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この部活は何かがおかしい!  作者: 高坂あおい
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彩乃先輩の家は何かおかしい! 中編

 静かだった廊下に木の軋む音が響く。

 それは、その廊下を手を繋ぎながら突き進む二つの影のせいだろうが、手を繋いでいるというよりむしろ、手を引っ張られているという方が正しいか。


「彩乃先輩! 一体どこに向かっているんですか?」

「私の部屋に決まってるでしょう。見て分からない?」

「見てわかるなら俺はストーカーか、泥棒のどちらかですよ!」

「…………翔真くんってストーカーみたいなところあるわよね」

「断じてないですよ! 俺を変質者にしようとしないでください」

「もう変質者よ。ほら、着いた」

「だから勝手にわぶっ!」


 俺を引っ張っていた彩乃先輩が急に立ち止まったことで、体が前のめりになっていた俺は、勢いよく彩乃先輩の背中に顔を埋めることとなった。


 あぁ、いい匂いがする……ではなくて。


 さすがにこのままだと本当に変質者というか、変態扱いされかねないので、繋いでいた手を離して距離をとる。


「ここが彩乃先輩の部屋……ですか」


 それを証明するように、部屋のドアの隣には「彩乃の部屋」と筆で書かれた木板が貼り付けてある。


「部屋は……片付いているはず。さ、中に入りましょう」


 と、彩乃先輩は促してくるものの、俺も年頃の男子だ。

 「入っていいよ」と言われて、「じゃあはい、入ります」とは簡単には言えない。心の準備というものがいるから。

 そんなことで、何度か深呼吸をして、心を整える。


 大丈夫、どうせ彩乃先輩の部屋なのだから、アニヲタグッズでいっぱいなはずだ。そうでなければおかしい。


 そう考えると、この家に入った時から高鳴りっぱなしだった心臓も多少は落ち着いたような気がした。


「よし、入ります」

「そこは、『翔真、入ります』って言って欲しかったわ」


 隣で彩乃先輩が何やら言っているが、もちろん今の俺にはそれに返答する余裕はないので、無視してドアを開ける。


「うん。ちゃんと片付いているみたいね」

「あれ? アニヲタグッズは?」


 部屋の中にはフィギュアもポスターもDVDもなく、小物入れやペンケースが置かれた勉強机と文庫と教科書、雑誌が並べられた本棚。そして、少し離れたところにベッドが置かれてあるだけだった。

 もちろん床に引かれている絨毯もアニメのキャラクターが描かれているものではなく、ごく一般的なシンプルな模様の絨毯。

 全体的にシンプルながらも、一つ一つの物は可愛らしい物で、和風な部屋の外とは対照的に女の子らしい洋風な部屋に仕上がっていた。


「ここにアニヲタグッズなんてあるわけないでしょう」

「え? なんで……?」


 この光景を目の当たりにして唖然とする俺に、彩乃先輩が追撃をしてくる。

 このままでは、俺はアニヲタ上級生の部屋にではなく、女子上級生の部屋に入ったことになってしまう。


「いいから、床でも椅子でもベッドでもいいから座って」

「…………はい」


 俺は大人しく指示に従って、床に座ることした。ちなみに、椅子はともかくとして、ベッドという選択肢は俺の中になかったことをここでお知らせしておく。

 一方で彩乃先輩は俺と体が向かい合うように、机に備えられた椅子に腰をかけた。そして、そのまま直ぐに口を開く。


「それで、まず私は翔真くんにお礼を言わなければいけないわね」

「お礼?」


 何かお礼を言われるようなことをしただろうか。

 この家に来てからしたことと言えば、客間で恋人疑惑をかけられ、せっかく入れてもらったお茶とお菓子を放り出して、彩乃先輩に手を引かれるがままにこの部屋までやってきたということ。


「正直、これは言っていなかった私が悪いのだけれども……お母さんの前でアニメやヲタクといった単語を出さないでくれてありがとう」

「…………はい?」

 

 学校ではあれだけ大々的にアニメの話をしているのに、家ではそれを隠していたりするのか?

 いや、結構な数のDVDを持っているはずだし、机の中に入れておくのは不可能。つまり、それを隠し通すのはかなりの至難の業になってくる。


「疑問に思うかもしれないけど、お母さんやお父さんは私がアニメ好きであることを知らないわ……全くよ」

「なんでそこまでして?」


 ハマりだした頃は誰だって少しは親から隠すものだが、ここまでして隠す理由が分からない。


「そうね……まずはこれを見てもらえれば――――」


 そう言いかけたまさにその時、廊下から足音が聞こえてきて、彩乃先輩は言葉を止める。

 ドアが三回ほどノックされて、彩乃ママが入ってくる。

 手にはお盆。その上にはコップ二つに、お皿に乗ったお菓子があった。


「お菓子持ってきたわよー……ってもしかしてお取り込み中だった?」

「いえ! ただ彩乃先輩と話していただけなんで!」

「そうよ、お母さん! いいから早く出ていって!」


 彩乃先輩から「出ていって!」と言われ、少し悲しそうな顔をしたのもつかの間、今度はニヤリと表情を変える彩乃ママ。


「するなら遠慮なくしちゃってもいいわよ? お母さん終わったらちゃんと洗っておくから……あ、でも、ちゃんと付けなきゃダメよ? そこはしっかりね」


 そして、彩乃先輩というより、むしろ部長の色を濃く感じる発言を娘の友達の前で堂々としてきた。

 俺も気まずいんですが、それは。

 

「もう! お母さんが考えていることなんかしないから! 早く出ていって! はい!」


 恥ずかしさでか、怒りでか、顔を真っ赤にした彩乃先輩が追い立てるように、部屋から彩乃ママを出す。

 この調子だと、持ってきたお茶の中に媚薬とか入ってそうな気がしなくもないが、さすがにそれは無いか。


 意外と大きかった嵐が過ぎ去ったことで、静かになった部屋。

 彩乃先輩の顔が赤いのはもちろんのことながら、俺の顔も赤くなっているだろう。


「え、えと……なんの話でしたっけ?」

「あ……あー……なんだったかな……そう! 翔真くんに見てもらいたいものがあるのよ!」

「あー! そんな話でしたね!」


 ギクシャクしたままなのは嫌だったので、とりあえず口を開いたが、結果的には成功。互いに逃げ道が見つかったため、元のとまではいかないが、空気は幾分か和らいだ。


「それで、見せたいものってなんです?」

「ちょっと待ってね」


 そう言って立ち上がった彩乃先輩は文庫本などが置かれている本棚に向かって歩いていき、その前で立ち止まった。

 そのまま先輩が棚の右端を押すと、ゆっくりと回り始める。

 

「なな、なんじゃこりゃ……」


 俺の頭を差し置いて、回転を続けた棚はその奥にあるものの全容をあらわにする。

 先程まで文庫本や教科書が並べられていた本棚は、一転、ラノベや画集で埋め尽くされていた。

 これだけでも多くはある。何円分の本が置いてあるか分からないぐらいに。

 しかし、彩乃先輩が持っているのはこれだけでは無いはずだ。確かに書籍類は揃っているが、円盤やいわゆるグッズなどが見当たらない。


「他のものはどこに仕舞っているんですか?」

「今翔真くんの足元にあるわ」

「足元?」


 念の為足元を確認してみるが、もちろん下にあるのは絨毯だけ。

 まさか――――


「もしかして、この下に?」

「そうよ。正確には、この()()()だけれどね」


 つまり、床下収納の上にマットをかぶせているということ。知ってしまえば、露骨に知られたくないという意思が感じられる。

 最初の疑問に戻ってしまうかもしれないが、やはりここまでして隠そうとする理由が分からない。


「さっきから質問ばかりで申し訳ないんですけど……なんでこんなことを?」

「そうね…………」


 そう呟いてから黙り込む彩乃先輩は、答えようか、答えまいか、葛藤しているようだった。


「あ、別に答えなくても全然いいんで……単に気になっただけというか――――」

「いいえ、このことは由宇も知らないの。だから、翔真くんには知っておいて欲しい」


 俺が口を挟む余裕もなく、そのまま彩乃先輩が続ける。


「私はこれを知ってもらうために、無意識のうちに翔真くんを家に呼んだのかもしれないわ」


 俺が知らないのは分かるし、俺に教えたいというのもまだ理解出来る。

 しかし、俺よりも付き合いが長い部長に教えていないというのは納得できない。一番初めに教えるべき人であるはずなのに。


 気がつけば、それをそのまま口に出していた。

 それでも今度は、悩むことなく彩乃先輩は答える。


「付き合いがそれなりにあるからこそよ」

「だから、互いのことをもっと知り合うべきなんじゃないんですか!?」

「それは違うわ、翔真くん。由宇はこのことを知れば、私に気を遣ってくるかもしれない……いえ、きっと気を遣う」

「それは…………」


 彩乃先輩の言う通りだとは思う。それでも、素直に納得は出来ない。

 誰の目から見ても明らかに親友と言える二人が片方だけでも隠し事をしている、という事実を俺は許せなかった。

 

「だから……これは由宇の為でもあるのよ――――」

「そんなはずない!」


 俺が急に出した大声に驚いた彩乃先輩が目を見開く。


「え? いや……しょ、翔真くんに何が分かるっていうの!?」

「分かりますよ!」

「…………っ!」


 声に少し動揺が現れている彩乃先輩に構わず、時間を置くことなく言い返す。

 

「分かりますよ。二人が互いに信頼しあっているのも、友達として限りなく好きなことも、どんな奴らよりも親友だってことも。ですが、いや、だからこそ! 彩乃先輩がそうやって勝手に気を遣って部長に隠し事をしていることに腹が立つって言ってるんですよ!」

 

 ここまで言いきって、ハッと我に返る。

 先輩はクシャッと顔をしかめたと思えば、俺から見えないように逸らした。

 少し言いすぎてしまったかもしれない。


「…………すいません、先輩。少し俺も強く言いすぎました。先輩の言っていることはもちろん分かります。でも――――」

「待って。翔真くんが謝るようなことではないわ。むしろ私は翔真くんにお礼を言いたいぐらい。翔真くんの言う通り、由宇にも言うことにするわ」

「……そうですか。ところで」

「肝心の内容は? ってことでしょ?」

「はい」


 そして、彩乃先輩は自分の今の状況を一つずつ整理するように話し始めた。

調子に乗って書いてたら予想以上に長くなってしまったので、三部構成になってしまいました。

まだまだ続きます彩乃編! 来週もお楽しみに!


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