リレー展開もやはりおかしい!
今回は結構長めです
「自由部遅いぞ!」
グラウンドを囲むように設置されたテントの内外で楽しそうに喋る生徒たち。
そして、グランドの中央で殺伐とした雰囲気を作っている婆娑羅たち。
「おい彩乃。なんでこいつらこんなに静かなんだ?」
「由宇、耳を澄ませてみなさい」
「ん?」
そう言って言われた通りに口を噤む部長。
すると、何やらブツブツと聞こえてくる。しかし、なんて言っているのかはよく聞こえない。
「ヒェッ!」
急に部長が声とも分からない声をあげた。
あの部長が驚くほどのものだから、きっと何やらすごいことを言ってるのだろう。
そう思うと、もっと興味が湧いてきたので、そっと彼らに近づいてみることにした。
「…………」
なるほど理解した。
彼らはそれぞれ「千円は俺たちのもの」「自由部だけには渡すな」「あの自由部の手にだけは渡ってはダメだ」などとずっと呟いているのだ。
というか、この雰囲気の原因は俺らかよ。
「どうします? 部長?」
「確かに、彼らは死に物狂いで我らに勝とうとしてくるだろう。最悪妨害行為も有り得る」
「おう、そうだな……って睦月はいつの間にそこにいたんだ!?」
驚いた部長がズズッと二三歩ほど睦月さんから距離をとる。
ちなみに、俺でも睦月さんの接近に気づけなかったので、きっと睦月さんは忍びの末裔だろう。そうだろう。
「私? 私は少し前からいたのだけれど……」
「え、具体的にどこら辺からいたんだ?」
「んー……あなた達が盗み聞きをしているところら辺よ」
「そんな前から!? ど、どうやって来たんだ?」
「どうやってって……生徒昇降口から歩いてきたわよ。それがどうかしたの?」
「全部至って普通だ……」
睦月さんが忍びでないのならば、ただ影が薄かっただけということになる。
だだ、このレベルまで来るとその影の薄さは普通ではない気がするけど。
「由宇、そんなことはいいのよ。今問題なのは――――」
「あの狂ったヤツらの対処だろ? んなことわかってるよ……」
こちらにはある程度足の早い人材が揃っているとはいえ、妨害をされたらどうなるかは分からない。というか、恐らく一位は取れないだろう。
「私が最初に突き放せば……」
「ダメだ。遥突き放しても、わざと周回遅れになったヤツらが邪魔してくるかもしれない」
「そこまでして……」
「実際そこまでしてくるかは分からない。でも私は考えうる全てに策を打っておきたいんだ」
やたらかっこいいことを言う部長と、黙り込む遥。そして、その隣で無いはずの髭を指で弄ぶ彩乃先輩。
いや、あんたは何してんだ。
「由宇。私にいい案があるわ」
どこから取り出したのか、知らぬ間にメガネまでかけている彩乃先輩がそう口を開く。
「どうした、軍師彩乃?」
そうか、部長もこういうのが好きなのか。というか、今の仕草だけでよくわかったな。俺もだけど。
そもそも軍師彩乃ってなんだ、というツッコミは封じておこう。
「で、案ってなんなの? 彩乃」
「それはね――――」
そこで彩乃先輩が言葉を切るのと同時に、自由部周辺の緊張感が高まる。
そんな空気感を楽しむかのように、ついに彩乃先輩がその案を口にした――――
『さて、午後の第一部は……クラブ対抗リレーです! 毎年恒例のこの種目ですが、今年は一味違いますよ……え? 何が違うのかって? もうね、すごい豪華なんですよ! 優勝クラブにはなんと、一人一千円分の商品券が配られます! これは豪華でしょう!』
観客席からは「おぉ〜」という声が聴こえ、グラウンド中央に集まった精鋭たちの目付きが一瞬にして鋭くなる。
何この人たち怖い。
『それでは、第一走者の人はスタートラインにたってください』
その合図と共にゾロゾロとスタートラインへと向かっていく生徒たち。その中には遥もいた。
ふと目が合うと、こちらに手を振ってくる。
余裕だな。いや、知ってるけど。
しかし、人は金が絡むと変わる。あの生徒、改めて戦士たちも本気で走ってくるだろうから、どうなるやら。
『内側から「自由部」「支部」「午前の紅茶部」「エナドリ部」「北部」「南部」「牛乳の練乳術師部」です!』
急に自信が湧いてきたのはなんでだろうな。
まぁ、俺たちも人のことを言えないけど……。
『それでは皆さん! 準備は整いましたかー? はい! それでは……よーい――――』
一拍置いてピストルの音が鳴る。
千円を手にするために一斉に走り出す生徒たち。しかし、千円ブーストがあっても、遥はやっぱり圧倒的だった。
開始と同時に先頭へと躍り出ると、まだ集団として固まっている後続を突き放していく。
「はえー。やっぱ遥はえーな」
「まぁ分かってはいましたけど、圧倒的でしたね」
「けど、私たちの勝負はここからだからな」
「そうですね」
第二走者の中では、唯一テイクオーバーゾーン(バトンパスができる場所)の端で走り始めの体制に入っている睦月さんにだんだんと遥が近づいてくる。
そして、遥が二つ目のコーナーも周り終えるのと同時に睦月さんがゆっくりと小走りを始める。
全速でトラックを一周してもスピードが落ちてないのは、やはり流石と言ったところだろう。
「睦月先輩!」
「おつかれ! 遥さん!」
こうして、自由部は第二走者へとバトンが移った。
二番目を走る午前の紅茶部とは四分の一周ちょい差がある。
トラック半周でいいクラス対抗リレーとは違い、トラックを一周しなければならないクラブ対抗リレーにおいてはとても大きいリードだと言える。
「……はぁはぁ。これぐらいのリードで良かったですか?」
「あぁ、十分だよ。あとは睦月がどれだけ上手くやってくれるかだな」
「フォームはとても綺麗ですけど、アレが睦月さんに出来るかどうか……」
「睦月さんはドジっ子」という認識が自由部内にはあった(第五話参照)が、練習の成果もあってそこまで差は縮められていない。
しかし、リレーが始まる前の予想通りに最後尾を走っていた「エナドリ部」の生徒が極端にスピードを下げた。
まだ一周すらできていないエナドリ部からすれば、普通は致命的な失速だろう。
「来たな」
俺たちにしか聞こえないくらいの声で部長がそうつぶやく。
テイクオーバーゾーン手前でエナドリ部に追いついた睦月さんは、既に走り始めている彩乃先輩に向かって走る。
そして、スピードをあげて睦月さんと並走するエナドリ部。
やはりと言うべきか、バトンを持っているエナドリ部の手の動きが明らかにおかしい。
少し見にくいが、睦月さんの手というより、睦月さんのバトンを狙っているようにも思える。
「そこだ! 睦月!」
部長が叫ぶのと同時に睦月さんと彩乃先輩がテイクオーバーゾーンギリギリで止まる。
一方で、睦月さんの手に握られているバトンに気を使っていたエナドリ部は、テイクオーバーゾーンの線に気づかずにラインを超えてしまう。
もちろん、テイクオーバーゾーンを超えてのバトンパスは禁じられている。
『エナドリ部! エナドリ部! テイクオーバーゾーンを超えてのバトンパスはルール違反です! 競技中ではありますが、エナドリ部をルール違反のために退場とします!』
運営側も見逃さずに、即座にそんな放送も流れる。
悔しそうにトラック内に帰ってくるエナドリ部の二人。
二人はそのまま仲間たちの元へ行くかと思いきや、何故かこちらに近づいてくる。
「どうした? 退場になったエナドリ部?」
すかさず煽っていく部長。
煽られたエナドリ部員は苛立たしげに頭を掻きむしった上に舌打ちをしてくる。
「……まだ勝負は決まっていない。まだ、まだ策は残してある。楽に勝てるとは思うなよ」
「おっと、あの程度の妨害で私たちが負けるとは思うなよ。雑魚は何人集まっても、何をしても雑魚なんだからな」
「あ?」
ニヤニヤとした顔で、煽りを加速しせていく部長とエナドリ部の間で火花が散り、険悪な空気になる。
「翔真、翔真。これって……」
「あぁ、さすがに止めないとな」
「いや、私彩乃先輩から聞いたんだけど、部長が言ったのって負けフラグってやつだよね?」
「は?」
あのヲタクは一体遥に何を教えこんだんだ……。
と言っても次の走者は俺だ。いつまでもこうしても居られない。
「新月くん。ここは私に任せて、早く行ってきなさい」
「ありがとうございます。睦月さん」
この間にもリレーは進み、一位を走っている彩乃先輩と二位を走る午前の紅茶部の差はかなり縮まっている。
そして、退場となったエナドリ部に代わって最下位になった牛乳の練乳術師部も同じように、極端にスピードを下げて第三走者へとバトンを移した。
彩乃先輩が二つ目のコーナーを曲がりきるのを確認して、俺はスタートする。
着実に足音が近づいてきて、ついに手にバトンが受け渡された。
「翔真くん! あとはよろしくね!」
俺は走りに影響がないように、小さく頷いて返事をする。
少し前には牛乳の練乳術師部の走者。
抜かさない程度にスピードを上げて、一つ目のコーナーを曲がりきった所で彼に追いつく。
「……っ!」
恐らくだが、彼の意識は完全に俺にあるだろう。
その証拠に彼の視線を感じている。
「あとはいつしかけてくるかだな」なんて思っていた矢先。
「別にお前自身に恨みがあるわけじゃないっ……悪く思わないでくれ」
なんて声が隣から聞こえてきて、僅かに俺よりも前に出た彼の足が目の前に出てくる。
しかし、これは予想通り。というか、言われた通りだった。
事前に知っていればなんら焦る必要はなく、俺は落ち着いて――――
「――――っだ!」
彼の足を蹴りつけた。
我ながら違和感のない素晴らしい蹴りだったと思う。
牛練部の彼は足を横出ししてそもそも体勢が崩れかかっていたところに、蹴りを加えられて勢いよく転倒した。
瞬間、グラウンドに集まっていた観客も既にプレーを終えていた前の走者たちも、何が起きたのか理解できずに、にわかにざわめきが起こる。
もちろん俺は難なく二つ目のコーナーを曲がりきって、アンカーである部長へとバトンを繋ぐ。
「最後はお願いしますね?」
「おう! 任せとけよ!」
そう言い残して走り去っていく部長の背中を見送ってすぐに俺は遥たちの元へと向かう。
「よかったよ! 翔真!」
「……はぁはぁ。ありがとう」
「あとは由宇が上手くやってくれることを願うしかないわね」
「そうですね」
そうは言ったものの、いつだって無事に終わることはなくて、第一コーナーで部長は午前の紅茶部の追いつきを許してしまう。
そこから先は正直俺も二人が何をしたのかわからなかった。
コーナーが終わってすぐ。まずは部長の体が前のめりになり、今にも転びそうになったが、何とか踏みとどまる。
部長がすぐに体勢を立て直したかと思えば、入れ替わるように午前の紅茶部が同じように体勢を崩してしまう。
しかし、紅茶部の方は部長のように体勢を直すことは出来ずに、何事もなくゴールを目指して走っていく部長を見ていることしか出来なかった。
結果だけみると、自由部の圧勝。
「みんな! よくやってくれた! 私たちの大勝利だ!」
「全く、あれだけの妨害をされても勝ってしまうだなんて……やっぱりあなたたちはおかしいわ」
「睦月。お前ももうあたしたちの仲間だろ」
「えっ……私が……仲間?」
睦月さんの目に涙が少し溜まる。
いつもは変なことばっかり言ってる部長はたまにこういうことを言うから卑怯なんだよな。
そういえば、少し前に睦月さん「自由部の仲間になりたくない」とか言ってなかったっけ?
「だから、これから大概のことは見逃してくれよな」
「…………え?」
睦月さんの涙はスススッと目の中へと帰っていき、俺たちはまたため息をつく羽目となる。
「あああ……あああ…………あああああああ」
「む、睦月さん、落ち着いて……」
「そ、そうよ。由宇は素直じゃないだけなのよ?」
遥と彩乃先輩が必死に睦月さんのフォローをするが、心ここにあらずといった感じだ。
「もう! 由宇の馬鹿! 残虐! 冷酷! 人外! おたんこなす!」
どっかで聞いたことあるような罵倒の仕方だな。
「ったく……睦月のやつなんだよー」
「部長は一回自分を見つめ直した方がいいかもしれませんよ」
「はぁ? 何を言って――――」
『それでは、クラブ対抗リレーの表彰と景品授与を行います。一位。自由部』
「はい!」
切り替えの速さは日本一だと俺は思っている。
部長は少し早歩きで表彰台まで向かった。
『自由部。あなたの部活はこのリレーで素晴らしい成績を収めたことをここに評します。おめでとう!』
俺たち含め、全校生徒が拍手を送る。
なんだかんだ言って自由部は愛されているんだと実感する。
部長はいつもの言動からは考えられないほど優雅な動作で表彰状を受け取る。
『文月さん。何か一言ありますか?』
「それじゃあ、一言言わせてもらいます」
そう言って、こちらを振り向いた部長はいつもの顔をしていた。
文月由宇としてではなく、自由部部長としての笑みをその顔に宿している部長を見て、本能的に「あ、これあかんやつや」と悟る。
「千円の商品券は自由部のものだぁぁ! 残念だったな、諸君!」
あーあ、やっちまったよ。
唖然とする俺たちのことなんか気に留めることもなく、今度は同じく状況が呑み込めていない校長先生の方に向き直る。
「そういうことなので、千円、早く、下さい」
もう終わりだよ、この部活。
校長びっくりしすぎて全然耳に入ってないだろ、あれ。
「……あ、あぁ。そうだね。そ、それじゃぁ……これ景品ね」
「ありがとうございます!」
部長は床を滑るかの如く校長に近づいて――――
「おわっ!」
ガコンッ!
ビリッ!
芸人のようなこけ方をした。
「いてて……しまったな。靴ひもが解けてたの忘れてたわ」
「ぶ、部長! 大丈夫ですか!?」
「というか……何か破けるような音がしたような気がするのだけれど……」
「へ? ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ! あたしたちの千円がぁ!?」
部長はショックのあまり、その言葉を最後に気を失った。
それを目の当たりにした俺たちは急いで部長のもとに駆け付ける。
「部長!? しっかりしてください!」
「由宇? 由宇!? ちょっと、誰か由宇を保健室に!」
そして、保健室に運ばれている最中にも再度拍手が巻き起こった。恐らく今日一番の拍手だったと思う。
俺はそんな光景を眺めながら、「やっぱり自由部はこうなっちゃうのか」なんて思ったりもした。
読んで頂きありがとうございます!
彩乃の案の内容などは次回に!
次回は余談みたいなものなので、今日の夜か明日か明後日ぐらいに……(だからいつやねん)
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感想もどしどし……どしどし……