意地悪20(神崎のお弁当)
「神崎先輩。お弁当でどうやって意地悪をするつもりなんですか?まさか、美味しいお弁当を作っただけで終わりではないですよね?」
歩いていると、晴川が話しかけてきた。
「よく分かってるな。もちろん考えている意地悪はある」
「ふふふ、その意地悪、聞かせてもらってもいいですか?」
既になにが面白いのかわからないがクスクスと笑う晴川。何かを期待する目で俺を見てくる。
なるほど、今後の意地悪の参考にしたいのだな。なかなか勉強熱心な奴じゃないか。
晴川の意欲的な様子に、俺は意地悪の作戦を教えてやることにした。
「ふふふ、神崎先輩は本当に面白い人ですね。直人が言っていた通りです。その意地悪、ぜひえりにしてあげてくださいね」
説明を終えると、晴川は肩を震わせ顔を赤くして声を押し殺しながら笑っていた。
おそらく俺の意地悪でどれだけ雨宮がダメージを受けるか思い浮かべて、笑いがこみ上げてきたのだろう。
雨宮の親友のくせに悪い奴だ。だが笑みが零れるほど楽しみになるとは、晴川はなかなか意地悪の才能があるな。
晴川に対して少しだけ警戒心を下げていると屋上に着いた。
ドアを開けて屋上へ出る。
「わぁ!凄い景色いいですね!」
雨宮が一番に声をあげる。朗らかに笑うその顔は雨宮のもつ柔らかい雰囲気と相まってとても魅力的だ。
「いいから、早く座って食べるぞ」
はしゃごうとする雨宮を止め、早速座り弁当を置く。
「ほら、雨宮の弁当はこれな」
俺の元へ寄ってきた雨宮に渡してやる。
「わぁ!本当に先輩の手作り弁当を貰ってしまいました!ありがとうございます!」
「気にするな。俺が作りたかっただけだからな」
手を振って遠慮しないように言うと、雨宮が俺の手をじっと見つめている。
「どうかしたか?」
「先輩、その手って…」
くくく、どうやら気づいたようだな!たまたま怪我しただけだが、これを見れば俺に怪我をさせたことで罪悪感に苛まされるだろう。
さあ、どうだ!雨宮!
「ああ、朝料理をしているときに包丁で誤って切ったんだ」
「そこまでして作ってくれたんですね…。嬉しいです…」
優しい声音でそう零すと、愛おしそうに俺が渡した弁当を優しく胸で抱いて俯いた。
くくく、俯いたな。今頃内心罪悪感で胸が押しつぶされそうになっているに違いない。
無事作戦が上手くいったことに満足する。
「えり、本当に嬉しそうね。昨日も放課後私にあんなに熱烈に伝えてきたものね」
そんな雨宮の様子に晴川がからかい口調で絡み始める。
「ちょっと、華!?ここでそれは言わないでください!恥ずかしいじゃないですか!」
顔を赤くして、急いで華の口を塞ごうとする雨宮。
だが既に遅い。俺の耳に届いてしまった。よほど俺の弁当を楽しみにしてくれていたようだ。
くくく、俺も楽しみだ。それでこそ意地悪のやり甲斐があるというものだ。
「ほら、華もからかうのはそれぐらいにして、ご飯にしよう」
2人がいつまでも絡み合っているので東雲が2人をたしなめる。
そして、ちらちらと俺に期待を込めた視線を送ってきた。
くくく、東雲も俺も意地悪を楽しみしてくれているようだ。さあ、実行する!
「あれ?先輩?箸がないですよ?」
座った雨宮が俺の弁当を見て、そう聞いてくる。
「悪い、多分付けるの忘れた」
もちろん嘘だ。わざと家に置いてきたのだ。
俺が考えた意地悪の作戦はこうだ。
まず、箸を忘れる。するとご飯を食べれない雨宮は誰かに頼むしかない。そこで忘れた責任がある俺が食べさせてやる流れを作る。
そうなれば雨宮は断ることはまず出来ないだろう。あとは雨宮が口を開けて食べる間抜けな姿を俺に晒し、屈辱を受けるだけだ。前回は一回だけで終わったが今回は食べ終わるまで何回も屈辱を受けるのだ。
しかも今回は周りの知り合いにも見られるからさらに悪どい意地悪なのだ!
くくく、前回より俺は確実に成長しているな。俺の才能が恐ろしい…。
「そうですか。忘れてしまったものは仕方ないです。先輩、気にしないでください。華、時々でいいので箸貸してもらえますか?」
馬鹿め。既に晴川はこちらの味方だ。
「あら、えりは先輩に食べさせてもらったらいいじゃない?神崎先輩、先輩が忘れたのですし責任はとってくれますよね?」
ニヤニヤと女の子にあるまじき嫌らしい笑みを浮かべて晴川は微笑んだ。
「ちょっと、華!?何を言っているんですか!?」
「もちろんだ。雨宮、俺が食べさせてやるから隣に来いよ」
完璧だ、晴川。よくやった。
「え!?先輩まで何を言って…」
語尾が小さくなるにつれて徐々に顔が赤くなり始める雨宮。
「いいから、来いって」
「は、はいっ!」
少し強く呼びかけると、顔を赤くしたままおずおずと動き出し、俺の隣にちょこんと座った。
緊張しているのか、どこか雨宮の動きがぎこちない。
「じゃあ、先輩。お弁当開きますね?」
座った雨宮はゆっくりと弁当の蓋を開く。
「わぁ!美味しそうです!」
色とりどりの食材をふんだんに使い、栄養バランスの考えられた鮮やかな料理が所狭しに敷き詰められている。
「ほら、どれを食べるんだ?」
「えっとじゃあ、卵焼きを食べたいです」
少し頰を赤らめてちらっと俺を見ながらお願いをしてくる雨宮。
「分かった、ほらよ」
箸で卵焼きを取り雨宮の目の前に差し出すと、頰を赤らめたまま、パクリとためらうことなく食べた。
「ふっふっふっ。いつまでも戸惑っている私ではありませんからね!」
食べるとすぐにドヤ顔でこちらを見てくる。だがその顔はほんのり赤みを帯びている。
ほんとにこいつは相変わらず腹立つ奴だ。
もちろん俺だって、前と同じやり方で通用するとは思っていない。前回と違うのはここからだ!
「そうかよ、味はどうだ?」
「とても美味しいです!このほんのりとした甘味が卵の風味を引き立てていて、食べやすいです」
両頬に手を当て、ふわりと柔らかいとろけるような笑みを浮かべる。
よほど美味しかったらしい。ここまで笑顔になると作った甲斐があるというものだ。
くくく、余裕そうにしやがって。そんなのは今のうちだけだからな!
「ほら、もう一個どうだ?」
「い、いただきます」
もぐもぐと口を動かし終えるタイミングを見計らってまた食べさせてやる。
そんな俺たちの様子を東雲と晴川はニヤニヤしながら眺めている。
あいつらも俺の意地悪を見て楽しんでいるようだ。
雨宮、残念だったな。ここにお前の味方はいない!
何度も食べさせていると、だんだん雨宮の頰が徐々に茜色に染まりだし、チラチラと東雲と晴川の方を気にし始めた。
「あの…華?私たちの方見過ぎじゃないですか…?」
「えー、そうかしら?いいじゃない。見ていて楽しいわよ?」
「そういう問題じゃないです!」
「いいから、早く食べろよ。もう食べないのか?あんなにドヤ顔で言ってたんだから余裕だろ?」
まだ文句を言いそうな雨宮を遮り、口元に食べ物を差し出す。
くくく、どうやらやっと俺の意地悪が効いてきたらしい。
周りの奴らにも口を開く間抜けな顔を見られて屈辱だろう。お前は俺の作戦を阻止しようとしているようだがそうはさせないからな。
「た、食べますけども…。流石に見られるのは…」
やはり気になるのか晴川と東雲に時々視線を送りながら、頰を赤らめて食べる雨宮。
ふっ、顔が真っ赤になったな。屈辱を感じているのが顔に出ているぞ。
やっと意地悪の効果が出てきたので満足する。
その後も顔を真っ赤にしながら食べる雨宮を見ていると、さらに一つ意地悪を思いつく。
「ほら、雨宮。ハンバーグだぞ」
「…た、楽しみです」
見られるのが気になりすぎて余裕がないらしい。だがそれで意地悪を止める俺ではない。さあ、覚悟するのだ!
雨宮は口を開き、差し出されたハンバーグを咥えようとする。
その瞬間、ハンバーグを口から抜き去る。
パクンッ、何もなく空気のみを頬張ってしまった雨宮。
「も、もう!何するんですか、先輩!?」
かぁっと耳まで赤くなり、こちらを見てくる。
くくく、今の間抜けな姿を親友にまで見られた屈辱ではらわたが煮えくりかえりそうになっているに違いない。
「なんか、やってみたくなってな」
あまりの間抜けな姿に思わず笑ってしまった。
「っ!?もう、仕方ない先輩ですね…。許してあげますから早く食べさせてください!」
何か誤魔化すように一歩俺に寄り、俺が箸で持っていたハンバーグを頬張る。
「ん〜っ!美味しいです!」
雨宮は大好きなハンバーグを食べれたことに満足したのか、満面の笑みで感想を述べるのだった。
「まったく、ただ2人でいちゃついているだけじゃない」
「そう言ってはいけないよ。あれでも神崎くんは真面目に意地悪しているつもりらしいからね」
意地悪に満足していた俺は、温かい目で見守っている東雲と晴川に気がつくことはなかった。
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