新たな火種
餓鬼に警戒しつつ廃墟を進む。
景色はどこまでも同じで代わり映えがない。
崩れたビルの残骸が、陥没した地下都市を瓦礫で埋め尽くしている。
ふと、先頭を歩いていた龍胆が足を止めた。
なにやら暗がりを覗き込んでいるようだ。
「どうした?」
「おそらく祠ではと」
「祠?」
リヤカーを置き、俺たちは瓦礫へ近づいた。しかしまったく祠らしきものは見えない。
「この下にあるのか?」
「はい。しかしもう稼働していないようです」
「サンプルが欲しい。上の瓦礫を撤去しよう」
「はい」
肉体労働が始まった。
コンクリ片や、どこから来たのか分からない流木、はては干からびたワカメのようなものをよけて、祠とやらを探す。しかしどれだけ探しても、それらしきものは見つからなかった。もしかすると龍胆の見間違えなのではなかろうか。
俺は漬物石のようなものを遠心力で放り投げ、汗を拭った。
「もっと奥か?」
「いえ、それです。いま捨てた石……」
「えっ?」
「手をかざすと、反応があります」
「あ、ホントだ」
龍胆の力に反応し、かすかに文様のようなものを浮かび上がらせた。火を起こすときに使う石の、もっとデカいやつ、という印象だ。
菖蒲がやってきて、銃剣の先端でつついた。
「でもこれ、どこにもつながってないじゃん」
「待て。乱暴にするんじゃない。持ち帰って解析する」
「は? これを? なにすんの?」
不審そうな目を向けてくる。
が、山吹が仲裁に入った。
「まあいいじゃありませんの。彼には彼の考えがあるのですわ」
「けど、山吹。あの噂がホントだったら……」
「ホントだったらなんなのです? わたくしたちは、わたくしたちの信念によって行動するのみ。あなたはあなたの信念に従いなさい」
「あたし、信念なんてないんだけど」
なにやら言い合いが始まってしまった。
しかし噂とはなんであろう。俺たちが天界へ攻め込むという話か。だったら事実だ。事実にならないよう、努力しているところではあるが。
俺はリヤカーに乗せ、タコに命令した。
「帰ったらこいつを解析したい。そのためのプランを考案しておいてくれ」
「命令を分析中……。かしこまりました。解析のためのプランを構築いたします」
タコにこの場ですべてをやらせるのは難しかろう。だから解析にどんな機器が必要なのかを考案させる。そしてマテリアルを使い、解析のためのマシンを作る。
魔法を解析するようなものだから、成功するとは思えないが。しかしなにもしないよりマシだ。現物も手に入ったことだし。
俺は振り返り、龍胆に尋ねた。
「これは普段、どうやって使うんだ?」
「念じれば作動します。しかし天界にも同じ装置が必要で、それぞれの祠がつながっていなければ、どこへも行くことはできないと思います。それに、個人を識別しているので、許可のないものはそもそも通行できません」
「なるほど……」
まあ俺が解析などせずとも、きっとアルファに依頼すれば手引きしてくれるだろうけれども。その場合、借りを作ることになる。
「それにしても、誰が置いたんだ? 君たちか?」
「いいえ。古来から、このような石はしかるべき場所に自然と置かれるものです」
「空から降ってくると?」
「人が置くのです。天のお告げによる場合もありますし、置きたくなって置く場合もあります」
「ほう……」
置きたくなるなんて、なんだか妙な話だが。転移に適した場所が、この漬物石を引き寄せているのかもしれない。
*
「で? マテリアルも見つかってねーのに、解析装置とやらを作らせろってのか? タマケン、頭大丈夫か? 祠のコントロールはアルファがやるって言ってんだ。余計なことにマテリアル使う余裕はねぇだろ」
会議室へ戻ると、さっそく毒島のダメ出しを受けた。
まるで上司のような物言いだ。
俺は舌打ちしたいのをこらえ、つとめて冷静に応じた。
「余計じゃない。必要になる。もし俺たちが攻め込んだあとでアルファが裏切った場合、どう対処するんです? 退路を断たれますよ」
「そこらの天人を締め上げて起動させればいいだろ」
「その締め上げる相手がひとりでも残ってりゃいいんですがね。全員死体だったらどうするんです? 戦いにデス・ファージを使えば、いま言った状況になる可能性はおおいにありますよ。もしそうなれば、祠をどうにもできないまま、死ぬまで天界に閉じ込められることになります」
すると毒島は、露骨に顔をしかめた。
「裏切る前提で話を進めるな。ンなことして、向こうになんのメリットがあんだよ? なにもねぇだろ?」
「ない? いったいなぜ断言できるんです?」
「妥当性の問題だ。アルファの提案は、俺たちと利害が一致する。みんなアノジをぶっ飛ばしてぇんだ。そのために協力すんだろうが」
「モノを安直に考えすぎだ。主導権を握ってるのは俺たちじゃない。あくまで利用されてるんです。そこを自覚すべきでしょう」
「おめーはそうやってなんでもかんでも否定的に考えて、ちっとも話を前に進めねぇな。今回だって、俺の意見に反対してぇだけだろ」
なぜこんな発想になるのだ。
アルファを信用しすぎだ。
どちらもアノジをぶっ飛ばしたいのは事実だろう。それは分かる。しかしそれは「すべて」ではなく、あくまで「一部」に過ぎない。
見ず知らずの男がやってきて、家の鍵を開けておくからあいつを殺してこいと言っている。あらゆる点がガバガバなのに、まるで背景を探ろうとせず、利害の一致する点だけを信じてしまっている。
俺は思わず溜め息をついた。
「もしアルファが裏切った場合、責任とって死んでもらいますけど、構いませんか?」
「はっ?」
「まさか自覚がない? あんたはいま、仲間の命を天秤にかけてるんです。あんたの個人的な見解でね。だったら、自分の命も賭けるべきでしょう」
「なんで俺がそんなこと……」
「できないのなら、人の命を勝手に賭けないでください。いいですか? 俺はみんなが生きて帰るための提案をしてるんです。意味もなく反対してるんじゃない。もし片道切符で特攻しろって言うんなら、あんたがひとりでやっててくださいよ、毒島さん」
「……」
ついに黙り込んだ。
自分がいかにバカなことを言ってるか、ようやく理解したらしい。
いや、あるいはアルファがマインドコントロールでも仕掛けたのかもしれない。悪いアノジをぶっ飛ばすのは正義で、アルファはそのための善意の協力者で、これに反対するヤツはなにも考えてないバカなんだと。
やはり警戒すべきはアルファか。
俺はひとつ呼吸をし、できる限り穏やかに続けた。
「さて、反対が意見がなければ、このまま解析装置の製造を許可しますが。よろしいか?」
すると押し黙った毒島に代わり、ジョンがうなずいた。
「俺は賛成。その石の構造も気になるし」
「オーケー。若者の向学心を援助するのも政府のつとめだ」
俺はここぞとばかりに便乗してやった。
毒島が言ったんだ。若者の向学心は援助しろって。
俺はデスクへ身を乗り出し、結論を出した。
「では全会一致により、解析装置の製造を許可します。内務大臣、手配を」
「かしこまりました」
タコの返事はいつでも素直だ。
*
その後、レストランで夕飯を済ませ、部屋へ戻った。
一日の疲れがどっと押し寄せてくる。肉体労働よりも、精神的な消耗のほうが激しい。
「おかえりなさい」
「ただいま」
俺はつい返事をして、足を止めた。
いる。
鈴蘭じゃない。龍胆だ。なんだかヘソの出た際どい格好をしている。
彼女は半目のまま、にこりと微笑した。
「いなくなった鈴蘭さんに代わり、私が玉田さんのお相手をいたします」
「えっ? なに言ってんの……」
セクシーポーズのつもりなのか、妙に体を斜めにしている。両腕をあげているから、腋が丸見えだ。いったいなにを見て学習したんだこの子は。
襟のあるブラウスなのだが、切り込みが入っているせいでいまにも下乳が見えそうだ。スカートもかなり短い。レースクィーンなのだろうか。それとも別のなにかか。よく分からないが、とにかく布面積が小さい。
「ですから、鈴蘭さんの代わりに、私が玉田さんのお世話をと思いまして」
「世話? いやいやいや、ひとりで大丈夫だよ。レストランもあるし」
「レストランでは夜の始末が……」
「それもひとりでやる。大丈夫だから」
部屋に誰も入れないという約束が、早くも破られてしまった。しかしここのセキュリティはどうなっているんだ。ガバガバじゃないか。俺の自宅は公民館じゃないんだぞ。
龍胆はソファに腰をおろし、足を高くあげた。
「心も体も準備はできています。いつでもどうぞ」
「どうぞって……」
まるでカラオケでもするようなノリで。
俺が困惑していると、龍胆は次々と謎のポーズを取り始めた。
「どうでしょう? だいぶサマになってきたと思うのですが」
「ストレッチにしか見えない」
「ひとりエッチ?」
「ストレッチ!」
「えっ? 男性を誘惑するポーズに見えませんか? おかしいですね。こうすれば効果的だとアシスタンスが……」
「ちょっと動きのキレがよすぎるんじゃないかな」
「もっとゆっくりがいいですか? こうかな……。それともこうでしょうか……」
くねっ、くねっと、アレンジを加えたおかげで余計に動きが怪しくなっている。ホラー映画で悪霊がのたくっている演技にしか見えない。そのうちブリッジしながらカサカサ這い回りそうだ。
「あ、首が……つりそうです……」
「無理するから。いまあったかいタオルもってくるから、そこでじっとしてて」
「はい……」
*
ようやく落ち着いた龍胆は、ソファでぐったりしてしまった。
「すみません。なんだかこのところ張り詰めているようでしたので、お慰めしようと馳せ参じたのですが……。逆にお手を煩わせてしまったようです」
しゅんとしてしまっている。
「気持ちはありがたいよ。ただ、いまは冷却期間というか、ちょっと落ち着くべき時期だからさ」
「でもせっかくですし、ふたりでしませんか?」
「せっかくとは……」
「私だって玉田さんをお慕いしているのです。なのに、まるでその機会が巡ってこなくて……。ずっと我慢していました。鈴蘭さんがいないときくらい、相手をしてくださってもいいのでは?」
「そういうわけにはいかないよ」
すると龍胆は、がばと身を起こした。
「きちんと訓練もして来ましたから」
「なに訓練って?」
「アシスタンスに教えてもらったんです。ダブルピースしながらおかしなことを言ったり、頑張れ頑張れって応援したり、数字を十からカウントダウンすると男性は喜ぶって」
「……」
いや待て。どういう学習だ。
アシスタンスの野郎、どこからその情報を仕入れやがった。俺と鈴蘭による実践がそのまま学習されてるじゃねーか。とんだ監視社会だ。
龍胆は思い出すように、言葉を続けた。
「あとは、最初はいいよいいよって言っておいて、あとからダメって言うと、かなりムキになってしてくれるとか……。相手がMの場合、ときにはこちらもMになるのも有効だとか。どうです? なにか間違ってます?」
「おそらくは正解に近い。しかしそれを全部やるのはかなり難しいだろう」
「じゃあ一部だけ採用しますので、どれがいいか言ってください。予習は完璧ですので、どれでもこなしてお目にかけます。私、ずっとひとりで練習してて……一度でいいので、実際に試してみたいんです! お願いですから!」
「……」
彼女の尊い向学心を、誰か拒否することができるだろうか。
否。
断じて否だ。
「分かった。ただし、ひとつだけ約束してくれ。すずさんには絶対に言わないと」
「言いません。玉田さんが殺されてしまいます」
「うん、分かってるなら、まあ……」
*
かくしてあっさりと誘惑に負けた。
彼女は鈴蘭と違い、技巧派ではなかった。事前に学習したという内容もまるでダメダメで、それだけに無垢で愛らしかった。
俺はベッドの上で鈴蘭に勝ったことがない。彼女はそれでも負けたフリをしてくれたが、すべては演技だ。勝つにせよ負けるにせよ、お釈迦さまの手の上で踊らされた結果に過ぎない。
なのに、龍胆には勝てた。
このしょうもない優越感は、どう言い繕っても上等な感情ではなかった。原始的で、低俗で、それだけにどうしようもなく甘美だった。
ぐったりしてしょげかえっている龍胆の頭をなでてやると、彼女はあまえたように手を握ってきた。
「すみません、私、言ってたことの半分もできなくて」
「気にすることはない」
我ながら偉そうなコメントだ。
しかも、これからきっとよくないことが待っている。
誘惑に負けて、とんでもないミスをしでかしてしまった。バレたら殺されるとか、その程度で済めばよい。しかしヘタすると龍胆まで八つ裂きにされかねない。
天界と戦争をする前に、街が滅ぶかもしれない。
対処を完璧にしなければ……。
「玉田さん、私、まだ物足りないかも……」
「えっ……うん……はい……」
詳細はあとで考えよう。
いまは龍胆に対処しなければ。
(続く)




