違和感の正体
じゃあまたね」
元気に手を振って帰っていくヨヨさんを見送って、外の景色を眺めた私は「あっ」と小さく驚きの声を漏らした。
ヨヨさんが訪ねてきた時から感じていた違和感の理由に、今ようやく気が付いた。
「外の景色が違う!」
昨日この家に着いた時には、外は完全に森だった。深い森の中のぽっかりと開けた空間で、澄み切った綺麗な湖が見えたのだ。
広い平地は色とりどりの小さな花が咲き乱れ、神様の力が宿ったカルダナ様作の青い花も咲いていたはず。
それなのに、今目の前に広がっているのは石畳の道がくねくねと続く、おとぎ話の街並みのような可愛い家々。
カレンダーが何かで見た、ドイツの城壁に囲まれた可愛い街、まさにあんな感じの街並みが目の前に広がっていて、言葉もないまま立ち尽くしてしまった。
「椿?どうしたの?」
「え…ええと、昨日は、森の中…だったよね…」
問いかけと言うよりは独り言に近い呟きを漏らして、あれれ?と頭を抱えてしまった。
「椿、椿、ちょっと聞いてる?」
「え?あ、うん、なに?」
「ちゃんと説明するから、一旦中に入りましょう。ここじゃ体が冷えてしまうわ」
そう言われると、急に寒さを感じるから人間って不思議だわ。
小さく身震いすると、言われるままにドアを閉めて、火が付いているキッチンに向かった。
日本は5月を過ぎようとしている時期だったけど、どうやらここはこれから春がくるらしくて、明け方と日の入り後は少し肌寒く感じる。
キッチンの暖炉に入れられた火に、思わずホッとため息が漏れた。
リビングの暖炉に火が入っていないのは、単にまだ起きたてだから。
「さて、急に家が建っている場所が変わって驚いたでしょう」
「うん」
暖かいお茶を入れ、ヨヨさんが持ってきてくれたパンにジャムをつけて朝ごはんにしながら、ソニキアの話を聞く。
「カルダナ様の家には3箇所、別々の出口があるの。一つはあの森、一つはここ、ガベルディナの街の中。そしてもう一つは、魔法都市ウェールトリアの学術学区。それぞれの場所に建てられた建物と、この家の玄関ドアが魔法で繋がっているの。行きたい場所に目盛りを合わせてドアを開ければそこに行けるのよ」
私は気が付かなかったけれど、どうやらドアノブの上に行き先を決めるチャンネルのようなものが付いているらしい。
繋がっている場所であれば、そのチャンネルを合わせてドアを開けるだけですぐに行けるって言うんだから、ズボラ人間とかには垂涎もののドアかもしれない。
かくいう私だって、家のドアを出ればコンビニの前とか、本屋の前に行けるんだったら最高だっただろうななんてツイ思ってしまった。
「外からこの家に入ることも、、勿論できるわ。カルダナ様と貴女は無条件でドアを開ければ問題なくドアは開くし、帰ってこれるんだけど。お客様は招いてもらわないとドアが開かないようになってるの」
「つまり、私がドアを開けたからヨヨさんのいる街の中の家と、ドアが繋がっちゃったってことであってる?」
ソニキアの説明にウンウンと頷きながら聞き入るけれど、魔法のすごさに言葉もない。
そして思い出した、昨日私が人のいる村とか町まで行けないか?って訪ねた時、ちょっと遠いって言ってたのはなんでだろう?
この家の仕組みなら、すぐにここに来れたはず。
優雅にミルクを飲むソニキアにそのことを尋ねれば、嗚呼と返事が返ってきた。
「この家にまずは落ち着いてからと思ったの、いきなりあれもこれもって知らないものが出てきたら混乱するでしょう。今日か明日には街に行こうと思っていたんだけど、こんな形で来ることになるとは思わなかったわ」
クスクスと可愛く笑うソニキアに、「そっか」と返す。
確かにあれ以上想像の範囲外のことを見せられたら、頭がパンクしていたかもしれない。
一晩寝て、寝起きのぼんやりしている状態だったからまだショックが少なかったのかも、とそう考えてソニキアの頭を撫でた。
「ありがとう、色々考えてくれて」
「うふふ、どういたしまして」
美味しい朝ごはんに、優しい猫のソニキア。気持ちの良い家。ようやく私は自分が新しい世界にいるんだと言う事を、少しだけ実感した。




