反撃38(言葉責め)
「ごちそうさまでした」
「じゃあ、先輩、片付けてきますね」
おかゆをもぐもぐ食べる可愛い先輩を十分堪能したところで、私は片付けをしに台所へ向かいます。
「ああ、悪いな」
「いえいえ、先輩には昨日色々助けてもらいましたから。そのお礼です」
先輩はなんだかんだ優しい人でこれまで色々助けて貰っていますからね。
助けてもらった分は返したいと思っていたので良かったです。
台所で洗い物しながら私はもの思いに耽っていました。
私の手作りが食べてもらえて良かったです。
あんなに優しい表情で美味しいって言ってもらえるなんて。
今思い出すだけでもにやにやしちゃいます。
もう少し先輩と一緒にいたいですが、先輩は体調が悪いですし、他に手伝えることがなさそうなら帰るとしましょう。
早く良くなってもらって学校でも会いたいです。
私はそう考えて先輩の元へと戻りました。
「他に何かすることありますか」
「そうだな…」
尋ねると先輩は手を顎に当て考えるように俯きました。
先輩は何も思いつかないようで、黙ったまま考え込んでいます。
気を遣って色々考えているのでしょうか?
先輩の体調の方が気になりますし、そこまで真剣に考え込まれると少し申し訳ないです。
「ないようならもう帰りますね。これ以上いても先輩が休めそうにないですし。先輩、身体をだいじにして下さい」
手伝えることがなさそうですし、早めに帰るとしましょう。
少し会えただけでも嬉しかったですし満足です。
「ま、待てよ」
私が帰ろうとして立ち上がると、急に先輩が私の手を掴んできました。
「ひゃ、ひゃい!?な、何かして欲しいことありましたか?」
え!?え!?
突然のことに頭の中はパニックです!
びっくりしすぎて変な声が出てしまいます。
まさか引き留められるなんて思いもしませんでした。
一体どうしたのでしょうか?
私は先輩の様子を伺います。
「い、いや…。俺が寝るまで側にいてくれないか?」
先輩は言いにくそうに顔を歪めたあと、少しだけ気恥ずかしそうにプイッと横を向いてそう言ってきました。
「え!え!?い、いいですけど…」
せ、先輩が甘えてきました…!!
信じられません!あのいつも嫌そうな顔をしていた先輩が私に甘えてくれたなんて夢みたいです!
頑張ってきた甲斐がありました。
ふふふ、こんな先輩の姿を見られて良かったです、
ああ、もう!甘える先輩可愛すぎます!
胸がキュンキュンしすぎて苦しいです…。
ドキドキと鳴り響く心臓と顔に集まる熱を感じながら私は先輩の側に座り直しました。
「え、えっと、手を繋いだままですよ?」
座ったはいいものの、先輩は手を離そうしません。
引き留め終えたのにまだ繋いでいます。
先輩は意識していないのかもしれませんが、好きな人と手を繋いでいるのはそれだけでドキドキします。
別に先輩と手を繋ぐことが嫌な訳ではありません。
ですがずっと繋いでいると胸が苦しくなりそうなので、さすがに離して欲しいのですが…。
「繋いだままがいいんだが、ダメか?」
先輩はしょぼんと肩を小さく落として、弱々しい声で言ってきます。
「ダ、ダメじゃないです…」
な、なんですか、その言い方は!?
もう今日の先輩は甘え過ぎです…!
か、可愛いからいいのですが、心臓がドキドキしすぎて苦しいです…。
ここまで心を開いてくれたのはとても嬉しいですが、これは刺激が強すぎてピンチです…!
一瞬で身体が熱くなるのを感じながら、これからもっと甘えてくると思うと少しだけ困る私でした。
「じゃあ、寝るから」
「は、はい…」
目を瞑って大人しくなった先輩を見守ります。
はぁ、やっと心臓が落ち着いてきました。
ふふふ、それにしてもやっぱり寝ている先輩は可愛いですね。
目を瞑って普段の大人っぽい雰囲気から想像もつかないほどあどけない先輩は見ていて癒されます。
何度見ても飽きません。いつまでも見ていたいです!
先輩の寝姿に口元を緩ませながら見守っていると、すぐにすぅすぅと寝息が聞こえ始めました。
今日最初に会った時の様子だとあまり寝れていなかったのでしょう。
今度は少しはゆっくり寝てもらえるといいのですが…。
私が側にいてどれだけ変わるかは分かりませんが、少しでも安らぎを感じてもらえたら嬉しいです。
緩んだ表情で寝る先輩に少しだけ安心していると、ふとある考えが頭に浮かびました。
今なら先輩が寝ていますし少しくらいならくっついてもバレないですよね…?
いやいや、私は一体なにを考えているのでしょうか!?
寝ている人に勝手に触るなんてダメです。異性ならなおさら…。
で、でも先輩に触れたいです…。
私は邪な気持ちに負けて、つい先輩の胸の位置に顔を乗せ、鼻を先輩の身体に押し付けました。
わ、わぁ!?先輩の匂いがとても感じます…!
すごいいい匂いです!こんなに強いと落ち着くどころか少しドキドキします…。
いけないことをしている、その緊張感も相まって私の心臓は少しだけ激しく拍動し始めました。
ドキドキしながら先輩とくっついている幸せを噛み締めていると、先輩の胸から心臓の音が聞こえることに気が付きました。
トクン、トクン、一定のリズムで心臓が拍動しているのが分かります。
その音を聞き入っているうちに私は眠気を感じ、気づかないうちに眠りに落ちていきました。
「…ん」
頰に感じた違和感に私は意識を取り戻し始めました。
髪が梳かれる感覚を受け、先輩が私を撫でていることを確信します。
おそらく先輩が先に目覚めて私の頭を撫でているのでしょう。
さらさらと頭を撫でられ、とても気持ちいいです。
やっぱり先輩に撫でられるのは好きです。
大切にされている感じがして落ち着きます。
大切にされているのは私の気のせいかもしれませんが…。
もう少し撫でて欲しいです。
せっかく先輩が撫でてくれている機会をおわらせたくない私は寝たふりをして、もう少し撫でてもらうことにしました。
「…可愛いな」
え?え!?今、先輩可愛いって言いました!?
撫でられる感覚を味わっていると先輩が独り言をこぼし始めました。
急に可愛いなんて言わないでください…!
私は寝ているフリを続けながらもドキドキ鳴り響く心臓を落ち着かせようとします。
「寝姿も可愛いなんて、本当に美少女ってのは得だよな…」
ちょ、ちょっと先輩!?急になに言い始めているんですか!?
可愛いって思ってくれているのは嬉しいですが、そんなに何回も言われると心臓が…。
ああ、もう!キュンキュンしすぎて胸が苦しいです…。
「髪はさらさらで何度触っても飽きないし、頰は柔らかくて触り心地は抜群だな…」
このタイミングで褒めないでください…!
頑張って落ち着かせようとしているのに、全然心臓収まらないじゃないですか…。
先輩に褒められ慣れていないので先輩が褒めてくるともうキュンキュンが凄いです…!
そんなに何回も言わないでください…!
私をドキドキで殺す気ですか…!?
「手もやっぱり俺の手と違って小さいし、柔らかいし女の子の手って感じだし」
もうやめて下さい…!
これ以上は心臓がもちません、先輩!
好きな人に褒められるのはそれだけでドキドキしちゃうんです。
それをこんなに何回も言われたらもういっぱいいっぱいですよ…。
身体中の血液がぐるぐると周って身体が熱いです。
ああ、もう今頃顔が真っ赤です…。
「雨宮って本当に女の子なんだな」
わ、わぁ!?
い、意識してくれているのは気づいてきましたが、口に出されると、こう、むずむずします…。
嬉しいような恥ずかしいような、ああ、もう耐えられません…!
「まあ、一途に俺のことを想ってくれるのは悪くないな…」
ちょ、ちょっと先輩!?
そんなこと言われたら、ますます調子に乗ってしまいそうです。
今でさえ先輩の気持ちを無視して突っ走らないようにしているのに、もっと色々しちゃいますよ?
ま、まあでも先輩が迷惑に思っていないことを再確認できたのは良かったです。
先輩だから好きなんです。他の人だったらここまで想いません。
私は心の中で改めて先輩のことが好きなのを自覚しました。
「…おはようございます、先輩」
心臓が落ち着くのを待って、私は起きたフリをしました。
「ああ、おはよう」
「も、もう平気ですか?」
先輩のあんな本音を聞いた後だと、先輩のことを直視できません…!
心の中で色々嬉しいことを思ってくれていたのが分かってドキドキしていますが、それを知られるわけにもいきませんし、もう帰りましょう…。
じゃないと絶対バレてしまいます…。
「ああ、ありがとう。今日見舞いに来てくれたことも含めて」
「い、いえ…。そ、それでは失礼しますね」
「お、おう、じゃあまた明日な」
いてもたってもいられず、私は先輩から逃げるようにして帰ったのでした。




