表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蠱毒  作者: 不覚たん
止揚編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/56

秘密

 その晩、俺はまたひとりだった。

 ベッドに仰向けになり、今後のことを考えているうちに眠りに落ちた。大統領になったのはいい。しかし改めて選挙をしなければ。そしてもちろん、鈴蘭の悩みも放ってはおけない。


 夢に来客があった。

 アノジではない。艶めく長い金髪を指でもてあそぶ、スラリとした美貌の男だ。女かもしれない。背中にはやたらと大量の翼。ガラス細工のような青い瞳でこちらを見つめている。

「はじめまして、人間の王よ。私はアルファ。天の使いだ」

「ええと……。玉田健太郎です。王ではなく、大統領ですが。それも暫定の」

 アノジはクビになったのか。


 景色は、白亜の神殿のような場所に変わっていた。少なくとも俺の寝室ではない。俺は玉座に腰をおろしており、彼は杖を手にして立っていた。

 アルファは静かに笑った。

「いや、君は王だよ。ほとんどの人間はサル同然の生活をしている。文明を有しているのは、君たちだけだ」

「そりゃどうも。で、ご用は?」

 人をおだてておいて、こき使おうとするヤツは五万といる。美辞麗句は聞き流して、とっとと本題に入ったほうがいい。

 アルファは笑顔のままこう応じた。

「手を組みたい」

「えっ?」

「聞けば、君たちは天界へ攻め入ろうとしているらしいじゃないか」

「あ、いや、それは一部の連中がそう言ってるだけで……」

 一部というか、有権者の三分の二だ。

 もうバレてるとは、さすがは天人さまだ。戦争なんかせずに仲良くしようっていうのなら、これが最初で最後のチャンスになるだろう。

 アルファはうなずき、こう続けた。

「歓迎する。攻め入りたまえ」

「はっ?」

「普段、君を道具のようにこき使っているアノジという男がいるね。彼のやりかたはよくない。賢明な君のことだから、すでに気づいているとは思うが。私たち天人は、人間たちの存在を必要としている。なのに彼と来たら、古い方法で支配することしか考えていない」

 なんだなんだ。

 内輪揉めか?

 派閥争いの戦力として、俺たち人間を抱き込もうってのか?

 この話に乗ったら、それこそいいように使われるのでは。

 俺が警戒していると、彼は片眉をつりあげた。

「理由を説明したほうがよさそうだな」

「理由?」

「そもそもの話からしよう。なぜ私たちが、君たち人間の存在を必要としているのか、ということね」

「教えてくれるんですか?」

「もちろん。絶対に必要だ。まず、天とはなにか。あるいは神とはなにか。それはこの世界を包む存在であり、私たち天人に力を与える存在でもある。いわば天界における太陽のようなものだ。その天のエネルギーが、人類が滅んだ直後から、急速に弱まりはじめた」

 いったいなんの話だ。

 人間が絶滅すると、神まで弱体化するというのか。旧時代の宗教者が聞いたらブチギレそうな話だが。

 彼は静かに息を吸い、こう続けた。

「このままでは天が消滅する、などというものまで現れた。そこで私たちは、地上における人間の再生プロジェクトに乗り出したわけだが……。しかしいちど滅んでしまったものを、ゼロから作り出す方法を知らない。ゆえに、やむをえず過去から連れてくることとした。これは邪法であるし、天のエネルギーも大量に消費するので、あまり大規模には実行できなかったのだが……。ともあれ、プロジェクトは開始された。君もその対象のひとりであることは、言うまでもないな」

「……」

 まったく返事ができなかった。

 アノジの野郎だけでなく、案内人までもが黙っていた理由が、ついに明かされた。人間がいないと天が消滅する。そうすると天人が困る。だから過去から人間を誘拐したという。

 アルファはやや複雑そうな表情を見せた。

「自分勝手な都合のために、人間を巻き込んだことは申し訳なく思う。君もいい迷惑だっただろう。しかしこう考えてはどうだろう。君の活躍により、人類はふたたび地上の支配者になるのだと」

「滅んだなら、滅んだままにしておいて欲しかったような……」

「そんな寂しいことを言わないで欲しい。もし世界を救うという大義名分さえ捨てるなら、それこそ君はただの犠牲者になってしまうが」

「ええ、まさしくただの犠牲者です」

 俺の率直な感想に、アルファはやや苦い表情を見せた。

「ではこう考えるしかない。君たちは、上位者に飼われた家畜のようなものだと」

「そっちが本音でしょう?」

「もっとも、私たちは人間を食べたりしないがね。ただ生きて欲しいだけだ。脱走を許可しない以上、不自由ではあるがね。それでも、地上の英雄になる程度の自由は保証する」

 地上の英雄、か。

 俺は思わず笑った。

「その英雄ってのは、天界へ攻め込むものなんですか?」

「地上と天界の争いなど珍しいものではないだろう。なにも鏖殺おうさつする必要はない。アノジとその一派さえ片付けてくれればね。必要なら兵隊も貸す。君たちが外来種と呼ぶ私の作品――ホムンクルスでよければ」

 あれを持ち込んだ犯人はこいつか。

 この男、やはりアノジのシマを狙いに来た外部の勢力みたいだな。俺たちとアノジの仲が良好でないのをいいことに、そこにつけ込もうというわけだ。まあ実際、アノジなんかよりマシという気はするが。


 彼は「ふむ」とうなった。

「悩ませるつもりはなかった。答えはいますぐでなくとも構わない。急に現れて信用しろというのも難しかろう。知りたいことがあったらなんでも言ってくれ。可能な範囲で答える」

「なぜそこまで?」

「綺麗事を言うつもりはない。これは派閥争いだ。私はアノジを排除するつもりでいる。しかし約定により、直接交戦することができないから、回りくどい方法を取る必要があった。ホムンクルスを放ったのもそう。あれは地上へ豊穣をもたらす装置でね。降り注いだ肉を食べれば、人間は不死者になれる。よければ君も食べるといい。天界での戦闘に役立つはずだ」

 おかげで例の強盗みたいなバケモノが誕生したわけだが。

 しかし、そうか。あの肉を食えば、俺たちでも不死者になれるのか。最大の問題は、まったく口にする気になれない点だが。

 彼はこう続けた。

「私の計画では、地上の人間がすべて不死者になれば、天人の指示など受けずとも、勝手に繁殖するはずだったのだ。人間には、もともとそういう能力があるのだから」

「副作用で戦闘狂になるのでは?」

「あの強盗のことを言っているのか? 彼は以前からああだった。君は君のままだ。心配することはない。形が気に食わないのなら、調理したものを届けさせる」

「いえ結構です。とにかく、考える時間をいただきたい。結論はまた後日にでも」

「もちろん。十分に考えてくれ。意見を押し付けるつもりはない」

 じつに寛大な態度だ。

 アノジにも爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 しかしここまで好印象だと、逆に怪しい気がしないでもない。他人を駒にしようというヤツは、だいたい下手に出るものだ。


 *


 目を覚ますと、やはり鈴蘭と目が合った。どういうつもりか、こちらをじっと見つめている。

「またうなされてましたね」

「ちょっとね」

 夢の内容は伏せておこう。彼女たちの故郷に攻め入るかもしれないのだ。もしバレればとんでもないことになる。権兵衛に撲殺されないとも限らない。

 鈴蘭はどういうつもりか、ベッドに座り込んだまま、ずっと俺の頭をなでている。

「君は寝ないのか?」

「なんだか眠れなくて」

「悩み事があるなら教えて欲しいんだけど」

「ありませんよ、悩み事なんて」

 きっとウソだ。一瞬、手が止まった。

 俺はその細い手をつかみ、そっと引き寄せた。

「俺たち、家族になったんじゃないのか? 秘密はナシにして欲しいな」

「秘密だなんて……」

「互いに信用できないようなら、こんなに親しくすべきじゃない」

 寝起きということもあり、つい配慮を欠いてしまった。

 おかげで鈴蘭はしょぼくれてしまい、哀しげな表情を見せた。

「私を捨てるのですか?」

「いや、そういうことを言ってるわけじゃないけど。ただ、黙ってひとりで悩んでいられても困るっていうか……」

 すると彼女は俺の上に覆いかぶさり、脅迫するように上から押さえつけてきた。

「本当に? 本当に知りたいのですか? 私が隠したいと思っている、汚い部分を……」

 長い髪がカーテンのようにおりているせいで、顔だけがやたら暗く見えた。声が震えている。

 俺はなるべく穏やかに応じた。

「やっぱり隠し事じゃないか」

「ええ、そうです。隠し事です。私は嘘つきの自己中ゴミカスクソ女です。薄っぺらで、中身のない、ただ男の気を引く見た目だけが取り柄の……」

「そこまで言ってない」

「言うに決まってます」

「前に自己中って言ったのは謝るよ」

 まだ根に持っていたとは思わなかった。いくら事実とはいえ、言い過ぎたかもしれない。

 彼女はじっとこちらを見つめている。

「謝らないでください。私の話を聞けば、きっとその言葉を撤回する気もなくなりますから」

「教えてくれるの?」

「はい。ただし、あなたが私を嫌わないと約束してくれるのであれば」

「……」

 好奇心に任せて気安く返事をすることはできる。しかし俺は、話を聞く前からそんな約束をしたくはない。

 こちらが黙っていると、鈴蘭はこう続けた。

「本当に面倒くさい人……。そこで約束できないのであれば、私を問い詰めるべきではなかったのに」

「君の言う通りだ。俺が悪かった。約束するから教えてくれ」

「その言葉、デマカセではありませんか?」

「違う。良心にかけて誓う。君を嫌いにならない。もしウソだったら……えーと……なんらかの罰を受けてもいい。あんまり痛くないヤツなら……」

 すると彼女はぐっと顔を近づけ、耳元でこう囁いた。

「もしウソだったら、私と一緒に死んでもらいますから」

 泣き出しそうな声をしている。

 こちらも軽い気持ちで聞くべきではない。覚悟を決めるのだ。

「分かったよ。受け入れる。いまのがウソだったら死んでもいい」

「ではお話しします……」


 *


 内容はこうだ。


 人間界へ来る前の鈴蘭は、南天のような体質で、メシの代わりに毒を出すような女だったそうだ。おかげで当時は周囲から酷い扱いを受けていたらしい。ヘビから生まれたせいだとか、一族にかかった呪いだとか言われたそうだ。

 しかし、とあるまじない師に見てもらったところ、原因は悪い虫のせいだと分かった。簡単に取り出すことはできないが、身代わりの娘になすりつければ自分は助かるのだと。


 そしてある日、鈴蘭は身代わりの娘を見つけた。

 体からメシを出す素質をもった、自分と同類の幼い娘だった。鈴蘭は、ひとりでふらふらしている少女に近づき、ウソをついて虫をなすりつけた。

 おかげで鈴蘭は治った。

 娘はその後、どこへ行ったか知れないのだという。


 鈴蘭は当時の副作用で、いまでも毒を出せるようだ。解毒剤も生成できる。あのとき俺に飲ませたのもそれだ。おかげで助かった。


 *


 話を終えた鈴蘭は、とても冷たい目をしていた。

「私のような自己中ゴミカスクソ女に比べれば、彼女はとても高潔でした。身代わりになりそうな女をあれだけ集めておきながら、誰にも虫をなすりつけなかったのですから……」

 きっと南天のことを言っている。

 たしかに、しようと思えばできたはずだ。そして体質がもとに戻れば、案内人にだってなれたかもしれない。なのに、そうはしなかった。虫による不幸を、あくまで自分の不幸のまま終わらせた。


 少し呼吸が荒くなっていたので、俺はそっと鈴蘭を抱きしめた。

「教えてくれてありがとう。いい話とは言えないけれど、嫌ったりはしないよ。俺が責めるような筋の話でもないし……」

「私が死ぬべきでした」

「そんなこと言うべきじゃない」

「自分さえよければ、他人のことなんてどうでもいい。そう思って生きてるんです。だから周りのみんなともケンカばかりして……」

 いちおうの自覚はあるようだ。

 そして自覚があるだけに、悔いてもいる。

「本当になんとも思ってないんだったら、きっと自分のことを責めたりもしないだろう。これから少しずつ直していけばいいよ」

 俺だってこんな上からモノを言えるような人間ではないが……。

 彼女はそのまま顔もあげず、返事もしなかった。きっとこのまま眠ってしまいたい気持ちなんだろう。

「今日はこの辺にして、もう寝よう。明日からまた忙しくなる」

「……」

 子供みたいに頑固な態度だったが、かすかにうなずいてくれたのは分かった。


 しかし受け止めるには、いささか重たい話だった。

 絶命した南天は、永遠に案内人になることはない。悪人に徹し、世を呪い続け、そのまま死んだ。ただひとりの理解者を救おうとしたために。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ