この部活の職業シミュレーションは何かおかしい! 彩乃編
「次は彩乃だな」
「ええ。私は医者でもしようかしら……翔真くん、患者役やってくれる?」
「……了解です」
どうせ俺には拒否権がないため、素直に頷くしかない。もしも拒否をしようものなら、どうなるか分かったもんじゃない。
「あー! 私も医者にしとけば良かったなぁ」
「どうしてです?」
「いや、だって合法的に翔真のあんな所やこんな所を……ぐへへ」
「彩乃先輩が後で本当に良かった」
まさか今の時期から医者を目指すとは思わないが、部長が医者になってしまったら、被害者が山積みになるだろうな。
最悪、卒業後初めて会う場所がコンクリートで囲まれた部屋で、プラスチックの板越だなんてことも有り得てしまう。
そんなことを考えながら、椅子と机を病院の診察室風に並べ替える。
学校に置くにしては少しもったいないような椅子を向かい合うように配置して、それぞれが座った時に、片方の右手側、もう片方の左手側に長机が来るように設置した。
「さ、翔真くん。座って座って」
「はい……真面目にやってくださいよ?」
「私はいつだって真面目だから、大丈夫大丈夫」
「その言葉から既に不安なんですけど……」
何はともあれやってみないと分からない、ということで、俺たちのシュミレーション第二弾がスタートした。
座って目の前には、普段は身につけていない赤色のメガネをかけたレア彩乃先輩。
先輩は人差し指でメガネを少し押し上げて口を開く。
「今日はご自身の健康に心配があって受診を?」
「……はい」
なるほど、そういう設定でいくのか。
「ふむ……まずは受診結果なのですが、新月さんは発熱や全身の倦怠感、体重減少、皮膚の赤み、腫れ、かゆみ、嘔吐などの症状が出ていると?」
「は、はぁ?」
「これは悪性リンパ腫の症状と完全に一致します」
「え……?」
勝手に悪性リンパ腫にされたのも心外だし、シュミレーションとして本当にこれであっているのだろうか。
俺のそんな考えを知ってか、知らずにか、女医・長月は思い出したかのように続ける。
「あぁ……それと、アジソン病、アメーバー赤痢、胃潰瘍、伝染性単核球症……インフルエンザ、癌など多くの病気を――――」
「止まって! 止まって! 全力で止まってください! なんですか? 俺をウイルスの貯蔵庫か何かにでもしたいんですか? というか、最後の方知識が尽きたんですよね?」
ツッコミどころ満載ではあるが、実際に言われたら失神してしまいそうなことを流れるように告げてくる彩乃先輩。
一体この人は俺をどの世界に連れていこうとしているのか。
「あら? 止まる必要なんかないわ。ちゃんと私が手術してあげるから」
「先輩、手術なんてできないでしょう?」
「ふふん。私を舐めてもらっては困るわ、翔真くん……私、失敗しないので」
「それ言って失敗したら一生の恥というか、もう太陽の下を歩けませんよ」
「動脈一本ぐらいは許して欲しいわね」
「それ、一番大事な血管なんですけど」
やはり心配しかない、ドクター彩乃。
本人はいまだメガネを押し上げて格好をつけているが、言葉一つ一つがそれを台無しにしている。
「文句の多い翔真くんね……私に一体どうして欲しいというの?」
「真面目に診察をして欲しいとただただ思ってます」
彩乃先輩は顎に手を当てて少し考えると、意を決したように、俺の顔をサッと見る。
「翔真くん」
「な、なんでしょうか?」
「バンザーイ」
「バンザーイ……ってはぁ!?」
彩乃先輩の言葉に合わせて、両手を挙げたその時、俺の制服が捲られる。
俺の腹がみんなに見られて……と言っても、遥は何度も見たことがあるはずなので、初めて見るのは部長と彩乃先輩だけか。
それでもやはり、いきなりされると焦るものは焦る。
「ななな……何してるんですか!?」
「翔真くん、うるさい。今聴診器がないから……こうしないと」
「ひぇぁっ!」
彩乃先輩はそう言って、俺の胸にピトッと顔をくっつける。
幼なじみの遥はさておき、異性として意識してしまうような人にこんなことをされるのは初めてな上、衝撃的すぎる展開に変な声が出てしまった。
「……翔真くんは鼓動が早いね」
「そりゃそうですよ! 一体誰のせいでこんなことになっていると……」
「もしかして……緊張しているの?」
顔を当てたまま上目遣いでそう聞いてくる彩乃先輩の破壊力は尋常ではない。
例えるなら、ビルを解体する時の鉄球を毎秒ぶつけられているかのような破壊力だ。
「そうですよ! はい! もう終わりですよ!」
「もう少しだけ……このままで――――」
恥ずかしげな顔をして、何かを言おうとした彩乃先輩の小さな声を毎度の邪魔者が上書きしてくる。
「ゴルァ! そこ! イチャコラすんな! 校庭に埋めるぞ。もしくは、ゴミ袋に入れて燃えるゴミの日に出すからな」
「翔真? まさか彩乃先輩と……許さない……絶対に……」
恐ろしいほどの罵声と呪詛の声が飛び交うので、俺と彩乃先輩は慌てて離れる。
そのため、まだ服が整っていないが、そんなことよりも二人の機嫌を良くすることの方が先決だ。
「部長。帰りにパフェ奢りますんで」
「やったっ……コホン。うむ、許そう」
ちょろい。
「遥。俺と彩乃先輩には何もないのはお前が一番知ってるだろ? 一番一緒にいる時間が長いんだから」
「はっ! そ、そうだよね! 私としたことが早とちりしていたよ! あははは」
ちょろい。
もしかして、今俺はものすごく悪い顔をしているかもしれない。
念のために、後でトイレに行って確認してこよう。
「ん? 彩乃のシュミレーションはもう終わりなのか?」
「えぇ。私は十分にシュミレーションをすることが出来たからもういいわよ」
「じゃあ、次は私だね!」
「おう、遥頼んだ」
俺は少しの休憩も兼ねて、トイレにでも行こうかな。
なんで甘い考えで立ち上がったものの、強烈な視線を感じて、その発生源の方を見ると、目が合ってしまった。
そのまま無視して行けば良かったのだろうが、何故だか足が前に進まない。
「翔真! 頑張ろうね!」
「また俺やるのかよぉぉぉぉぉ!」
地獄に休憩はないらしい。
「歩くバイオハザード」という表現が似合いそうな翔真。
次回も助っ人としてまた駆り出されます。
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