プライベートブランドは擬態する
人の文明が滅んで幾星霜。それでも人は生き続けていた。
過去の人々が残していった遺物を堆積する塵や砂の中から掘り出して利用することによって。
その日、カンタロウは出入りしているジャンク屋で新しい遺跡の話を聞いた。
「また新しいコンビニが見つかったらしいぜ」
コンビニ、というのは昔の人類が使っていた施設の一種だ。
どんなところにでも作られて人々に生活必需品を供給していたらしい。
人の作った物の殆どが砂漠の砂の中に沈んでしまった今日でも、夥しい数のコンビニが埋まっていて、一つでも見つければ一生食っていける宝の山として知られている。
けれどコンビニを発見するのは至難の業だ。何せ相手は砂や瓦礫の中。入口に到達するためには金属探知機や掘削用マシンがいるし、万一警備機構が生きていたらそれを突破するための装備もいる。
特に警備機構は厄介で、うっかりしてレーザーで穴だらけにされた山師の話なんて腐るほど聞くことが出来る。
というわけで、普通は何人かの山師が金を出し合って装備を整え、コンビニの噂が出た地域を捜索する。
だがカンタロウにはコンビニを独占する当てがあったのだ。
早速カンタロウは行動を起こす。
まだ太陽が昇らぬ深夜にホバークラフトに乗って砂漠に乗り込むと、噂の在った地域で金属探知機を起動させる。
旧文明の建物には特定の波長を示す金属が多数含まれているので、探知機に掛けると比較的簡単に見つかるのだ。
カンタロウはそこで、地下30メートルに存在する空間に辺りを付けると、ホバークラフトに乗せておいた特製の装置を動かした。
「頼むぜドローンさんよ」
それは前の仕事で見つけた未起動状態で保存されていた掘削用ドローンだった。
カンタロウはこれを苦労して持ち帰り、内蔵されているコンピュータを書き換えて自分の相棒にすることにしたのだ。
今目の前でドローンは目標に指定した箇所までのトンネルを掘っている。掘った穴が崩れないようにレーザーで砂を焼いて固定している。
朝焼けの光が長い影を作る頃、ドローンの作業は終わった。
カンタロウはドローンから掘削用ブレードを外してやり、共にトンネルの中へと入り込んだ。
ガラス状になったトンネルの側面はつるつるしているが、ちょっとの事では壊れそうにない。
滑るように奥へ進んだカンタロウは、ドラム缶めいたエンブレムの刻印された扉を発見した。
「間違いない、こいつはコンビニだ!」
喜び勇んだカンタロウは早速扉をこじ開ける。ドローンのバッテリーからエネルギーを貰ったハンディレーザーで容易く開いた穴に、一人と一体のドローンは慎重に踏み出した。
暗いコンビニの中は何百年も地面の底にあったとは思えないくらい空気が澄んでいた。遠くからぶーん、という謎の音が聞こえる。
「このコンビニ生きてやがる……」緊張で腹の底が冷える。
カンタロウはドローンを警戒モードに切り替えた。ドローンの頭から迎撃用レーザーガンが展開される。
とにかくこの真っ暗な中じゃどうにもならないから、カンタロウは懐に入ってるカンテラに火を入れて高く掲げた。
その瞬間。
ZAPZAPZAP!
ZAPZAPZAP!
「わぁ!?」
驚くカンタロウを尻目にドローンは黙々とレーザーガンを発射する。閃光は暗闇の中に薄く光る監視カメラを狙っていたのだ。
早口でドローンからマシン語による警告アラートが発せられる。するとすぐさま、コンビニの生きた警備システムからの攻撃がはじまったのだ。
ガォォォォン!
警備システムとドローンが互いを目がけたレーザーを射ちまくる。だがドローンは同時に相手の標準を狂わせる微量のチャフ&フレアを撒き自分とカンタロウの身を護った。
狭い店内で乱舞するチャフとフレアに反射する拡散レーザーで視界がキラキラと輝くが、それは一瞬の出来事だった。
ガォォォォン!
人工知能の断末魔が聞こえた。ドローンがマシン語で脅威対象の殲滅をカンタロウに告げる。
おっかなびっくり進み出たカンタロウは、自分に向けられたまま沈黙する、天井に設置されたレーザー砲台が完全に死んでいるのを確認して、遂にコンビニを我が物にしたのだと実感するのだった。
ドローンのライトを使い、早速カンタロウはコンビニの物資を物色し始めた。
コンビニには壁一面に希少な硬質クリスタルの棚があり、部屋の真ん中にも同様の棚、あるいは商品を収納するボックスが天井まで用意されていた。
だが、カンタロウは困惑した。
棚にもボックスにも隙間なく商品が詰め込まれているのだが、どの商品も同じに見えるのだ。
全ての商品が全く同じデザイン、同じ大きさのパッケージに封入されているためである。
僅かに表面には古代の文字で商品名と思しき刻印がされているのだが、カンタロウには読み取ることが出来なかった。
ドローンのスキャナーでは内部構造と成文しか分からないカンタロウは苛立った。
このままじゃあの隅にあった引き出しにつまってた金属のチップくらいしか持ち帰れそうなものが見当たらなかったのだ。
しかし中身が分からないパッケージを開けるのはかなり危険である。経年により内部でどんな化学変化が起きているか予想が付かない。
だがカンタロウは決心した。何が何でもこのコンビニから飛び切りのおたからをもちかえってやる。その為にはパッケージを開けることが必要なのだ。
取り敢えずカンタロウは、クリスタルで覆われた棚から始めることにした。
クリスタルのシャッターは手を掛けると苦も無く開けることが出来、その先には筒状のパッケージが整然と並べられている。
その一つを手に取り、矯めつ眇めつした。どうやったら開封できるのだろう。
暫く考えた挙句、懐に入ってたナイフをパッケージの端に突き立てることにした。
ナイフの刃はパッケージを切り裂くことが出来た。無機的な見た目とは裏腹に大変に柔らかい物質で出来ているらしい。
カンタロウがパッケージを開いた途端、中から緑色の液体が噴出した。
「うわっ!?」
微量の酸を含んでいるそれは床に零れて、泡立って広がった。
「危ねぇ。トラップかよ……」
かかった指先が少しチリチリとするカンタロウはパッケージを捨てる。甘い香りがする酸性液だ。
「もしかして、これ全部トラップなわけ……ないよな?」
恐る恐るカンタロウは次なるパッケージに手を伸ばそうとして、手が止まる。そして先ほど投げ捨てたパッケージと、棚に整然と並ぶパッケージとを見比べる。
「やべぇ、違いが全然分かんねぇ……」
もしまた同じトラップに引っかかっても、無事でいられるかは分からない。
仕方なくカンタロウはクリスタルの棚にあるパッケージを諦めることにした。
次は、部屋の中央に並ぶボックスに手を付ける。こちらも隙間なくパッケージが並べられ、見た目はどれも違いがない。
ままよ、とカンタロウは適当にパッケージを引き抜く。こちらのパッケージも見た目以上に柔軟な素材で出来ているのか、触っているうちに端の方から切れ込みが入り、開くことが出来た。
中には茶色い有機物がゲル状になって詰まっており、嗅いだことのない異臭を放っている。
「なんだこれ……変な臭いがするな。腐ってるのか?」
食品なのかそうでないのかさえ分からないカンタロウは泣く泣くその正体を諦めた。どちらにしろお宝とは呼べない。
こうしてカンタロウはコンビニに遺された、傍目にはどれも同じに見えて仕方ないパッケージ群をおっかなびっくり開けては中を確かめるという、気の遠くなる作業に取り掛かることになった。
パッケージの中に入っているのは殆どが有機物で、色とりどりであり、異臭がするものだった。
現代では一般に使用されている完全培養型エネルギーキューブしか食べたことのないカンタロウには、その正体は全く分からなかった。
開封されたパッケージの内容物は外気に晒されるとあっという間に腐食することもわかり、カンタロウは途方に暮れた。
せっかく人を出し抜き一人でコンビニを占拠できたというのに。
と、外にあるホバークラフトと通信していたドローンが外部から接近してくる車両があることを警告してきた。
「げ、もう誰かきやがったのか!」
焦るカンタロウ。今出ていけば出し抜きを食らって怒り狂った連中に袋叩きに合いかねない。
何か、うまく脱出する方法はないのかとまだ探索していないコンビニの内部へと足を運んだ。
そこは表のパッケージ軍が陳列されていた区画とは全く別の雰囲気を持つ場所だった。
細長い路地のような空間に所せましと置かれているのは表面が錆び付いて元が何だったのか判別できない金属の筒や箱だ。
それらを避け、さらに奥へと入ったカンタロウは上階へ通ずる階段を発見する。危険を避けるためにドローンを先行させながら、カンタロウは地上に出られる希望を持ち始めていた。
階段の先にあったのは地上への出口ではなかった。
「またパッケージか!」
そうだ。そこには下のコンビニと同様に陳列されたパッケージ群が鎮座していた。ただし、その大きさは異なる。
巨大な、実に巨大なパッケージ群がカンタロウを威圧するがごとく並んでいるのだ。そしてその先には、明らかに外部へ通じると思しきシャッターが閉ざされているのだ。
このシャッターを破れば、別口から外へと出られるに違いない。そう思いドローンのレーザーガンで突破を考えるカンタロウだが、ふと、目の前の巨大パッケージの正体が気になった。
このパッケージは見上げるほどの大きさであること以外は下の階にあるパッケージと何ら変わるところが無かった。
カンタロウはドローンのセンサーで中身を確認した。
ガォォォォン!
ドローンはパッケージの中を金属、それも多量の希少金属を含んだ金属製品であると告げた。
カンタロウの乗り捨てたホバークラフトが後からやってきたレイダーたちの機銃掃射で蜂の巣にされ、火を吹いて爆散した。
重金属を含む薬物を日常的に摂取しているレイダーたちは口々に汚い言葉を罵りあいながら、目の前に開けられた地下への穴を指さす。
そのうちリーダーと思しきレイダーの一人が銃器を構えて部下たちを先導し、穴の中へと降りようと足を進めた、その時。
KABOOOM!
突如としてレイダーたちの目の前に広がる砂地の一画が爆発した。
驚くレイダーたちの前に現れたのは巨大な人型機械に乗り込んだカンタロウだった。
人型機械に内蔵された重火器を接続したドローンと一緒に操作し、レイダーたちはレーザーとミサイルの猛攻に晒されて方々の体で逃げ帰っていった。
こうしてカンタロウはコンビニで手に入れた人型機械を無事持ち帰ることが出来た。
あの有機物のパッケージがなんなのかは最後まで分からなかったが、カンタロウは満足した。
またいつかコンビニを探そう、そして今度はあのパッケージを持ち帰ってみよう。
カンタロウはそう思うのだった。