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蠱毒  作者: 不覚たん
止揚編

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感情と勘定

 休暇を終え、ひとりで帰宅した俺は、街へ着くなり会議室へ呼び出された。定番となった電気屋だ。

 参加者は俺、毒島、ジョン、そしていちおうワトソンの四名。


 俺はレストランから届けられたトルティーヤ風のメシを食いながらの参加だ。素材不明の生地に、素材不明の肉が挟み込まれている。調整されまくっているだけあって味は悪くない。


「タマケン、里帰りはどうだった? リフレッシュできたか?」

 デスクへ足を投げ出した毒島が、酒瓶を片手にそんなことを聞いてきた。

 まさかこれが本題ではなかろうが、俺も気軽に応じてやった。

「ええ、なんとか刺されずに生還できましたよ。それで? なんの会議です?」

「戦争の準備が整った」

「えっ?」

「まず、強制的に祠を起動させてドローンを三十機ほど突入させる。そしたらいっぺん祠を閉じて、広範囲にデス・ファージを散布するんだ」

 いきなり戦争のブリーフィングが始まってしまった。まだ戦争するとも決まっていないのに。

 ジョンもノリノリで補足に入った。

「なんで閉じるのかっていうと、デス・ファージが逆流してこないようにするためさ。自動的に消滅するようプログラムされてるけど、その前にこっちに来たら問題だから。それで降伏するようなら、条件次第で飲んでもいい。けど抵抗するようなら、また同じ方法でデス・ファージを散布する。その後、生き残った連中の反応を見て、こちらも対応を考える。これでどう?」

 かなり興奮している。

 あの強盗の死に様を、彼らも見たはずなのに。


 デス・ファージに感染した強盗は、体を維持できなくなり、その場でどろどろに溶けて死んでしまった。残ったのは溶解した血肉と、生々しく濡れた骨格だけだ。

 見たこともない天人を、同じ方法で大量に殺そうとしている。

 これは遠隔操作でさえない。ロボットに押し付け、遠方で勝手にやらせるのだ。

 見ず知らずの誰かが、どこかで、機械に、一方的に殺されるという事実を、まったく他人事のように考えている。あるいはその死者の数をスコアだとさえ思っているのかもしれない。


 俺はなるべく冷静に告げた。

「君たちのプランは理解した。しかしその戦術は実行されない。なぜなら、我々地上の人類と、アノジたち天人とで、和平協定を結んだからだ」

「……」

 返事がない。ポカーンとしている。

 反論してきたのは、意外にもワトソンだった。

「恐縮ですが、単独での和平協定の締結は、大統領の権限には含まれていないようです」

 そんな規定があったのか。

 というより、そもそも規定なんてものがあったんだな。把握していなかった。

 毒島が正気に戻った。

「ほら見ろ! 勝手なことしやがって! 越権行為だぞ!」

「ではあらためて、この場で議会の承認を得たい。しかし表決の前に、なぜ和平協定が必要なのかをスピーチさせていただきたい」

「拒否する! 時間のムダだ!」

「会議を妨害するものには退席を命じる。その際、投票の権利も失うことになるが、あくまで自己責任でお願いしますよ」

「クソが……」

 退席しないということは、俺の話を聞くということだな。

 ジョンも異論ナシという顔。ワトソンもその場に留まった。


 俺はこの場で人倫なんぞは説かず、損得のみで説明した。

 一点目、いま無闇に仕掛ければ、消耗したところを背後からアルファに刺される可能性の指摘。なにせアルファは、自己の権益を拡大させるために動いているのだ。俺たちはあくまで駒に過ぎない。使うだけ使ったら、ふたたび脅威となる前に、その力をコントロールしようとするだろう。

 二点目、和平協定の締結により、アノジらはもう偉そうに命令して来ないことを約束した。もし彼らが約束を破った場合、今度こそ大義はこちらにあるので、そのときは好きに攻め込めばよい。

 三点目、アノジとアルファが争っているということは、そこに緊張状態が発生しているということ。そして、そのいずれを勝たせるかは、俺たち次第。この緊張を持続させることにより、人類の影響力を彼らに知らしめることができる。


 という打算まみれの提案だ。

 情報に左右されやすいジョンは、前のめりで俺の話を聞いていた。実際、このロジックだけでも、戦争をヤメる理由は十分だ。

 毒島もしばしば酒を口にしたが、苦情は口にしなかった。妥当な理屈だと思ってくれたのかもしれない。

「さ、では票決に入ろうか。和平協定に賛成のものは?」

 挙手したのは俺、そしてワトソン。タコが揃って手をあげた。まあどれだけ挙げても一票は一票だが。

 計二票。先行きは暗い。

 俺は渋々こう続けた。

「では反対票は?」

 しかしどういうわけか挙手がない。

 ふたりは賛成でも反対でもない、ということだ。

「もしかして棄権?」

 これにようやく残りの手が挙がった。

 賛成が二票、反対がゼロ票、棄権が二票。計四票。

 どっと力が抜けた。

 もっと揉めると思っていた。しかし交渉は成功し、意見が通った。これで無益な殺生をしなくて済む。

「では賛成多数とし、和平協定の締結を認めることとします」

 なるべく淡々と進行したが、緊張などで手が震えそうだった。俺は鈴蘭の故郷を破壊したくなかったし、権兵衛とも戦いたくなかった。守りたいものを、守ることができたのだ。この場でアホみたいに飛び回りたいくらいだ。


 毒島が足をおろし、椅子に座り直した。

「だがまだ終わりじゃねぇ。やることがある」

「えっ?」

「アルファだよ。あいつがこのままおとなしく引き下がると思うか?」

「ああ、その件ね。それも俺が交渉するよ」

 すると毒島はふっと鼻で笑った。

「交渉? おめーが?」

「なにかご不満でも?」

「いや、いい。上等だ。今回のスピーチはなかなかだったぜ。次もその調子でカマしてやれや」

「お任せあれ」

 ヘタに感情に訴えないのは正解だった。真逆の感情をぶつければ、あるいは機嫌を損ね、意固地にさせかねない。かくなる上は感情論を封印し、損得のみで争うしかない。


 *


 その晩、さっそくアルファが接触してきた。

 宙空に浮かぶ煌めくような白亜の神殿だ。

 立派な玉座についていると、自分が世界の王にでもなったような気持ちになる。まあ、あきらかに勘違いなのだが。おそらく毒島やジョンもここに座らされ、大仰な話を聞かされたのだろう。彼らは人心を操るのがうまい。

 純白の翼を背負ったアルファが、美しい微笑にやや苦いものを含ませて立っていた。

「話はすべて承知している。君たちの出した結論は尊重しよう。なかなかの名スピーチだった。まったく正義について語らないとはね」

「ほかに選択肢がなかったんですよ」

「そうかな? あるいは私たちを殲滅するという手もあったのでは?」

「どこにいるか分からない」

「分かるさ。それを探るだけの技術をすでに持っているだろう」

 彼の指摘は正しい。こうして夢に干渉している間、きっとなんらかの現象が起きている。その間のエレメント・ゼロを観測すれば、およそどの方向からどの程度の力がかかっているか分かる。これを繰り返せば最終的に居場所を特定できるはずだ。

 彼は肩をすくめた。

「ともあれ、じつに素晴らしい采配だった。もはや流れは決したと言ってもいい。敗北を宣言したいくらいだ。しかし、このまま私を言い負かしておしまいというのもつまらないだろう」

「いえ、それで満足しますよ」

「いいや、ダメだ。古来より、決着には戦争を用いるものだ。しかし天人同士で争うことはできないから、互いに代理人を立てる必要がある」

 なんでこう、どいつもこいつも戦争したがるんだろうな。口頭の契約でいいじゃないか。互いに言語を扱える知能が備わっているのだから。

 彼はこう続けた。

「君は、アノジ側の代理人という形で構わない。こちらはホムンクルスを使う。それで勝負をし、生き延びたほうの勝利としよう」

「もし断ったら?」

「断っても攻め込む。そうなれば君の街は完全に破壊されることになるし、例の鎮守府とやらも無事では済まなくなる」

「分かりました。やりますよ」

 もうすぐあの家で新しい命が生まれるのだ。こんな連中に手を出されたくない。

 彼はゆっくりとうなずいた。

「結構」

「けど、天女はどうするんです? 天界のものが参加することになりますよ?」

「なに、構わんさ。地上に派遣されている天人は、なかば捨てられた民。天人としてカウントしなくていい。自由に参加させてくれ」

「それでいいなら」

 正直なところ、彼女たちの戦力はかなりのものだ。それぞれに専用の武器もある。足りないぶんはアノジからも支給されるだろう。ホムンクルスがどれだけの数で来るかは分からないが、全員で力を合わせればきっと勝てる。

 彼はかすかに笑った。

「しかし例のデス・ファージとやらはしまっておきたまえ。もし使えば、君たち自身を巻き込むことになる」

「分かってます」

 あきらかに防衛戦には向かない兵器だ。万能じゃない。使った瞬間、ここはゴーストタウンになる。

 信頼できるのは鋼鉄と火薬、そしてコンクリートの壁だけだ。小細工はナシで行く。


 別れ際、アルファはこちらへ柔和な笑みを向けた。

「おそらくは君たちが勝つことになると思うが、決して油断しないように。仲間を失う可能性は十分にある。人間だろうが天人だろうが、死んだものは生き返らない。念入りに準備しておくことだ」

「はい」

 彼らもある種の幕引きを望んでいるのだろう。命を代償にするのは気に食わないが。こちらが断っても仕掛けてくるというのなら、応じないわけにはいかない。

「日程は追って連絡する。私を失望させないでくれよ、人間の王」

「心配ご無用。地べたを這いずる我ら人類の底力、とくとご照覧あれ」

 とはいえ、しばしば空を飛ぶこともあるがな。特にこの二十五世紀になってからは。

 さいわい、すでにかなりの数のドローンが生産済みだ。どこかの防衛大臣が、街の保守・メンテナンスを放棄してまで生産しやがったからな。せいぜい有効に使わせてもらうとしよう。


 俺たちは絶対に勝つ。

 全員生きて勝つ。

 勝算はある。


(続く)

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