案の定の暗転
夕食時、早速彼女に部屋の話を振ってみたが、思いもよらぬ方向へ行ってしまった。彼の人が出発してから腑抜けてしまった彼女は、部屋の移動を受け入れたのだ。
私の娘2人が一部屋なのはかわいそうだから、あなたの部屋を譲ってくれと言ったら、了承したのだ。何かの間違いだろうか。移動先の条件が悪ければ断るかと思い、屋根裏部屋へ移るよう伝えたら、渋々といった様子で、承諾した。
部屋は他にも複数あるのにも関わらず、屋根裏で反論してこないのか。私相手では言い返す気力も湧かないとでも思っているのかとまで考えたが、確認しようが無いし、提案を引っ込める訳にも行かなくなったので、翌朝さっそく部屋の移動を実行した。
その後もあまり部屋から出てこない日々が続き、場所が変わっただけという不毛な結果に呆れていた頃、急な来客があった。来客と言うよりは伝達員が来たようだった。
係のものが伝えたのは、彼の人が他界したとの通達だった。
詳細は確認中との事で、取り急ぎ早馬で通達をしたそうだ。あまりにも突然の事に言葉も出ない。
本当は知っていた。彼女が部屋に篭って父の無事を祈っていた事を。私は知らなかった訳じゃない。だが、近くの他人の様な私を見る事なく、遠くの父の事だけを考えているのを認めるなんて、酷ではないか。だから部屋から出てくる様に仕向けたかった。それなのに、その張本人が呆気なく他界したなぞと言われ、受け入れられる訳がない。
しかし、私には動揺している暇など無いのも事実で、泣き崩れる彼女に1人付き添わせ、私の娘達を自室に戻らせた後、彼の人の執務室へ向かった。
彼の人が入室を拒んだため、この執務室は入った事がない。不在時でさえ、執事に入室させぬよう命を出していた程だ。
しかし、彼の人の他界が事実であるとするならば、私が指揮を取らねばならない。本来なら、親類縁者の男性が代行するが、彼の人には親族が他にいないのだから仕方がない。それを解っていたからか、執事にも止められる事なく、立ち入る事ができた。
早々に執事と打ち合わせ、現地の役所へ連絡を取り事実確認を役人に依頼する者を皮切りに、訃報の連絡や儀式の段取り等関係各所への手配を全体に指示していく。家長の経験は無いが、身内の不幸は既に遭遇している。ここは初動が大事な局面で、感情は後から整理すれば良いのだと私の経験がそう判断させた。
翌朝、現地役所から連絡が入り、彼の人の他界が公的に確認された。もう認めざるを得ないので、昨日手配した全てを実行に移した。
彼女の付き添いを引き受けた者を除き、使用人全員がこの対応に追われている中、私は絶対に確認しなくてはならない事があり、執務室に執事を呼び寄せた。
執事は心当たりがあった様で、既に必要な資料を揃えて私の元へやってきた。
私が確認したいのは、この家の財産事情についてである。
執務室に入ることを拒む理由として考えられるのは、彼の人の場合これしか思い当たらなかった。
恐る恐る帳簿を見ていくと、案の定、不安定な財政であった。元々基盤はしっかりしていたようだが、近頃の彼の人はハイリスクハイリターンなものに投資するのを好んでいた様で、これは執事が反対しても聞かなかったそうだ。投資していたものの関係者リストを見ると、彼の人の友人達が名を連ねており、仲間内での投資話に乗っかっていたと言うのが明らかである。その中には私の友人が嫁いだ家の名もあったので、その友人へは手紙で情報提供しておく事にした。
そしてこの投資が、彼の人の遠方へ向かわせたのだ。
行き先が港町と聞いていたことも加味し、現地へ赴く必要性があったとなると、原因はこの投資話の他に無いのだ。この投資が思わしくない状況であるから、直接確認しに行ったということだ。
さらには、彼の人が還らぬ人となってしまった要因となるこの投資で、家の財産の半分も帰らぬこととなってしまっていたのだ。