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蠱毒  作者: 不覚たん
止揚編

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命の剪定

 身も心もくたくたになっていたせいか、いつの間にか眠りに落ちていた。

 そんな俺の寝顔を見守っていたのは、鈴蘭ではなくアノジであった。

 いつもの烏帽子をつけた平安貴族のような格好だ。

「人の子よ、気がついたか」

「なんの用です?」

 思わず舌打ちが出た。ひどい仕事が終わったばかりだ。ひたすら癒やされていたいのに、見たくもないツラを見せられた。

 だがアノジは表情を変えない。

「こたびの働き、大儀であった。やや機械の力に頼りすぎとは思うが、それにしてもようやった。天もさぞかし歓迎していることであろう」

「下界のことには興味ないと思いますがね、こっちは大仕事で疲れてるんです。明日にしてもらえませんかね」

「まあそう言うな。なんじの仕事はまだ終わっておらぬのだからな」

 ブラック企業かよ。

 それともこいつは、俺を過労死に追い込もうとうする死神なのか。

「人の睡眠時間を削ってまで伝えたいことがあると?」

「はて? いま汝は眠っておろう」

「ご用件は?」

 反論すればするだけ時間を浪費する。もう本題に入るしかない。

 するとアノジはやや不快げな表情を作り、数度うなずいた。

「変異体を殺せ」

「は?」

「あれは不浄な存在ゆえ、生かしておくことはできぬ。人界の技で殺せるのであろう? ならばすみやかにそう致せ」

「デス・ファージを使えってのか? ま、あんなヤツをかばい立てする義理もありませんがね。しかしあまりに一方的じゃないか。処分の仕方くらい決めさせてくれてもいいでしょうよ」

 俺の言葉に、アノジは露骨に見下すような表情で一方的に告げた。

「却下する」

「その却下を却下する。ふざけんなよ。こっちは命を賭けて動いてんだぞ。いつもいつも好き勝手言いやがって。あんた、何様のつもりなんだよ」

「天の使いだ。天の意思に我は従う。そして我の意思に汝は従う。これすなわち万物の道理」

「寝言は寝て言え。いや、たとえ寝てても言うな。最初に言われた仕事をこなしたんだから、さっさと褒美とやらをよこせ」

 するとアノジはどういうつもりか、にこりと微笑した。

「さっきも言ったであろう。まだ仕事は終わっていない」

「クソみてーなこと言ってると詐欺罪で訴えるぞ」

 その前に裁判所を作る必要があるが。俺が裁判長になって全財産を差し押さえてやる。

 アノジは笑顔だが、俺の物言いが耐え難いらしく、額の血管をぴくぴくさせている。

「言葉を慎め、人の子よ。我はなにも変異体のみを言っているのではない。外来種もまだ残っているのだ。それらを一掃せよと命じている」

「命じるな。失せろ。あるいはクソして寝ろ。これ以上あんたの妄言に付き合ってたら頭がおかしくなる」

「強欲な。まあよい。仕事を終えたあかつきには、汝らにその島をやる」

「その島? どの島を言ってんだ?」

「汝らが日本列島と呼ぶ島だ。くれてやるから好きに致せ」

「……」

 スケールがビッグすぎる。いや待て。もらったところで廃墟と大自然しかないぞ。それに人界の所有権について、そもそも天界の人間に指図されるようなことなのか。

「この島はもともと俺たちのものだ。あんたからもらうようなものじゃない」

 この反論に、アノジはさすがに鼻にしわを寄せた。

「思い上がるな、下賤の分際で」

「現実を直視したほうがいいぞ。その下賤を説得できないのがあんたの力量だ。程度をわきまえるのはどっちだよ? もっと頭を低くして、ちゃんとお願いしないとダメだぜ。ご両親に礼儀を教わらなかったのか?」

「おのれ……必ず後悔するぞ」

 最終的に、憤怒の表情で姿を消した。

 しかしムリもなかろう。タイミングが悪い。こっちは疲労困憊で寝ているところだったのだ。あんな物言いで従うわけがない。


 *


 目を覚ますと、今度こそ鈴蘭と目が合った。

 頭のすぐ近くに座り、こちらを眺めていたようだ。ごく優しい顔で、俺をなでている。俺はその手をつかんだ。ほっそりとした指だ。

「帰ってたのか」

「ええ。あなたの寝顔を見つめてました。なんだかうなされていたみたい」

「アノジの野郎が出てきた。捕まえた強盗を殺せってよ」

 俺は身を起こし、両手で顔をごしごしやった。

 酸欠みたいに息が苦しく、寝覚めがよくない。

 しばらく呼吸を整えていると、部屋が次第に明るくなってきた。これもAIの配慮ってヤツなんだろうか。眩しすぎず、じつにいい明度だ。

「そういや、君の同業者は? 治りそう?」

「ええ。きっとそのうち回復するはずですよ」

「君も疲れてるだろう。休んだほうがいい」

「そうします」

 彼女の笑みには疲労の色が見えた。

 もしかすると、俺が横に寝ていたせいで、それが邪魔で寝られなかったのかもしれない。いや、そんなことはないか。もしその気ならソファでも寝られる。


 *


 シャワーを浴びて外へ出ると、これから日が昇ろうというところであった。電光掲示板はまだ光っている。

 俺はなんとなく男の様子でも確認しようと思い、ゲームセンターへ向かった。


 そして建物に足を踏み入れた瞬間、異変に気づいた。

 血のにおいがした。うめき声も。

 俺は外へ戻って槍をとり、急いで現場へ戻った。誰かがなんらかの被害にあっている。もしかすると強盗が拘束を解き、毒島あたりを血祭りにあげたのかもしれない。


 が、違った。

 出血しているのは、縛り上げられたままの強盗だった。鉄パイプが背に突き刺さり、そこから血を流している。

「痛ぇ……痛ぇよ……」

 強盗は泣きながらうめく以外なにもできないようだった。

 傷口はふさがろうとしているが、鉄パイプが邪魔でいつまでもふさがることができないでいた。腕もあらぬ方向へ曲がったままロープで固定されている。

「どうした? 誰にやられた?」

「もうイヤだ……助けてくれよ……」

 あれだけ恨みを買ったのだ。自業自得だろう。

 しかしこのまま見捨てるわけには……。

 俺は槍を構えたまま、慎重に男へ近づいた。


 突き刺さった鉄パイプは、上から硬質なもので叩かれたらしく、フチがかなり潰れていた。おそらくハンマーで強引に叩き込んだのだろう。そこから血液が溢れ出している。

 持ち前の口の悪さで、毒島かジョンの機嫌を損ねたものと思われる。

 あまり気が進まなかったが、俺は血まみれの鉄パイプをつかんだ。男を踏みつけながら力を込めると、やがて「ずちゅり」と不快な音を立て、パイプが抜けた。傷口はすぐにふさがり、血液も黒い霧となって消えた。

「腕も……腕も痛ぇんだ……」

「そっちは我慢しろ」

「テメー、ふざけんなよ……」

 悪態にも元気がない。

 俺は椅子を持ってきて、彼の前に腰をおろした。

「誰にやられたんだ?」

「あのふたりだ。無抵抗なのに一方的に痛めつけやがって。この世界には所詮クソしかいねぇんだよ」

「あんたが怒らせるからだろう」

「うるせぇ! あいつらが俺を怒らせるからだろうが!」

 まるで感情のコントロールができていない。

 助けてやった俺を味方にするくらいの知恵はないのか。あるいは最初から、誰かを信用する気がないのかもしれない。

「まあ落ち着けよ。俺は暴力をふるいに来たわけじゃない。世間話をしに来たんだ」

「話すことなんかねぇよザコが」

「あんた、どの時代から来たんだ?」

 こいつの言葉にいちいち反論していてはラチがあかない。よって一方的に話題を切り替えるしかない。言葉のキャッチボールをせず、ピッチングマシーンに徹するのだ。

 男はすると俺の質問にこう答えた。

「知るかよ。こっちは歴史の授業なんて受けてねーんだ」

「チップは?」

「埋まってるよ。なんの権限も付与されてねぇけどな! たぶん居場所を特定するためだけのモンだ」

 本当に実験体だったのだろう。

 俺は質問を変えた。

「あの南天という女性は?」

「俺の案内人だ。あの体質だから、メシも出しやがらねぇ。役立たずの根暗女だ。死んでくれてせいせいしたぜ」

「そう言うなよ。あの子、自分の身を危険にさらしてまであんたを助けようとしてたんだから」

「知るかよ。いつまでもつきまとってきやがってよ」

 俺は心理学者ではないから、彼の本心がどうなのかは分からない。ただ、やたらと目を泳がせているから、この話題を避けたがっているのは推測できる。


 おそらく南天は正規の案内人ではないはずだ。案内人になるためには、メシの良し悪しも関係するらしい。きっと天界から逃げ出して、勝手に人間につきまとっていただけの女だ。


 俺はふたたび質問を変えた。

「女たちを集めたのは、彼女の提案か?」

「は? なんで知ってんだよ? テメー、やっぱエスパーか?」

「いや、今回の騒動を起こした犯人はふたりなんだから、作戦を考えたのもあんたか彼女のどっちかだろう」

 これに強盗は怪訝そうな表情を見せた。

「もしかしてお前、頭いいのか?」

「いまごろ気づいたのか。もちろんそうだ」

 もちろんウソだ。

 ごく普通です。

 ただ、なるべく物事を多面的に見るようにはしている。過去に一面だけ見てあれこれやって、さんざん失敗してきた。その反省だ。しかし頭の回転が速いとまでは言えないから、多面的に見ているうちに事態が終わっていることはよくある。きっと頭のいいヤツなら、一瞬で全部ヤるんだろう。


 強盗は俺の言葉を素直に受け取ったのか、観念したようにこう白状した。

「最初の案内人がどこに行ったのかは分からねぇ。餓鬼にさらわれちまってな。そうこうしてるうちに俺も餓鬼になって、天女を捕まえては食い物にする日が続いた。で、たまに空からも肉が降ってきてな。食ってたら、だんだん人間の体に戻ってきたんだ。きっと哀れに思った神さまが、俺らのために恵んでくれたんだろう」

 意外とポジティブ思考だな。

 天は特になにも望んでおらず、男が不死身になったのは事故でしかない。この残念なお知らせを、しかし彼に告げる必要もなかろう。

 男は思案顔でこう続けた。

「南天と出会ったのは、俺がこの姿になってすぐのことだった。存在自体が毒みてぇな気味の悪い女がよ、いきなり近づいてきて、俺の案内人になりたいとか言い出したんだ。うぜぇから断ったけど、置き去りにしてもいつまでもついてくるし、まあ邪魔しなけりゃなんでもいいやと思って……」

 言いながら、強盗の表情が少しやわらかくなった。

 口では悪く言っていても、思い出は悪いものばかりではなかったのだろう。


 しかし彼は、急に表情を暗くした。

「でよ、ふらふら旅してたんだわ。とにかく食いモン探さねーといけねーからよ。そしたらなんか、男とその案内人に出くわして……。ちっとメシくれねーかって頼んだんだよ。頭なんかさげなかったけど。いまに比べればお行儀よくしたつもりだぜ? なのに男のほうは俺を乞食呼ばわりしやがってよ。そいつの案内人も、南天を悪く言いやがって。なんて言ったかな。内臓が腐ってるとかなんとか。それで頭に来てぶん殴ったんだ」

 聞けば聞くほどどうしようもない話だ。

 見ず知らずの人間に横柄な態度でメシを求められたら、俺だって拒むかもしれない。しかしだからといって、過剰な罵倒をする必要はなかろう。怒ってぶん殴るのも問題外。

 どちらか一方が冷静であれば、この衝突は回避できたはずだ。

 はず……。たぶん。その時点では。

 もっとも、この程度で手を出してしまうようでは、早晩同じ結果を招いたことだろう。起こるべくして起きた衝突とも言える。


 強盗は不快そうに床へ頭をこすりつけ、こう続けた。

「それからも何回か似たようなことがあってよ。やっぱこの世界にはロクなヤツいねーわってことになったんだ。そしたら南天が『やろう』って言い出して。俺も『そうだな』ってなったから……。ま、あとはテメーも見た通りだ。すげー楽しかったぜ。どいつもこいつも、ぶん殴られてから急に素直になりやがってよ。自分から女を差し出すんだ。その後、そいつがどうなるのかも知らねークセに。女も女であとから泣き喚きやがって」

「災難だったな……」

 クソみたいな言葉しか出てこなかった。

 同情すべき点はある。そしてそれ以上に、同情できない点がある。

 綺麗事を言ってもいい。しかし言ってもなにも解決しないのだ。すでに一連の事件は起きてしまい、そして終わろうとしている。これを「なかったこと」にできるのは神だけだ。

 強盗も失望したような顔だ。

「ま、テメーにとってはどうでもいい話だわな。ちっと喋りすぎたわ」


 俺は会話を続けられなくなり、席を立った。

「気分を害したなら謝る」

「うるせぇ。いちいち謝んなクソが」

「仲間たちには、これ以上手を出さないよう伝えておく。だからあんたもおとなしくしててくれ」

「上からモノ言いやがって……」


 *


 外へ出ると、白い空が眩しく輝いていた。

 朝だ。

 レストランに入り、窓際の席でコーヒー風味のドリンクをオーダーした。俺のほかに客はいない。通行人も。ただ機械だけが動く道路を眺めながら、俺は今後のことを思った。


 あの強盗には死んでもらう。

 おそらく誰も、彼の存在を許容すまい。俺だって許容しない。かといって野に放つこともできない。

 監禁して祭り上げるプランもナシだ。もしそんなことをすれば、彼は人々の憎悪の対象として永遠に生き続けることになる。

 このまま生かしておいても、憎しみを募らせた誰かに命を玩弄されるのがオチだ。

 唯一の理解者であったろう南天も、すでに死んだ。

「生きていれば、いずれいいことがある」

 そういう言葉を信じたい気持ちはある。しかしやはり万能ではない。限界がある。最大限肯定したくとも、なお枠の外にハミ出してしまう命がある。

 だからその命を剪定する。

 ここの秩序を構築しているのは俺たち不完全な人間だ。ある程度は、不完全な結果に満足するほかない。


(続く)

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