意地悪16(プレゼント)
「結構楽しかったな」
猫カフェを出て感想を口にする。
予定外の意地悪まで出来たので満足だ。
「そ、そうですね…」
まだ怒っているのか、雨宮の顔は赤いままで口数も少ない。
怒りが収まらないうちに次の意地悪に移るとしよう。次が最後だ。最後の追い討ちをかけてやろう。
「最後に連れて行きたい所あるんだがそこ行っていいか?
「っ!?も、もう最後なんですね…」
俺の言葉に一瞬で顔から赤みは引き、噛みしめるようにそうこぼした。
「ああ、次で最後だ。どうしても連れて行きたくてな」
次の作戦のためには、雨宮を喜ばせた方が効果的だ。最高の場所を選ばなくては。
「ど、どうしても…!?わ、分かりました」
なぜか少し緊張した面持ちになる雨宮。
「少し山の方に行くけど大丈夫か?」
「は、はい!大丈夫です!」
返事をするがその口調はやはりどこかぎこちない。
「じゃあ、行くぞ」
俺は雨宮の手を取り歩き出した。
♦︎♦︎♦︎
山に入り、しばらく歩き続ける。両側は木が生い茂り、そのあいだあいだから見下ろすようにすると街全体の景色が見え隠れしている。
山といっても道は綺麗に整備されており、普段の私服で支障はない。
「せ、先輩?ま、まだですか…?」
「ふぅ、もうちょっとだ」
整備されているとはいえさすが山道。ずっと上り坂で足に疲れが出てくる。
問いかけてくる雨宮も息を切らしている。
俺もなかなか辛い。だがもうすぐそこまで来てる。あと少しなのだ。頑張るとしよう。
とうとう林が途切れ、視界がひらける。
眼前に広がるのは小さくなった俺らが住む街全体。遠くの建物まで一望できるほど遮るものは何もない。
夕日に照らされ、そんな街全体が赤く染まっている。
「わぁー!すごい!すごいです、先輩!」
「お、おい!」
ぴょんぴょんと跳ね、歓声をあげながら俺の手を引いて駆け出した。
「見てください、先輩!あんなに遠くまで見えますよ!」
「知ってるよ。何回も来てるからな」
「な、何回もですか!?そんなにこの場所が好きなんですね!」
「ああそうだ、ここは俺のお気に入りの場所だからな」
何度も来て見慣れた景色。
1人になりたい時によく来たものだ。
「それより雨宮。あっちに行くぞ。ここの景色が一番良く見える場所なんだ」
そう言って奥の方へ案内した。
案内された雨宮はこみ上げてきた思いをこぼすように言った。
「すごいです…」
紅に金を混ぜた強烈な色彩が空に描かれ、夕映えの雲に日が赤々と名残をとどめている。
街全体に影が落とされ、それが一層空の色彩の鮮やかさを引き立たせる。
夕日に照らされた残映がどこか儚げで今日の終わりを告げていた。
「どうだ、雨宮?」
「綺麗です。ほんとうに…」
しっとりと瞳を涙で潤わせながら感想を述べた雨宮の声は、柔らかく優しい声ではあるが、どこか色気も感じる声でもあった。
「お前、泣いて…」
「えへへ、あまりにも綺麗な景色だったので感動しちゃいました…」
「っ!?」
夕焼けを背景に照れ笑いを浮かべながらそう言って目の縁に溜まった涙をすくう。
キラキラと輝く涙を浮かべた雨宮の姿はいつもの姿から想像もつかないほど綺麗で神秘的であった。
思わず目を奪われ、言葉を失う。
「……」
「せ、先輩?」
「…あ、ああ、悪い、ぼーっとしてた」
黙ったままの俺を不思議に思う雨宮の声に意識を取り戻す。
「あはは、先輩山登りで疲れちゃいました?やっぱり運動しないとですね。ほら、今私をここで誘ってもいいんですよ〜?」
ニヤニヤと上目遣いでからかってくる雨宮。
いつもの態度でさっきの雰囲気は一瞬で消え去る。
そんな普段の雨宮を見て、俺はどこかホッとした。
「何年経っても誘わねえよ。それよりお前、今日誕生日だろ。ほら、誕プレ」
先ほど感じた何かを振り払うようにぶっきらぼうに言い放つ。
「え?え!?私にプレゼントですか!?やった!凄い嬉しいです!開けてみてもいいですか?」
目を大きくしながらぱあっと顔が明るく輝く。
「ああ、いいぞ」
「中身は何ですかね〜?」
カサカサと袋の擦れる音を立てながら開き、中身を取り出した。
「え、なんで…」
取り出したストラップを前にして固まる雨宮。
「妹の誕生日ってのは嘘だ。お前、どんなのが好きとか分からねえから…」
雨宮が気に入ったものでなければつけてもらえない。つけてもらわないと意味がないのだ。
「そう…だったんですね。凄い嬉しいです、先輩…」
優しい目でストラップを眺めている。
くくく、何も知らず喜んでやがる。
この最高の場所で最高のプレゼント。お前は今喜びの絶頂にいるだろう。
だが家に帰ってそのストラップをつけて気付くのだ。キラキラ輝くストラップだから周りから悪目立ちしてしまうと。
つければ目立ってしまう。かといってせっかく年上から貰った気に入ったもの。つけないというわけにはいくまい。
そうして選択の板ばさみに苦悩する姿を想像するだけで笑いが堪え切れない。ああ、楽しみだ。
「まあ、喜んでくれたようで安心したよ」
「はい、凄い嬉しいです!本当にありがとうございます!それにしても先輩〜?このプレゼントといい、映画のチケットといい凄い楽しみにしてくれてたんですね〜?」
またいつものようににやけ顔を作る雨宮。
はぁ、またいつものか。
「そりゃそうだろ。もの凄い楽しみだったに決まってる。この日のために色々用意してきたからな」
意地悪のためにどれだけ下準備したと思っている。
「…え?え!?」
余裕な表情は何処へやら。だんだんと顔が赤く染まっていく。
「この2週間、ほんとに楽しみだった。雨宮がどんな表情でどんな反応をしてくれるのか。毎日雨宮のことを考えてた」
俺の言葉を聞くたびにますます赤くなっていく。
耳まで赤くなり、恥ずかしげに視線を逸らし俯いてしまった。
「も、もう!もういいです、先輩!それ以上は心臓が…」
片手で胸を押さえ、顔が真っ赤のままプルプルと首を振って俺の言葉を止めてくる。
「なんだ、もういいのか。あと1時間くらい語ってやろうと思ったのだがな」
俺が話すのをやめる空気を感じたのかホッと息を吐く雨宮。少し赤みが顔から引いていく。
「まあ、俺が言いたいのは、今日雨宮と過ごせて最高だったってことだ」
今日一日にあった出来事を思い出し、多くの意地悪で雨宮を追い込んだ。これほど上手くいったんだ。最高って言って過言ではない。
明日からが楽しみだ。
明日以降の雨宮の反応を考え、笑みがこぼれてしまう。
「…っ!?」
一瞬でさっきよりも一段と赤く顔が染まり、硬直し俯いてしまった。
「どうした、雨宮?」
「………………」
長い沈黙が俺と雨宮の間に漂う。
互いの息づかいが聞こえてきそうなほど辺りは静まり、長い沈黙が俺と雨宮の間に漂う。
どこか張り詰めた空気で息苦しい。息をするのもはばかられる。
そんな沈黙を破るようにとうとう雨宮は口を開いた。
「……せ、先輩!」
俯いた頭を上げ、真剣な眼差しでこっちを見てくる。
顔は上気し、その大きな瞳は激しく揺れ動き、今にも泣き出してしまいそうだ。
俺と雨宮の間にそよ風が吹く。
風に揺られ、雨宮の綺麗な髪が夕日を反射しキラキラと輝いている。
見つめ合った時間は実際にはほんの僅かだろう。
だが俺には永遠とも思えるほど長く感じた。
意を決した表情を浮かべ、ついに雨宮は胸の奥から一筋の糸を慎重に紡ぎ出すようにして告げた。
「…私、先輩のことが好きです」
これにて一旦神崎視点の話を終わり、全ての話の雨宮視点の話をこれから投稿していきます。
勝手に変更して申し訳ありません。
雨宮視点の要望して下さった方々ありがとうございました。
変更した理由いくつかあるのですが、一番大きな理由は雨宮の行動が心情を説明しないと空気の読めない人になり下がってしまうからです。
全ての雨宮視点の話をいれた方が今後の物語の展開をスムーズに送れると判断したため、そうさせてもらいます。
今後も応援お願いします。




