決定打
珍しく声をかけてきた彼女の話は、彼の人を亡くしたことを悲しむ様子がない私への不満だった。
親戚が他にいないのだから、悲しむ暇も無く指揮を取らねばならないのは明白だと返したが、彼女は納得しない様だ。だが、彼女を論破する気は起きない。早くに母を亡くした彼女にとって、家族についてはデリケートな話であり、唯一の肉親である父をも亡くした今、いくら聡明であろうと、周りが見えなくなってしまっているのを他人が責めるのは酷である。ましてや、彼女が信頼していた彼の人が無謀な投資をしたせいで財政難が生じているなぞと、トドメを刺すような事を伝えられる訳がない。
しかし、そんな事を私が考えていると知ってか知らずか、彼女がその後に返してきた「お母様が生きていたら、こんな事にはならなかった」という言葉は聞き捨てならない。
この言葉には、私という存在が彼女に更なる不幸を舞い込んだと言わんばかりの意味と、財政難の原因が私であると思っているという意味が込められていると即座に理解した。
恐らく、私がここに来てすぐ、私の娘2人の教育費の予算を確保した事を指しているのだろう。しかし、膨大な額を提示した訳でもなく、家の状態から察した財産状況を鑑み、一般的な額より少し削ったくらいで予算を組んだ。故に彼の人も二つ返事で了承したのだ。この時はまだ、あの投資もしていなかった。つまりは、財政難を教育費のせいにされても困るのだ。
私と私の娘達が加わった事を受け入れられないのは仕方ないと思ってきたが、今回のこの発言は何故だか許せなかった。
突発的に反論しかけたが、貴族としての矜持が私にブレーキをかけたので、このまま不要なことを言ってしまわぬ様、大した返事もせずにその場を後にし、執務室へ向かった。
ここに来た日からずっと、彼女には、なるべく辛く当たらない様に、たまに嫌味を言ってしまう程度に抑えてきたつもりだった。しかし、この時、私を抑制をしていた何かが、故障してしまったのかもしれない。怒りとも憎しみとも形容し難い感情が、私の中でモヤモヤとしていた。