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蠱毒  作者: 不覚たん
止揚編

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バベルの塔

 刑は執行された。

 密閉された部屋をつくり、そこへ例の強盗を閉じ込め、デス・ファージを散布したのだ。強盗の肉体はすぐさま崩壊し、二度と再生することはなかった。

 最終的に、そこには死体だけが残された。ぶよぶよに溶けた血肉の中に、骨だけが残っている状態だ。これを遠隔操作で焼却した。

 デス・ファージは時間の経過によって自滅するよう設計されているから、数日も経てば室内は安全になる予定だ。


 処刑の映像は、アシスタンスに記録させた。

 被害者たちが希望すれば、閲覧を許可する予定だ。


 この処刑室を用意するために、かなりのマテリアルを消費した。しかも新たなマテリアルはまったく手に入っていないから、もはや街を拡大することさえままならない。

 いま俺たちが住んでいる区画を維持する以上のことは、望めそうもなかった。


 *


 かくして強盗の問題から一ヶ月が経過した。

 被害者たちの四肢が回復し始めると、やがて自由に動き回れるようになり、街は目に見えて賑やかになっていった。路上で立ち話をするものが増え、それがコミュニティの活気となった。

 食糧問題は起きない。

 しばしば餓鬼も来るのだが、いまやさしたる脅威ではなかった。


 ある種の理想郷であったのかもしれない。

 一時的には。


 *


 まだ問題らしき問題が起きていなかったある日、俺は鈴蘭とふたりでレストランにいた。店内にはほかに客もいたが、彼女たちはお喋りに夢中になっており、他人のことを詮索したりはしなかった。


 俺は窓の外を眺めながら、コーヒー風味のドリンクを口にした。

 メインストリートでは、菖蒲と山吹がなにやら立ち話をしている。その足元をタコ型のロボットが通過する。通過するフリをして、会話を記録している。俺が命じたわけじゃない。あいつらの基本行動だ。ある一体が通過すると、別の一体が通過する。アシスタンス同士で情報が共有されているから、ずっと会話を記録していることになる。

 このレストランもそうだ。

 店内には監視カメラが設置されており、集音マイクでも会話を拾い続けている。

 誰かの命令で監視しているわけではない。アシスタンスというものは、常に人の行動を記録するものなのだそうだ。


 鈴蘭は水を飲み干し、静かにコップを置いた。

 目が合うと、優しく微笑みかけてくる。しかしこの数日、なにやら様子がおかしかった。数日というか、上野での戦いからずっとだ。ワガママも言わず、はかなげな表情で笑っている。

 俺は少し咳払いをし、こう尋ねた。

「すずさん、最近どうだ?」

 この唐突な質問に、彼女は苦い笑みになって小首を傾げた。

「どう、とは? しあわせですよ。あなたと一緒にいられて」

「俺も同じ気持ちだよ。けど、なんだか元気がないように見えたからさ」

「そう? いつもこんな感じだったと思いますけど」

 笑顔に力がない。

 ムリして笑っている感じがする。

「もしなにか気になることがあるなら、言ってくれると嬉しいんだけど」

「いえ、なにもありませんよ」

「家のことが気になるなら、しばらく戻ってもいいし。自由にドローン使っていいからさ」

 すでにマッピングされているから、家までは自動運転で到着できる。これまでも何度か帰宅し、権兵衛や小梅に状況は報告してある。


 鈴蘭はそれでも笑みを作った。

「本当に、大丈夫ですから。心配してくれるのは嬉しいのですが……」

「ならいいけど」

 表向きの印象はともかく、彼女は控えめなタイプではない。言いたいことを俺に直接ぶつけてくることはないが、だいたいのらりくらりと自分のしたいようにする。だからなにか主張があるのなら、それを通そうとするはずだ。いまは「沈黙」を強行している。

 言わないということは、俺がどれだけ聞き出そうとしても、最後まで言わないということだ。


 じつのところ、夜の生活でも彼女はごくおとなしくなった。

 以前はありとあらゆるテクニックを駆使してこちらを翻弄したものだが、いまや人形のように無気力になった。頼めば応じてくれるが、どこか上の空だ。

 これが倦怠期というものなのだろうか。

 いや、どうもそういうのではない気がする。

 彼女はなんらかの問題を抱えている。そしてそれを秘したまま、ウソの笑顔を浮かべている。


 *


 そんなことがあった数日後、俺は「会議室」に呼び出された。

 例の電気屋で最初にプリンタを動かしたフロアだ。まだ壁は一部崩落したままだが、各所補強されており、整然と片付いている。


 現場にいたのは毒島三郎とジョン・マルハシのみ。

「来たか。まあ座れや」

 毒島に勧められるがまま、俺は椅子へ腰をおろした。

「なんです? 会議だなんて大袈裟な」

「大袈裟じゃねぇよ。これは人類の行く末を決める大事な会議なんだ。新世紀の一年目、まさに元年だぞ。まずは世界政府の大統領を決定する。話はそれからだ」

「はっ?」

 この男が酔っぱらいなのは分かるが、それ以外の情報がまるで理解できない。

 新世紀?

 大統領?

 俺が困惑していると、脇からジョンが得意顔で告げた。

「ま、俺の考えはちょっと違うけどな。でもリーダーは決めたほうがいいと思う。これから世界を作り直すことになるわけだし」

「まあそりゃいいけど……。それをこの三人で決めるのか?」

 この俺の問いに、毒島がふんと鼻を鳴らした。

「まさかおめー、あの女たちも参加させろって言いてぇのか?」

「俺のいた時代ならともかく、もう二十五世紀だってのに。男だけで政治をやるなんて、あとで問題になりますよ」

 善意だけで言っているわけじゃない。必ずあとで争いの火種になる。だから避けようとしているのだ。

 もし逆に、女たちが男を無視して政府を作った場合、こいつはどう反論する気なのか。

 毒島はしかし大上段から告げた。

「なあ、タマケンさんよ。まさか男女差別だなんて言う気じゃねぇよな? 俺ぁ別に女だから呼ばなかったワケじゃねぇぞ。あいつらが天界の住民だから省いたんだ。人間だったらちゃんと呼んでた。なにせこれは人間界の政治の話なんだ」

「たしかに人間界の政治の話ですが、彼女たちもこの街の住民には違いないでしょう」

「もしその決定をしてぇなら、まずはおめーが大統領になれや。それでいいだろ。もしゴチャゴチャ言って席を立つようなら、おめーのことは立候補さえさせねぇからな」

「……」

 十数人しかいないコミュニティで、いきなり密室政治が始まってしまった。どんな少人数でも必ず主導権争いは起こるものだ。

 もちろん俺だって、なんらのルールもなく好きに生きるべきだとは言わない。これから街が発展することを考えれば、共通のルールが必要となる。ルールを作るための仕組みも、それを承認する責任者も必要だ。

 だから毒島の提案には、いずれ向き合うこととなる。それがいまかどうかはともかく。


 ジョンが無邪気に口を開いた。

「俺は立候補しないけど、ワトソンを推薦するよ。いまのあいつは街の総合管理システムになってる。中立的な立場だし、人間なんかより頭もいい。いちばん信用できるよ」

 すると毒島が反論を口にした。

「この小僧、一見もっともらしいことを言うんだよな。だが用心しろ。AIなんかに意思決定を任せたら、チップを持ってるこいつが一番有利になるんだからな」

「おっさんは考え過ぎなんだよ」

「誰がおっさんだよ」

 小学生レベルの言い合いが始まってしまった。

 俺は話をぶった切り、毒島に尋ねた。

「で、毒島さんは誰が適任だと思うんです?」

「は? んなこた分かりきってんだろ。おめーだよ、タマケン」

「えっ?」

 完全に予想外の回答が来た。

 本人が立候補するものだとばかり思っていた。

 これに難色を示したのはジョンだ。

「ダメ。全然センスない。だいたい、こんな意志薄弱な人間に大統領なんてやらせたら、住民に言われるままフラフラするに決まってる」

 もっと言葉を選んではどうでしょうか、クソガキさん。

 しかしあろうことか毒島までもが同調しやがった。

「そこがいいんじゃねーか! こいつを矢面に立たせておいて、裏から操るんだ。俺の言うことならなんでも聞くようなヤツだからな。こっちは影のフィクサーとして君臨させてもらう」

 こいつら……。

 いや待て。反論するより先に、投票に入ったほうがいい。いまなら俺が大統領になれる。そしたらその権限を使って、またみんなで決め直すようにもできるのだ。

 俺は気持ちをさとられないよう、渋々といった演技で提案した。

「分かったよ。もうどうにでもなれだ。投票を始めよう。投票用紙は?」

 するとジョンが小馬鹿にしたように笑った。

「投票用紙? 紙なんて使わないよ。アシスタンスを回すから、タッチパネルで投票して」

 ふざけやがって。ペーパーレスだって言うんなら、こっちは石ころだろうが陶片だろうが構わねぇんだぞ。


 タコが運んできたタッチパネルには、立候補者の顔が並んでいた。俺、毒島、ジョン、そしてタコ型ロボットだ。俺は自分を選んだ。


 投票が終わると、ジョンが顔をしかめた。

「はぁ、最悪だ。タマケンが大統領だって。おめでとう。人類の歴史があと数日で終わるのかと思うと胸が痛いよ」

「ついでに心も痛めろ」

 俺は親切心からつい「教育」をしてしまった。

 しかしこいつはクソガキだ。まともな倫理観を持っていないのは許してやらないとな。なにせこの俺さまは、世界政府の初代大統領でもあるわけだし。


 ともあれ「会議」とやらは終わった。

 席を立とうとすると、なぜか毒島から「まだ座ってろ」と呼び止められた。

「なに? まだなにかあるんですか?」

「外務大臣と内務大臣を任命しろ」

「えっ?」

 内務大臣は分かる。街の整備をする必要がある。しかし外務とはいったいなんであろうか。人類は俺たちしかいない。外国も存在しない。もしかすると、どこかに国があるかもしれないが……。

 毒島の回答はこうだ。

「どうせおめーのことだから、『外務ってなんだ?』とかバカみてーなこと考えてんだろう」

「ええ、まさにそのバカみてーなことを考えてましたね。意味を教えていただけますか?」

「想定してるのは人間じゃねぇ。天界だ。あいつらをどうするか考えるヤツが必要だろ」

「どうって……どうするんです? あんなの、どうしようもないでしょ?」

 毒島はふんと鼻を鳴らした。

「俺はなぁ、タマケン、酒を飲んだあとはぐっすり眠りてぇタイプなのよ。なのにあいつら、いつまでもボス面で命令してきやがる。うんざりだろ? もうこれ以上、天界の介入を許容する気になれねぇ」

「そこは同感ですが」

「だから俺たちは、今後いっさいの干渉を拒絶する。もし言うことを聞けねぇようなら、武力行使も辞さねぇ構えだ。マテリアルをかき集めて軍備を増強するぞ」

「ええっ……」

 天界と戦争するってのか?

 科学の力で?


 しかしこれでひとつハッキリした。

 女たちをこの場に同席させなかった理由だ。毒島の主張する通り、性別が問題だったのではない。仮想敵となる天界の住民だったから省かれたのだ。


 毒島のプランに、ジョンも同意しているらしい。

「俺なら、そのための設計図も提供できるよ。つまり国防大臣に適任ってわけだ」

 ポストがひとつ増えた。

 毒島は構わずうなずいた。

「決まりだな。じゃあ俺が外務大臣、ワトソンが内務大臣だ。なにか異論はあるかい、大統領さんよ。まさかこんなことで拒否権は使わねぇよな?」

「分かりました。承認します」

 拒否してもいいが、しかし対案がない。結局のところ、彼らをいずれかのポストにつけなくてはならないのだ。

 もし仮に誰かが無茶を言い出しても、俺が大統領である以上は制御も可能であろうし。

 毒島もうなずいた。

「それでいい。防衛大臣、軍備を増強しておくように」

「命令するな。言われなくてもやる」

 いきなりこれだ。


 かくして国のことは機械に丸投げし、人は外へ外へと欲望を拡大させてゆく。まるで旧世界の歴史の追体験だ。トップがボンクラなのもお似合いじゃないか。

 文化レベルはよくて二十世紀。彼らが戦争時代と揶揄した状況によく似ている。

 バベルの塔の崩れ去る音が聞こえるようだ。


(続く)

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