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蠱毒  作者: 不覚たん
止揚編

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ポストアポカリプス

 マテリアルの探索は近日中に決行することとなった。

 しかし分配の比率に関しては保留のままだ。というより、全マテリアルを軍備に充てるか、あるいは再審議するか、という状態であり、俺の意見がどうこうというよりも、毒島案を通すか通さないかというギリギリの局面である。


 会議が終わるや、俺はレストランへ直行した。

 客はいない。

 ただ機械が労働しているだけの空間。


 窓際の席で、夜のメインストリートを眺めながら、俺はコーヒー風味のドリンクを口にした。人通りはナシ。LEDが電力の消費を誇示している。

 天井を仰ぐと、ひときわ大きな溜め息が出た。

 魂が抜け出してしまいそうだ。

 かくして不毛な一日が、不毛なまま終わる。


 この街ごっこも、大統領ごっこも、いつまで続くか分かったものではない。

 いまの調子で行けば、あるいは天界との戦いに勝利したあと、人間同士の争いに移行するかもしれない。勝利の成功体験は、麻薬のように脳を蝕むことがある。他者の蹂躙による快感は、同じ経験でしか得られない。

 あるいはこうして無闇な戦いを仕掛け、自分以外を殺してしまうのが「健康的な人間」の姿なのかもしれない。なぜなら大多数の人類は、そうすることを選んび、そして滅んだのだ。どうかしているのは俺のほうかもしれない。


 もう冬も近いはずなのだが、思ったほど寒くない。あの白いもやのおかげで、気温がほぼ一定に保たれているのかもしれない。

 そういえばかつて「日本には四季がある」と誇らしげに言っていたものがいた。

 しかし地軸が傾いている以上、温暖期と寒冷期が交代で来るのだから、赤道以外のあらゆる場所に四季が生じる。

 まあそれらも、あのもやのせいですべてが台無しであるが。おそらくあれは核の冬じゃない。保護膜だ。人間を生かすため、地球全体の環境をいじったのだろう。


 ふと、通路に毒島が出てきた。案内人の撫子を連れている。相変わらず頭からボロ布をかぶり、暗い顔で静かにしている。

 ふたりはレストランへ来たかと思うと、俺の向かいの席へ腰をおろした。

「どうしたよ、タマケン。ひとりでディナーか?」

「すずさんなら実家へ帰しましたよ」

「そうらしいな。さっき聞いた」

 ドローンの使用情報は共有されているから、誰かをどこかへ運べばすぐに知られてしまう。


 毒島は、再構成された疑似パスタに、再構成されたデザイナー・ミート、そして再構成された合法アルコールをオーダーし、ガツガツと貪り始めた。となりの撫子は水さえ飲まない。

 しばし脇目も振らず食事をとっていた毒島だが、あるとき、ふと顔をあげた。

「怒ってるか?」

「少しね」

「けど、おめーも気持ちは同じはずだろ? 逆に聞きてぇんだが、なんでそんなにあいつらの肩を持つんだ? そーする義理でもあんのか?」

 いちおうは気にしてくれているのか。

 俺は思わず笑った。

「義理なんてありませんよ。ただ、道理もない」

「道理ならいくつも並べた。安眠妨害だけでも重罪だ。そのうえ、個人の尊厳を無視して上から命令して来やがるんだぜ。俺たちの人権が脅かされてる。戦いの意志を示さねぇってことは、暗に服従しますって宣言してんのと一緒だ」

「そこまでは俺も同感です」

「だろ?」

 もっと安直に「ムカついたから殺す」くらいに考えているのかと思ったが、毒島も毒島なりに理屈は用意していたらしい。

 いや、さすがに相手をナメすぎか。

 俺はしかしこう応じた。

「軍備を拡充するのもいいですよ。相手の文化レベルを考えると、そうしないと交渉のテーブルにさえつけないんだから。けど、実際に攻め込むとなると話は別です」

「言っただろ。皆殺しにするつもりはねぇ」

「仮にそうだとして、いったん攻撃が始まれば、相手だって報復に出るし、そういうのが連鎖すれば最後は泥仕合になりますよ」

 撫子に聞かれてしまっているが、毒島が気にしていないくらいだから、きっと平気なんだろう。いや、どちらにせよアノジにはもうバレている。話が広まるのも時間の問題だ。

 毒島はふんと鼻で笑った。

「引き際が分からなけりゃ、滅ぶだけだ」

「どっちのことを言ってるんです? 人類ですか? 天界ですか?」

「俺たちじゃねぇ。あいつらだ。人間を下に見てやがる。それが間違いだって認めることができなけりゃ、滅ぶのも仕方ねーだろ」

 勝利のパターンしか想定していないようだ。

 おめでたいな。

「もしアルファが途中で裏切ったら?」

「はっ?」

「彼が漁夫の利を狙ってるクソ野郎だったらどうするんです? 脇腹を突かれますよ。俺ら、天界の派閥争いに使われてるんですから」

「そしたらアルファもまとめてヤるだけだ。いいか、タマケン。勝てるんだぞ? なんでそんな連中のツラをうかがわなきゃいけねーんだ?」

「もしやるなら、最後のひとりまで敵を殺さない限り、復讐の危険にさらされることになります。そういう状況に耐えられるんですか?」

「もう答えが出てるじゃねーか。そうなったら殺すんだよ、全員な」

「気に食わないヤツを全員殺して、最後はどうなるんです?」

「なんだよ? おめー、博愛主義者か? そいつぁご立派だな。だが敵はおめーみたいなお花畑の住人じゃねぇ。俺たちを暴力で支配しようとしてる。対抗措置は暴力しかねぇんだ。俺たちが選んだんじゃねぇぞ。あいつらのご希望だ」

「平行線ですね」

「平行線じゃねぇ。おめーのやり方は隷属だ。腰抜けの生き方だ。飼われて死ぬだけのペットだ。俺は違う。人間の尊厳を取り戻す。相手が天だろうが神だろうが関係ねぇ」

 一理ある。

 それだけに、度し難かった。

 これはどちらか一方だけが正しいという話ではない。滅びたいのなら、滅ぶという選択肢だってある。俺たちは未来を自由に選択できる。

 ただ、異なる意見が出たときに、眼前の相手の意見を聞けるかどうかは重要だ。彼はそれさえしない。

 地上の人間同士でさえ、すでにこうだ。

 可能な選択肢を自由にとっていいというのなら、こちらにもごくシンプルな選択肢がある。そっと毒島を葬り去れば、対立する意見がひとつ消える。


 フォークを投げるように置き、毒島はアルコールを飲み干した。

「あー、こんなときに言うのもなんだが……。撫子と曲を作った」

「えっ? 曲?」

 なんの曲だ?

 まさか国歌でも作ったってのか?

 彼は照れくさそうに笑った。

「前に言ってたろ。音楽の趣味が合うと思ってな。安心しろ、AIがそれっぽく仕上げてくれたからよ。ちっとは聴けるモンになってるだろ。共有しといたから、部屋のスピーカーで聴いてくれ。たぶん気にいると思うぜ」

「ありがとうございます……」

 この世界には、圧倒的に娯楽が足りない。だから彼の仕事は、称えるべき偉業であろう。

 音楽が好きなら、戦争なんかしないで、音楽だけやっていればいいんだ。そうして生きていくこともできる。なのになぜ……。


 *


 ガランとした部屋へ戻り、俺はソファに身をあずけた。

 スピーカーに目を向けると、気を利かせたアシスタンスが勝手に曲を再生してくれた。とんだ監視社会だ。

 木々のさざめきのようなスネアから始まり、シンセベースが控えめにうねりながら旋律を奏で始めた。ときおり響くシンバルが、いつまでも金属の身体を震わせているのが見える。ドラムンベースだろうか。歌はない。

 酔っ払いが片手間で作ったとは思えないほど繊細な仕事だ。撫子とふたり、時間をかけて作ったのかもしれない。


 よく分からないが、涙が出てきた。

 曲ならなんだってよかったのかもしれない。この時代に来てから、初めてちゃんと音楽を聴いた。心がリズムを刻むのが分かる。

 いつも酔っ払っているし、言葉も汚いし、短絡的だし、自分のことしか考えていない。なのに、そんな男の作った曲が、こんなにも心を動かすとは。


 気がつくと、俺はソファで眠りに落ちていた。

 夢には誰も出なかった。

 身を起こし、蛇口から出てきた水を飲み、顔を洗ってベッドに仰向けになった。

 鈴蘭はいまごろ夢の中だろうか。小梅や権兵衛にワガママを言って困らせていなければいいが。


「アシスタンス、また曲をかけてくれ」

 俺の言葉に、返事もなく静かに曲が流れ出した。

 いまこの世界には、これしか音楽がない。だからなにか聴きたいと思ったら、これを聴くしかない。たとえどんなヤツが作った曲であろうとも……。


 *


 マテリアルの探索が始まった。

 俺も志願した。チームメンバーは龍胆、山吹、菖蒲。タコを引き連れ、リヤカーを引きながらの出発だ。

 天気は白。

 これまでは、せいぜい埼玉と上野を行ったり来たりした程度だが、今回はさらに活動範囲を広げた。


 探索してみて分かったのだが、世界は地下へも広がっていたらしい。ほとんど埋まっていたが。

 俺の時代とたいして変わらないと思っていたのは地上だけで、地下はもっと新しい世界のようだった。できれば壊れる前に訪れてみたかったが。


 店の商品は、あらかた使えないものばかり。おそらくは、前回滅んだ連中がいいものを使い切ったのであろう。となると、俺たちの街にモノが残っていたのは奇跡だったのかもしれない。


 この世界には、もうなにも残っていない。

 そこらじゅうが瓦礫と流木だらけ。

 品川のあたりはほとんど水没していた。


 街まで入り込んだ海を眺めながら、俺たちは休憩に入った。

 見れば見るほど、この世界は滅んでいる。

 遠方にはどこまでも海は広がっており、その先になにも存在しないのではないかと錯覚させる。実際、地球は丸いのだから、かなり上から覗き込まなければ向こう側は見えない。

 つまりここからは、海と瓦礫しか見えなくて当然だ。

 滅んでる。

 どこをどう見ても。


 吹き付ける風は強い。波もいつまでもだぶだぶと揺れて、水面は光を反射している。それがいつ終わるともなく続く。


 AIやロボットが印刷可能だったからまだよかった。

 しかし自力で世界を再建しろと言われれば、それは不可能であっただろう。俺は家を建てることさえできない。いや、そもそも人類の最低要件と思われる、火を起こすことさえ難しい。

 もし空き瓶でも落ちていれば、瓶底で光を集めて火を起こせたかもしれない。しかしそれさえなければ、木の枝をぐりぐりしている最中に力尽きていたことだろう。


 こんな世界、ひとりじゃ生きられない。


 火も起こせない。家も建てられない。音楽も作れない。ただメシを恵んでもらい、生きているだけの人間だ。

 そんな人間が、なぜこの過酷な世界に連れて来られたのであろうか。


 いや、それは分かってる。鈴蘭が俺を選んだからだ。ふたりでこの世界を生きようとして。

 こちらにしてみればいい迷惑だが。

「帰ろう。日が暮れてしまう」

 俺は腰を上げ、仲間たちにそう告げた。

 帰るのだ、家へ。

 食事も、屋根も、音楽もある、幸福な家へ。


(続く)

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