意地悪39(嫉妬)
雨宮が見舞いに来てくれたから2週間くらい過ぎていた。
雨宮を友人と見るようになって何か変わるかと思ったが、そこまで大きな変化はなかった。
強いて言えば、前より雨宮が可愛くなっている気がするくらいだ。
そんな雨宮と一緒に帰る約束をしたわけだが、ほとんど一緒に帰っていない。
というのもリレーの練習があるらしく、放課後校庭で練習しているのだ。
そんなわけで、結局ほとんどなにも前と生活リズムは変わっていなかった。
「神崎くん、体育祭の出場種目で質問があるんだけど…」
昼休み、いつものように雨宮を待っていると急にクラスの女子から声をかけられた。
「なんだ?」
話しかけてきたのは、東雲以外のもう1人の体育祭実行委員だった。
「その…、神崎くんの出場種目登録の紙がまだ出ていなくて…」
俺が聞き返すと、ビクッと彼女は肩を震わせて、怯えるようにしながら答えてきた。
俺の言い方が怖かったのだろうか?
雨宮と関わるようになってから、人と話すようにしているがまだ言い方が強いようだ。
気をつけないとな。
「ああ、悪い。出すの忘れていた」
そう言いながら、登録の紙を取り出して渡す。
「あ、ありがとう」
委員は逃げるように去っていった。
はぁ、やってしまった。上手く話したいが上手くいかないな。
知らない人とまだ上手に話せないことに少しショックを受けていると、教室のドアのところに雨宮がいることに気がついた。
どうしたんだ、あいつ?
いつもなら目が合うと嬉しそうに顔を輝かせて寄ってくるのに、今日は悲しげに眉をヘニャリと下げて近寄ろうとしてこない。
それどころか雨宮は俺と目が合うと慌てたようにプイッと顔を逸らして、帰って行ってしまった。
は?なんで帰ったんだ?
これまで一度も見たことのない雨宮の行動に戸惑う。
俺は困惑のあまりどうしていいか分からず、追いかけることが出来なかった。
結局雨宮は戻って来ず、昼休みは終わってしまった。
放課後、今日も雨宮はリレーの練習があるから校庭にいるはず。
いつもなら1人で帰るが、昼休みの雨宮のショックを受けた泣きそうな顔がどうしても忘れられず、雨宮の練習が終わるまで待つことにした。
校門のところで立って待っていると、練習を終えた雨宮が校舎から出てくるのを発見した。
とぼとぼと足取り重く、こっちに向かってくる。
普通なら俺のことに気付いているだろうが、雨宮は俯いており、俺がいることに気付いていない。
雨宮は俯いたまま俺の横を通り過ぎようとするので、声をかける。
「おい、雨宮」
「…え?え?!先輩!?なんでここに!?」
俺が声をかけると雨宮は顔を上げ驚きに顔を染める。
目を見開き、くりくりとした大きな瞳が普段以上に大きくなっている。
「昼休み俺と目が合ったのにすぐ帰っただろ。その理由が気になってな」
「そ、それは…」
雨宮は言いにくそうに、唇を噛み締める。
目を伏せ、しんなりと俯く姿は見ていて痛々しい。
「いいから話せって。別にそれで雨宮のこと嫌いになったりしないから」
雨宮の行動の理由がどんなものであろうと、俺は雨宮のことを嫌いにはならない、そう思えるほど俺は雨宮のことを信頼している。
「……そ、その…、今日の昼休み、先輩、女の人と話していたじゃないですか…?」
雨宮は勇気を振り絞るようにして、小さく言葉を吐き出した。
ちらっと上目遣いにこっちに視線を送ってくる。
その表情は今にも消え入りそうなほど弱々しい。
「ああ、それがどうかしたのか?」
確かに雨宮が尋ねてきたのは事実だが、それが雨宮が帰った理由にどう繋がるのか分からない。
「も、勿論、先輩が色んな人と話すようになったのはとても嬉しいんですよ?これは本当です。で、でも、私の勝手な想いなのは分かっているのですが、先輩が私以外の女の子とも話すようになったのが少しショックで寂しくて…。ごめんなさい、こんなこと言われても迷惑ですよね…」
雨宮は申し訳なさそうに眉をヘニャリと下げて謝ってくる。
雨宮の瞳は濡れてその長い睫毛には滴がついていた。
「…っ」
悲しげに俯く雨宮に思わず息を飲む。
雨宮も自分の言っていることが身勝手なことは理解しているのだろう。
それでも雨宮は自分の気持ちに振り回されている。
そんな雨宮に俺のことを縛るなと言ったところでどうにもならない。
こんなに痛ましく顔を歪めている雨宮にそんなことを言いたくもない。
かといって何も言わなければ雨宮は身勝手な気持ちを抱えていることを自分の心の中で責めるだろう。
そんなことは絶対させたくない。
「…雨宮、お前、最近リレーの練習頑張ってるよな」
「…?そ、そうですね…」
少しだけ怪訝そうな顔で首を傾げる。
「ちゃんと毎日行っているなんて偉いよな。来ない奴だっているんだろ?自由参加で律儀に参加してちゃんとやってるのは素直に凄いと思う。それにちゃんと練習しているのも偉いと思う。周りは喋ってばかりであまり練習しない中できちんとやれるのはそれだけで尊敬できる」
「え?も、もしかして見ていたんですか…?」
さっきまでの悲しみの表情は消え、雨宮は頰を桜色に染め、少しだけ恥ずかしそうに声を上擦らせる。
「…あ、ああ。たまにな。雨宮が何やっているか気になってな…」
見ていたことがバレるのを分かっていて俺は話した。
だがそれでもやはり見ていたことがバレたのは気恥ずかしく、ついっと目を雨宮から逸らした。
「そ、そうですか…」
雨宮は少しだけ口元を緩めて、はにかんだ。
「ここまで気にするのはお前だけだよ。雨宮のおかげで俺は色んな人と話していこうと思えたし、実際に話していくと思う。もしかしたら仲良くなれる人が出てくるかもしれない。それでも、俺が気になるのはお前だけだから安心しろ」
雨宮の悲しみに沈む姿は見たくない。少しでも安心させたい。
そんな思いが俺に心の声を吐き出させた。
「…!?は、はい…」
雨宮はぼわぁっと顔を一気に茜色に染め、身体を硬直させた。
その姿にはもう悲哀の雰囲気がなくなっており、俺は雨宮を安心させられたことにホッと安堵するのだった。




