体育祭当日もどこかおかしい!
「いい天気になって良かったねっ!」
「うん、でも暑いな」
「翔真も気合い入れていこうよ! 元気とやる気が大事!」
「しかも熱いな」
暑さに熱さを重ねがけしてくる遥からなるべく離れるべく、トラックを挟んで反対方向にいる部長の元へ俺は小走りで向かった。
天気予報では最高気温は三十度まで上がると言っていたが、太陽が完全に登りきっていなくてもジワジワと汗が滲み出てくる程で、走っている今では頬から垂れ落ちた汗が体操服に小さな染みを作っている。
トラックを囲むテント群の外で体育祭準備委員や運動部があくせくと働いている姿を横目に見ながら、俺は三年のテントまでたどり着いた。
「あぁ、翔真。やっとで来たか。遅いぞぅ」
部長を探そうとした矢先に足元から俺に向かって声が掛けられた。
「部長。そんなふうに寝転がってると砂付きますよ?」
「大丈夫大丈夫。ちゃんとブルーシートの上だから」
部長は俺の忠告に対して、器用に手を左右に振って返す。
「いやでも、風で舞い上がった砂が……シートの上に」
「ぎゃぁぁぁ! 本当じゃんか! 早く言えよ、バカ翔真!」
部長はまるで初めて陸に上がった魚のように跳ね上がると、背中や髪の毛に付いた砂を払いながら、俺を理不尽に罵倒してくる。
俺も何か言い返そうかと口を開こうとした時、この場にいるはずの人がいないことに気がついた。
「そういえば、彩乃先輩は?」
「……翔真、お前ってやつはとことんモラルがないなぁ」
「え……すいません」
そうだ。トイレに行かないのは昭和のアイドルまでだ。年頃の女性に「トイレに行っている」だとか、「トイレに行ってた」だなんて言わせては男としてダメだろう。
「まぁ、彩乃は凛を迎えに行ってるだけだけどな」
「なんだ……焦らせないで下さいよ……」
……は?
「今なんて?」
「だーかーらー、凛を迎えに行ってるんだって」
「ウッソだろおい!」
どうやら嘘でも、俺の聞き間違いでもなさそうな様子。
俺が慌てて凛に電話すると、僅か三コールで出る。
「あ、言ってなかったっけ? 彩乃先輩に家まで迎えに来てもらったんだー」
「いや、お前……学校までの道はわかってるし、一人で全然行けるって言ってたじゃん……」
ツーツーツー
あいつ、不利だと見るや切りやがったな。
「まぁ、そうカリカリすんなって」
「逆に部長は余裕を持ちすぎでは」
今度は砂で汚れないように、見覚えのあるビーチチェアに腰掛けてリラックスしている部長。テントの下にいるくせに、サングラスまでかけている。
「というか、どこからそれを出してきたんですか。ついさっきまで無かったはずですよね」
「あまり私を敵に回さない方がいいぞ、翔真。私は四の次元なポケットから物を取り出せるんだからな」
「敵対したくてもできないですよ。広〇苑投げてくるし、直ぐに面倒事を押し付けてくるし、巻き込んでくるし……」
「ストップ! ストップ! 一回あたしについての認識について話し合わないといけないのはわかった。けど、とりあえず今はやめようか」
常日頃から部長にしてやられているので、久しぶりに仕返しが出来てスッキリした俺は、時間的にもうすぐ着くであろう凛と彩乃先輩を出迎えるために、校門へ向かった。
少しの間この炎天下の下で待っていると、見慣れた二つの人影が見える。
「やほー、お兄ちゃん! 約束通りちゃんと来たよ!」
「あら、翔真くん。わざわざ出迎えてくれてありがとう。十分後には開会式も始まるし、とりあえず行きましょうか」
当たり前のように来て、当たり前のように中へ入っていこうとする二人。
「ちょっと止まろうか、特に凛」
「な、なんだい。お兄ちゃん。私にやましいことなんて何一つないよよよ」
声が上擦っている上に、分かりやすく震えている凛はこちらを見ることなくそう言った。
「凛。人と話す時は、相手の目を見て話すものだと習わなかったかな? 俺の目を見てもう一回同じことを言ってみようか」
「それは無理なお願いかなぁ……なんて……ははは」
頑なにこちらを見ようとしない凛の前に出て顔を見てやろうと、前に回り込む。しかし、凛は俺の動きを見てないくせに、俺の動きに合わせて、顔を見られないように上手く体を回転させる。
無言で繰り広げられているこの駆け引きも、傍から見たら兄妹のじゃれ合いに見えるのだろうか。
そして誰もいなくなった、ついにこの争いに終止符が打たれる。
「凛ちゃん、翔真くん。さすがに校門前でずっとこんなことをしてるのは他の人の迷惑になるし、熱中症にもなっちゃうよ?」
「「はい」」
彩乃先輩の優しい忠告に俺たちは大人しく従い、とりあえず部長と遥に連絡して一年C組のテントで集合することにした。
「凛、久しぶりだな」
「凛ちゃんおひさ〜」
「お久しぶりです〜」
と、挨拶を交わす三人はつい昨日に会ったばかりなのだが、それを今言うと俺の命が無くなる気がするので、黙っておくことにした。
「私は先に自分のテントに戻るわ」
「あ、了解です。一緒に体育祭頑張りましょう」
「そうね、健闘を祈るわ」
彩乃先輩は俺にそう告げると、綺麗に揃えられていた靴を履いて人混みの中へ消えていった。
一方の三人はひとしきり喋ると「あと少しで開会式を開始致します」というアナウンスを合図にそれぞれのいるべき場所へと帰って行った。
と言っても、部長は三年生のテント、凛は来場者用テント、遥に至っては二人が去っていくのを見ていただけなのだが。
「二人っきりだね……」
「他のクラスメイトがいるけどな」
「釣れないなぁ」
「別に遥に言われてもな……」
遥は目を大きく見開いて口にそっと手を当てる。
「どこに心を忘れてきたの?」
「ここにあるけどな」
「もしかして、幼なじみは恋愛対象じゃない系男子だった?」
「ラブコメあるあるな」
「翔真ってアブノーマル派? 私はドMになればいい? それともドS?」
「いや、どっちにもならなくていいから。出来れば、今のままでいて欲しい」
「『今のまままでいて欲しい』だって……キャッ」
今度はなんてツッコミを入れようかと考えていると、スピーカーから微かに音が聞こえてきて、グラウンドは一気に静寂に包まれた。
「えー、プログラム一、開会式です。全校生徒の皆さんはグラウンド中央へ集まってきてください」
前年の体育祭から行進というものを無くしたため、こんな形で種目を始める。
「さ、行こうか」
「間が悪すぎるよぅ……あと少しで翔真を落とせそうだったのに」
「馬鹿なこと言ってると、置いてくぞ」
そう言いながら既にブルーシート外にあった自分の靴を履いて、遥を置いていく気満々の俺を見て、慌てて遥も立ち上がる。そして、その勢いのまま靴を履くと――――
「翔真の馬鹿! 残虐! 冷酷! 人外! おたんこなす!」
こちらに罵詈雑言を飛ばしてきたが、その言葉は虚しくテント内に響き渡って消えていった。
お久しぶりです。
諸事情あって長らく投稿が止まっていましたが、再開します。再開したいです(願望)。
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