俺の妹がどこかおかしい!
学校の終礼が終わり、スマホを確認すると、一件の通知が表示される。
『すまないが、今日の部活は休みだ』
そんな簡素な一文。
たまにはすぐ家に帰るのも悪くは無い。
なんて思いながら俺は帰り支度を早々に済ませて、「運動部の助っ人に行く」と行っていた遥と別れ、教室を出た――――
「なんで部長が俺の家にいるんですか?」
「そこに家があるから?」
「ネタの使い回しは厳禁ですよ」
俺が学校から帰宅すると、部長が俺の家の中にいた。しっかりと鍵をかけてから登校したはずなんだが。
ちなみに俺は中学二年生の妹がいる。名前は新月凛。部長よりは背は高いが、中学生らしい小柄な体。その腰上まで伸ばした髪をいつもはポニーテールに纏めている。
兄の欲目かもしれないが、かなりの美少女だと思う。
その妹はいつも俺より早く帰ってくるから、既にいるはずなんだが。
「インターフォンを鳴らしたらお前の妹が出てきてさ、『翔真君の先輩です』って言ったら家に入れてくれた」
「日頃から『怪しい人は絶対に家に入れるな』って言ってあるんですけどね……あとで説教しておきます」
「おいこら、今あたしのことを怪しい人って言ったろ」
部長が「ったく、先輩というか部長を不審者扱いするとは一体どういうことだ」なんてぶつくさと文句を言っているが、俺の視線はリビングに繋がるドアに向いていた。
ゆらりと人影が見えたかと思うと、ドアが開き、見覚えのある少女がこちらへと近づいてくる。
「そうだよ! お兄ちゃんの先輩さんなんだから悪い人な訳ないじゃん!」
この女の子こそが俺の自慢の妹。ただ、いつ部長に洗脳されたのかはわからないが、妹は部長のことを信じきっているらしい。
「……部長、人の妹を洗脳するのはやめて頂けませんか?」
「し、失敬な! あたしはただ、5円玉をブラブラさせて、『私の言うことは全て正しいのだ』って言っただけだよ」
「それを洗脳って言うんですよ」
やはり、妹は部長に洗脳されていたらしい。
まだ我が家に来たのは一回目だが、部長を出禁にした方がいい気がする。
「翔真! ゲームをしよう!」
「部長が勝てるまで終わらなさそうなので、却下で」
「うぐっ……ならば、宿題をしよう!」
「まさかとは思いますけど、俺にやらせるつもりじゃありませんよね?」
「腹へっ――――」
「我が家に今お菓子はありませんので」
部長が言い終わるまでに言い返すと、ついに黙り込んでしまう。
さすがにやりすぎたか?
部長を返り討ちにして、オーバーキルまでしてしまったのは俺だが、どうやってフォローしようかと悩んでいたその時、部長がついにキレた。
「なんであたしの考えていることがわかるんだよぉ!?」
「部長は結構単純ですからね」
「な、なんだと……」
メンタルお化けの部長にしては、かなりショックそうな様子。
単純って言われるのが嫌なら、複雑と言えば喜ぶのだろうか。
「…………」
「…………」
下からの視線を感じる。
「…………ジー」
「……な、なんです? 部長?」
「べ、別にー? なんか心が傷ついたから、なんか慰めて欲しいなーなんて、思ってなんかいないんだからなー」
あまりにも視線がしつこかったので、思わず反応してしまったものの、それに対する返答は分かりやすすぎる棒読み。
「……はぁ。ポ〇キーならあるけど、食べます?」
「もちろん食べる!」
「じゃあ、私はコーヒーでも入れますねー」
数秒前からは一転、満面の笑顔になった部長と共にリビングへと向かう。
リビングに入ると、ソファーに立てかけられるように置かれた湯京高校の制鞄があった。
ソファーの上に置かないあたり意外に清潔さを大事にする人なんだろうか、なんて考えていると、台所から凛の声が聞こえてくる。
「お兄ちゃーん! コーヒー豆切れちゃったから新しい袋開けるね?」
「ああ、ごめん。そうしといて」
俺がそう答えると、部長が少し気まずそうな顔をする。
「どうしました?」
「あー……あたしは紅茶か他のものでお願いしたいんだけど」
「もしかして、部長って甘党だったりします?」
「んー甘党ってほどでは無いけど、苦いとか辛いものは苦手だな」
そういえば、この前もパフェを食べていた気がするし、ポ〇キー
にあそこまで食いつくということからも、やはり甘党なのでは。
「凛。うちに紅茶ってあったよな?」
「あるよー。部長さんは紅茶ですね」
物分りの良い優秀な妹はそう言って、飲み物の用意を進める。
その間、俺と部長は二人でちょびちょびとポ〇キーをつまむことにした。
少しすると、「できたよー」という声とともにお盆に載せられ運ばれてくる三つのコップ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、凛ちゃん。それでは早速! あっつ!」
「だ、大丈夫ですか? 部長?」
「だ、だいひょうぶら」
舌を火傷してそうな部長を尻目に、俺もコーヒーを口にすると、今まで喉に溜まっていたポ〇キーの甘みが洗い流されてスッキリする。
「どう? お兄ちゃん?」
「うん。いつも通り。美味しいよ」
「ふふっ。良かった」
それまで立っていた凛も安心したのか、椅子に座って、コップを口につける。
それからしばらく三人で他愛のないことを喋っていたのだが、急に部長が不審な動きをし始めた。
具体的には、話が頭に入っていないような様子で適当に相槌を打ったり、左右をキョロキョロと見回したりなど。
「なんか気になることでもあるんですか?」
「蚊でもいますか? もう蚊取り線香出した方がいいのかなぁ」
「ああいや。違う。蚊じゃない……まぁ、気になることと言えば、確かに気になることなんだけどな……」
部長らしくない歯切れの悪さが少し気持ち悪いので、余計に気になってしまう。
「気になることがあるなら言ってください」
「んー……まぁ、そういうことなら……お前らの両親って共働きなのか?」
「な、なんでまたそう思ったんです?」
努めて冷静に答えたはずなのだが、自分でも声が上ずってしまったのがわかった。
凛も心配そうにこちらを見てくる。
「あーいや……あたしは別にお前らの両親が共働きだとは思っていない。これも言っていいのか……お前ら両親と別居してるだろ?」
「……っ! なら、どうしてそう思ったんですか?」
「そうだな……単に玄関にお前らの靴しか無かったっていうのと、生活感って言うのか? 二人しか住んでなさそうな気がしたんだよ」
それを聞いて、俺と凛は黙るしかなかった。それぐらい、部長の推理は完璧だった。
もう話そうと決めた俺の元に凛がやってきて、耳打ちをしてくる。
(どうするの?)
(隠す理由は無いし、俺は言うつもり)
(了解。お兄ちゃんがそう言うなら)
納得したような、スッキリしたような顔で元の位置に戻っていく凛。
元々俺は早めに部活のメンバー全員にこのことを打ち明けておくつもりだったし、部長に打ち明けるにはいい機会だと思う。
「ええ、部長の言ってることは合ってますよ。正解です。確かに、俺たちの親は今はこの家にいません。でも、喧嘩をしているわけでも、複雑な家庭の事情がある訳でもないので、そんな申し訳なさそうな顔をしないでください」
「お、おう。良かった。地雷でも踏み抜いたのかと思ったぞ」
「部長なら地雷を踏み抜いても、どうせ生きてますよ」
「バッカお前。それは物理的なやつだろ。あたしの言う地雷だと、お前らの中のあたしは死ぬんだよ」
ちょっと何を言っているのかよく分からなかったが、とりあえず部長は安心したらしい。
「ちょっと話は逸れたけど、なんで一緒に住んでいないのかとか」
「あー、別に大した理由ではないんですけどね」
「そう言われると気になるなぁ……教えてくれ」
「…………旅行中なんですよ」
「ん? は?」
急に出てきた「旅行」という単語に部長が間の抜けた声を出す。
本当にどういうことかわかっていないようで、「どういうことだ?」と続きを促してくる。
「あの人たち……まぁ、俺たちの親なんですけど、結婚二十周年だとか何とか言って、急に家を出ていったんですよ。もちろん学費とかお小遣いとかは銀行に振り込まれているから、生活自体は大丈夫なんですけど」
「言っていいのかわかんないけど、なかなかクレイジーだな」
部長の言う通り確かに子供二人を置いて旅行に行くのはクレイジーだが、お金は毎月振り込まれているし、生活に必要なものも置いていってくれた。それに、俺たちへの愛情が無いわけでもなく、毎週画面越しではあるものの、家族で喋ったりはしている。
「ラノベでしかこういうの見たこと無かったけど、実際に親いなかったらこうやって女を連れ込んで……チョメチョメ……」
「むしろ入り込んで来た側ですけどね。あと、うら若き乙女がチョメチョメ言うなし」
「お兄ちゃん、チョメ……チョメ? ってなに?」
「凛。もう忘れろ」
この変態部長、末代まで呪ってやろうか。うちの妹を汚すことだけは絶対に許さない。
「……怖い。顔が怖いぞ、翔真」
「気のせいですよ……それはさておき、今日の夜ご飯は?」
「今日はブリの煮付けだよー。あっ、もうこんな時間!? 急いで準備するね!」
そう言って、凛はカップを回収しがてら台所の奥へと入っていった。
「やっぱり夏は日が沈むのが遅いから、感覚が狂いますよね」
「そうだな、もうこんな時間だもんな」
「我が家はこれから夕食ですし、もう外は暗くなり始めているので、早く帰らないと体の小さい部長は誘拐されちゃいますよ?」
「お前、あんま舐めていると痛い目見させるからな?」
部長の目が完全に据わっている。これはガチだ。
多分これ以上言うと、本当に俺の命が消し飛ぶ可能性があるんだよなぁ。
部長は表情を戻すと、椅子を引いて立ち上がった。
「でもまぁ、確かにもうそろそろお暇しようかな」
「それがいいと思いますよ。忘れ物はないように」
「忘れ物はないかな……凛ちゃん今日はありがとう。紅茶美味しかったよ」
「はい! 気をつけて帰ってください」
凛も夕飯の準備を一旦やめて、俺と共に部長を見送りに玄関までついてくる。
部長は両足の靴を履き終えると、俺らの方へと振り返ってくる。
「それじゃ、また明日な」
「はい、また明日」
「また、今度は夕飯に誘ってくれよな」
「ええ、いつか」
ドアが開いて閉じるのと同時に、家の中が静かになる。
息子や娘が独り立ちした後の家ってこんな空気なのかな。
「静かになっちゃったね」
「いつも通りだよ」
「じゃあ、今日は私がうるさくしてあげるよ」
「さすがに部長二人目は勘弁してくれ」
俺たちもまたいつもの日常への戻っていく。
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