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女の嫉妬のかちかち山

作者: 村田やく
掲載日:2009/03/07

 昔々あるところに、二人の少女がいた。

 二人は幼いころから何をするにも一緒で、誰よりも仲が良かった。そんな仲良しな二人にはあだ名があった。

 兎と狸。

 活発なほうを兎、少し鈍臭いほうを狸と、周りは呼んだ。

 一見すると、なんだか不名誉なあだ名のようだが、二人はいたく気に入り、お互いをその名で呼んでいた。

 そんなある日、二人の前に、一人の男が現れた。

 その男は容姿端麗なうえに聡明で、二人が惹かれるのに、それほど時間は必要なかった。二人は同時に、同じ人間に恋をしたのだ。

「抜け駆けはなし、だからね」

「うん、兎ちゃん。なし、だね」

 二人はそう約束した。

 それからひと月くらい経ったある日、兎は、男に肩を抱かれて幸せそうな顔で歩く、狸の姿を見かけた。

 その男は、二人が恋をし、抜け駆けはなしと約束をしたはずの、あの男だった。

 暫く呆然としていた兎は、思い出したように踵を返し、ふらふらと自分の家へと向かった。


 数日後、兎は狸を近くの山に呼び出した。

「ねえ狸ちゃん、焚火をしない? お芋を焼こうよ」

「うん、兎ちゃん、きっとおいしいね」

「きっとおいしいよ。それじゃあ薪を集めないとね」

 二人は山の中へと入り、薪集めを始めた。

「乾いた木を集めてよ、狸ちゃん。よく、燃えるようにね」

「うん、生木は煙すごいもんね」

 鈍臭い狸は時折木の根に躓きながらも、一生懸命薪を集めていた。

 だいぶ薪が集まった頃、兎は予め用意しておいた硬質の石を二つ、懐から取り出した。

 火打石である。

 そして、薪を背負う狸の後ろにまわった。

 ――カチカチ。

「ねえ、兎ちゃん。この、カチカチって云う音はなあに?」

「それはきっと、鳥の鳴き声だよ。此処はかちかち山だから、かちかち鳥がいるんだよ」

「そうなんだ。不思議な山だね」

 感心したようにそう云って、狸は薪集めを再開した。

 ――カチカチ。

 次第に、かちかち鳥の鳴き声の中に、パチパチと云う音が混じるようになった。

「ねえ、なんだか背中が熱いよ。ねえ、兎ちゃん? 兎ちゃん何処?」

 狸は兎を探したが、はぐれてしまったのか、兎の姿は見当たらなかった。

「熱い、熱いよ――。何? どうなってるの? いや、熱い、熱い、熱い。熱い――!」

 狸はあまりの熱さに悲鳴をあげて泣きじゃくり、何度も躓きながら走り去って行った。

 翌日、兎は、背中に大火傷を負った狸の見舞いに行った。

「大丈夫? 狸ちゃん。火傷したんだって?」

「うん。とっても痛いけど、死んじゃうことはないって、お医者様が云ってたよ。お見舞いに来てくれて、ありがとね」

 狸はにっこりと笑って、見舞いに来た兎に対して、素直に礼を云った。

 兎はさぞかし大変だろう、と云った表情を作り、提げていた風呂敷から、綺麗な壺を取り出した。

 それを見た狸は、不思議そうに首を傾げた。

「兎ちゃん、それなあに?」

「これはね、火傷によく効くお薬だよ。瞬く間に治っちゃうんだって」

「わあ、すごい」

「でもね、すごく沁みるんだって。大丈夫?」

 狸はにっこりと笑って、横たえていた身体を起こした。

「うん、火傷に比べたらなんてことないよ。ありがとう、兎ちゃん」

「どういたしまして。お大事にね」

 そう云い残し、兎は狸の家を後にした。

 兎が帰った後、その壺の中身を火傷に塗った狸は、あまりの痛みに悲鳴をあげた。

 入っていたのは、タデの汁である。


 それから暫く経ち、火傷もだいぶよくなった狸を、兎は釣りに誘った。

「湖で、お魚を釣ろうよ。それで今日の夕ご飯は、おいしいお魚だよ」

「うん、釣りって、なんだか楽しそうだね」

 向かった湖の岸には、二艘の舟が置いてあった。

 木で作られた小さな舟と、泥で作られた、木の舟よりも一回り大きな舟である。

「狸ちゃんは背が高いから、大きな舟に乗りなよ。わたしは小さいから、小さい舟に乗るね」

「うん、わかったよ兎ちゃん。ありがとね」

 狸は兎の言葉を、純粋な好意と受けとり、何も疑わずに大きな泥の舟に乗りこんだ。

 二艘の舟は、それぞれに沖へと出た。

 しかし、時間が経つにつれ、泥でできた狸の舟は、だんだんとその形を崩していった。

「う、兎ちゃん! 舟が沈んじゃうよ! 助けて兎ちゃん! わたし、泳げないの――」

 すると、丈夫な木の舟に乗った兎は、助けを求める狸を見下ろし、冷たく云い放った。

「泳げないんだ。大変だね」

「助けて! 兎ちゃん!」

「黙れ!」

 兎は怒りを露わにした。

「この裏切り者! 抜け駆けはなしって云ったのに! 親友だと思ってたのに――!」

「う、兎ちゃん!」

 徐々に沈んでゆく舟に、狸は悲愴な表情を浮かべた。

「なんのこと! 兎ちゃん、そんなことより助けて!」

「そんなことだと!」

 兎は、手にしていた艪を振り上げた。

「お前にとってはその程度のことなんだ! 死ね! 死んでしまえ!」

「やめて、やめて! どうしたの、兎ちゃん! お願い、やめ――」

 艪で何度も叩かれた脆い泥の船は、完全にその形を崩した。

「い、いやー! 助け、助けて! お願い――」

「死ね!」

 兎の振り下ろした艪が、今度は必死に兎へと手を伸ばす、狸を叩いた。

「や、おね――、た――、たす――け――」

 振り下ろされた艪は、そのまま狸を水の中へと押し込んでいった。


 後日、顔を恐怖と悲しみに歪ませた、哀れな狸の溺死体が見つかった。

 男をとっかえひっかえしていた悪い女に、自分の男を盗られた女が復讐したのだ、と云う噂が流れた。

 もちろん、噂を流したのは兎である。


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