表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蠱毒  作者: 不覚たん
止揚編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/56

歴史曰く

 救出した天女たちの世話をアシスタンスに頼んだのち、俺はロープを引きずって強盗を廃墟へ放り込んだ。

 おそらくはゲームセンターであったのだろう。とはいえビデオゲームは置いていない。あるのはメダル落としやエアホッケーなど、道具を使うたぐいのものだ。

 床に強盗を転がしてから、俺は手近な椅子へ腰をおろした。


 まだ夕方というほどではないが、電気が来ていないため、奥の方はだいぶ闇に閉ざされていた。

「おい待てよ。俺をどうする気だ?」

 強盗はまだ自分の立場を理解していないらしく、かなり強気だった。

 こいつは切り刻んでも回復するから、並の暴力では拷問にならない。しかし痛覚はある。

 俺は深く息を吸い込み、天井へ向かって吐いた。こいつの処分さえ決まれば、一連の問題が解決する。そしてこちらにはすべての決定権がある。これが最後の総仕上げとなるのだ。

「反省の弁はあるか?」

 まずは言い分を聞いてやろうと思った。

 が、ヤツは腐ったような笑みを浮かべると、鋭い目つきでこちらを睨み返してきた。

「お前はどうなんだよ?」

「俺? 俺がなにを反省するんだ?」

「テメー、何様のつもりだ? 俺のことを悪く言うつもりなら、そっちはどうなんだって聞いてんだよ」

「俺になんの罪がある?」

 自分では質問に答えようともせず、逆に質問をぶつけてくるとは。時間稼ぎでもするつもりだろうか。

 男はイラ立ちもあらわに舌打ちした。

「生きるってことは奪うってことだろうがよ。テメーだってなにかを奪って生きてやがんだろ?」

「哲学の授業でもしてくれるのか?」

「うるせぇよ。ただ、否定できねーだろ? 誰だって、誰かから、なにかを奪って生きてるんだ」

「一理ある。しかしあんたを許す理由にはならない」

「俺はあの女どもを殺しちゃいねぇ。女の飼い主だったクソ野郎たちもだ。誰も殺してねぇんだよ。こんな平和的なやり方があるか? 俺は自分を立派だと思うぜ」

 殺さなければ立派、ということか。俺もその価値観を採用してもいい。

「分かった。じゃああんたのことは殺さない。その代わり、腹にスクリューを差し込んで、電気の力でかき回してもらうとしよう。休みなく、二十四時間だ。誰も死なない。もちろん平和的なやり方だよな?」

 すると男は目を見開いた。

「テメー、そんなことしてみろよ。あとで絶対ブッコロしてやる。それも、普通のやり方じゃねぇ。とにかく苦しめて殺してやる」

「花粉が飛び交う山に、顔だけ出して埋めてやってもいい。これなんかはだいぶ人道的なアイデアじゃないか?」

「こいつマジで……」


 だがこの男のしたことを考えれば、ぜんぜん優しいほうであろう。

 こいつに捕まった女たちは、手足を切り落とされただけでなく、オブジェかなにかのように飾り付けられていた。玩具の代わりに遊ばれていたのだ。体のあちこちに金属の棒を差し込まれた女もいた。

 そんなこと、生きるために仕方なく奪う行為とは違う。


 俺はつま先で強盗の頭を小突いた。

「おい、小悪党。俺に決めさせたほうがいいと思うぜ。もし俺の意見を拒絶したら、次は彼女たちに処分を決めさせることになる。生きたままバーベキューにされても知らないぞ」

「ま、待てよ……。テメーは、そんなことして楽しいのか?」

「分からんな。しかしあんたはどうだったんだ? 楽しかったんじゃないのか? なにせここには娯楽もないしな……」

「なあ、頼むって! 助けてくれよ! これまでのことは反省するからよ!」

 ようやく命乞いが始まったか。

 しかし表面的なものだろう。

「残念だが、俺が勝手に許すわけにはいかないんだ。ただ、なんでそんなことをしたのか教えてくれれば、同情の余地が生まれることもあるかもしれないな」

 もしくは怒りが倍増するか、だ。

 男はロープで縛られたまま、もぞもぞと這い寄ってきた。

「生きるためだ!」

「生きるため? なら彼女たちに頭をさげてお願いし、食事を譲ってもらうという方法もあったはずだ。なぜ手足をぶった切った」

「はぁ? うめぇからに決まってんだろ!」

「つまり、それが必要最小限の行為ではないということを認めるワケだな?」

「知るかボケ! 餓鬼だったときからずっとそうしてきたんだよ! その通りにやっただけじゃねーか! ほかにどうしろってんだよ!」

「ほかに? さっき言っただろ。頭をさげてお願いするんだ」

「なんでそんな真似しねーといけねーんだよ!」

 自分のことしか考えてない。

 俺は上から後頭部を踏みつけ、ひとまず黙らせた。

「まったく釈明になってない。相手がどう思うかよりも、自分が気持ちよくなることしか考えてない」

「はぁ? テメーはエスパーか? 相手がどう思うかなんて、考えても分かんねーだろーが!」

「いや分かる。構造の問題だからな。かのジョン・ロールズも言ってたはずだ。立場の入れ替え可能性を考慮しなければ、公平性を担保できないって」

「カッコつけてねーで分かりやすく説明しろ」

「傷つけられたら痛い。それは俺もあんたも一緒のはずだ。もちろん彼女たちもな。君は体に棒を差し込まれて、壁に飾られていたいと思うのか? もし思うんならいますぐ手配するが……」

「待て! 待てよ! そこは謝るよ」

 やっぱりイヤなんだな。

 俺は足をどけた。

「謝罪するなら俺ではなく彼女たちにするんだな」

「自由にしてくれたらいくらでもヤる」

「自由? それは永遠に得られないと思ってくれ。ただ監禁されるのか、苦しめられながら監禁されるのか、選択肢はそのふたつしかない」

「……」


 強盗が歯噛みしていると、毒島とジョンが入ってきた。

 こちらへ来る途中、毒島は強盗の腹につま先蹴りを叩き込んだ。

「撫子は返してもらったぜ。いまのは世話になった礼だ」

「クソが……」

 強盗は地べたに頭をこすりつけながら呪詛を吐いた。


 鈴蘭や龍胆が来ないところを見ると、おそらく救出した天女の世話でもしているのだろう。女が看病している間、男たちは暴力にいそしむ。まるで原始時代みたいだ。文明が滅ぶというのはこういうことなんだろう。あるいは滅ばずとも同じことをしていたかもしれないが。


 ジョンがタブレットを俺に見せた。デス・ファージの設計図だ。

「これを改良すれば、不死身の強盗も殺せるんじゃないかな」

「うちのプリンタじゃ作れないんだろ?」

「いまあるヤツじゃムリだね。だから、プリント可能なプリンタをプリントすればいい」

「……」

 要するに作れるってことだ。


 俺は強盗へ向き直った。

「喜べ、どうやらあんたは死ねるらしいぞ」

「は? 喜ぶ? 意味が分かんねーよ!」

「名前を教えてくれ。記念碑に刻み込む必要があるからな」

 もしマテリアルが足りないのなら、上野公園から西郷隆盛を持ってきてもいい。ともかくプレートに「英雄の大活躍によりクソ野郎がこの下に埋められた」という事実が刻まれさえすれば。

 すると強盗は眉間にぐっとしわを寄せた。

「テメー、言っていいことと悪いことがあんだろうがよ」

「見ようと思えば裏返しにして見ることもできる相手に、なにか遠慮すべき点があったかな」

「ふざけんな! 名前だ! 誰にでもついてると思うな!」

「えっ?」

 予想外の切り返しに、俺は思わずマヌケな声をあげてしまった。

 名前がない?

 夏目金之助の小説にそんなフレーズがあったような気がするが……。まさかこいつ、ネコにでもなったつもりか。

 男はさらに吠えた。

「俺はなぁ! 研究所で実験体として育てられたんだ! 名前なんかねぇ。人権もねぇ。常識もねぇ。ただ体をいじくられるだけのモノだ! しかも出来損ない呼ばわりされて、最後は殺処分されそうになってよ……。とにかく名前なんて上等なモンはねーんだよ! 誰にでも当然のようについてると思うなボケ!」

「実験体?」

「ネズミの代用品だよ。言っとくが、この特殊能力とは無関係だからな。体がこうなったのは餓鬼になってからだ。研究所にいたころは、ただの消耗品でしかなかった。どこかの誰かのクローンなんだとよ。笑えるだろ? 好きに笑えよクソ野郎」

「……」


 この男を許すつもりはない。

 しかし、かといって責めることもできそうになかった。こいつはモノだったのだ。相手を同じ立場に置き換えて考えたところで、やはりモノであろう。


「その事実は考慮しよう。名前の件については謝罪する。許して欲しい」

 俺はそう告げないわけにはいかなかった。

 べつに善人ぶってるわけじゃない。ここで悪意を通せば、いずれ自分が同じ境遇に立たされたとき、その主張を通すことができなくなる。誰に主張を通すのか。それは他人に対してじゃない。自分に対してだ。


 すると毒島が慌てた様子で応じた。

「おいおい、タマケンさんよ。あんたお人好しが過ぎるぜ。こいつの話を信じるのか? 同情を引くためのウソかもしんねーだろ?」

「これだけ異常なんだから、異常な環境で育った可能性はじゅうぶんにありますよ」

「だからってよ……」

「俺はこの件からおります。みんなの好きなようにしてください」

「なんだそりゃあ。腰抜けかよ」

 この悪態に、俺は反論しなかった。


 *


 廃墟から出ると、いよいよ日も暮れようとするところだった。

 通行人もいない街。

 電光掲示板は意味不明な図案を表示し、ずっとなにかをアピールしている。ただの賑やかしだ。電気の無駄遣い。しかし俺たちは文明が滅んだことを忘れたくて、この光を欲してしまう。


 ひとりレストランで食事を済ませ、俺は部屋へ戻った。

 鈴蘭はいない。

 ベッドに腰をおろし、そのまま仰向けに寝転がった。

 殺したいほどの相手を捕まえて、好きなように処分できる状況だった。これまでの憂さを晴らすチャンスだった。なのに話を聞いた途端、気持ちが萎えてしまった。

 詰めが甘い。


 いや、しかし俺にはひとつの目論見もあった。

 ここに街ができた。みんなで暮らすことになる。秩序が生まれる。価値観は人の数だけ存在する。衝突も同じだけ発生するだろう。

 どんな小集団であろうと、どんな仲良しグループであろうと、絶対に衝突を起こさないという保証はない。それが仮に小さな衝突でも、長い歳月をかけて回数を重ねれば、大きな亀裂を生むことがある。自浄できれば一番いい。しかしここには裁判所もない。警察もない。すべて俺たち自身で調停しないといけない。

 こういうときに有用なのは、なんらかのシンボルだ。みんなの悪意を向けるための仮想敵。死なない巨悪。あの強盗だ。もし生かしておけば、彼はそういう存在となるだろう。悪鬼のごとく仰々しく祭り上げるのだ。


 この打算から言っても、彼は生かしておくべきであろう。もし誰かが復讐したいと言い出しても、死なない程度にしてもらう。デス・ファージなどもってのほかだ。アレは仲間さえ殺しかねない。


 龍胆から聞いた話では、俺たち人類はタガが外れると滅ぶらしい。前回滅んだ連中のことは教訓にすべきだろう。彼らが滅んだのなら、俺たちだって滅ぶ可能性がある。人に説教しておきながら、俺が立場の入れ替え可能性を考慮しないわけにはいかない。

 火は人類に文明をもたらしたが、家々を焼くこともある。実際、俺たちが生きているここは、その焼け跡なのだ。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ