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蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

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上野戦争 中編

 大挙してやってきた餓鬼どもは、ロープに足をひかっけて無様に転倒した。そいつのせいで後続も転倒。まだなにもしていないのに、敵軍は総崩れとなった。

 まったく予想外だったが、あのロープは意外と有効な罠だったらしい。相手はマヌケに限定されるが。


 折り重なる餓鬼を乗り越えて、第二波の餓鬼が来た。距離は大股で三歩といったところか。俺は片手でランチャーを構え、スタンネットを放った。

 射出された細糸がわっと広がり、餓鬼どもに絡みついた。途端、触れた餓鬼が次々と脱力し、転倒。

 上空からもネットが来た。鈴蘭たちも撃った。


 しかし俺たちは、あまりに目先の標的に気を取られすぎた。すでに感電している餓鬼へ、さらにスタンネットをかぶせるなどしてしまい、小範囲の敵にネットを使い果たしてしまったのだ。

 かくして餓鬼の肉壁が通路を塞ぐことになったが、おそらく無力化できたのは想定よりはるかに少数であったろう。


 俺はリヤカーの背後に隠れ、新たな餓鬼の出現を待った。

 が、来ない。

 先頭のやつがバタバタ倒れたのを見て、恐れをなして逃げ出したか。とすると奥へ行ったか、散り散りになって逃げ出したかだな。

 まとまって感電している餓鬼の壁のせいで、リヤカーを進めることはできない。休憩所へ行くには別ルートを迂回しなければ。


 上空から通信が来た。

『餓鬼どもが逃げてる。バラバラの方向に。どいつを追えばいい?』

「どれも追わなくていい。そこから俺たちをサポートしてくれ。休憩所へはどう行けばいい?」

『引き返して、ひとつ隣のルートを使ってくれ。南側じゃないぞ。北だ』

「了解」

 ナビがついてると道に迷わなくて済むな。


 引き返すと、こちらへ逃げてきたとおぼしき餓鬼と遭遇したが、こちらを見るなり目をひんむいてドタドタ逃げ出してしまった。

 俺は彼らを無視し、リヤカーを引きつつ指示されたルートへ向かった。

 が、その通路からは餓鬼がひっきりなしに飛び出してきた。ロープにつまずいて転倒し、踏まれているのもいる。誰もが逃げるのに必死だ。

 俺はヘッドセットのマイクに告げた。

「餓鬼が邪魔で通れない」

『待ってくれ。いま忙しい』

「えっ? なにが忙しいって?」

『クソ忙しいよ! 分かるだろ? 戦ってるんだ! ほかになにがあるんだよ?』

「ザコの相手はいいから、ナビゲートしてくれ」

『うる……いやいい。分かったよ。もうひとつ北のルートを使ってくれ。そっちも休憩所につながってる』

「オーケー」

 いま「うるさい」って言いかけただろ。困るぜ、協力してくんなきゃよ。主力はあくまでこっちなんだから。例のなんちゃらブラスターで強盗のいる建物ごとぶっ飛ばしてくれるならともかく。


 しかしその「もうひとつ北のルート」とやらも餓鬼でいっぱいだった。

「おい、軍師どの、北の道もいっぱいだ」

『じゃあ南! 一番南のルート! そっちは餓鬼いないから』

「最初から餓鬼のいないルートを指示してくれよ」

『言っただろ! いま忙しいんだって!』

 あのクソダサい鉄砲を撃つのがそんなに大変か?

 アツくなりすぎて、戦況を見る余裕もないようだな。

 すると毒島が参加してきた。

『待て。南もよしたほうがいい。強盗が出てきた。そっちに誘導するから、迎撃の準備をしてくれ』

「了解」

 酔っぱらいのクセして役に立ちやがって。

 やはりガキよりおっさんだな。そこそこ手を抜いてくれるから、アツくなりすぎず全体を見渡してくれる。

「どのルートから来る?」

『それはあいつの気分次第だな。だが、いまあんたらのいる北側へ追い込む。成功したら一杯おごれよ』

「オーケー」

 一杯おごるまでもなく、無料で飲み放題だ。


 毒島を信じ、リヤカーを停車して、俺たちはその陰に身を潜めた。

 ときおり逃げてきた餓鬼がぶつかってくるが、そういうのは無視した。武器も持たずに右往左往する連中を殺しても、疲れるだけだ。

『おい聞けよ。勲章モノだ。そっちに追い込んだぞ』

「ふたりとも?」

『はっ? あの女のことは知らねーよ。男のほうだけだ』

 確認しておいてよかった。南天はまだ建物内にいるか、あるいは俺たちの背後を狙っている。

 俺は鈴蘭と龍胆に告げた。

「例の案内人に注意してくれ。たぶん背後から仕掛けてくる。このルートから来る強盗は、俺ひとりで片付ける」


 パァンと火薬の爆ぜる音がする。

 毒島のショットガンだろう。何発かは強盗に命中しているのかもしれないが、米粒のようなものをどれだけ撃ち込んでも、すぐに回復されてしまうだろう。

「どけオラァ!」

 餓鬼を押しのけていると思われる強盗の声が、次第に近づいてきた。

 自分で自分の居場所を教えてくれるんだから、なかなか親切なヤツだ。


 俺は銃剣を構え、そのときを待った。

 逃げ惑う餓鬼たち。

 響き渡る発砲音。

 接近する怒声。

 そいつは通路から飛び出した瞬間、俺たちの姿に目を丸くした。

 挨拶なんてしてやらない。トリガーを引き、脇腹を撃ち抜いた。強盗は顔をしかめ、軽く身をよじった。だが、それだけだ。死なない。

 俺はさらに撃ち込んだ。

 鈴蘭と龍胆は、この攻撃には参加せず、指示通り周囲を警戒している。

「いた!」

 龍胆が声をあげると、鈴蘭が矢を射かけた。茂みから南天が飛び出した。無傷。


 しかしあまり気を取られてはいられない。前方には槍を手にした強盗がいる。そいつは痛みに顔をゆがめながらも、スキップのようなぎこちない動きで距離を詰めてきた。

 直線的な槍の一撃を、こちらは胴鎧で受け流す。代わりに銃剣を振り回すが、機敏な動きで回避されてしまった。さすがに素早い。

 背後に回られたので、振り返って射撃で牽制した。強盗はさっと駆けて、売店カウンターの裏側に身を隠してしまった。

 これでは射線が確保できない。

 膠着するか……。


 南天も素早い。

 鈴蘭の矢はまるで当たらないし、龍胆もキョロキョロしっ放しで攻撃できない。

 そして上空の連中は、この戦いには参加してこなかった。いや作戦通りだ。混戦状態では、誤射の可能性が高まる。特に弾のバラけるショットガンなんて撃ち込まれたらこっちのほうが危ない。

 この状況は、俺たち自身で打開しなければならない。


「おいテメーコラ! 来んなって言っただろーが! なに堂々と入って来てんだよぶっ殺すぞ!」

 カウンター裏から強盗が話しかけてきた。

 お喋りを楽しむ間柄でもないはずだが。

 俺はカウンターに一発撃ち込んだ。

「威勢がいいな? それより自分の心配をしたらどうだ?」

「あ? うるせーボケ! テメー、そんなガチガチの鎧着て、飛び道具まで持ってきやがって! そうやって自分を飾り立てるのはザコだからだ! 卑怯だと思わねーのかクソザコ!」

「好きに言ってくれ。ザコだから武装する。いいじゃないか。そしてお前はそのザコに負ける。なぜなら、バカだからだ」

「テメーみてーなヤツはな、いつも口ばっか達者で、やってることがクソダセェんだよ! 仲間まで連れてきやがって! 武器捨てて堂々とかかってこいよ! 一対一でな! 拳で叩き伏せてやっからよ!」

「断る。俺はタフガイじゃないからな。文明人らしく、武器でやり合おうぜ」

 口論している場合ではないのだが、ほかに手がないのも事実だった。

 完全に膠着こうちゃくしている。


 しかし時間をかけられるのは嬉しくない。

 なぜならドローンのバッテリーは四時間しかもたないのだ。始まってからまだ一時間弱だが、このまま立てこもられればどうなるか分からない。

 それに、もし日が暮れるまで引き伸ばされれば、戻ってきた餓鬼どもに蹂躙されるおそれもある。

 できるだけ早く片付けなければ。


 強盗は不気味に笑い始めた。

「あのよォ、テメーもしかして、自分が有利だと勘違いしてんじゃねーのか?」

「どういう意味だ?」

「言っただろ? また来たら女ぶっ殺すって」

「……」

 まさかとは思うが、本当にやったのか?

 動悸がしてきた。

 この作戦のせいで、山吹か菖蒲のどちらかが殺されてしまったのだとしたら……。もちろん覚悟はしてきた。しかし俺が勝手に覚悟をしたところで、なんの釈明にもならない。

 強盗は足をバタバタして笑った。

「言葉もねーか? ヒャハ、まだ死んでねーよ! たぶんな! いま鍋に突っ込んで、火にかけてるところだ。あんまグズグズしてっとマジで死ぬぞ? テメーのせいだ。あの女、きっとこう思ってるぜ。あたしなんだか分からねークソのせいで死ぬんだーってな」

「……」

 もしそれが事実なら、こいつも同じ目に遭わせてやる。ロープで縛り上げて、ずっと釜で煮続ける。絶対に助けない。


 怒りのせいか、頭がくらくらしてきた。

 冷静さを失って過呼吸にでもなったか。

 俺はなんとか気持ちを落ち着けようと、呼吸のリズムを整えた。が、どうにも息苦しさがおさまらない。目もチカチカする。

 ふと、弓を構えていた鈴蘭がよろけた。龍胆も剣を杖代わりにして身を支えている。


 なんだ?

 まさか毒ガスか?


 すると強盗もろれつの回らない調子で、こんなことを言った。

「おいてめーふざけんなよ、かってにこーどーすんなっていつもいってるらろ……」

 南天の仕業か。

 どうやら神経毒のようだ。

 俺は口元を手で抑えたが、たぶんまったく防げない上に、いまさら手遅れだろう。まさかこんな手に出てくるとは。

 自力での解決はムリだな。

 俺はヘッドセットに告げた。

「救援頼む。毒が散布された。上空から狙撃してくれ」

 しかし毒島は露骨に困惑した態度を見せた。

『毒? いや待てよ。狙撃ったってよ……』

 続くジョンもイラ立った様子だ。

『もう弾切れだよ! 敵が多すぎるんだ!』

 敵が多いのは事前に分かっていたことだろう。無駄撃ちしなければもっと節約できたはずだ。

「とにかくなにか手を打ってくれ。こっちはじき戦闘不能になる」

『……』

 返信ナシ。

 まだ死んでないんだ。黙祷を捧げるのはあとにしろ。


 この鎧ではしゃがむことさえできない。俺は千鳥足でリヤカーへたどり着き、どっと身を預けた。

 南天はどこかにいる。あるいはガスだけしかけてどこかへ逃れたのかもしれない。なにも分からない。視界はぼやけ、音はくぐもり、まるで水中にいるかのようだ。方向感覚も消失。

 いま気を失ったら殺される。

 なのに、どうしても意識が遠のいてゆく。


 まさか、負けるのか?

 これだけの人数を揃え、武器を用意し、AIのサポートを受けて挑んだのに。分不相応に、義憤に燃えて、人を救おうなんて思ったばかりに。

 前回、容赦なく発砲していれば……。いや、デス・ファージを散布していれば……。一方的に勝利する方法はいくらでもあった。

 後悔ばかりが頭をチラつく。


 俺はこんなところで死にたくない。


(続く)

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