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蠱毒  作者: 不覚たん
止揚編

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ラグナロク 後編

 各所のシャッターは生体認証で開く。

 そのシャッターがあがった瞬間、街の惨状が目に飛び込んできた。


 あらゆるものが破壊の対象となっている。

 お気に入りだったレストランの窓、あるいは電光掲示板や街灯までもが粉々に打ち砕かれ、まるで暴動にでも巻き込まれたみたいなザマだった。

 どこから落ちたのかコンクリ片も転がっており、そこへホムンクルスの残骸が醜く飛び散っていた。

 遠方には、血のにおいを嗅ぎつけたとおぼしき餓鬼まで姿を見せている。


 ちょっとした地獄絵図だ。

 俺は槍を構え、特に挨拶もなく振り回した。光がぐんと伸びて空のホムンクルスを切断し、そしてふっと消えた。俺の意識も遠のきそうだ。

「お手柔らかに頼むぜ」

 どうせ聞いていないだろうが、俺はそうぼやかずにはいられなかった。

 そもそも英語でなければ通じないはずだ。

「ハロー、ハロー、アイ・アム・プレジデント」

 思いついた英単語を並べ、俺はさらに光線で仕掛けた。手元が狂ってビルを斜めに裂いてしまったが、まあよかろう。無人のビルなどいくら倒壊してくれても構わない。

 上空から光の矢が降り注いだので、俺は小手で顔をガードした。ガツガツと容赦なくぶつかってくる。それがいつまでもやまない。一発一発はそんなに重くないのだが、こうも連続だと肘や肩の関節がどうにかなりそうだ。延々と子供から殴りつけられているような気分になる。

 いや、それだけじゃない。装甲の隙間に一発入った。胴と腰の間だ。直撃ではなかったが、皮膚を切り裂いてどこかへ抜けた。


 俺はいったん引き返し、ビルを盾にしてやり過ごすことにした。

「クソ、なんだあの量。ムリに決まってんだろ……」

 ホムンクルスは空を覆い尽くさんばかりだ。飛んでいるものだけでなく、ビルの屋上に降り立って狙撃してくるものまでいる。


 光の矢がおさまると、次はこのフロアに入り込もうと急降下してきた。

 まあ閉所で戦ったほうがこちらに有利だ。

 なるべく引きつけてから仕掛けようと思い、俺は壁に張り付いたまま、急いで呼吸を整えた。ホムンクルスは勢いよく滑空してくる。ビームを撃つにはもう少し時間が欲しい。いまはまともなのが出る気がしない。

 こんなことなら、カッコつけずに龍胆たちも連れてくるんだった。


 などと後悔していると、メインストリートを白いミサイルが飛び抜け、ホムンクルスを残酷に喰い散らかした。

 見間違いではなかろう。

 本当に、白いのがぶっ飛んでいった。代わりにホムンクスルの死骸がバラバラと降り注いでいる。


 かと思うと、巨人が中を覗き込んできた。

「息災かな、婿どの」

「権兵衛さん!?」

 武装した権兵衛が、満面の笑みでそこにいた。

 となると、あのミサイルはやはり母上だったのか。たしかに未知の生命体ではあるが。いや、未知ってのは権兵衛のことかもしれない。

「加勢してくれるんですか?」

「当然だ。防人さきもりだからな。心配するな。参加の許可は得てる。どうやら俺は天人として数えられていないらしい。じつに失礼な話だが」

 そう言って白い歯で笑った。

 会話の最中も、装甲のない肩口に矢を撃ち込まれているというのに。あまり気にしていないようだ。彼にとっては虫に刺された程度なのかもしれない。

「ずいぶん数が多いな」

「仲間のいる建物が崩れそうなんです。お力添えいただけませんか?」

「もちろんだ。なにをすればいい?」

「敵の注意を引いていただければ」

「おう、暴れるのは得意だぜ。おかげで故郷を追い出されちまったがな。ガハハ!」

 ガハハではない。


 ともあれ、この上ない加勢だ。

 またヘビがやってきて、高く飛び上がってホムンクルスを喰い散らかした。なんというか、このヘビだけいればなんとかなりそうだな。鱗のおかげで矢も刺さらないようだし。


 俺は急いで目的のビルへ駆け込んだ。さいわい、ホムンクルスはデカい的に注目している。

 シャッターを開くと、椿たちがおそるおそる顔を出した。

「玉田さん!」

「ここは危ない。別の建物に移動してくれ」

「はい! みんな、行きますよ! ついてきてください!」

 移動すべきビルの選定は、すでにAIがやっている。移動経路も共有済みだ。こういうとき機械のありがたみが分かる。


 椿は仲間たちを引率し、ふたつ離れたビルへ入り込んだ。

 家具屋だ。特別に頑丈とは言えないが、AIが選んだのだから倒壊の危険性は低いはずだ。


 この間も、空からはホムンクルスの死骸が降り注いでいた。誰が撃ち落としているのかは不明だが。

 ふと、何食わぬ顔で鈴蘭が近づいてきた。弓を手にしている。

「お怪我は?」

「えっ? なんでここに?」

 まさか一緒に来たとは思わなかった。

 すると彼女は端正な眉をひそめて首を傾げ、斜め下からこちらを見上げてきた。

「いたら困るのですか?」

「いや、だって危ないしさ」

「危ないのは百も承知です。けど、あなたが死ぬときは、私も死ぬときです。勝手にひとりで危ない目にあわないでください」

「分かるけど」

 ホムンクルスはこちらを攻撃している余裕もないらしかったので、俺たち倒壊しそうなビルから離れて物陰に入り込み、会話を続けた。

「ここに隠れてて。鎧も着ないでいたら危ないから」

「ええ。ではここからあなたを支援します」

「目立たないようにね?」

「もし近づかれたら、毒霧でも吹きかけてやります」

 そういえば彼女は毒も扱えるのだったな。ヘタすると味方も巻き込むことになるけど。

 すると彼女は俺の不意を突き、唇をかさねてシチューを流し込んできた。俺は思わず味も確認せずに飲んでしまった。

「んぐ、いまのは?」

「ただのお食事です。怪我なさってるようでしたので」

「ありがとう」

 たしかに腰がズキズキと痛んでいた。いまの食事のおかげで急によくなったが。

 俺は彼女の頬をなでた。

「完璧だ。もう痛くない」

「くれぐれもムリなさらないで」

「分かってる」

 俺の幸運の女神が来てくれたのだ。死ぬわけがない。


 *


 その後、毒島が追い詰められているというので、俺は槍を振り回しながら救助に入った。

 彼は雑居ビルの三階に立てこもっていた。ショットガンの弾は尽き、しかも腕を撃ち抜かれたとかで、ぐったりと床に横たわっていた。看病する撫子は、相変わらず暗い表情だ。


「へへ、ドジ踏んじまったぜ……」

 力ない表情だ。

 肩口は血にまみれている。なのだが、毒島はもう片方の手で酒をかっくらっていた。

「こんなときまで酒なんて……」

「まあそう言うなって。なあ、タマケン。どうやら俺ァもうダメみてぇだ」

「えっ……」

「おめーとの政治家ごっこもなかなか楽しかったぜ。なんつーかよ……。悪かったな、いままで。ワガママばっか言って……」

「いや、あの……」

「クソムカつく話だが、人類の未来はおめーに託すわ。あとのことはよろしく頼むぜ。好きに恨んでくれていい。ただ、俺という人間がいたことだけは覚えといてくれよな。せめておめーぐれぇはよ……」

「……」


 そんな、ウソだろ……。

 どう考えても手当のおかげで傷はふさがってるし、まだ普通に戦える。どうせ戦いがイヤになって酒モードに入りたくなっただけだろう。このアル中、マジぶっ殺すぞ。


「毒島さん、もしこのあと生きてても墓に埋めますからね」

「いや生きてたら埋めるな。殺人だぞ」

「殺人がイヤなら、もう二度と戦争したいなんて言わないでくださいよ。またこういうことになるから」

「分かった。分かったから。けど危なくなったらまた呼ぶからな。そのときはすぐ来いよ」

「こっちだって忙しいんですよ!」

 音楽の趣味以外、あらゆることが合わない。しかし、こんな人間とも俺たちは共存しなければならないのだ。多様性の許容こそが、人類の生存につながる。


 撫子がペコリと頭をさげた。

 いったい彼女は、毒島のなにがよくて案内人に志願したんだろうな。こういうダメなおじさんが好みなのか。まったく理解できない。


 *


 ジョンの様子も確認したが、彼は頑丈な部屋にこもり、ひとりでガタガタ震えていた。自分をガンマンと勘違いして死体になっていなかっただけマシだが、やはり戦争をナメていたとしか思えない。攻めるときはいい。しかし攻められればこうなる。

「大丈夫か?」

「うん」

「俺、もう行くけど、ちゃんと隠れてるんだぞ」

「うん」

 言われずとも、その場から離れる気はないようだった。

 まあいい。きちんと最後までお留守番できたら褒めてやる。


 *


 とはいえ、もう俺の出番さえなさそうであった。

 なにせ権兵衛とヘビの戦力が高すぎる。鈴蘭も光の矢を同時に十本以上放ち、片っ端から撃ち殺している。

 俺も微力ながら槍にて参戦した。

 龍胆、山吹、菖蒲らもやってきて、戦局は誰の目にもあきらかとなった。


 *


 やがて戦いを終えた俺たちは、特に言葉も交わさず、変わり果てた街をしばらく見つめた。


 時刻は不明。

 相変わらず白いだけの空だが、地平線がうっすらと茜色に染まっていた。じき夜が来る。


 破壊し尽くされた街には、ホムンクルスの死骸が撒き散らされている。漁夫の利を狙っていた餓鬼どもは残らず逃げ出した。この死体は、おそらくワトソンが集めてリサイクルすることだろう。ヘビがつまみ食いをしているのは見ないことにして。


 戦いには勝った。

 味方に死者も出ていない。

 しかし住めないほどではないが、かなりひどく街を破壊された。なのに復旧させるだけのマテリアルもない。

 倒壊を警告されたビルは、実際に崩れ落ちた。周囲の建物を巻き込むことなく、道路側へ。これを片付けるだけでも一苦労であろう。


「みんな、無事でよかった。ぜんぶ終わった。平和が来る。そう考えることにしよう」

 俺は誰にともなくつぶやき、瓦礫に腰をおろした。鎧はもう外している。あんな重いの、つけてるだけで重労働だ。

 隣に鈴蘭が来た。

「これからどうするつもりです?」

「大統領をやめて、権兵衛さんに弟子入りするよ」

「弟子?」

「農業だよ。俺も畑をつくりたい。ふたりで野菜でも育てながら、ゆっくり暮らそう」

「それは素敵ね」


 *


 アルファは撤退を約束した。

 俺も大統領を辞任して街を離れ、ふたたび権兵衛宅に住むことにした。赤ん坊はまだ生まれていない。卵のままだ。

 天女たちもほとんどが街を離れた。

 街に残ることを決めたのは、毒島と撫子、そしてジョンだけだ。

 誰もがそれぞれの道を歩みだした。


 名もなき小さな国は、役目を終えたのだ。

 ふたたび国も国境もない世界になった。


(続く)

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