【1周年記念】意地悪48(勉強会)
付き合ったからといってそんな急に何かが変わることはない。これまで通り日常は訪れ、時間は過ぎていく。体育祭が終わればあとは夏休みがやって来る。だが、その前には期末試験という学生みんなが嫌うテスト期間が待っていた。
なんの教科の勉強をしようか、そんなことを悩みながら帰りの支度をしている時だった。いつものようにえりが教室にやって来る。
「せーんぱい!」
「なんだよ、えり。言っておくが、テスト前だからあんまり構ってやらないからな?」
「ちょっと!私がいつも構って欲しがっているみたいに言わないでください」
流石にテスト前なので勉強をしないわけにはいかない。何やら目を輝かせて構って欲しそうに見つめてきたのであらかじめ予防線を貼っておくと、不満げにむっとほおを膨らませて睨んできた。
「いや、いつもうざ絡みしてきてる奴が何言っているんだ」
「さすがに私だってテスト期間ということは配慮します。そういうわけで先輩、一緒に勉強しましょう?」
「どういうわけだよ……」
「そんなの決まってるじゃないですか!付き合って初めてのテスト期間ですよ?カップルなら一番のボーナスタイムです!憧れの放課後の勉強会、ここでやらないわけにはいきません!」
「なんでだよ。まあ、良いけどさ」
「え、良いんですか?」
「そう言っただろ」
「先輩が珍しく優しいです!どうしたんですか?は!?頭をぶつけたとか?もしかしたら風邪!?」
目を大きく見開き驚いて、一歩後ずさるえり。よほど意外だったらしい。もちろん、ただで一緒に勉強してやるわけがない。せっかく一緒にいるのだから意地悪は欠かせない。この後、どんな意地悪をするか考えて内心でほくそ笑む。
「どんだけ意外なんだ。いいから図書館行くぞ」
「あ、ありがとうございます」
これ以上構っても、無駄に時間が過ぎていきそうだったのでさっさと移動を始める。すると雨宮は嬉しそうにはにかんでついてきた。
くくく、この後意地悪を受けるというのに呑気な奴め。嬉しそうに笑いやがって。……まあ、えりの笑顔は悪くないが。この後意地悪してやるから覚悟してろよ。そんなことを思いながら図書館へと向かった。
♦︎♦︎♦︎
図書館へ行き、空いている机を探す。図書館には話していいスペースと会話厳禁のスペースがあるのでもちろん話していい方に向かう。テスト前ということもあり、周りにも人がたくさんいて少し騒がしい。これなら多少大きな声で話しても問題ないだろう。
かなり混んでいて空いている席がなかなか見つからなかったが、やっと空いているところを見つけた。無事見つけられたことに少し安堵しながら座る。すると雨宮は正面ではなく隣に座ってきた。
「ふふふ、先輩。隣だと近くてドキドキしますね?」
「……んなわけあるか」
からかうような表情で覗き込んでくるので思わず目を逸らす。その反応が面白かったようでクスっと微笑んだ。
「え〜?本当ですか〜?今目を逸らしましたよね?」
ニヤニヤと口元を緩ませながら、ぐいぐい体を俺の体にくっつけて来る。夏服ということでえりの柔らかい肌が直接俺の腕に触れ、その柔らかさに思わずドキリとしてしまう。
「はいはい、わかったから、くっつけるな暑苦しい」
「ふふふ、これ以上やったら先輩が照れちゃいますからね。やめてあげます」
ほんの少し顔が熱くなっているのを感じながらえりの肩をぐいっと押しやって離れさせる。するとえりは俺の方をチラッとみて満足げに頷きながら離れた。うん、えりの顔がむかつく。絶対意地悪しよう。
その後は特に何か仕掛けて来ることなく、真剣に勉強に取り組む。時々問題について質問して来るのでそのことに解説する流れが何度か続いた。意外にも真面目に勉強に取り組んでいるので意地悪を仕掛ける機会が思いつかず、淡々と時間が過ぎていく。時計を確認すると、もう下校時間が近づいてきていた。
いつ帰ろうか、そんなことを考え始めた時だった。ノートをめくる紙の音と同時に「いたっ」というえりの小さな悲鳴が聞こえた。
「どうした?」
隣を見ると、親指を眺め少し痛そうに顔を歪めるえりの姿があった。
「紙で指を切ってしまって」
「大丈夫か?」
「はい、平気です。血も出ていないので放っておいても大丈夫です」
そう言いながら、またノートに向かおうとする。ここで俺は意地悪を思いついた。いつ仕掛けるべきか迷っていたので、会話ができたタイミングがやってきた今ちょうどいい。それに今の時期が1番効果を発揮する方法なので仕掛けない手はない。さあ、えり。俺の意地悪を食らうがいい!
「ダメだ!傷跡がなかったらどうするんだ?ほら、貼ってやるから」
断られないように真剣に心配するように装って、そう言いながら絆創膏を鞄から取り出す。なんだかんだ、えりはちょくちょく怪我をするので絆創膏を持ち歩いておいたのだ。まさかこれを意地悪に使う時が来るとは。
えりは少し恥ずかしそうに頬染めながら、手を差し出してきた。優しくその手を取り、細く綺麗な指先に絆創膏を貼っていく。無事貼り終えると、えりは口元を緩ませて嬉しそうにはにかんだ。
「えっと……あ、ありがとうございます」
大事なものを触るように怪我した手をもう片方の手で包み込み、どこか愛おしそうに絆創膏が貼られた親指を眺める。
「っ……」
今回考えた意地悪はこうだ。まず、絆創膏というものは指に貼るとどうしても動きにくくなる。それはつまり、文字を書きにくくなることにつながりこの大事なテスト期間での勉強に差し支える。そういう意地悪の予定だった。
だが嬉しそうに貼られた絆創膏を眺めるえりを見ると、その可愛さに意地悪のことなど忘れてしまった。




