新居内覧
「さあ、中に入りましょう。お庭を気に入ってもらえたなら、お家の中も好きになってもらえると思うわ」
柔らかな毛並みの頭が甘えるように頬にすり寄せられて、誘われるままに玄関ドアに手をかけた。
結界が張られている場所に建つ家だから、玄関ドアも簡単には開かないと思っていたのに、拍子抜けするくらいあっさりとドアが開いて私を受け入れてくれた。
「おおっ」
アーチ型のチョコレート色のドアを開けると、小さな玄関ホールがあった。壁にはコートハンガーがあったり、天井には自然光を取り入れるためのトップライトが作ってあったり、床も綺麗なフローリングだったりで、思ったより快適な空間にびっくりしてしまう。
窓沿いに部屋があって、玄関隣にはこじんまりとした居心地の良さそうな居間があった。
毛織物で作られたラグが敷かれた上には、見るからにフカフカのクッションがいくつも置いてあって、暖炉の脇には優雅なロッキングチェアまであった。
なにこれ、もう超素敵なんですけど。イギリスの古い童話の世界に迷い込んだような家の中に、私のテンションは上がりっぱなし。
リビングから続く台所は独立した作りになっていて、日本のキッチンから比べたら不便は不便なんだろうけど、それを補って余りあるくらいに素敵だった。
そこら辺からホビットとかピーターラビットとか出てきても違和感ないくらい絵本チックで良い。
「気に入ってくれた?」
言葉もなく只々目を輝かせて隅々まで見渡している私に、ソニキアが弾んだ声で問いかけてきた。
そんなこと聞くまでもないくらい気に入ってますとも。
「もちろん。リビングもキッチンもとっても素敵!」
「良かった、椿が気に入ってくれて。後は椿の部屋ね」
部屋?私の部屋があるの?それとも私が使って良い部屋に案内するってこと?
どっちにしてもこんな可愛い家にある部屋なら、期待しても大丈夫な気がする。
腕の中からスルリと降りたソニキアの後を追いかけて家の奥に入っていけば、見慣れない記号のような物が書かれたプレートが掲げられたドアの前に辿り着いた。
これって私の名前?
プレートに書かれた文字を私は知らないのに、それが椿とかいてあるんだと何故か私には分かった。これが多分、神様の言っていた加護なんだろうな。知識をくれるって言ってたし、この世界の言葉が分からないと辛いしね。
「ねえソニキア、これ私の名前だよね?カルダナ様の家に、どうして私の名前が書いてあるプレートがあるの?」
不思議に思って尋ねてみる。
「エーヴァルト様から、椿がこの地に滞在するにあたっての家を用意して欲しいって、連絡があったからよ。それで以前カルダナ様が使っていた庵なら結界も十分だし、この地に椿が馴染むまで外界から守ってくれるだろうって、ここを用意したのよ」
用意したのよって簡単に言われても、頭がついていかない。だってついさっきこの世界で目を覚ましたばかりなのに、もう住む家が用意されていたなんて、いつの間にって感じなんだけど。
「椿がこの世界で新たな命として芽吹くまでそれなりに時間はかかったのよ?だから、その間に椿が困らないようにって色々用意していたの、わかってくれたかしら?」
イタズラが成功したような笑顔でそんな嬉しいことを言われたら、泣いてまうやん。
潤んだ目を見られたくなくて、ちょっと乱暴にドアを開けて部屋の中に入った。
「わっ…か…可愛い…」
ドアの向こう、私の部屋だと言われた室内は、思わず言葉を失ってしまうくらい、私好みのインテリアでまとめてあった。
床は淡い色味の板張りで、壁は淡いミントグリーン。そこに白く塗装されたベッドが置かれ、寝具は白で統一されていた。フリルとかレースとか、こういうの好きだってどこで知ったんだろう。
赤毛のアンとか不思議の国のアリスとか、そういう部屋にありそうな机と椅子。ウィンドウベンチにはパステルカラーのクッションがいくつも置いてあって、窓の外を見ながら寛ぐのに最適だ。
家具は全体的に白で揃えてあるようで、クローゼットも白で、となりの鏡台も白くて華奢ですごく可愛い。
天井には草木で編み上げたような籠をひっくり返したような物が付いていて、どうやらそれは灯りを灯す道具のようだった。
植物のシャンデリアなんて、どんだけ素敵なんだろう。
どこを見ても素敵で可愛いものばかりで、心の中で盛大な悲鳴を上げつつ見て回る。
机の上には便箋まで用意されていて、淡いピンクの紙にバラの花が透かしてあった。まるで貴婦人の机のようで、思わずニマニマしてしまった。
「どうやら気に入ってもらえた様子ね?」
「勿論!これで気に入らないとか、ありえないから」
気に入らない所を探す方が大変なくらい、全部が可愛いこの部屋を私はもうすっかり大好きになってしまった。
そして、こんなステキな部屋を用意してくれたソニキアと神様と、カルダナ様に心から感謝しようと思う。