不穏な流れ
それからというもの、私はお飾り夫人であり続け、彼の人も私も互いに利害の一致のもと、夫婦関係を保ち、気付けば半年経っていた。
そんな頃、彼の人が仕事のために長期で家を開けることになったのだ。
しかし、彼女と私たちだけで暮らすのは、双方にとって望ましくないということは明白である。期間の短縮や、この仕事自体を回避できないか彼の人に掛け合ってみたが、答えは不可であった。彼の人も家を空けたく無いのはやまやまだが、今回は事業の都合上、現地に赴く必要があるそうだ。
こればっかりは諦めざるを得ない状況の様だ。引き下がることにした。彼の人から直接説明をされた彼女も抗議した様だが、回答が変わることは無かった。
そうこうしているうちに、彼の人の出発の日を迎えてしまった。泣き出す彼女に彼の人は朝から寄り添い続け、私には「面倒をかけるが頼んだ」と出発間際に一言だけ言い残して行ってしまった。全てにおいて頼んだのだとしたら呆気ない程である。いったい何について頼まれてあげれば良いのやらと言ってしまいたくなるが、帰ってきたら文句を言うことにして、今は飲み込んだ。
しかし、振り返って思えば、この時に言っておけば良かった。
彼の人を見送った後、いつも通りに過ごしていた様にみえたが、翌朝から彼女は部屋に篭りがちになっていた。部屋から出てきている時は平常通りの彼女だが、明らかに自室にいる時間が長くなっている。どうしたものか。
彼女はとても賢く、聡明な子であるが、家族の事となるととても脆いのだ。以前に私が異国語で嫌味を言った時は、それと同じ言語で返してきたのだが、彼の人が長期で留守にするとの話が出て以降に、私が何気なく放った嫌味に対し、単に愛想笑いだけして終わってしまった程である。とても気落ちしているのは分かるが、こうも篭られてしまっては、さすがの私も心地良くない。
色々と考えた結果、1つ妙案を思いついた。部屋の移動を提案する風を装って、篭りきりになっている事を遠回しに指摘してみるという事だ。
彼女はとても優しいが、やや気の強いところもあって、正当でないものには戦う姿勢が見られる。故に理不尽な理由で部屋の移動を持ちかければ、言い返してくるに違いない。そこで「私と顔を合わせるのが嫌みたいだから提案した」と言えば、賢い彼女は気付くはずである。