体育祭前の休日も何かおかしい!
「やたー! また勝っちゃった!」
「マジかよ……」
新月家内に対照的な二つの声が響き渡る。
現在、俺は凜と二人で格闘対戦ゲームをしている。最近は二人でゲームをすることはめっきり減ったが、俺らが小学生の時はよく一緒にゲームをしていたものだ。
「凛なんか強くね?」
最後にやった時は俺が圧勝してたはずなんだが、何故か今日は凛に完全に主導権を握られている。
「お兄ちゃんがゲームをしなくなってからも私はずっとやってたんだから当たり前だよ! これでも私は学校で『北斗の凛』って呼ばれてるんだから!」
「え、お前そのあだ名でほんとにいいの?」
衝撃の事実が明かされたその瞬間もまた画面に「K.O」の2文字が表示される。
「これで今日は私が十四戦十四勝だね!」
「凛にここまでボコボコにされたのは初めてだなぁ。……一旦休憩にしようか」
「そういえば、ロールケーキが冷蔵庫に入ってるはず」
「また買ってきたのかよ」
「安かったからいいじゃん」
凛はそう言うと、肩まで伸びている金色の髪を細かく揺らしながら冷蔵庫からケーキを取り出して、丁寧に机に置いた。
「五つもあるのか」
「安心してお兄ちゃん。既に助っ人を呼んであるから」
「助っ人?」
俺が誰のことだろうかと首を傾げたその時。
「呼ばれて飛び出てここに参上! 凛ちゃんが呼んだ助っ人こと……」
「遥か」
窓が勢いよく開かれ、窓を開けた張本人である遥がその勢いのまま名乗り出る……かと思いきや、無事勢いが削がれてそのまま窓の前で停止した。
「何してんだ、お前は」
「それはこっちのセリフだけど!? 折角私がカッコよく登場しようと思ってたのに、一体なんてことをしてくれたんだよ!」
「俺は危険人物の過ぎた行動を止めただけだが? それより、窓に気をつけろよ。割れたらどうすんだ」
「まぁ、この窓も慣れたでしょ」
「だからこそ怖いんだよ。お前、毎回してんじゃん。なんなら、俺の部屋のドアがお前のせいで微妙にへこんでいるんだが?」
「それ絶対に凛ちゃんも罪のい――」
「2人とも、そんなに争わないの」
遥が何かを言いかけたその時、ちょうど皿にロールケーキを乗せて運んできた凛がやってきた。
「これはもはや争いではないだろうけどな。ところで、遥はなんて――」
「さ、食べよ?」
「は、はい」
俺は遥の絶対的な圧に完敗して、大人しくロールケーキを食べることにした。
既に小さく切り分けられた皿の上のケーキをフォークでさらに1口サイズに切って口に運ぶ。瞬間、スポンジ生地に囲まれていたクリームが口の中いっぱいに広がった。
安いロールケーキの割には甘すぎず、それでいてロールケーキの特徴的な味が失われていないことに敬服しながら食べていると、ひとつの疑問が出てきた。
「このケーキ本当に安かったのか? というか、どこで買ってきたんだ?」
「へ?」
俺の単純で純粋な疑問に対して、凛は気の抜けた返事を返してきた。よく見ると、部屋の中は冷房で涼しいはずにも関わらず、うっすらと汗が滲んでいる。
「な、何を言っているんだい。兄さんや」
この声ひとつとっても、明らかに動揺していることが伺える。俺は少し仕掛けることにした。
「まぁ、五百円ぐらいまでならセーフか」
「そうだよ……って……ハッ!?」
「まんまと引っかかったな、コノヤロウ」
凛は自分が罠にかかったことに直ぐに気がついたようだったが、時すでに遅し。
「ま、待つんだ兄貴。計五百円の可能性も無きにしも非ず――」
「可能性とか言っちゃってる時点で、お前は墓穴を掘ってるからな?」
「オーマイガー!」
そう叫んだ凛が椅子から転げ落ちるのを見送った俺は遥が何やら怪しげな微小を浮かべていることに気がついた。
「遥さんや。今度はこの俺にどんな試練が待ち構えていると言うのですか」
「まだ気が付かないの? このケーキの個数がおかしいことに」
「あっ!」
この場にいるのは三人。そして、机に置かれているのは食べかけ三つと、手がつけられていない二つ。一人ふたつだとしても、変だ。
「これは一体どういう……」
ピンポーン
俺が混乱し始めた矢先に呼び鈴が鳴った。俺は恐る恐る玄関に忍び足で行き、音を立てることなく覗き窓から外を見ると、ふたつの人影がそこにはあった。
俺はドアを開けると、ため息混じりに目の前に立っている二人の知り合いに声を掛けた。
「こんなことだろうとは思ってましたよ」
「邪魔するぞ、翔真」
「こんにちは、翔真くん」
部長と彩乃先輩は各々挨拶を済ませると、靴を脱いで家に上がってきた。
「ちゃんと上がらせてくれる当たり翔真らしいな」
「いや、俺は『上がっていいですよ』なんて一言も言ってないし、なんなら帰らせようかと今でも考えてる最中ですよ」
「嘘……やん」
「まぁまぁ、いいじゃない。心に余裕を持つことは大切よ?」
「あなたはケーキ食べれるから余裕しかないでしょうね」
「うぐっ……」
俺はこの辺で勘弁してあげようと思い、肩の位置がいつもより下にある二人をリビングに案内した。
「あ、お久しぶりですー……えと……部長さん」
「そういえば、前来た時は名前も名乗ってなかったな。あたしは文月由宇。呼び方はなんでもいいぞ」
「私は翔真くんのひとつ上の長月彩乃です。よろしくね、凛ちゃん?」
「よろしくです。由宇さん、彩乃さん」
互いに自己紹介を済ませて、席に着く。昔から度々遥がうちにやって来ていたこともあって、ちょうど椅子の数は五つあった。
「このケーキ美味しいな」
「ねー?」
椅子に座ったと思うと、既に二人は用意されていたケーキを食べ始めていた。
チラッと凛の方を見ると、仲間が増えてこれ以上追及されないと踏んで、素知らぬ顔をしている。
「そういえば、何故か全員集合してますけど、何しに来たんですか?」
「新月家だよ! 全員集合!」
「うわ、視聴率低そう」
部長や彩乃先輩が直ぐに答えない当たり、特に目的はなく、むしろ美味しいケーキをみんなで食べるために集まったのだろう。
「あ、スマ〇ラじゃん。みんなでやろー」
「いや、時間がない。それはまた今度にしよう」
「部長、この後何か予定があるんですか?」
「無いといえば無いが、あるといえばあるな」
俺の背筋を何故か汗が伝う。何か嫌な予感がした。
そう、部長が無理を言ってくる時のような感覚が。
「ち、ちなみに何があるんですか?」
「そりゃお前、なぁ?」
「あの、俺ゲームしたいんすけど」
「わかってるよな?」と圧をかけてくる部長に対して、俺は近くにあったゲームのコントローラーを手に取って主張する。
しかし、人間の心をどこかに捨ててきたであろう部長は、それはもう満面の笑みを浮かべて……
「そうだな。じゃあ、今から走ってバトンを相手に渡すというゲームをしに行こうじゃないか」
「り、凛……お前は俺とゲームをしてくれるよな……?」
この中で唯一味方になってくれそうな凛に縋るように見るが、渡る世間には鬼しかいなく。
「グッドラック! 兄ちゃん!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
俺の叫び声が終戦の合図となり、俺の両サイドにたった彩乃先輩と遥によって俺は公園という戦場へとまた駆り出されて行った。
今週からまた投稿を継続できるように頑張ります……
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