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蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

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38/56

上野戦争 前編

 翌日の昼、ジョンが到着した。

 もうほとんど人間に戻っている。ツノもない。どこからどう見てもただの少年だ。着ているのは、おそらく小梅が用立てたと思われる浴衣だ。

「てっきり存在を忘れられてると思った。それに、ドローンの充電もギリギリであせったよ」

 登場するなり、スカしたツラでそんなことを言う。

 まあ忘れてたのは否定しないが。

「状況の説明は要るか?」

「いい。ぜんぶマリガランテから聞いた」

 毒島からではなく、ドローンから聞いた、というのがなんとも皮肉だが。きっと毒島は酒を飲むのに忙しく、まともに説明さえしなかったんだろう。実際、毒島は飲酒しながらドローンに揺られたせいか、青白い顔で苦しんでいた。自業自得だ。

 少年はすると苦い笑みを浮かべた。

「あー、けど、できればもっと早く呼んで欲しかったな。こんなんじゃマテリアルがもったいない」

「節約術でもあるのか?」

「プリインストールのレシピは工業規格を厳格に守ってるから、材料をムダに使っちまうんだ。俺に言ってくれればアレンジしたのにさ」

「できるのか?」

「できるさ。あんたらと違ってチップが入ってるからな。IDもある。ゲストユーザーなんかより、はるかにディープなことができるぜ」

 そうか。こいつはIDを有しているのだ。信用していないわけではないが、ジョンにすべての権限を掌握される可能性もある。

 察したのか、ジョンはこんなことを言った。

「その気になれば、あんたにチップを埋め込むこともできる。医療用のロボットをプリントしてな。ま、あんたが望めばだけど」

「安全なんだろうな?」

「イヤならいいんだぜ。俺はなにも困らない。さて、さっそくだけど、俺の特別レシピを見せてやろうかな。その前に法律関係の制限を解除しないと……」

 そんなことを言いながら、まっすぐ電気屋に入っていった。どこになにがあるか説明さえしていないのに。きっとそういう情報もすべて入手済みなのだろう。いまのジョンは、百を超えるロボットたちと情報を共有している。


 *


 崩落して足場もないくらいだったエリアは、かなり片付けられていた。

 棚が設置され、そこへ整然とプリンタが並べられている。いまはどれも稼働していない。マテリアルを節約しているのかもしれない。

「よし、法的な問題はクリアした。あとは俺のオリジナルをプリントするだけだ」

 まだなにもしていないように見えたのに、ジョンはそんなことを言った。

 チップとやらがあれば、各種機材に直接アクセスできるらしい。

 ロボットがやってきて、液晶ディスプレイを運搬してきた。23インチほどだろうか。薄っぺらい板のような形状だ。

 そこに図面と、完成予想図の3Dモデルが表示された。最初に出てきたのは銃だ。

「こいつはマルハシ・ブラスター。六連装のペッパーボックスだ。カッコいいだろ?」

 なにブラスターだって?

 この少年、まるでネーミングセンスがない……。形もズッキーニの曲がったやつみたいだし。

 しかしながら自信作らしく、彼は揚々とこう続けた。

「単発でも撃てるし、フルオートでも撃てる。まあ撃ったあとは一発ずつリロードする必要があるけど……。でも見た目を優先するとどうしてもこうなっちゃうからさ」

「いや、見た目よりも機能性を優先して欲しいな」

 肝心の見た目もよくないし。

 こんなクソダサ拳銃、あの埴輪のカッコで持ち歩いてたら、最終的になんだか分からなくなるぞ。まあ埴輪でリヤカーを引いている時点で、もはや外見を云々できる立場ではないのだが。

 するとジョンは得意げにこう言った。

「ま、これは俺専用だから、あんたらには使わせないけどな」

「それじゃあ仕方ない。俺は別のにしよう」

 というかこの少年、戦闘に参加する気なのか? いや少年に見えてかなりの年月を生きているはずだから、ただのガキではないんだろうけども。


 すると次に、どこかで見た巨大剣が表示された。

「次はこれね。ソード・オブ・サイゴー。伝説のソードマスター、タカモリ・サイゴーが使ってたコールドウェポンだよ。これはいろんなヤツがデザインしてるけど、俺のが一番イカシてると思う」

「西郷隆盛ってソードマスターだっけ……」

「もしかして狛犬を使うビーストマスターだと思ってる? このデカい剣を振り回すのが最高にクールなのに」

「すまん、勉強不足でな」

 お父さん、お母さん、俺はどうやら学校でウソの歴史を教えられていたようです。


 画面が切り替わり、今度は銅鏡のようなものが出てきた。

「これは八咫の鏡。ビームが出るよ」

「ビーム!?」

「あ、もちろん原作ではビーム出ないんだけど」

「原作とは……」

「分かんない? あんたいつの時代の人間だっけ?」

「二十一世紀だけど」

「戦争時代? 原始的コンピューター時代? あんまり研究進んでないころかな。まあいいよ。とにかくビームが出るんだ。ただ、一発で充電が切れる。このサイズだとどうしてもね。一撃必殺って感じで使うやつだから」

「……」

 えーと、たしか少年が生まれたのは二十三世紀だったっけ。彼はそのとき戦争に直面し、人類滅亡の瞬間に立ち会った。それからなぜか死ぬこともなく、なかば餓鬼となりかけてこの二十五世紀まで生き延びた、と。

 頭がどうにかなっていたとしても、責めるわけにはいかないな。


「餓鬼を一掃できるような、大火力の武器はないのか?」

 俺がこう尋ねると、少年は待ってましたとばかりに笑みを浮かべた。

「あるぜ。かなり凄いやつ」

 続いてディスプレイに表示されたのは、機械的な花のようなオブジェクトだった。水晶から根っこが生えているようにも見える。

 ジョンは告げた。

「デス・ファージ。ナノマシンだよ。軍用なんだけど、どこかのマヌケが間違ってネットに流したのを拾ったんだ」

「これはどう使うんだ?」

「散布すると、だいたいの動物は死ぬと思う。もちろん人間も」

「危なすぎる。これじゃあ人質まで死ぬだろ」

「まあね。けど安心していいよ。普通のプリンタじゃ作れないから。だってこれ、ナノマシン対応してないだろ?」

「……」

 残念ながら、俺にはなにも分からない。マニュアルもほぼ英語だしな。


「俺は人質を救出したいんだ。そのための道具はないのか? 広範囲を無力化できるようなやつだ」

「えー、じゃあ暴動鎮圧用のスタンネットとか? 網を撃ち出して、そこに電気を流して感電させるんだ。けどあんまり武器って感じがしないんだよな。誰も死なないし」

「いや、それでいい」

 俺のニーズとも一致する。

 もし殺さないのなら、間違って仲間や人質に当てても取り返しがつく。それに、仮に殺傷能力が高かったとして、あの強盗には意味がない。なにせ死なないんだから。

 ジョンはこちらを二度見した。

「えっ? これ? 本気で言ってんの? こんなの武器じゃないぜ」

「俺にはこれが必要なんだ。君は例のなんちゃらブラスターを使えばいい」

「マルハシ・ブラスターだ」

「そう、そのマルハシ・ブラスターだ」

 かなり思い入れがあるようだな。まあ俺も、ガキのころは最強の武器みたいのを考えたことはあるが。


 すると憔悴した顔で椅子にもたれかかっていた毒島が、酒臭い息を吐いた。

「武器はそれでいい。だが、ディフェンスはどうする? また隠れてるところを見るかるなんてゴメンだぞ。透明になれるマントとかねーのかよ?」

 するとジョンがとんでもなく醒めた目になった。

「透明のマント? あるわけないだろ、SFじゃないんだから」

「……」

 いや、あると思うんだが。

 俺の時代にだって試作品はあった。あれから四百年が経っている。実用化されていてもおかしくないのでは。

 ジョンは溜め息をついた。

「まあ、あるよ。すぐバレるようなやつならね。けど光の当たり具合によっては、普通に隠れてるより目立つよ? 子供のかくれんぼに使うならともかく」

 いま俺たちが眺めているペラペラのディスプレイを体にまとえば、それらしくはなりそうだが……。まあジョンの言う通り、逆に目立つのかもしれない。映像は出せても、材質まではごまかせないだろうし。


 ヘソを曲げてしまった毒島に代わり、俺はこう尋ねた。

「なにか防具は? 未来の新素材で攻撃を防ぐことはできないのか?」

「マテリアルの残量によるかな。プリンタのサイズが対応してないから、パワードスーツは作れないし。ちょっとしたプロテクターなら作れそうだけど……。でもドローンが二機あるんだろ? 俺とおっさんが乗るなら、防具なんていらないんじゃないか? あんたの女も着たがらないだろうし」

 彼女たちの正装は羽衣だ。それ以外の格好はしたがらない。理由は知らないが。

 そして俺には埴輪のような鎧がある。

 となると、新たな防具は不要かもしれない。マテリアルも節約したいし。

「分かった。じゃあスタンネットと、なんちゃらブラスターを……」

「マルハシ・ブラスターだ」

「そうだな。マルハシ・ブラスターだ。そいつをプリントして、明日の戦いに備えよう」

「あとは通信機だ。あんたらチップ入ってないから、いちいち声に出さないと連絡も取れないだろ?」

 おっしゃる通りだ、クソ野郎め。

 ふたことめにはチップ、チップって。

 しかし実際、この時代の道具はすべて無線通信をしていて、いちいちチップの有無を確認される。チップがなければ、制限された機能しか扱えない。


 *


 翌日、五名で再出動。

 今度という今度こそ決着をつけてやる。


 早朝に出発し、橋を渡って上野公園へ入った。

 手すりを外した状態のドローンが、リヤカーの荷台に重なっている。今回の主力はこいつらだ。毒島とジョンが上空から仕掛ける。自動運転だから錬度は関係ない。

 俺、鈴蘭、龍胆は地上から進む。進行ルートは上空からの指示に任せる。


 スタンネットは全員に持たせた。原始的なボーラより、はるかに効果的なはずだ。

 前回の分析によれば、餓鬼の数はおよそ三百。

 スタンネットは人間なら十数名まで有効らしいから、みんなで使えば五十匹から百匹を行動不能に追い込める。

 完全に包み込む必要はない。ちょっと引っかかれば食い込んで感電する。

 それでも残りは二百強。


 ジョンが六発ずつしか撃てないクソ拳銃でサポートしてくれるらしいが、あまりアテにすべきではなかろう。

 毒島はショットガンを得た。撃てば面で攻撃できる。しかし弾がバラけるから、餓鬼に深刻なダメージを与えられるかは怪しい。これも補助程度に考えておいたほうがよかろう。


 となると、あとは正攻法だ。搦手からめてはない。

 餓鬼をぶっ殺しながら天女たちの檻を目指す。例の強盗とその案内人も、檻の近くに立てこもっているはずだ。

 人質を殺すと脅されたが、だからといって手を引くわけにはいかない。


 こんなのはまともな作戦とは呼べない。ただの殴り込みだ。しかし準備はした。あとは結果を見るのみ。アシスタンスもそれしかないと言っている。

 どんなに戦闘が進化しようとも、最後は人が乗り込んで勝利宣言しなければ終わらない。いま俺たちがやろうとしているのは、その最終局面だ。


 *


 公園で二手に分かれ、作戦を開始した。

 俺たちは入場ゲートから広場へ侵入。

 上空のドローンがじつに頼もしい。


 ヘッドセットから通信が来た。

『ハロー、こちらジョン。予定の座標に展開した。餓鬼は前回の位置から移動していない。いつでも仕掛けられる』

「了解。こちらの準備が整ったら始めよう」

 ここでもリヤカーを引いているのには理由がある。

 側面を鉄板で強化した。これを遮蔽物として使い、射撃を加えるのだ。


 餓鬼が溜まっているのは、細い通路を抜けた先の休憩所。ちょっとした広場になっている。周囲にはたくさんの檻があるから、そこに天女がいると見て間違いあるまい。

 強盗たちも、休憩所に面する建造物のどれかにいるはずだ。


 さて、この入場ゲート前から休憩所へ行くためには、細い通路を通る必要がある。前回、俺たちがロープをしかけた道のひとつだ。

 そして今回、通路へ足を踏み入れた俺たちは、罠がそっくりそのまま残されているのを発見した。

 こちらにしてみればダミーに過ぎなかったのだが、強盗にとっては有効な罠だったのだろう。そのまま使えば、俺たちが引っかかると判断したわけだ。

 いや、ただのバカと思わせておいて、もっと違う仕掛けがあるのかもしれない。慎重に進むか。

「こちら玉田。罠を発見した。解除しながら進む」

 すると上空からはこう帰ってきた。

『何匹かがそっちへ向かった。対処してくれ。そのタイミングでこちらも始める』

「了解」

 待ったナシの状況ってわけか。

 しかしこちらにとっては好都合だ。このロープは、あわてんぼうの餓鬼どもに片付けてもらうとしよう。

 俺は仲間たちへ告げた。

「敵がこちらに気づいた。リヤカーを盾にして応戦する」

「はい」

 鈴蘭と龍胆がそれぞれ応じた。


(続く)

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