侵食
彼女の器用さと、私の娘2人の一般教養教育の優先を理由に、全てを一任してしまえば良いと思ってしまった。
こんな発想は背信的な悪意でしかないと分かっているが、あの日のモヤモヤとした暗い感情が、ジワリと私を侵食し、私の思考をここで止めるのだ。
そして私はそれ以上考えない事を選んでしまった。
それから程なくして、使用人全体としての最終日まで勤めた者たちも最終勤務日を迎えた。
執事も今日でここを離れる。彼の人が亡くなってからもずっと、この家を守ってきた砦の様な人である。私が代行して取り仕切ることにも嫌な顔をせず、最善を尽くしてくれたのだ。感謝しかない。こんな形での離職となって申し訳ないと言った私に、「奥様なら大丈夫です」と言って鍵を渡してくれた。
そんな彼にも他の使用人と同様に私から贈れる物で、働きに見合った物を渡した。これで換価できる私物の宝飾品も配り終えた。使用人に持たせた全体量としては実質8割程度の私物を手放したことになるが、彼らの働きを思えば、安いくらいである。
ここまで何とか乗り切れたのも、影ながらの協力を得られたからだろう。これからは、自力で難局を切り抜けねばならない。
それ以降の日々は目まぐるしく、私は彼の人の遺した未回収債権の収集を、彼女は家事全般を1人で、私の娘2人はレッスンを過密スケジュールで動いていた。
そんな日々の中で、時に彼女が放つ私への文句の様な発言に腹を立て、荒れる日もやや生じた。嫌味を言う程度では片付かず、無理難題を押し付けた日もあった。
債権回収と同時進行で、娘2人と彼女の縁談についても進めていたある日、王族主催の会が開かれるとの通知が届いた。
娘達の縁談が舞い込むかもしれないチャンスである。先に娘2人の嫁ぎ先を見つけ、そのあと彼女の縁談を探した方がとても効率が良いので、彼女も連れて行くのが良いのは分かっているが、今回は連れて行けない。娘2人の隣に、全てにおいて圧倒的なまでに完璧な彼女が並ぶと、偏りが激しくなるのが目に見えているからだ。
そんな私の判断を知ってか知らずか、彼女は当日、自身の母の遺したドレスを纏って私の前には現れた。とても美しいその姿に、さすがの私も息を飲んだ。
しかし、彼女の母の物を手放さずに済むよう私が工夫した事も知らずに、彼女は当然の様に身につけたと思うと、日々の腹立たしい発言も相まって、辛くなる。その思いにリンクするかのように薄暗い感情が広がっていく。モヤモヤと表現してきたが、もっと暗さがハッキリとしてきた様だ。
そして、気付くと私は、彼女の袖を強く引き、ドレスの袖の縫い目をビリっと壊していた。思わず、いや、無意識のうちに動いてしまったが、動揺して隙を見せる訳にはいかない。元々連れて行けないと思っていた事に加え、難癖をつけて彼女には留守番をさせた。
しかし、人生は何が起きるか分からない。
あれから数日後、家に王族の遣いが来るとは思ってもなかった。