俺たちの限界化はやはりおかしい!
先週の話が少し暗かったので、今回は少し明るくなるようにしました。
シャーペンの芯と机によって奏でられるリズムのいい音が心地よい。
前の方から聞こえてくるその音につられて、俺の手も勝手に動く。
少し経つと、なかなか難しい問題が出てきた。
「彩乃先輩、ここの問題なんですけど」
「あーそれは直線と片方の円の接点を置いて、もう片方の円も同じように接点を置くの。それで、直線の式にそれぞれを代入して、連立方程式を解けばできるはずよ」
「なるほど。あとこの問題もなんですけど」
「あぁ、それはね……」
わざわざ机から身を乗り出してまで教えてくれる彩乃先輩。
前に垂れてきた長く細い黒髪を耳にかける仕草に、いちいち心臓が跳ねて、踊り出す。
オタ活してる時以外の彩乃先輩はただでさえ大人な雰囲気があるというのに、至近距離でこんなことをされては刺激が強すぎる。
自分で質問しておきながら、まるで彩乃先輩が未知の言語を話しているかのように、説明が頭に入ってこない。
「――――っと」
しかし、こうなってしまうのは別に俺のせいではない気がする。
たまに部長のストッパーとしての役割を果たしたり、常識人ポジについたりすることもあるが、実際のところ重度のオタク。これは部長も含めての話だが、部室に蓄えられたラノベや漫画の量がその度合いを容易に物語っている。大勢の人がそういった中身を知らないとはいえ、基本俺たちの前ではオタ女子としているくせに、時たま色気や大人っぽさが出てくるから、余計に心臓に悪いんだ。これが彩乃先輩や部長がよく言っている「ギャップ萌え」とかいうことなのだろうか。いや、一度立ち止まって考えてみよう。この妖艶さ、色っぽさを簡単に「萌え」と呼んでもいいのだろうか、と。答えは否である。この感じは「萌え」という言葉で表されていいものでは無い。これは決してそういった類の感情では無いのだ。であるならば、この気持ちは一体なんなんだろう。もしかしたら、これが「恋」なのだろうか。俺は彩乃先輩の「ガチ恋勢」になってしまったのだろうか。胸に湧き上がったこの熱い気持ちは、「ガチ恋」なのか。うっ。自然と喉奥から不思議な言葉がせり上がってくる! 言いたいことがあるんだよ! やっぱり彩乃は可愛いよ! 好き好き大好き、やっぱ好き! やっと見つけたお姫様! 俺が生まれてきた理由! それは先輩に出会うため! 俺と一緒に人生歩もう! 世界で一番愛して――――
「ちょっと! 翔真くん!」
「っ! は、はいっ!」
「さっきから目の焦点が合ってないし、返事もしないし、私の話聞いてる?」
「いやっ……その……」
「まったく。そんなんじゃ由宇までとは言わないけど、宿題終わらないわよ?」
「すいません、俺の内なるオタク心が一時的に開花しただけなんです」
「オタクに目覚めるのはいいことだけど、人の話はちゃんと聞きなさい」
彩乃先輩の説教によって、心に憑いていた限界化オタクはどこかへと去っていった。
俺は一体何を血迷っていたのだろうか。
まずは宿題を終わらせなければいけないのに。
「すいません。もう一回教えてもらってもいいですか?」
「今回だけよ?」
そして、再度先輩が話し始めたその時。
彩乃先輩のスマホが鳴った。
「メールですか?」
「電〇オンラインからね……え!?」
「ど、どうしたんですか?」
「今日最新刊発売だったの!?」
「は?」
突然叫び声をあげたかと思えば、ガシっと両肩を力強くつかまれた。
「翔真くん」
「私は今から近くの本屋に行ってくるから、教えるのはそれからでもいいわよね? じゃあ行ってくるわ!」
「ちょっ」
俺が止める間もなく、ドアを突き破るように飛び出しって行った先輩。
急いでいたから閉めていかなかったのはいいとして、「バキィ」という嫌な音が鳴ったのは恐らく気のせいではないだろう。
あれは後で先輩にでも直させるとして。
「さっきの説教は一体どの口が言っていたんだ……」
読んでいただきありがとうございます。
小話は何話か続く予定です。
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それではまた来週!