部長の咆哮はどこかおかしい!
太陽が斜めに差し込んでくるある日。
自由部室は珍しく静かだった。というよりも、静かにならざる終えなかったと言える。
「…………」
無言でラノベのページをめくっている彩乃先輩の手は、心なしかソワソワと落ち着きがないようにも思える。
いつもに比べて読む速度が少し早いというのも、そう思ってしまう理由の一つだろう。
グシャ。
かくいう俺も人のことを言えるような状態ではなく、手元のスマホには『任務失敗』との字が浮かび上がっていた。
少し難しいと巷で話題のこのスマホゲームだが、俺はそれなりに強い編成を組んでいるため、普段コンピューター相手に負けることはめったにない。
他に気に掛けることが無いときは、だが。
グシャリ。
仕方なく、スマホの画面を落とす。
しかし、何か言葉を発しようとも思えずに「ただ確認するだけ」と心の中で言い訳をして、視線をあげようとして、やっぱりやめる。
ヒュイッ。
ガコッ。
ボトッ。
「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「部長! 俺が拾いますから、落ち着いてください! また苦情が来ます!」
無残にも床に転がったゴミを拾いに行く。
かつては中に清涼飲料水が入っていたペットボトルは、何者かの手によって強く握りつぶされた痕があった。
身をボロボロにしてまで部長の怒りを一身に受けてくれた小さな勇者に合掌し、そっとゴミ箱に入れたて、その犯人と向き合う。
「さっきから何回も言ってますけど、午後になったら遥は解放されますから。それまでは我慢してください」
「我慢しろ、我慢しろって言うけど、夏休みは長いようで短いんだぞ? もたついてたら、知らないうちに終わってんぞ」
「それはそうですけど……」
部長の言いたいことは十分にわかる。
「夏休みは長い」だとか、「まだ〇週間あるから」なんて言っておきながら、夏休み終了まで一週間を切ってから慌てて宿題に手を付け始める。
待ち受けるのはとてつもない焦燥感と徹夜のみだ。
しかし……。
「翔真くんこそ落ち着きなさい。由宇にも事情はあるのよ。それに言っていることが間違ってないのは分かるでしょう?」
読んでいた本をパタリと閉じ、子供を諭すようにそう言ってくる彩乃先輩。
わかる。だからこその違和感がやはりある。
口ぶりから察するに、彩乃先輩は俺が感じている違和感の理由を知っているし、きっと「部長の事情」とやらが関係しているのだろうか。
「とは言ってみたけど、翔真くんの言ってた通り、苦情が来ているのは本当だから静かにしないとだめよ?」
「……そんなことわかってるよ」
とりあえずは大人しくなったみたいだし、このことは一回忘れよう。
そこで、俺は部長に話を振ってみる。
「ちなみに、今のところ部長は何をしたいんですか?」
「そうだなぁ……プールか海には当然行きたいな。あとは、誰かの家で勉強合宿したり、みんなでどこか旅行にも行きたいな。それとそれと――――」
さっきまでの機嫌の悪さはどこに行ったんだ、と思わせるほど目の奥から光を出しながら喋りだす部長。
そして、一度出始めた言葉は止まらず、次から次へと飛び出してくる。
止まらない言葉はどんどん早くなり……。
もう何言ってるかすらわかんねぇ。
最後に聞き取れたのは、「ラ〇ホ」「壁」「叩く」という三単語だけ。
「部長ストップストップ! どうどう」
「ラララララブ――――」
「ソングですよね! わかります。わかりますから、絶対に言い直したりすんな」
「ったく人遣いが荒いやつめ。あたしは暴言を吐く子に育てた覚えはないぞ?」
「どの口が言ってるんですか、どの口が」
「ふふ。でも確かに翔真くん、ちょっと由宇に似てきたかもしれないわね」
「どういうことだよ!」
「どういうことですか!」
よくわからないことを言い始めた彩乃先輩への文言が丸被りして、思わず部長と見つめあってしまう。
「ほら。動作までそっくりよ?」
本当はそっぽを向いてしまいたいが、そうすればそうしたで部長とまた被ってしまうのではないかと思うと、行動に移すことができなかった。
ただ何も考えないように部長の顔だけを見る。
部長も同じようにこちらの顔だけに視線を合わせて、一歩も引かない。
「「…………」」
「ふふふっ」
何かに気づいたらしい部長の黒目がスススッと右へ移動していった。
そして、元の位置である真ん中へと戻ってくる。
また右へとスライドさせていき、元に戻る。
そんな動きを何回も繰り返す部長。
何かを伝えたいのはわかるのだが、何を伝えたいのかがわからない。
(右を向け。右を)
声を出すことなく、小さく動かした口はそう言っているようにも見えた。
俺はどういうことかわからないながらも、ゆっくりと首を右へと曲げる。
「あっ……」
微かに開いていたドアの隙間からこちらを覗き込んでいる人の顔。
幽霊か? 妖怪か?
なんてパニックになっていると、その顔が見覚えのあるものだと気が付いた。
「遥!?」
そういえば、今俺たちは遥の補習が終わるのを待っていたのだと、当初の目的を思い出す。
今になってドッと汗が肌の奥から噴き出してきたと思ったら、ドアが目にもとまらぬ速さで開き、「バキィッ」という音を立ててストッパーとぶつかり、少し跳ね返って止まる。
「やっぱり私のいないところで部長や彩乃先輩とイチャイチャしてるじゃん……ねぇ?」
RPGに出てくる魔王やアニメに出てくる悪役も後ずさってしまうほどの低い声が部室に響く。
俺は体が固定されたように動かず、部長や彩乃先輩の反応も確認できない。
今にも窓ガラスを突き破って逃げ出したいのに、今すぐにでも弁解をしなくちゃいけないのに、縫い留められた足と口は微動だにしない。
そんな俺にどす黒いオーラを全身に纏った遥が一歩、また一歩と近づいてくる。
「私が補習で苦しんでいる間に三人でお楽しみだったんだよね……」
((おっ、お楽しみだとぉぉぉぉぉぉぉ))
後ろにいる誰かと心でシンクロした気がする。
いつの間に遥はそんな言葉を覚えたんだ!?
部長のせいでそっち方面の言葉を覚えてしまったのだろうか。
この間まで遥の言葉は…………。
「どこまでやったの!? キス!? キスまでしたの!?」
やっぱり遥のボキャブラリーは「キス」止まりですよね!
そんな小さなことで安心すると、急に体の縛りが解けたような気がした。
「遥。お前は誤解してるぞ。俺たちは――――」
完全に落ち着きを取り戻した俺は今までの経緯を話した。
部長が夏休みについて熱く語りだしてしまったこと。
彩乃先輩の言葉に踊らされてさっきのような状態になってしまったこと。
「あ、そうだったんだ……でも、イチャイチャはしてたんでしょ?」
「だからそれは誤解だって。俺が遥を忘れてそんなことをするわけないだろ?」
「翔真……」
恥ずかしながらも、俺の格好つけた言葉を受けて、遥の目に涙が浮かんだ。
これで完璧に闇ハルカから光ハルカに戻っただろう。
というか、自分で言っときながらめっちゃ恥ずかしいな、これ。
「「ジー」」
「な、なんですか?」
「「べっつにー」」
せっかく円満にことが収まったというのに、なぜか不満そうな上級生二人組。
それと、なぜセルフ効果音を付けたんだ。
しばらく不貞腐れた子供のようにそっぽを向いてしまった二人だったが、部長はすぐにいつもの明るさを取り戻し、「ダンッ」と机を両手で叩く。
「さぁ! 今日はもう邪魔するものもないし、全員揃ったから、『夏休み会議』を始めるぞ!」
読んでいただきありがとうございます!
遥チョロイン説濃厚となってまいりました……。
あぁ……「部長の事情」とは一体。
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感想も呟く感覚でいいので(重いのでもいいんですよ)
次回も引き続きお楽しみいただければ幸いです