新居候補地へ
サクサクと草を踏み分けて歩いて行くと、不意に空気が変わったような感じがした。
滝の側とかに行くとマイナスイオンを感じるとか言うけど、あんな感じに似てる。上手く言い表せないけれど、空気が瑞々しくなった気がした。
そんな感じを受けてすぐ、生い茂っていた木々が途切れた先に、百合の花に似た青い花が咲いているのが見えた。その花は淡く青い燐光を発しながら、大きな池とその湖畔に建てられた小さな家の周りをぐるりと囲んでいた。
「うわっ、凄い。綺麗」
「それがエーヴァルト様の言っていた花よ」
「え?これが?」
ソニキアの言葉に思わず青い花を凝視してしまう。内側から光を放っているかのように淡く光る花はとっても綺麗で、生まれて初めてこんなに綺麗な花を見た。
しかしちょっと待って?神様が私を生まれ変わらせてくれたのは、この花を探して貰うためだったんじゃ?ここにこんなにいっぱい咲いてるなら、私は必要なかったんじゃ?
思わずそんなことを考えてしまうくらい、青い花はいっぱい咲いている。
これを教会に持っていけば、神様が必要としている量には足りるんじゃないかな。どれくらい量が必要かはわからないけど。
そんなことをツラツラと考えていると、テシテシと脛辺りに肉球の柔らかい感触がした。
「何を考えてるのかは分かるけど、でもここの花はダメよ。ここに咲いているのはカルダナ様が結界のために、エーヴァルト様のお力を借りて作られた花なの。だからこの花を教会に持って行ってもダメなの、期待させたならごめんなさいね。でも、この花が見えるって事は大丈夫ね」
「あ、そっか。この世界の人にはこの花は見えないんだっけ」
「んー、見えないっていうのかしら。貴女の目にはこのお花が淡い青色に光ってるように見えるでしょ?でもここの人たちにはただの青っぽい花にしか見えてないの。だから貴女の力が必要なのよ」
必要。その言葉にポロリと涙が頬を伝った。
両親が亡くなってから、誰にも必要とされなかった。伯母さんは私を受け入れてくれたし、できるだけのことをしてくれた。その事にはもう心から感謝してる。けれど、必要とされたわけじゃない。あの時はなんとも思わなかったけど、人に必要とされるって、こんなに嬉しいもんなんだね。
不覚にも涙が溢れてきてしまった。
「ああ、どうしたの椿?こんな人気の無いところだから怖くなっちゃったのかしら?大丈夫よ、カルダナ様の結界はそう簡単に破られたりしないから、怖いものはやってこないわ。私も一緒にいるから、ね?泣かないで?」
突然の私の涙を、違う世界で一人ぼっちになってしまった不安からだと思ったらしいソニキアが、必死に言葉を連ねて慰めてくれた。
その言葉が嬉しくて、グシグシと涙を拭って無理矢理に笑顔を作って見せる。
こんな風に慰めてもらったことなんて久しぶりで、やっぱり誰かに気に留めてもらえるって嬉しいな。
「ごめんね、ありがとうソニキア。ちょっとホームシックになっちゃったのかも。でもソニキアが一緒にいてくれるからもう大丈夫」
「本当?それなら良いんだけれど」
「うん、もう大丈夫。それより、あれがカルダナ様のお家?」
泣いた理由を追求されるのが嫌で、明らかに誤魔化してるのがバレバレだったけど、強引に話を変えちゃった。
指差した先に見えるのは、小さくて可愛い家。
映画で見たホビットの家みたいに、半分後ろの山?丘?に埋もれてて、白い木枠の丸窓が生い茂った蔦の隙間から見えてるのが、たまらなく可愛い。
ジャスミンに似た白い花が咲いた蔓が家全体を覆っていて、丘の上から小さな煙突まで見える。
「ええそうよ。椿が気に入ってくれると良いけれど。あ、そうそう。ちゃんと劣化防止と汚れ防止の魔法がかけられているから、中はちゃんと綺麗よ。それは安心してちょうだい」
劣化防止に汚れ防止の魔法?魔法って言った?
絵本に出てくる小人か魔法使いが住んでそうな家に、魔法がかかってるなんてなんてメルヘンなんだろう。ワクワクしすぎて心臓が痛いくらいドキドキしている。
期待に胸を膨らませながら家に近づいていくと、前庭にはお花がたくさん植えられていた。
凄い、アプローチ以外は花でいっぱい。
花壇にキッチリと植えられていると言うよりは、自然のままに生えているという感じに近い。あっちに背の高い筆でスッと書いたような青い葉が風にそよいでいるかと思えば、こっち側には背の低いスミレのような紫色の花が他の花に隠れるように咲いていたりする。
でもどの花も伸び伸びと気持ち良さそうに天を仰いでいて、見ているだけで心が晴れてくるような気がする。
「気持ちいい」
思わず声が出てしまった。それくらい感じたことのない爽快感がここにはあった。
「ふふっ、それは良かった。私もここは大好きな場所だから、椿が気に入ってくれて嬉しいわ」
「うん、凄く気に入った。ずっとマンションだったから、こんな風に庭があってお花がたくさん咲いているのって憧れだったの」
足首にスリスリとすり寄ってきてくれたソニキアを抱き上げて、その柔らかな体にスリスリする。
お日様の匂いに混じって、庭と同じ甘い香りが鼻をくすぐった。