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蠱毒  作者: 不覚たん
止揚編

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天秤(バランス)

 翌日、鈴蘭はなんてことないような顔で「おはようございます」と対応してくれた。

 内心どうだかは分からないが、気にしていないフリをしてくれるのは助かる。まあこっちが助かる一方で、彼女がムリをしているのであれば、本末転倒ではあるのだが。


 *


 俺はアシスタンスに呼びかけ、このコミュニティの大統領が俺に決まったこと、しかし選挙によってすぐに大統領を選び直すことを宣伝してもらった。

 人口はごく少数だから、告知はすぐに行き渡るだろう。


 その後、俺は鈴蘭を部屋に残し、気晴らしにレストランへ向かった。客は女たちが数名。窓際のテーブルにつくと、すぐに龍胆がやってきた。

「お休みのところすみません。いまお時間よろしいでしょうか」

「どうぞ」

 まるで上司でも相手にするような堅苦しい態度だ。鈴蘭といい、龍胆といい、なんだか一歩引いている。こちらが前時代的な態度を強要しているようで、少し居心地が悪い。

 手で促すと、彼女は一礼して向かいの席へついた。

「アシスタンスからうかがいました。選挙をするのだとか」

「するよ。立候補も推薦もナシの全員参加。住民の誰に投票するのも自由だ。もちろん自分自身に入れてもいい」

「私は玉田さんを支持します。山吹さんも菖蒲さんもそうすると言っていました」

「そうなの?」


 有権者は全十六名。だというのに、そのうちの三票が確定してしまった。もちろん俺だって俺に入れる。鈴蘭も毒島も俺に入れるかもしれないから、六票は入りそうだ。

 毒島の案内人の撫子は誰に入れるだろうか。毒島に入れるかもしれない。あるいは毒島の命令で俺に入れるかもしれない。

 ジョンの投票行動は読めない。もしかするとまたワトソンに入れるのかもしれない。

 ともあれ、基本的にはバラけるだろう。対抗馬となりそうな人物も見当たらない。もし俺以外のものが当選するとすれば、最低でも七票、あるいは八票以上を確保しなければならないのだ。となると、俺がそのまま大統領になる可能性がある。


 俺だって権力が欲しくないわけじゃない。しかし正当性もないまま大統領なんてやれば、あとから出てくる苦情に反論できない。理屈で説得できない場合、次に出てくるのは暴力と相場が決まっている。これはマズい。だから権力には正当性が要る。俺たちは原始人じゃない。


 龍胆はしかし厳しい表情を見せた。

「ところで、椿という案内人をご存知ですか?」

「椿さん? どうだったかな」

 すると俺たちの会話を聞いていたらしいアシスタンスが、お節介にも窓ガラスに彼女の顔を表示した。

 髪を七三になでつけた、泣きぼくろのある女だ。目つきが鋭い。天女の年齢は不明だが、人間でいうところの二十代後半くらいに見える。

 龍胆は目を細め、こう続けた。

「彼女、どうやら例の被害者の中ではリーダー格だったようで、みんなからは姉さんと呼ばれているようです」

「じゃあ当選するかもしれない」

 俺の言葉に、龍胆は眉をひそめた。

「いいのですか?」

「いいよ。そのための選挙なんだから。もっとも支持を受けた人間が大統領になるべきなんだ。選挙ってのはそういうものだよ」

「それでも納得いきません。私に後援会をやらせてもらえないでしょうか? もしお任せいただければ、必ずや賛同者を増やし、玉田さんを当選させてみせますから」

「ええっ……」

 にじみ出る意気込みが凄い。

 この子も、態度だけは一歩引いているが、最終的には自分の意見を通すタイプだ。その点は鈴蘭と似ている。こっちがなにを言っても聞かない。

「ダメですか?」

「ダメじゃないけど、程々にしてくれるならね」

「分かりました! 山吹さんたちとも協力して、きっと最高の結果をお出ししてみせます」

「あ、ありがとう……」

「さっそく作戦会議をしますので、私はこれで失礼します」

 彼女はそう告げると、鼻息も荒く店を出ていってしまった。

 無茶しなければいいのだが。


 コーヒー風味のドリンクを飲み終えると、タコが足元に近づいてきた。そいつは周囲に聞こえないよう、小声で俺へこう告げた。

「玉田健太郎さま、椿さまからご伝言を預かっております。直接会ってお話がしたいと」

 先手を打ってきたか。

 さすがに有力候補だけある。

「場所は?」

「例のゲームセンターです」

 AIのクセに「例の」などと言う。それで通じると思っているのだ。そして実際、通じている。思い当たる場所はひとつしかない。


 *


 言われるまま例のゲームセンターへ足を踏み入れると、ふたりの女が待っていた。

 ひとりは椿本人。そしてもうひとりは、小柄で幼い少女だ。手下だろうか。

 俺が奥へ足を踏み入れると、椿も立ち上がって小走りでやってきた。

「ああ、よかった。来てくださったのですね。急にお呼び立てして申し訳ありません。わたくし、案内人の椿と申します」

「玉田です。ご用というのは?」

 予想と違い、椿はずいぶん下から出てきた。俺のことを対立候補とは見ていない感じがする。

 彼女はやや疲れた表情で、ひとつ呼吸をした。

「じつは、選挙のことなのですが……」

「なにか問題が?」

「わたくし、辞退したいのです」

「えっ?」

 考えてもいなかった。

 いや、考えるべきだった。今回の選挙では、本人が望んでもいないのに、選ばれる可能性がある。

 彼女は斜め下からこちらの顔色をうかがうようにして、言葉を続けた。

「なにせ人の世のことですから、わたくしたち天女が選ばれても、あまりいい結果にならないのではないかと……」

「まあ理屈は分かりますけど、あらゆる住人に等しく機会を作らないことには、統治の正当性が担保できないわけでして」

「難しいことは分かりませんが、とにかく私が選ばれては困ります。ずっと地上にいられるとも限りませんし……」

 住民の過半数は、あの強盗に監禁されていた天女たちだ。その天女たちのリーダーということになれば、選ばれてもおかしくはない。

 本人が望まなくとも。

 俺は思わず言葉に詰まったが、彼女たちがずっと沈黙しているので、なんとか返事をひねり出した。

「ええと……じゃあ俺に投票してもらえれば……」

「わたくしの一票で、決まりそうなのですか?」

「よければそちらの彼女も。そうすれば、半数近くにはなりそうな気がしますんで……」

 すると「そちらの彼女」は、間の抜けた声を出した。

「あたし、すずさんに入れます」

「えっ? すずさんに?」

「顔が好きなんで」

「そ、そう……」

 いや、いい。いいのだ。どんな基準で選んでもいい。彼女を責めるべきではない。

 俺はいまのやりとりを忘れることとし、椿へ向き直った。

「ほかに票を誘導できそうな人は?」

「いえ、それが……。言えば言うほど、みんな意固地になってわたくしに入れると言って聞かなくって……」

 意外と苦労人らしい。

 見た目だけなら、テキパキと場を捌くタイプに見えるのだが。あるいはその見た目のせいで、余計に推薦されてしまうのかもしれない。


 たしかに、選挙において「顔」や「雰囲気」は大事だ。アメリカの大統領候補は何度もスピーチの練習をするし、本番では男女問わず化粧をしてカメラに映る。いかに「映える」かが大事なのだ。逆にここを怠ったばかりに落選した、と評される候補もいる。原稿には、コップの水を飲むタイミングさえ書かれている。

 人間というのはじつに……こういう生き物なのだ。情報の八割を視覚から得ていると言われるだけある。


 しかしこうなると、彼女を救うためには、別の候補を勝利させねばならない。手っ取り早いのは俺が勝つことだ。

 自分で問題を起こしておいて、自分で解決するというのは、どう考えてもマッチポンプだが。だがいまから見た目をいじくるのは不可能。となると、龍胆のやっている選挙活動を、俺もせねばなるまい。なんなら恩着せがましく「皆さんを救い出したこの俺をぜひ大統領に」くらい言ってもよさそうだ。


「分かりました。なんらかの対応をします。椿さんは、あまり周りを刺激しないように、普段通りに生活していてください」

「はい……」

 そう返事をしたものの、彼女はどこか半信半疑といった様子だ。

 まあ信用できないのもムリはない。なにせ俺だからな。


 *


 かといって、ゲームセンターを出た俺は、なにをどうしたものやら分からず、ひとまず帰宅した。

 鈴蘭がソファで死んだように寝そべっていた。

「あら、あなた。お帰りなさい」

「ただいま。ああ、そのままでいいよ。楽にしてて」

 そう言ったのだが、鈴蘭は身を起こして席を開けてくれた。のみならず、隣に座れとばかりに座席をぽんぽん叩いた。

 命じられれば従うほかない。俺は誘導されるままそこへ腰をおろした。

「どこでなにをしていたのですか?」

「ちょっと散歩を」

「女のにおいがする」

「……」

 鈴蘭は微笑しているが、目がまったく笑っていない。むしろ血走っている。

 俺は咳払いをし、こう応じた。

「えーと、ちょっと選挙の話をね……」

「誰と?」

「椿さんと……」

 まったくやましいことをしていないのに、なぜか責められている。顔が近い。

 鈴蘭はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

「椿さんと? どんなお話をなさったの? 聞かせて?」

「ええと、彼女、大統領になりたくないんだって」

「それで?」

「だから俺がなんとかするっていう話になって……。それだけだよ」

「ふぅん」

 すると彼女はどっと背もたれに身をあずけ、やさぐれたような目をこちらへ向けてきた。

「あのかた、ずいぶん謙虚なのね。ええ、分かってます。人格者ですもの。皆さんからも信頼されてますし。誰ともうまく付き合えない私なんかと違って」

 ひどく面倒くさい感じになっている。まあ、こういう彼女も嫌いではないが。

「君に入れるって言ってた子もいたよ」

「お断りです。私に入れていいのはあなただけ」

「面白い冗談だ」

「私のこと、捨てないでね」

 いきなり怖いことを言い出した。

 まったくそんな話なんてしてないのに。

「急にどうしたの?」

「私のこと、嫌いにならないって言った」

「言ったよ」

「今日はもうどこへも行かないでください。ううん。今日だけでなく、ずっと。死ぬまでふたりでここにいましょう?」

「できれば俺だってそうしたいけど、ずっとってわけには……」

「ううん。ずっと。約束」

「約束はできないけど、可能な限りそうするよ」

「……」

 髪が顔にかかっているせいで、亡霊のようになっている。その髪の隙間から、血走った眼球だけがずっとこちらを見つめている。軽いホラーだ。

 俺は彼女の手をとった。

「そんな怖い顔しないでさ」

「怖い顔なんてしてない」

「う、うん。してない。ただ、なんというか……。もっと気楽に……」

「……」

 ちょくちょく無言になるのやめて欲しいな。怖すぎる。

 いや、怖いといっても、逃げたいほどじゃない。俺は彼女を裏切るつもりなんてないから、そこまでの怒りを買うこともなかろうと踏んでいる。なにも悪いことをするつもりはないのだ。鈴蘭の言う通り、ずっとふたりでいたっていい。もしそれが可能であれば。

 しかし結論から言えば、社会と断絶したまま暮らすのは不可能だ。なんらかの参加をしなければ。社会というものは、こちらが門を閉ざしていても、否応なく向こうからやってくる。

 山奥の一軒家に、家族だけで暮らしているならともかく……。


 俺も背もたれに身をあずけ、大きく息を吐いた。

「ま、とにかく、今日はゆっくりしよう」

「あなたと死にたい」

「そのうちね」

「……」

 適当な返事をしていると、そのうち本当に刺されてしまいそうだ。

 だがまあ、そのときはそのとき。いま右往左往しても仕方がない。


(続く)

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