彩乃先輩の家は何かおかしい! 前編
「暑い……暑すぎる……」
平日ながらも俺は私服でコンビニにのんびりと向かっている。
というのも、半日で学校が終わったこともあり、凛から「アイス買ってきておいて」と授かった使命を果たしにきたのだ。
家からそこまで離れていないコンビニに着き、入口の自動ドアが開くのと同時に、心地よい冷気が身体を包み込んでくれる。
俺は適当に凛の口に合いそうなアイスをいくつか選んでレジに向かおうとしたその時、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
「あら? 翔真くん?」
振り向くと、そこには体育祭前日にうちに来た時以来の私服姿の彩乃先輩がいた。
黄色や水色の花柄が描かれている白いワンピースを着て、麦わら帽子をかぶっており、中身はさておいても、清楚だった。
「翔真くんも……アイスを買いに来たのかしら?」
「はい。今日めっちゃ暑いので……彩乃先輩は何を買いに?」
「私も同じようなものよ。まだ真夏と言えるような時期じゃないと思うのだけれどね」
「ははは……これからもっと暑くなると思うと恐ろしいですよね」
そんなことを言いながら、彩乃先輩の目はアイスの入っている冷凍庫に向けられていた。それも、真剣な眼差しで。
「先輩は普段何を買うんですか?」
「私? 私は結構色んなものを食べるわよ。ハーゲ〇ダッツの時もあれば、レディーボーデ〇にする時もあるし」
「どっちも結構高めですね……」
私服といい、アイスといい、全体的にお金がかかっているな。
あまり人の家のことは気にしないし、気にならないが、彩乃先輩の家は少し気になる。そして、今日はどちらを選ぶのかも。
「たまにはアイ〇の実でもいいかしら」
「急に庶民的!」
「ガリ〇リ君でも悪くは無いと思うの」
「庶民の象徴!」
ハーゲ〇ダッツからのガリ〇リ君という落差が大きすぎる。
しかし、結局はハーゲ〇ダッツを手に取った彩乃先輩と共に、コンビニを出た。
夏特有の暑苦しさが、いい感じに身体に纏っていた冷気を一瞬にして奪い去っていく。
アイスがあるから早く帰らなければ、と思っていると、不意に彩乃先輩から声がかけられた。
「翔真くん」
「はい。なんですか?」
「家に凛ちゃんはいるの?」
「いや、いませんけど……」
「なら……私の家に来ない?」
「あ、彩乃先輩の家に?」
予想だにしていなかった急なお誘い。
しかも、上級生の女子の家にお呼ばれすることになろうとは。
遥から言われるのとはまた違った感覚。これは青春だ。わざわざ断る理由もないだろう。
「……行きます!」
マンションか一軒家か、はたまたアパートに住んでいるのか。
結論から言うと、一軒家ではあった。しかし――――
「なな、なんじゃこりゃ!?」
俺が考えていたよりも数倍の大きさがあるであろう家、というよりも、屋敷。
生垣の外からでも分かるくらい大きく、敷地の入口にある木製の門には「軽々しく入ってはいけない」と思わせられるようなオーラ
があった。
「どうしたの? 翔真くん? 入ってもいいわよ」
門を前にして立ち止まってしまった俺を不審に思ったのか、彩乃先輩が心配そうな声でそう言ってくる。
「あ、いや。門の鍵が閉まっているものだと思っていたので」
「ふふっ……なるほどね。この門の鍵は私が小学校の頃に壊れたのよ」
「結構昔に壊れてますね」
「まぁ、色々あったからね」
彩乃先輩から正式に許可を得たものの、高鳴る心臓を押さえつけながら門を開ける。
「わぁお」
初めて日本の庭園を見た外国人のような声が出たが、今の俺はまさにそれだった。
寺や〇〇庭園と呼ばれるような場所ではなく、先輩もしくは友人の家に景石や砂紋があるなんて人はそうそういないだろう。
しかも、旅館によくある水が竹の中に溜まって、竹が落ちるやつまである。
「それは猪おどしよ」
「あっ……猪おどしか」
「確かに他の家庭にはあまり無いかもしれないわね」
いや、あんまりとかそういうレベルじゃないっす先輩。
「風情がありますね」
「ふふ。そう言うしかないでしょ? これは私の親の趣味だから」
彩乃先輩は続けて「だから、正直に言って私もこれの良さがあんまり分からないの」と自嘲気味に言う。
そもそも親の趣味って事でこんなものを家に作れる方がおかしいんだよな。
俺かすれば珍しい庭園を眺めながら、他愛のない話をしていると、不意に玄関のドアがガラガラと音を立てて開く。
「彩乃? 誰と話してるの……あら? あなたは?」
出てきたのは俺の母親とそう歳が離れてないであろう女性。しかし、落ち着きがあり、淑やかなところは俺の母親と大違い。
何よりも、身につけている青色の着物がその雰囲気をより一層際立たせている。
「僕は彩乃先輩を部活を一緒にさせてもらっています、新月翔真と申します」
「ああっ! あなたが噂の翔真くんね! 話は彩乃から聞いてるわ。さ、暑いでしょう? 入って入って」
俺は招かれるままに長月家にお邪魔した。
女性は奥に入ってしまい、「私はお茶を用意するから。彩乃は翔真くんを客間に案内しておきなさい!」と言う声が聞こえてくる。
もしかしなくても、彩乃先輩のお母さんだろう。
ちなみに、アイスは「冷蔵庫に入れておくから、帰る時に取っていってね!」と、回収された。
「翔真くん。こっちよ」
そう彩乃先輩に招かれて入った部屋は、床は畳で、真ん中に長机とその周りにいくつか座布団が置いてあるだけだった。
しかし、エアコンも扇風機もついておらず、ただ窓が空いているだけ。にも関わらず、夏らしくない涼しい風が入ってきて、暑苦しくないどころか、心地よい。
「この部屋いいでしょ?」
「はい。外はあんなに暑かったのに、なんでこんなに違うんでしょうね」
「さぁね。私にも分からないわ。でも、居心地がいいのだけは確かなのよ」
「お茶とお菓子持ってきたわよー……ってあなたたちまだ座ってなかったの? 座りなさいよ」
彩乃ママに急かされるように、俺たちは机越しに向かい合うように座る。が、直ぐに不満の声が背後からあがる。
「彩乃? あなたは翔真くんの隣に行きなさい」
「え? はい」
彩乃先輩もその指示を理解できない様子のままに、俺の隣に腰を下ろした。
そして、彩乃先輩がいたところに彩乃ママが座る。
「ま……お母さんはなんで座るの?」
「座っちゃダメなの?」
「いや、ダメじゃないけど……」
「私も翔真くんとお話したいわ」
どうやら、退く気は毛頭ない様子。
彩乃先輩はそれを見て、既に諦めたようで、口を閉ざしてしまった。
「それで二人はいつから付き合っているのかしら?」
「つつつっ!?」
「付き合ってる!?」
なんでまたそんな話になっているんだ。まさか彩乃先輩が言ったのか? いや、そんな嘘をつくメリットなんかないはず。
「彩乃先輩、そんなこと言ったんですか?」
「言ってないわよ! お母さん? なんで私が翔真くんと付き合うなんてことに――――」
「付き合ってないの? 彩乃が珍しく男の子を家に連れてくるもんだから、てっきり付き合っているのかと思っていたわ」
言われてみれば、軽々しく異性を自分の家にあげるなんてことはない気がする。
いや、既に自由部のメンバーは新月家にお邪魔してきてるのか。
どっちが普通なのか分からなくなって、混乱している俺をよそにして彩乃ママはしゃべり続ける。
「でもね、翔真くん。彩乃は家でじゆうぶ……かしら? 自由部の話、特にあなたの話ばかりなのよ」
「ちょっとお母さん!」
「翔真くんのツッコミが面白かったとか、翔真くんの足が早かったとか……」
「ああもう! お母さん! うるさい! 翔真くんはこっちに来て!」
学校では絶対に聞けないような彩乃先輩の可愛らしい怒り声が聞けてちょっとお得な気分になっていたが、不意に腕を引っ張られる。
「ちょ、ちょっと、先輩!?」
「いいから来て!」
こうして俺は長月家のさらに奥深くへと連れていかれた。
珍しい彩乃主役回です。
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