりとやって、あたしにバレないとでも思ったのか?」
確かにガッツポーズは迂闊だったかもしれない。
部長に対して平和的解決を望んでいたことも。
「さぁ翔真! 謝罪の言葉と、なんて思ってたのかを教えろ!」
「……彩乃先輩」
「は?」
「助けてください彩乃先輩!」
「合点承知の助!」
奥のソファーで漫画を読んでいた彩乃先輩は、文字通り、俺たちの方へと飛んできた。
俺と部長の間に華麗に着地すると、部長に向き合う。
「お、おい。どういうことだ? 彩乃はあたしの仲間だよな? 味方だよな? その……だから……ワキワキさせている手をしまってくれないか?」
「ふふふ」
部長の頼みに不気味な笑いだけを返し、まるで獲物を狙う虎かライオンのように、ジリジリと近づいていく。
「お覚悟!」
「やめろ! こ、こっちに来るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
耳をつんざくような甲高い悲鳴は、部室から学校中へと響き渡った。
「はぁはぁ…………はっ! 一体何が?」
「ふふふ」
「ちょっと俺の口からは……」
「本当に何があったんだ!?」
男子高校生には刺激が強すぎるものを見せられてから数分後。
運動直後のような呼吸をしながら気絶していた部長は、やっとで目を覚ました。
「知らぬが仏という言葉もありますし」
「言わぬが花なんて言葉もあるわ」
「確かに似てるけど、彩乃の方は今の状況と絶妙に合ってないからな」
夏休み中で、普段よりも静かな校舎なのに、少し騒ぎすぎたか。
扉が二三回ほどノックされる。
「おい、お前らさっきからうっさいぞ。職員室の方まで騒ぎ声が聞こえてくるだが、どんだけ大声出せば気が済むんだよ……って、文月!」
「あ、やばっ」
うんざりしたような顔で部室に入ってきた天満月先生は、部長を視界に捉えた瞬間に表情を変える。
まるで、失くしたことを忘れてた物が見つかったかのような表情に。
「由宇? 何かしたの?」
「いいや、文月は何かした訳じゃなくて、何もしてないんだよ」
先生の言葉にいまいちピンと来てない俺たちとは対照的に、部長はダラダラと汗を流しながら、マグロのように視線を泳がせている。
「文月。お前補習をサボったろ」
「…………っ!?」
ビクリと体を震わせて、より一層汗で額を濡らす部長。
「部長……」
「違うんだ! これには諸々の事情が!」
「問答無用! 今から私が特別補習をしてやろう」
そう言って部長の首根っこに手を伸ばした先生だったが、被食者である部長はそれを華麗に避ける。
「補習なんか行ってたまるか!」
「おい文月……くそっ! 絶対に逃がすもんか!」
そして、部屋から飛び出していく高校生と大人。
後に残ったのは呆然と開きっぱなしの扉を見つめる、俺と彩乃先輩だけだった。
読んで頂きありがとうございます。
由宇の逃走劇は個人的に書きたいので、またいつか投稿します。
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