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蠱毒  作者: 不覚たん
表象編
5/56

帰り道

 毒島が寝落ちしてしまったので、俺たちは置き去りにして階下へおりた。酔っぱらいの寝顔を見つめていても仕方がない。

 エントランスにはまだあの女が立っていた。

「お帰りですか。道中、お気をつけて」

「ありがとう」

 暗い目をしている。声にも元気がない。

 もともとそういう性格なのかもしれないが……。あるいは、あまりまともな扱いを受けていないのかもしれない。毒島は自分だけ昼間から酒を飲み、下で女を待たせるような男だ。到底、紳士的な振る舞いを期待することはできないだろう。

 かといって、なにかしてやれることもないのだが。


 外へ出て、俺は姉妹へ向き直った。

「東京を目指すのはヤメにしよう。その代わり、いまから君らの家へ向かおうと思う」

 この提案に、小梅は表情を明るくしたが、なぜか鈴蘭がぎょっとした顔になった。

「家へ? なぜです?」

「東京に行けばなにか情報がつかめるかと思ったんだけど、どうやらそんなこともなさそうだし。かといってほかに行くアテもない。ふらふら旅してると、餓鬼に襲われかねないし。だったら家へ行ったほうがいいんじゃないかと思って」

「……」

 鈴蘭が答えに窮していると、小梅がぴょこぴょこ跳ねながら彼女の腕をつかんだ。

「姉さま、帰ろ! ねっ? 人間もこう言ってるんだし!」

「ええ……。しかし家で一緒に住むとなると、姉さまの夜の営みが……」

「なんなの? 姉さま、そんなにアレな女だったの?」

「そうよ。姉さまは、かなりアレな女なの」

 まったく躊躇なしに断言しおった。

 小梅も地団駄だ。

「じゃあそのときは言ってよ! 小梅、部屋の外で待ってるから!」

「そういうのがイヤなのです! だいいち、あなたが部屋の外で待っていたらおかしいではありませんか。父さまはしつこく聞いてくるに決まっているし、母さまは空気も読まず部屋に入ってくるし……」

「母さまは、熱に反応する習性があるから……」

 ただのヘビだな。

 一緒に暮らすのは厳しいかもしれない。

 鈴蘭は不服そうに頬をふくらませた。

「とにかく、命令であれば従いますが、そうでないのなら考えを改めていただきたく思います」

 すると小梅は、責めるような顔で俺に詰め寄ってきた。

「ほら、人間! いまよ! 命令するの! いつも姉さまに強要してるみたいに、家に帰るよう命令しなさい! 小梅からの命令!」

「俺は強要なんてしてないぞ。したくもないしな」

「いいから命令して!」

「はいはい」

 ギャーギャーうるさい子供に反論するのは、吠えてきたイヌに吠え返すようなものだ。万物の霊長にふさわしい発想ではない。

 俺は鈴蘭に向き直った。

「そういうわけなんで、聞き入れてもらえませんか?」

「できれば、もっと厳しく命令していただきたいのですが」

「厳しく? どうやって?」

 鈴蘭は「もう」とわざとらしく溜め息をついた。

「理想を言えばですが、『俺の言うことを聞かないとお前を捨てるぞ』みたいな態度がいいです」

「捨てられて困るのはこっちのほうなんだけど」

「ええ、まあ、そういう謙虚な感じも嫌いではないのですが……。しかしまさに、そういう男性にこそ、ちょっと強気に出ていただきたいというか」

「君の趣味には理解しがたいところがあるな」

「わがままなのは分かっています。まあ、あなたを困らせるのは本意ではありませので、今回は聞き入れることといたしますが。けれども、いいのですか? 家へ行けば、父や母にずっと干渉され続けることになりますよ?」

 ちょっとした地獄だな。

 いや、しかし一緒に住む必要はないのだ。彼女の家のそばに簡素な小屋を作り、そこで暮らすのでもいい。メシさえ恵んでもらえれば。

 とはいえ、もし鈴蘭が俺の小屋へ通うとなれば、父母も一緒に乗り込んでくる可能性がある。

「あのー、ちなみにだけど、君のご両親は、どんな感じの方なんだろうか?」

「どんな、とは? 性格の話でしょうか? はて……。なにせほかの家庭を知りませんので」

「気性が荒いとかは……」

「母はヘビですので、わりと反射で行動しますが……。しかし父が怒っているのを見たことがありません。私を餓鬼から救い出すときでさえ、平然としていましたから」

「あまり表に出ないタイプ?」

「おそらくは。ナタでバッサバッサやっつけていたので、内心怒っていたとは思うのですが……。しかし話した感じでは、わりと穏やかな様子でした」

「……」

 表向きブチギレていなくとも、いきなり他人を殺傷できるタイプか。むしろやべーやつなのでは。

 娘に手を出したら、俺もナタでバッサバッサやられそうだな。

「これまで、人間をお父さんに紹介したことは?」

 すると鈴蘭は、答えにくそうに顔をそむけた。

「正直、何度か……」

「ごめん、言いづらかったらいいんだ」

「いえ、そうではなく……。ほとんどの人間は、父とは打ち解けていた気がします。しかし母とはどうもソリが合わないらしく……」

 合わないだろうな。ヘビだもの。

 鈴蘭ははっと顔をあげ、ぶんぶんと手を振った。

「あ、でも! 母は人間を傷つけたりしませんから! 毒もありませんし! ただ、冬は勝手に布団に入ってきたりするので、それにさえ耐えられれば」

「……」

「ときおり巻き付いたりもしますし」

「……」

「夏場は物陰に潜んでいたりもしますが」

「……」

 ただのヘビだな。

 というより、本当に母親なのか? そこらで拾ってきたヘビを、亡くなった母親の代わりにしているサイコ家族なのでは?


 すると、小梅が鈴蘭の袖をつかんだ。

「姉さま、家に人間を連れてきたことがあるの?」

「ええ。あなたが生まれる前の話だけれど」

「その人はどんなだったの? イケメン?」

「イケメンなのと、そうでないのと、まあいろいろです」

 鈴蘭は斜め上を見ながら言った。

 ごまかしているのか、記憶が曖昧になるほど昔の話なのか。

 小梅は呆れた様子だ。

「なんなの? 父さまに紹介して、どういうつもりだったの? まさか、結婚できるとでも思った?」

「思うもなにも、実際に結婚していたと信じてますが?」

「はぁっ? してた? 人間と?」

「なにか問題でも?」

「誰からも相手にされないせいで、頭がおかしくなってるとしか思えない! 何回結婚した気になってるの? 姉さまはずっと独身よ! 行かず後家!」

「ふふ、生娘はかわいいわね。けれども、あなたも男を知れば分かるわ。それはもうかなりアレだから。アレが毎晩アレしてアレだから」

「やーっ! 聞きたくないっ!」

 小梅は顔をまっかにして耳をふさいでしまった。

 妹も妹だが、姉も姉だよ。


 *


 その後、俺たちは姉妹の家を目指して歩き出した。

 話を聞く限り、場所は埼玉北部かと思われる。

 現在地が東京と埼玉の境あたりだから、このまま北上すればいずれつきそうだ。


 なるべく線路に沿って進んだ。

 かなりの数の建物が並んでいたが、そのどれもが甚大な被害を受けていた。

 大規模な破壊があったあとに、さらに洪水でも起きたのか、木造家屋や車両などが崩れかけたビルの上階に突っ込んでいたりもした。

 アスファルトの割れ目からは雑草が伸び放題。人が去ってから数十年は経過していそうで、いかにも滅んだ文明という感じがする。


 ときおりスーパーやコンビニなどを覗いてみたが、もちろん食えそうなメシはなかった。かつてナマモノだったと思しき物体は乾燥してミイラになっていたし、パッケージングされていたはずの商品も袋が破裂してガッサガサに乾燥していた。缶詰も洪水などで黒く腐食。食えそうなモノは皆無だ。

 おかしい。ゲームなどでは、こういうところでメシを調達できたのに。俺の知識はひとつも役に立たない。

 鈴蘭のゲロがなければ、とっくに死んでいたことだろう。あるいはヘビを食って生き延びるか。


「姉さま、お腹がすきました」

 小梅の例のやつが始まった。

 昼食には少し遅め、といった頃合い。

 景色は市街から郊外へ入ったところ。道路の脇には雑草が伸び放題。おそらくかつては田畑だったのであろう。

 俺は少し先の民家を指さした。

「じゃあ、あそこで休まないか」

「分かりました」


 破壊はまぬがれたらしいが、家屋はかなり老朽化していた。

 玄関は施錠されていたものの、窓ガラスのない戸からリビングに入ることができた。内部は当然ガラスまみれなので、裸足の姉妹のために、俺は玄関に回ってドアを開いてやった。


 それにしても、なぜ彼女たちはかたくなに靴をはかないのか。

 なまめかしい足を常時さらしまくっている。

 足首からかかと、かかとから土踏まずへ流れる美しい曲線、あるいは五本ある指のそれぞれの柔らかさなどが、いつもチラチラと視界に入る。しいて踏まれたいとは思わないが、いざとなれば踏まれてもやむをえない気持ちにはなる。


「姉さま、ごはん! ごはん!」

 スリッパでパタパタと小さくジャンプする小梅。

 ホントに欲しがりな子だ。

 鈴蘭もやれやれとばかりに嘆息した。

「小梅、少しは姉さまの負担も考えてね?」

「負担!? 小梅の世話を負担!? 姉さまがそんなこと言うわけない!」

「いま言っています。それに、姉さまは人間の世話だけしていたいの。身を削って尽くす献身的な姿に、男は満足をおぼえるものなのよ」

 勝手なことを言うな。こっちは毎度申し訳ない気持ちでいっぱいなのに。まあ、自力で食料を調達できていない以上、俺がなにを言っても説得力を持たないが。

 小梅は不満顔だ。

「姉さまのその発想、気持ち悪くてへどが出る!」

「へどはダメよ。食料になさい」

「どっちも同じでしょ!」

「同じではないわ。どちらも口から出るし、成分もほぼ一緒だけれど、いちおうは別物よ」

 そういう詳細な説明はいらないんだよな……。

 小梅はツインテをぶんぶん揺らしながらの地団駄だ。

「気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! なんなのその一方的な奉仕! そんなので喜ぶような人間、好きにならないでよ! ていうか、むしろ人間のほうが小梅たちに奉仕すべきでしょ!」

「そっちの奉仕は夜するものだから」

「聞きたくない! 姉さま、本当に穢れてる!」

「失礼な。姉さまは綺麗にしています」

「バカバカ! 姉さまのバカ! バカ姉さま!」

 これが始まると、メシの時間が伸びる。

 まあ毒島の指摘通り、時間なんてものはいくらでもあるんだけれど。

「またこの子は……。バカなんていう子には、ごはんをあげませんよ」

「バカじゃない姉さま!」

「姉さまはかしこいわ」

「かしこ……はい、かしこいです」

「お口を開けなさい、小梅」

「はぁーい」

 ケンカしたあとのメシはさぞかしうまかろう。

 鈴蘭は隙間があかないよう首を傾げ、唇を重ねる。小梅はおとなしく受け入れる。

 やがて、鈴蘭がふるっと震えた。

「おげげげげぇっ」

「んーっ!」


 じつに、よろしくないものを見せられている気分だ。

 苦しそうに注ぎ込む姉と、苦しそうに、そして嬉しそうに受け止める妹。なにかのプレイとしか思えない。

 小梅はぎゅっと拳を握りしめ、迫りくる波に耐えるのみ。

 一方の鈴蘭はえずきながら、何度も何度も食事を送り込む。


 そんなふたりをよそに、俺は食器棚をあさった。

 贅沢は言わないから、せめて紙皿が欲しい。スプーンがあればなおいい。

 あるいはと思い、一縷の望みをかけて冷蔵庫を開いてみたが、黒ずんだ物体がかすかに異臭を放っているのみだったのですぐ閉じた。思えば電気が来ていないのだった。冷蔵されているわけがない。

 食器棚も、風雨にさらされたように汚れていた。

 かなり高い位置まで浸水があったらしい。床にうっすら土砂が堆積している時点で気づくべきだった。


「はぁ、満腹、満腹。それじゃ小梅、上になにかないか見てくるね」

「あまりあさらないのですよ」

「はぁーい」

 食事を終えた小梅は、宝探しとばかりに部屋を飛び出してしまった。

 まあ二階は洪水の害を逃れているかもしれないから、使えそうなものが残っているかもしれない。俺もあとで見に行こう。


 それよりも、いまは食器だ。早くしないと鈴蘭が手に出してしまう。

 だが、ふたたび食器をあさろうとした俺は、ふたたび視線を落とさねばならなかった。

 床に土砂が堆積している。

 それはいい。

 しかしなにか……足跡のようなものが見える気がする。俺の足より一回り小さな楕円形。それも、わりと輪郭のハッキリした痕跡。そう遠くない過去に、誰かがここを歩き回ったのかもしれない。

 動物の足跡ではない。人間の子供だろうか。

 後ろから鈴蘭が来た。

「あの、驚かないで聞いてください。どうやら餓鬼に囲まれたようです」

「はっ?」

 聞き間違いであってくれ。

 窓の外を見ると、しかし槍を手にした小柄な連中が、五名ほどリビングを覗き込んでいた。

 血走った眼球。頭部には小さなツノがふたつ。服は腰蓑と草履のみ。痩せこけているのに、でっぷりと腹だけが膨らんでいる。

 連中の握る槍は、刃がやたらギラギラと鈍い光を放っている。切れ味はよくなさそうだが、それだけに、力任せに突き立てられればズタズタに切り裂かれるだろうという予感があった。

「餌ダ」

「餌ダ」

 連中はぶつぶつつぶやきながら、リビングに入り込もうとしてくる。しかし自分の持っている槍がジャマになるのか、つっかえてしまってまるで入って来られない。

 いまのうちに逃げるべきか。

 だが、小梅を置き去りにはできない。

 キッチンだから包丁はある。しかし勝算はあるだろうか。餓鬼の体格は小さいし、知能も高くなさそうだから、ラッキーにラッキーが重なれば一体か二体はやれるかもしれない。しかしさすがに五体はムリだ。

 鈴蘭はやや大きな声を出した。

「あーっ! 待ってください、餓鬼の皆さん! こちらから向かいますので、ムリにあがって来ずとも結構ですよーっ!」

「……」

 自分の無力が、ここまで恨めしいと思ったことはなかった。

 こうなる可能性はずっとあった。なのに、まったく対策がなっていない。いくらそれでいいと言われたにせよ、だ。

 彼女は一度だけ振り返り、俺に優しくほほえみかけてきた。

「というわけで、私は行きます。父によろしくお伝えください」

「必ず……必ずそうする」

「ではごきげんよう」

 笑顔なのだが、少し瞳が震えていた。

 いまならまだ、手を伸ばせば引き止めることができる。

 なのに、できなかった。

 正直に言おう。恐怖で体が動かなかった。ラッキーが重なれば一体か二体はやれる? そんなのウソだ。ちっとも動けない。膝がぶるぶる震えている。よく見ると、手も震えていた。


 無力なんてものじゃない。

 俺は、奪われるだけの弱小な生き物だ。

 自分が許せない。

 鈴蘭は足を踏み出して、すぐさま俺の手の届かないところへ行ってしまった。その後はいちども振り返らず、餓鬼にせっつかれていずこかへ……。


 あまりにあっけない。

 俺はずっと棒立ちのまま。

 呼吸以外、なにもできない。


(続く)

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