表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/56

スカウト

 消耗したまま朝を迎えた。

 鈴蘭は熟睡中。

 俺はそっとベッドを抜け出し、バスルームでシャワーを使った。

 水の出は少し不安定だったが、それでもこの世界で熱いシャワーを浴びられるのは贅沢なことだった。井戸から水を汲まなくていいし、薪を燃やす必要もない。これはぜひとも権兵衛の家にも設置を提案したいところだ。


 バスルームから出ると、鈴蘭が物憂げな表情で身を起こしていた。

「起こしちゃった?」

「いえ、ちょうど目がさめたところです。行水ですか?」

「うん、まあ」

 シャワーでも行水というのだろうか。

 俺はタオルで髪を拭きつつ、ベッドに腰をおろした。

「今日また行こうと思うんだ」

「動物園へ?」

「偵察だけね。ドローンで上から地形を確認する。で、ここに情報を持ち帰って、あのロボットたちに解析させるんだ」

「あの機械に? 信用できるのでしょうか?」

「さあね。けど使えそうな情報だけ使って、あとは無視してもいいし」

 情報は道具と一緒だ。使えそうなら使うし、そうでなければ使わない。

 あれだけ高性能なロボットなら、俺たちの代わりに突撃させてもいいんだが……。しかし違法行為には手を貸さないようだし、最終的には俺たちがやるしかないんだろう。

 あるいは、もはや守るべき法律もないということを教育したほうが早いかもしれない。


 外は静かだった。

 ロボットは稼働していない。しかしリヤカーの脇にはドローンが一機用意されていた。一人乗り。円形の土台に、腰の高さほどの手すりがついている。そしてプロペラが四つ。

 近づくと、ドローンが自動的に起動した。

「おはようございます、玉田健太郎さま。私は民生用ドローン『マリガランテ』です。定員は一名。システム、オールグリーン。いつでも運転できます」

「とりあえずリヤカーに乗ってくれ」

「かしこまりました」

 ウィーンとプロペラが回り出し、周囲のホコリを巻き上げながらドローンは浮き上がった。動作はスムーズ。リヤカーの荷台に収まりきらないから、柵の上へ水平に着地し、そのまま動作を停止した。

 俺は咳払いをし、ドローンをポンポン叩いた。

「上出来だ」

 さて、荷積みは終わった。


 鈴蘭をともなってレストランに入ると、すでに龍胆が席についていた。

「おはようございます」

 彼女はなぜか半目。

 俺たちも挨拶を返し、対面に着席した。

「今日は偵察に行くよ」

「アレに乗るのですか?」

「ああ。ちゃんと動くみたいだし、心配ないよ」

 俺は窓ガラスのメニューからコーヒー風味のドリンクをオーダーした。残念ながら本物のコーヒーではないが。

 龍胆は水を飲んでいる。まだ半目だ。

「ところで、昨日は同じ部屋に?」

「えっ? うん……」

 ロボットが勝手に相部屋にしたんだ。俺の判断じゃない。


 まさかまた朝から口論が始まってしまうのだろうか。

 しかしさいわい、鈴蘭は朝のけだるさから抜け出せぬまま、じっと口を閉ざしている。龍胆がしつこく仕掛けてこない限りは大丈夫だろう。

 俺は素知らぬ顔で窓の外を眺めた。

 無人の道路。リヤカーの上にドローンが乗っている。かたや人力、かたや全自動。しかしなんであれ、使えそうなものをフルに使いこなすしかない。


 *


 毒島が起きなかったので、ロボットに伝言を託して三人で出た。

 口論はない。

「マリガランテ、念のため、途中の地形を記録しておいてくれ」

「かしこまりました」

 俺は機械に命じ、リヤカーを引き続けた。


 しばらく進んだところで、ふと、龍胆が近づいてきた。

「やはり人間は、機械を必要とするものなのですね」

 どこか寂しげな表情をしている。

「君たちは興味ないのか?」

「気を悪くしないで欲しいのですが……。人類が滅んだのは、じつはいちどだけではないのです」

「えっ?」

 急になにを言い出すんだ。

 龍胆の表情はいたって真剣で、冗談を言っているふうではない。

「大きな戦争で人類が滅んだのち、私たち天人は、過去の世界から人類を入植させる事業を始めました。選考基準もいまとは異なり、老若男女問わず、同じ地域に密集して住まわせる方法で繁殖を試みたのです」

「繁殖ね……」

 まるで牧場でも経営するかのような言いぐさだ。

「彼らは復興しました。今回のように機械を使って。しかしその後、やはり機械を使って争い始めてしまい……。まだ小さな街が復興したかどうかという段階だったのに。支配権を巡り、人間同士で対立を始めたのです」

「滅ぶべくして滅んだってわけだ」

「それで上は方針を変更しました。人間が科学によってではなく、原始的な方法によって生き抜くように。いえ、正確には原始的ではなく、神話的と言うべきですが」

「有史以前からやり直せって言われてるように聞こえるけど」

 この皮肉に、龍胆は遠慮がちにうなずいた。

「もし技術を有していなければ、滅ぶまでしばらく時間的な猶予がある。上はそう判断したようです」

「いや、そもそもさ。どうやっても滅ぶんなら、滅んだままにしておけばいいんじゃないの?」

「……」

 この質問は核心を突いたらしく、龍胆は答えに窮してしまった。

 つまり天人とやらは、どういうワケかはさっぱり分からないが、この世界で俺たち人間に繁殖してもらいたいらしい。きっと絶滅したら困るようなことでもあるのだろう。

 俺は話題を変えた。

「ま、せいぜい滅ばないよう気をつけるよ」

「あの、もちろん玉田さんのことは信頼しています。ただ、過去にそういうことがあったものですから……」

「うん」

 俺は自分を例外に置いたりしない。他人がやらかすミスは、俺自身も必ずやらかす。自分に厳しくしないと、すぐ調子に乗ってしまう。学生時代はそれでよく失敗した。


 すると今度は、鈴蘭が目だけをこちらへ向けた。

「あなたにとってはいい迷惑でしょうね。天人の都合で、こんなところへ連れてこられて」

「まあね。なにをやらせたいのかも分からないし」

 とりあえず生き延びて繁殖しろということなんだろう。そのわりには、なぜか妊娠しない案内人しかつけてもらえないが。

 鈴蘭はふっと笑った。

「もういっそ、人間も天人も滅んでしまえば問題は解決するのに。そうは思いませんか?」

「一理ある」

 それを言っちゃおしまいだが、反論する気力もなかったので表面的に同調してしまった。


 *


 上野公園についた。

 動物園に近づきすぎない位置でリヤカーを停め、俺はドローンに乗り込んだ。銃剣と望遠鏡を忘れずに。

「じゃあちょっと偵察してくる。なるべく早く戻るよ」

 ふたりに見送られ、俺はドローンを上昇させた。


 乗り心地は、高速エレベーターのようにふわっとした感じだった。プロペラ音はうるさくない。恐怖もない。

 足元の景色がどんどん小さくなってゆくのが、航空写真でも見ているようで不思議だった。

「マリガランテ、動物園の上空を飛んでくれ」

「動物園を認識できません。方向を指示してください」

「前方の広場だ」

「かしこまりました」

 まあたしかに、ただの広いだけのエリアだ。動物もいない。


 園内マップは昨日見ていたが、こうして上から見るとよりハッキリと地形を把握できた。

 エリアは大きく西園と東園に分かれている。西園はほぼ未使用らしく、閑散としていた。問題は東園。ある一角に、餓鬼の密集しているエリアが見つかった。うじゃうじゃいる。これがパンダを見に来た客ならよかったのだが。

「未確認の生命体を多数発見」

「あれが餓鬼だよ」

「登録しました」

「連中を追い立てるにはどうしたらいいと思う?」

「命令を分析中……。情報が不足しているため、有効な回答ができません」

 餓鬼の生態に関する情報が必要か。

 プロペラ音に気づいたらしい数体の餓鬼が、黙ってこちらを見上げていた。いくら静かだとはいえ、まったくの無音ではない。上空を飛べばバレる。

「地形は把握できた?」

「3Dマッピングがほぼ完了しています」

「撤収しよう」

 例の強盗にバレていなければいいが。


 *


 三十分とかからず帰投することができた。

 まあ上から眺めただけだし、たいした仕事じゃないが。

「ただいま。やっぱり餓鬼だらけだったよ。誘拐された人たちも、たぶんそこだろう。あれを突破するのは難しそうだ」

 すると龍胆が考え込むような顔になった。

「さきほど鈴蘭さんとも相談したのですが、ここは本庁に援助を要請すべきかと」

 このふたりが仕事の話をするとはな。よほど暇だったのかもしれない。

 俺はしかし素直に受け入れられなかった。

「本庁ねぇ。彼らもこの状況はとっくにつかんでるはずでしょ? なのに黙って見てるってことは、俺たちだけでやれってことなんじゃないの?」

「おそらくは……」

 少なくともアノジは事態を把握している。そいつが俺にやれと命じたのだ。このメンバーでやるよりほかない。


 いや待てよ。

 このメンバー以外にもいる。違法に武器をプリントできそうなヤツが。いまこそそいつの力を借りるときだ。


「いったん戻ろう。作戦を練り直す」

 俺はリヤカーの向きを変えた。


 *


 街へ戻ると、レストランから毒島が飛び出してきた。

「おい、タマケン! ひでぇだろ! なんで置いてくんだ! クソ寂しくて死ぬところだったぞ!」

 いい歳したおじさんが、寂しさで死ぬのか?

 かわいいウサギちゃんじゃあるまいし。

「気分よく熟睡してたようですんで」

「おう、気分よく熟睡してたぞ。昨日は酒が進んじまってよ。おっと待てよ。いまはシラフだ。へへ。あんまし飲んでばっかだと、本気で捨てられそうだしな」

 正しい自己評価だな。

 俺はリヤカーの上に搭載したドローンへ目をやった。

「毒島さん、明日でいいんで、重要な任務をお願いしたいんです。ちっとこれ使って埼玉まで行っちゃくれませんか?」

「埼玉?」

「すずさんの家。場所分かるでしょ? ジョンを連れてきて欲しいんです」

 これに毒島は片眉をつりあげた。

「おう、いいぜ。ついにおっぱじめる気だな?」

「ええ」

 ジョンの設計図を使い、違法な武器を用意する。そいつで餓鬼どもを掃射し、科学力でもって動物園を制圧するというわけだ。


 俺は壁際にぽつんとたたずむロボットに命じた。

「ワトソン、ドローンをもう一機用意してくれ」

「周辺エリアの改修プランへの影響が懸念されますが、よろしいですか?」

「どの程度の影響だ?」

「マテリアルの残量が低下するため、一部建造物の補修工事がキャンセルとなります」

「どの建造物だ?」

「優先度の低い施設のため、日常生活への影響はございません。詳細なリストを確認しますか?」

「いや、いい。どうせ使わないだろう。ドローンを用意してくれ」

「かしこまりました」


 さて、ひとまずはこれでいい。

 あとは動物園の様子をロボットどもに解析させ、適切な作戦を練り直す。ジョンの設計図が来たら銃器をプリントする。

 戦局は有利になる。

 また見落としがなければ。


 しかしまずはブレイクだ。レストランでコーヒー風味のドリンクでも飲みながら、体を休めるとしよう。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ