上野戦争 前編
翌日の昼、ジョンが到着した。
もうほとんど人間に戻っている。ツノもない。どこからどう見てもただの少年だ。着ているのは、おそらく小梅が用立てたと思われる浴衣だ。
「てっきり存在を忘れられてると思った。それに、ドローンの充電もギリギリであせったよ」
登場するなり、スカしたツラでそんなことを言う。
まあ忘れてたのは否定しないが。
「状況の説明は要るか?」
「いい。ぜんぶマリガランテから聞いた」
毒島からではなく、ドローンから聞いた、というのがなんとも皮肉だが。きっと毒島は酒を飲むのに忙しく、まともに説明さえしなかったんだろう。実際、毒島は飲酒しながらドローンに揺られたせいか、青白い顔で苦しんでいた。自業自得だ。
少年はすると苦い笑みを浮かべた。
「あー、けど、できればもっと早く呼んで欲しかったな。こんなんじゃマテリアルがもったいない」
「節約術でもあるのか?」
「プリインストールのレシピは工業規格を厳格に守ってるから、材料をムダに使っちまうんだ。俺に言ってくれればアレンジしたのにさ」
「できるのか?」
「できるさ。あんたらと違ってチップが入ってるからな。IDもある。ゲストユーザーなんかより、はるかにディープなことができるぜ」
そうか。こいつはIDを有しているのだ。信用していないわけではないが、ジョンにすべての権限を掌握される可能性もある。
察したのか、ジョンはこんなことを言った。
「その気になれば、あんたにチップを埋め込むこともできる。医療用のロボットをプリントしてな。ま、あんたが望めばだけど」
「安全なんだろうな?」
「イヤならいいんだぜ。俺はなにも困らない。さて、さっそくだけど、俺の特別レシピを見せてやろうかな。その前に法律関係の制限を解除しないと……」
そんなことを言いながら、まっすぐ電気屋に入っていった。どこになにがあるか説明さえしていないのに。きっとそういう情報もすべて入手済みなのだろう。いまのジョンは、百を超えるロボットたちと情報を共有している。
*
崩落して足場もないくらいだったエリアは、かなり片付けられていた。
棚が設置され、そこへ整然とプリンタが並べられている。いまはどれも稼働していない。マテリアルを節約しているのかもしれない。
「よし、法的な問題はクリアした。あとは俺のオリジナルをプリントするだけだ」
まだなにもしていないように見えたのに、ジョンはそんなことを言った。
チップとやらがあれば、各種機材に直接アクセスできるらしい。
ロボットがやってきて、液晶ディスプレイを運搬してきた。23インチほどだろうか。薄っぺらい板のような形状だ。
そこに図面と、完成予想図の3Dモデルが表示された。最初に出てきたのは銃だ。
「こいつはマルハシ・ブラスター。六連装のペッパーボックスだ。カッコいいだろ?」
なにブラスターだって?
この少年、まるでネーミングセンスがない……。形もズッキーニの曲がったやつみたいだし。
しかしながら自信作らしく、彼は揚々とこう続けた。
「単発でも撃てるし、フルオートでも撃てる。まあ撃ったあとは一発ずつリロードする必要があるけど……。でも見た目を優先するとどうしてもこうなっちゃうからさ」
「いや、見た目よりも機能性を優先して欲しいな」
肝心の見た目もよくないし。
こんなクソダサ拳銃、あの埴輪のカッコで持ち歩いてたら、最終的になんだか分からなくなるぞ。まあ埴輪でリヤカーを引いている時点で、もはや外見を云々できる立場ではないのだが。
するとジョンは得意げにこう言った。
「ま、これは俺専用だから、あんたらには使わせないけどな」
「それじゃあ仕方ない。俺は別のにしよう」
というかこの少年、戦闘に参加する気なのか? いや少年に見えてかなりの年月を生きているはずだから、ただのガキではないんだろうけども。
すると次に、どこかで見た巨大剣が表示された。
「次はこれね。ソード・オブ・サイゴー。伝説のソードマスター、タカモリ・サイゴーが使ってたコールドウェポンだよ。これはいろんなヤツがデザインしてるけど、俺のが一番イカシてると思う」
「西郷隆盛ってソードマスターだっけ……」
「もしかして狛犬を使うビーストマスターだと思ってる? このデカい剣を振り回すのが最高にクールなのに」
「すまん、勉強不足でな」
お父さん、お母さん、俺はどうやら学校でウソの歴史を教えられていたようです。
画面が切り替わり、今度は銅鏡のようなものが出てきた。
「これは八咫の鏡。ビームが出るよ」
「ビーム!?」
「あ、もちろん原作ではビーム出ないんだけど」
「原作とは……」
「分かんない? あんたいつの時代の人間だっけ?」
「二十一世紀だけど」
「戦争時代? 原始的コンピューター時代? あんまり研究進んでないころかな。まあいいよ。とにかくビームが出るんだ。ただ、一発で充電が切れる。このサイズだとどうしてもね。一撃必殺って感じで使うやつだから」
「……」
えーと、たしか少年が生まれたのは二十三世紀だったっけ。彼はそのとき戦争に直面し、人類滅亡の瞬間に立ち会った。それからなぜか死ぬこともなく、なかば餓鬼となりかけてこの二十五世紀まで生き延びた、と。
頭がどうにかなっていたとしても、責めるわけにはいかないな。
「餓鬼を一掃できるような、大火力の武器はないのか?」
俺がこう尋ねると、少年は待ってましたとばかりに笑みを浮かべた。
「あるぜ。かなり凄いやつ」
続いてディスプレイに表示されたのは、機械的な花のようなオブジェクトだった。水晶から根っこが生えているようにも見える。
ジョンは告げた。
「デス・ファージ。ナノマシンだよ。軍用なんだけど、どこかのマヌケが間違ってネットに流したのを拾ったんだ」
「これはどう使うんだ?」
「散布すると、だいたいの動物は死ぬと思う。もちろん人間も」
「危なすぎる。これじゃあ人質まで死ぬだろ」
「まあね。けど安心していいよ。普通のプリンタじゃ作れないから。だってこれ、ナノマシン対応してないだろ?」
「……」
残念ながら、俺にはなにも分からない。マニュアルもほぼ英語だしな。
「俺は人質を救出したいんだ。そのための道具はないのか? 広範囲を無力化できるようなやつだ」
「えー、じゃあ暴動鎮圧用のスタンネットとか? 網を撃ち出して、そこに電気を流して感電させるんだ。けどあんまり武器って感じがしないんだよな。誰も死なないし」
「いや、それでいい」
俺のニーズとも一致する。
もし殺さないのなら、間違って仲間や人質に当てても取り返しがつく。それに、仮に殺傷能力が高かったとして、あの強盗には意味がない。なにせ死なないんだから。
ジョンはこちらを二度見した。
「えっ? これ? 本気で言ってんの? こんなの武器じゃないぜ」
「俺にはこれが必要なんだ。君は例のなんちゃらブラスターを使えばいい」
「マルハシ・ブラスターだ」
「そう、そのマルハシ・ブラスターだ」
かなり思い入れがあるようだな。まあ俺も、ガキのころは最強の武器みたいのを考えたことはあるが。
すると憔悴した顔で椅子にもたれかかっていた毒島が、酒臭い息を吐いた。
「武器はそれでいい。だが、ディフェンスはどうする? また隠れてるところを見るかるなんてゴメンだぞ。透明になれるマントとかねーのかよ?」
するとジョンがとんでもなく醒めた目になった。
「透明のマント? あるわけないだろ、SFじゃないんだから」
「……」
いや、あると思うんだが。
俺の時代にだって試作品はあった。あれから四百年が経っている。実用化されていてもおかしくないのでは。
ジョンは溜め息をついた。
「まあ、あるよ。すぐバレるようなやつならね。けど光の当たり具合によっては、普通に隠れてるより目立つよ? 子供のかくれんぼに使うならともかく」
いま俺たちが眺めているペラペラのディスプレイを体にまとえば、それらしくはなりそうだが……。まあジョンの言う通り、逆に目立つのかもしれない。映像は出せても、材質まではごまかせないだろうし。
ヘソを曲げてしまった毒島に代わり、俺はこう尋ねた。
「なにか防具は? 未来の新素材で攻撃を防ぐことはできないのか?」
「マテリアルの残量によるかな。プリンタのサイズが対応してないから、パワードスーツは作れないし。ちょっとしたプロテクターなら作れそうだけど……。でもドローンが二機あるんだろ? 俺とおっさんが乗るなら、防具なんていらないんじゃないか? あんたの女も着たがらないだろうし」
彼女たちの正装は羽衣だ。それ以外の格好はしたがらない。理由は知らないが。
そして俺には埴輪のような鎧がある。
となると、新たな防具は不要かもしれない。マテリアルも節約したいし。
「分かった。じゃあスタンネットと、なんちゃらブラスターを……」
「マルハシ・ブラスターだ」
「そうだな。マルハシ・ブラスターだ。そいつをプリントして、明日の戦いに備えよう」
「あとは通信機だ。あんたらチップ入ってないから、いちいち声に出さないと連絡も取れないだろ?」
おっしゃる通りだ、クソ野郎め。
ふたことめにはチップ、チップって。
しかし実際、この時代の道具はすべて無線通信をしていて、いちいちチップの有無を確認される。チップがなければ、制限された機能しか扱えない。
*
翌日、五名で再出動。
今度という今度こそ決着をつけてやる。
早朝に出発し、橋を渡って上野公園へ入った。
手すりを外した状態のドローンが、リヤカーの荷台に重なっている。今回の主力はこいつらだ。毒島とジョンが上空から仕掛ける。自動運転だから錬度は関係ない。
俺、鈴蘭、龍胆は地上から進む。進行ルートは上空からの指示に任せる。
スタンネットは全員に持たせた。原始的なボーラより、はるかに効果的なはずだ。
前回の分析によれば、餓鬼の数はおよそ三百。
スタンネットは人間なら十数名まで有効らしいから、みんなで使えば五十匹から百匹を行動不能に追い込める。
完全に包み込む必要はない。ちょっと引っかかれば食い込んで感電する。
それでも残りは二百強。
ジョンが六発ずつしか撃てないクソ拳銃でサポートしてくれるらしいが、あまりアテにすべきではなかろう。
毒島はショットガンを得た。撃てば面で攻撃できる。しかし弾がバラけるから、餓鬼に深刻なダメージを与えられるかは怪しい。これも補助程度に考えておいたほうがよかろう。
となると、あとは正攻法だ。搦手はない。
餓鬼をぶっ殺しながら天女たちの檻を目指す。例の強盗とその案内人も、檻の近くに立てこもっているはずだ。
人質を殺すと脅されたが、だからといって手を引くわけにはいかない。
こんなのはまともな作戦とは呼べない。ただの殴り込みだ。しかし準備はした。あとは結果を見るのみ。アシスタンスもそれしかないと言っている。
どんなに戦闘が進化しようとも、最後は人が乗り込んで勝利宣言しなければ終わらない。いま俺たちがやろうとしているのは、その最終局面だ。
*
公園で二手に分かれ、作戦を開始した。
俺たちは入場ゲートから広場へ侵入。
上空のドローンがじつに頼もしい。
ヘッドセットから通信が来た。
『ハロー、こちらジョン。予定の座標に展開した。餓鬼は前回の位置から移動していない。いつでも仕掛けられる』
「了解。こちらの準備が整ったら始めよう」
ここでもリヤカーを引いているのには理由がある。
側面を鉄板で強化した。これを遮蔽物として使い、射撃を加えるのだ。
餓鬼が溜まっているのは、細い通路を抜けた先の休憩所。ちょっとした広場になっている。周囲にはたくさんの檻があるから、そこに天女がいると見て間違いあるまい。
強盗たちも、休憩所に面する建造物のどれかにいるはずだ。
さて、この入場ゲート前から休憩所へ行くためには、細い通路を通る必要がある。前回、俺たちがロープをしかけた道のひとつだ。
そして今回、通路へ足を踏み入れた俺たちは、罠がそっくりそのまま残されているのを発見した。
こちらにしてみればダミーに過ぎなかったのだが、強盗にとっては有効な罠だったのだろう。そのまま使えば、俺たちが引っかかると判断したわけだ。
いや、ただのバカと思わせておいて、もっと違う仕掛けがあるのかもしれない。慎重に進むか。
「こちら玉田。罠を発見した。解除しながら進む」
すると上空からはこう帰ってきた。
『何匹かがそっちへ向かった。対処してくれ。そのタイミングでこちらも始める』
「了解」
待ったナシの状況ってわけか。
しかしこちらにとっては好都合だ。このロープは、あわてんぼうの餓鬼どもに片付けてもらうとしよう。
俺は仲間たちへ告げた。
「敵がこちらに気づいた。リヤカーを盾にして応戦する」
「はい」
鈴蘭と龍胆がそれぞれ応じた。
(続く)




