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蠱毒  作者: 不覚たん
止揚編

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47/56

それ以外の手段をもってする政治の延長

 翌日、簡素な会話だけして俺は家を出た。

 本当なら、一緒にいるべきなのかもしれない。しかし沈黙に耐えられなかった。


 *


 レストランでコーヒー風味のドリンクを飲んでいると、椿とその連れがやって来た。

「おはようございます」

 椿はまだ疲れたような顔をしているが、それでも少し晴れがましい表情に見えた。連れの少女は、相変わらずどこを見てるのか分からない感じだが。

「おはよう。よかったら席へどうぞ」

「では失礼します」

 窓際に小さいのを座らせ、椿は通路側に座った。

「先日は非常識なお願いを聞いていただき、たいへん助かりました。なんと申し上げていいやら」

「いや、こっちもたいしたことができなくて……」

 実際、なにもしていない。たぶん龍胆たちがうまいことやってくれたおかげだろう。周囲の善意に助けられてばかりだ。

 少女がこちらをじっと見つめてきた。

「あたしも兄さんに入れたよ」

「えっ? 俺?」

「そう、兄さん」

 年齢不詳の、座敷わらしのような少女だ。表情がないから、なにを考えているか分からない。

 椿がなんとか笑みを浮かべた。

「この子はまりもと言います。なにをするにも一緒で……。妹のような感じですね」

 言われてみれば、見た目もまりもみたいだ。ちまっとしている。

 いや、しかし……。

 彼女が俺に入れたのだとすれば、鈴蘭に入れたのは誰なのだろうか。隠れファンでもいるのか。まあ誰が誰に入れようと自由ではあるが。


 それから世間話をして、ふたりとは別れた。

 道路に出たところで、菖蒲と山吹の立ち話しているのに出くわした。

「お、大統領だ。元気ないね。どしたの?」

 ピンクの髪をギャルのように盛った天女。彼女から借りた武器はかなり役立った。

「なんというか、職責の重圧というか、まあそういうもろもろでさ」

 俺が適当な返事をすると、山吹がキッと鋭い視線を向けてきた。

「見え透いたウソはおやめなさいな。どうせ原因は鈴蘭さんのワガママでしょう」

「ちょっと山吹……」

 あまりにストレートな物言いに、菖蒲まで困惑してしまった。

 まあ実際、彼女の言う通りなのだが。

 俺が返事に困っていると、山吹は自慢の縦ロールをいじくりながらプリプリした様子でこう続けた。

「あなたが気にすることはありませんわ。どうせ勝手に傷ついて、そのうち勝手に治るんですから。ああいう女の思考回路というものは、だいたい相場が決まっています。人の世のこととはいえ、大統領の妻となるからには、それなりの気概が必要のはず。彼女にはその覚悟がまるで足りていませんわ。見ていてイライラします!」

 ハンカチでも噛みちぎりそうなテンションだ。

 俺もつい返事に窮した。

「いや、まあ、彼女にも彼女の考えがあるからさ……」

「そうやってあまやかすからつけあがるんです! いっそ距離をとってお互いを見つめ直してはどうですの? それで終わるならそれまでの仲ということですわ」

 これに菖蒲が割って入った。

「ちょっと山吹、言い過ぎだよ。いったん落ち着こ? ね?」

「なんですの、菖蒲さん! わたくし、いつでも落ち着いておりますわ! 常に冷静沈着であることが、剣士としてのたしなみであって……」

「うん。分かってる。でさ、足も疲れてきたし、座って話さない? ね? レストラン行こ?」

「ちょっと菖蒲さん! まだ話は終わってませんわ!」

 かくして菖蒲に引きずられ、山吹はレストランへ収容された。


 しかし、山吹の提案にも一理ある。

 互いに距離をとるのもいいかもしれない。鈴蘭にしたって、思いつめてひとりで部屋にいるより、実家で権兵衛や小梅と楽しく過ごしたほうが気持ちも楽だろう。


 *


 部屋へ戻ると、鈴蘭は薄暗い部屋でひとり、死んだように床に転がっていた。ピクリともしないから、本当に死体みたいだ。悪い記憶ばかりがよみがえる。

「すずさん? どうしたの? 具合悪いの?」

「いいえ、お気になさらず。こうしていたいだけですから……」

「うん……」

 俺は水道で喉を潤してから、リビングに戻ってソファへ腰をおろした。

「すずさん、俺、少し考えたんだけどさ」

「……」

 寝そべったまま目だけを向けてくる。

「なんだか気がふさぎ込んでるみたいだし、しばらく実家でのんびりしてきたらどうかな?」

「えっ?」

「話し相手がいたほうが、気も紛れると思って」

「あなたは?」

「俺は残るよ。ここでやることがあるから」

「……」

 目が怖い。

 よくない誤解をされている気がする。

「離れたいわけじゃない。一緒にいたいんだ。けど、元気になって欲しいからさ」

「じゅうぶん元気ですから……」

「元気じゃないよ、そんなに無気力になって」

「……」

「心配なんだ。このまま君が弱っていくんじゃないかって」

「元気だと言ったはずです……」

「元気じゃない。君は自分のことも分からなくなってるのか? 余計に心配だよ。なんだか様子もおかしいし」

「おかしくありません……」

「いや、まあ、おかしいってのは言いすぎかもしれないけど。とにかくこのままじゃマズいからさ」

 すると彼女は、のそりと上体を起こした。

「私が邪魔になったと……」

「そんなこと言ってない」

「言っています。邪魔でないのなら放っておけばいいものを。邪魔だからよそへやろうとするのです」

 彼女に対して怒りは湧き上がってこない。本当に心配なのだ。こうして意固地になっているのも、自分が原因だと思う。しかし対処法が分からない。

 それでつい、心にもないことを口走ってしまう。

「分かった。なら邪魔でもなんでもいいよ。とにかく実家に行ってくれ。このままじゃよくない」

 マズいことを言ったのは自分でも分かった。

 しかし彼女の環境を変えるには、こうとでも言うほかなかった。

「ええ……はい……そうですね……。分かりました。そこまでおっしゃるのであれば、鈴蘭は実家へ帰ります。その後はご自由になさってください。あなたの世話をしたい女はいくらでもいますから」

「ここへは誰も入れない」

「お好きにどうぞ」

 ふらりと立ち上がり、彼女は力ない足取りで家を出てしまった。俺もすぐに後を追った。このまま徒歩で帰すつもりはない。


「マリガランテ、彼女を実家へ運んでくれ」

 俺はドローンを呼び寄せた。

 常にフル充電されている。地形もインプットされているから、彼女を送って戻ってくるのも自動でやってくれる。

 鈴蘭は薄い笑みを浮かべた。

「これはご親切に……」

「時間を作って様子を見に行くよ。だから休暇だと思ってゆっくりして」

「長い休暇になりそう……」

 胃が痛い。

 彼女の言葉に傷ついているというよりは、彼女にそんなことを言わせている自分に腹が立つ。もしこれが彼女の本心で、二度と戻るつもりがないのならそっちのほうがいい。しかし互いに傷つけたくないのに、傷つけ合ってしまっている。

 鈴蘭が乗り込むと、俺はなにも言わずマリガランテを押した。ドローンはプロペラを回転させ、ふわっと浮いてすぐに行ってしまった。

 名残を惜しむ間もない。彼女の背は、すぐに小さくなってしまった。


 *


 その後、電気屋に呼び出された。

 いつものメンツだ。

 デスクに足を投げ出した毒島が、背後のディスプレイにグラフを出しながら言った。

「どう考えてもマテリアルが足りねぇ。そこで、だ。探索部隊の派遣を提案する。そこらのコンビニや印刷屋を手当たり次第に物色して、できるだけかき集めるんだ。まだ資源に余裕のあるいましかねぇ。賛成しろ」

 まるで天下でもとったかのような態度だ。

 すでにジョンとは話が通っているのか、特に加勢はなかった。つまり毒島は、俺へ向けて言っている。

「マテリアルの探索については賛成します。けど、その後の分配は?」

「分配? ぬるっちぃこと言うんじゃねぇよ。全部軍備に充てる」

「ええっ? 生活は?」

「やってけるだけの備蓄はもうあんだろうが。それともなにか? 住民も増えないのに、まだ街を拡張する気か? もう施設は必要なだけある。足りてないのは軍備だけだ。それも、圧倒的にな」

「……」

 クソムカつくが、ご指摘の通りだ。人が増える見込みもないのに、街を拡張するのはマテリアルのムダでしかない。しかし見つかった資源をぜんぶ軍備に充てるってのも正気じゃない。

「毒島さん、アルファになにを吹き込まれたんです?」

「なにを? とぼけんなよ。真実を、だ。アノジの野郎が俺たちを家畜みてーに考えてて、なんでも自由にできると思ってやがるのは明白だろ。んなもんクソくらえだ。人間さまをナメんなって話だよ。それともなにか? おめーはあの連中に命令されて、素直に応じちまういい子ちゃんなのか?」

 かなり扇動されてるな。それとも、もとからこういうタチなんだろうか。

「彼らのやり方には、俺だって疑問を抱いてますよ。けど、いたずらに刺激する必要はない。だいたい、まだ外交さえ始まってないんですよ?」

「外交ならもうやったし、とっくに決裂もしてる」

「えっ?」

 決裂?

 いつの間に?

 毒島はさすがにバツが悪いのか、目をそらした。

「こないだな。アノジの野郎がワーワー言ってきやがったから、じゃあ戦争でケリつけようぜって話になって」

「なぜ勝手にそんなこと……」

「勝手じゃねぇよ。ハナからこうする予定だっただろ。既定路線だ。とにかく、外務大臣としてできる限りのことはやった。あとはいつ開戦するか、それだけだ」

「ふざけんじゃ……」

 思わず怒鳴りそうになって、俺は深呼吸した。

 力があるのだ。格下と思ってる相手にナメられたら叩き潰したくなる気持ちは分かる。さぞかし気持ちもスッキリするだろう。しかしそれではアルファの思う壺だ。連中の派閥争いの駒として、タダ働きさせられる。

 俺はさらに呼吸を繰り返し、冷静になるようつとめた。

「いいですか。アノジたちは人類を滅ぼすつもりはないんです。なのにこっちから仕掛けたら、一方的な虐殺になりますよ」

「タマケン、おめー、どんだけボンクラなんだ? 一方的に仕掛けて来てんのはどっちだよ? あいつらだろ? 俺たちは、人間の尊厳を取り戻してぇだけだ。だから人間の叡智を駆使して戦う。これは独立のための戦いでもあるんだぜ」

「交渉でやるべきです」

「その交渉は決裂したんだ。何度も言わせんな」

 こいつ、完全に力の虜になっている。

 だが意外なことに、ジョンが乗ってこない。俺の話を聞いて、困惑したような顔を見せている。


 分かった。

 俺の言葉だけで判断がつかないなら、「第三者」の意見を取り入れようじゃないか。

「ワトソン! 発言を許可する。本件についての君の意見を聞かせてくれ」

「命令を分析中……」

 おう、好きなだけ分析しろ。

 そして可能な限り賢明な判断をしてくれ。

 タコはしばらくすると、こう応答した。

「情報が不足しているため、有効な回答をご用意できませんでした。精度を高めるため、バランスシートに情報を入力してください」

 毒島の後ろのディスプレイにそのバランスシートとやらが表示された。敵の規模や戦力に関するデータまるまる空欄になっている。

 そうだ。

 俺たちは、相手がどれほどの規模かも知らずに戦おうとしている。きっと原始的な装備しかないのだと勝手に決めつけて。

 毒島がふっと鼻で笑った。

「敵の規模だと? ザコがどれだけいようが関係ねぇよ。こっちには科学力がある。一気に焼き払えばそれで済む」

 おそらくはそうだ。

 この地上を焼き払ったのと同じ方法で、天界を焼くこともできるだろう。あるいはウイルスを使った場合でも同じだ。

 俺は立ち上がった。

「AIは結論を出せなかった。議論の余地はあるってことです。結論ありきで話を進めることは許可できません」

「座れ。連中とヤり合うのは前から決まってたことだ。俺はヤるぞ。睡眠時間をジリジリ削られてまで、偉そうに命令されるのはまっぴらだ」

「一回俺に交渉させてください」

「勝手にしろ」

「どうやるんです?」

「知るかよ。連中が脳味噌に入り込んでくるのを待つしかねぇだろ」

「……」

 その通りだ。

 ここのところ、アルファは来るが、なぜかアノジは出てこない。アルファによってブロックされているのかもしれない。

 となると、まずはアルファを説得する必要がある。もしくは祠を使って乗り込むか……。いや、人間には使えないんだったか。やはり科学の力で解決すべきか。


 俺は椅子へ腰をおろした。

「ひとまずこの件の先送りにして、マテリアルの探索について話を進めましょう。そのほうがずっと建設的だ」

 祠の解析もしなくちゃならないしな。資源がなくては、それさえままならない。


(続く)

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