歴史曰く
救出した天女たちの世話をアシスタンスに頼んだのち、俺はロープを引きずって強盗を廃墟へ放り込んだ。
おそらくはゲームセンターであったのだろう。とはいえビデオゲームは置いていない。あるのはメダル落としやエアホッケーなど、道具を使うたぐいのものだ。
床に強盗を転がしてから、俺は手近な椅子へ腰をおろした。
まだ夕方というほどではないが、電気が来ていないため、奥の方はだいぶ闇に閉ざされていた。
「おい待てよ。俺をどうする気だ?」
強盗はまだ自分の立場を理解していないらしく、かなり強気だった。
こいつは切り刻んでも回復するから、並の暴力では拷問にならない。しかし痛覚はある。
俺は深く息を吸い込み、天井へ向かって吐いた。こいつの処分さえ決まれば、一連の問題が解決する。そしてこちらにはすべての決定権がある。これが最後の総仕上げとなるのだ。
「反省の弁はあるか?」
まずは言い分を聞いてやろうと思った。
が、ヤツは腐ったような笑みを浮かべると、鋭い目つきでこちらを睨み返してきた。
「お前はどうなんだよ?」
「俺? 俺がなにを反省するんだ?」
「テメー、何様のつもりだ? 俺のことを悪く言うつもりなら、そっちはどうなんだって聞いてんだよ」
「俺になんの罪がある?」
自分では質問に答えようともせず、逆に質問をぶつけてくるとは。時間稼ぎでもするつもりだろうか。
男はイラ立ちもあらわに舌打ちした。
「生きるってことは奪うってことだろうがよ。テメーだってなにかを奪って生きてやがんだろ?」
「哲学の授業でもしてくれるのか?」
「うるせぇよ。ただ、否定できねーだろ? 誰だって、誰かから、なにかを奪って生きてるんだ」
「一理ある。しかしあんたを許す理由にはならない」
「俺はあの女どもを殺しちゃいねぇ。女の飼い主だったクソ野郎たちもだ。誰も殺してねぇんだよ。こんな平和的なやり方があるか? 俺は自分を立派だと思うぜ」
殺さなければ立派、ということか。俺もその価値観を採用してもいい。
「分かった。じゃああんたのことは殺さない。その代わり、腹にスクリューを差し込んで、電気の力でかき回してもらうとしよう。休みなく、二十四時間だ。誰も死なない。もちろん平和的なやり方だよな?」
すると男は目を見開いた。
「テメー、そんなことしてみろよ。あとで絶対ブッコロしてやる。それも、普通のやり方じゃねぇ。とにかく苦しめて殺してやる」
「花粉が飛び交う山に、顔だけ出して埋めてやってもいい。これなんかはだいぶ人道的なアイデアじゃないか?」
「こいつマジで……」
だがこの男のしたことを考えれば、ぜんぜん優しいほうであろう。
こいつに捕まった女たちは、手足を切り落とされただけでなく、オブジェかなにかのように飾り付けられていた。玩具の代わりに遊ばれていたのだ。体のあちこちに金属の棒を差し込まれた女もいた。
そんなこと、生きるために仕方なく奪う行為とは違う。
俺はつま先で強盗の頭を小突いた。
「おい、小悪党。俺に決めさせたほうがいいと思うぜ。もし俺の意見を拒絶したら、次は彼女たちに処分を決めさせることになる。生きたままバーベキューにされても知らないぞ」
「ま、待てよ……。テメーは、そんなことして楽しいのか?」
「分からんな。しかしあんたはどうだったんだ? 楽しかったんじゃないのか? なにせここには娯楽もないしな……」
「なあ、頼むって! 助けてくれよ! これまでのことは反省するからよ!」
ようやく命乞いが始まったか。
しかし表面的なものだろう。
「残念だが、俺が勝手に許すわけにはいかないんだ。ただ、なんでそんなことをしたのか教えてくれれば、同情の余地が生まれることもあるかもしれないな」
もしくは怒りが倍増するか、だ。
男はロープで縛られたまま、もぞもぞと這い寄ってきた。
「生きるためだ!」
「生きるため? なら彼女たちに頭をさげてお願いし、食事を譲ってもらうという方法もあったはずだ。なぜ手足をぶった切った」
「はぁ? うめぇからに決まってんだろ!」
「つまり、それが必要最小限の行為ではないということを認めるワケだな?」
「知るかボケ! 餓鬼だったときからずっとそうしてきたんだよ! その通りにやっただけじゃねーか! ほかにどうしろってんだよ!」
「ほかに? さっき言っただろ。頭をさげてお願いするんだ」
「なんでそんな真似しねーといけねーんだよ!」
自分のことしか考えてない。
俺は上から後頭部を踏みつけ、ひとまず黙らせた。
「まったく釈明になってない。相手がどう思うかよりも、自分が気持ちよくなることしか考えてない」
「はぁ? テメーはエスパーか? 相手がどう思うかなんて、考えても分かんねーだろーが!」
「いや分かる。構造の問題だからな。かのジョン・ロールズも言ってたはずだ。立場の入れ替え可能性を考慮しなければ、公平性を担保できないって」
「カッコつけてねーで分かりやすく説明しろ」
「傷つけられたら痛い。それは俺もあんたも一緒のはずだ。もちろん彼女たちもな。君は体に棒を差し込まれて、壁に飾られていたいと思うのか? もし思うんならいますぐ手配するが……」
「待て! 待てよ! そこは謝るよ」
やっぱりイヤなんだな。
俺は足をどけた。
「謝罪するなら俺ではなく彼女たちにするんだな」
「自由にしてくれたらいくらでもヤる」
「自由? それは永遠に得られないと思ってくれ。ただ監禁されるのか、苦しめられながら監禁されるのか、選択肢はそのふたつしかない」
「……」
強盗が歯噛みしていると、毒島とジョンが入ってきた。
こちらへ来る途中、毒島は強盗の腹につま先蹴りを叩き込んだ。
「撫子は返してもらったぜ。いまのは世話になった礼だ」
「クソが……」
強盗は地べたに頭をこすりつけながら呪詛を吐いた。
鈴蘭や龍胆が来ないところを見ると、おそらく救出した天女の世話でもしているのだろう。女が看病している間、男たちは暴力にいそしむ。まるで原始時代みたいだ。文明が滅ぶというのはこういうことなんだろう。あるいは滅ばずとも同じことをしていたかもしれないが。
ジョンがタブレットを俺に見せた。デス・ファージの設計図だ。
「これを改良すれば、不死身の強盗も殺せるんじゃないかな」
「うちのプリンタじゃ作れないんだろ?」
「いまあるヤツじゃムリだね。だから、プリント可能なプリンタをプリントすればいい」
「……」
要するに作れるってことだ。
俺は強盗へ向き直った。
「喜べ、どうやらあんたは死ねるらしいぞ」
「は? 喜ぶ? 意味が分かんねーよ!」
「名前を教えてくれ。記念碑に刻み込む必要があるからな」
もしマテリアルが足りないのなら、上野公園から西郷隆盛を持ってきてもいい。ともかくプレートに「英雄の大活躍によりクソ野郎がこの下に埋められた」という事実が刻まれさえすれば。
すると強盗は眉間にぐっとしわを寄せた。
「テメー、言っていいことと悪いことがあんだろうがよ」
「見ようと思えば裏返しにして見ることもできる相手に、なにか遠慮すべき点があったかな」
「ふざけんな! 名前だ! 誰にでもついてると思うな!」
「えっ?」
予想外の切り返しに、俺は思わずマヌケな声をあげてしまった。
名前がない?
夏目金之助の小説にそんなフレーズがあったような気がするが……。まさかこいつ、ネコにでもなったつもりか。
男はさらに吠えた。
「俺はなぁ! 研究所で実験体として育てられたんだ! 名前なんかねぇ。人権もねぇ。常識もねぇ。ただ体をいじくられるだけのモノだ! しかも出来損ない呼ばわりされて、最後は殺処分されそうになってよ……。とにかく名前なんて上等なモンはねーんだよ! 誰にでも当然のようについてると思うなボケ!」
「実験体?」
「ネズミの代用品だよ。言っとくが、この特殊能力とは無関係だからな。体がこうなったのは餓鬼になってからだ。研究所にいたころは、ただの消耗品でしかなかった。どこかの誰かのクローンなんだとよ。笑えるだろ? 好きに笑えよクソ野郎」
「……」
この男を許すつもりはない。
しかし、かといって責めることもできそうになかった。こいつはモノだったのだ。相手を同じ立場に置き換えて考えたところで、やはりモノであろう。
「その事実は考慮しよう。名前の件については謝罪する。許して欲しい」
俺はそう告げないわけにはいかなかった。
べつに善人ぶってるわけじゃない。ここで悪意を通せば、いずれ自分が同じ境遇に立たされたとき、その主張を通すことができなくなる。誰に主張を通すのか。それは他人に対してじゃない。自分に対してだ。
すると毒島が慌てた様子で応じた。
「おいおい、タマケンさんよ。あんたお人好しが過ぎるぜ。こいつの話を信じるのか? 同情を引くためのウソかもしんねーだろ?」
「これだけ異常なんだから、異常な環境で育った可能性はじゅうぶんにありますよ」
「だからってよ……」
「俺はこの件からおります。みんなの好きなようにしてください」
「なんだそりゃあ。腰抜けかよ」
この悪態に、俺は反論しなかった。
*
廃墟から出ると、いよいよ日も暮れようとするところだった。
通行人もいない街。
電光掲示板は意味不明な図案を表示し、ずっとなにかをアピールしている。ただの賑やかしだ。電気の無駄遣い。しかし俺たちは文明が滅んだことを忘れたくて、この光を欲してしまう。
ひとりレストランで食事を済ませ、俺は部屋へ戻った。
鈴蘭はいない。
ベッドに腰をおろし、そのまま仰向けに寝転がった。
殺したいほどの相手を捕まえて、好きなように処分できる状況だった。これまでの憂さを晴らすチャンスだった。なのに話を聞いた途端、気持ちが萎えてしまった。
詰めが甘い。
いや、しかし俺にはひとつの目論見もあった。
ここに街ができた。みんなで暮らすことになる。秩序が生まれる。価値観は人の数だけ存在する。衝突も同じだけ発生するだろう。
どんな小集団であろうと、どんな仲良しグループであろうと、絶対に衝突を起こさないという保証はない。それが仮に小さな衝突でも、長い歳月をかけて回数を重ねれば、大きな亀裂を生むことがある。自浄できれば一番いい。しかしここには裁判所もない。警察もない。すべて俺たち自身で調停しないといけない。
こういうときに有用なのは、なんらかのシンボルだ。みんなの悪意を向けるための仮想敵。死なない巨悪。あの強盗だ。もし生かしておけば、彼はそういう存在となるだろう。悪鬼のごとく仰々しく祭り上げるのだ。
この打算から言っても、彼は生かしておくべきであろう。もし誰かが復讐したいと言い出しても、死なない程度にしてもらう。デス・ファージなどもってのほかだ。アレは仲間さえ殺しかねない。
龍胆から聞いた話では、俺たち人類はタガが外れると滅ぶらしい。前回滅んだ連中のことは教訓にすべきだろう。彼らが滅んだのなら、俺たちだって滅ぶ可能性がある。人に説教しておきながら、俺が立場の入れ替え可能性を考慮しないわけにはいかない。
火は人類に文明をもたらしたが、家々を焼くこともある。実際、俺たちが生きているここは、その焼け跡なのだ。
(続く)




