Take Me Home
なんともクソダサい話だが、すごすご引き返すことにした。
フルアーマー埴輪でリヤカーを引く虚しさといったら。
「これからどうします? 父の帰りを待つという手もありますが……」
鈴蘭が、リヤカーのバーを引きながら、そんなことを言い出した。
これまでは、作戦の内容について聞いてくることもなかったのに。きっと俺がしょぼくれたツラをしていたせいだろう。
「まったくなにも思いつかないよ。助けるために行ったのに、来たら人質を殺すって言われちゃさ……」
あれは俺の頭で思いつく限り、最高の作戦だった。そしてあいつがバカだったおかげですべてがうまくいった。台無しにしたのは南天というイレギュラーだ。
いや、たったひとりの部外者に台無しにされるような作戦は、そもそも欠陥だらけってことなんだろう。俺は戦術家じゃない。
橋を渡り、荒川を越えた。
日も暮れてきた。
吹き抜ける風が、ひんやりと肌をなでる。
すべてが寂しい。
*
だが、例の電気屋へ戻った俺たちは、作戦の失敗だとかなんとかいうことを、ほぼ忘れるような衝撃を受けた。
たった半日で街が復興している。
すでに夜なのだが、LEDの街灯が周囲を照らし、電光掲示板が派手になにかを主張していた。ちょっとした繁華街に踏み込んだような印象。
もちろん客はいない。
その代わり、倍に増えたとおぼしきロボットどもが、そこら中を右往左往していた。
一機のロボットがやってきた。
「お帰りなさい。お宅を賑やかにデコレーションしてみました。お気に召していただければさいわいです。もしご不満な点があればおっしゃってください。すぐに対応いたします」
「……」
いや、不満はない。
というよりまずは状況を把握する必要がある。
ワトソンはこう続けた。
「お疲れですか? 皆さまのお部屋もそれぞれご用意いたしました。ご希望でしたら、ご案内いたします。しかしその前にお食事などはいかがでしょう? 皆さま専用のレストランをオープンいたしました」
「メシ? メシが出るのか?」
俺は思わずロボットに詰め寄ってしまった。
しかしメシだ。ゲロをすすらずに済むかもしれないのだ。当初の目標が、ひとつ達成されるかもしれない。
ロボットは目のようなインジケータを明滅させた。
「はい、ご用意しております。オススメは、採取したタンパク質を再構成したデザイナー・ミートのステーキです。レアからウェルダンまでご希望の料理法でお出しできます」
ん?
採取?
どこから?
しかし毒島は無邪気に身を乗り出した。
「肉が食えるのか? 行こうぜ! 酒も用意しろ!」
「こちらへどうぞ! 拾得物を再構成した合法アルコールをご用意しております」
さっきからちょくちょく出てくる「再構成」という言葉が気になるぞい……。
*
明らかにかつて喫茶店であったであろう店が、ロボットたちの手によって改装されていた。明るく清潔で、壁に穴も空いていない。
俺たち四人はボックス席に腰をおろした。
窓ガラスにメニューが表示された。
再構成された疑似パスタ、再構成された疑似ライス、再構成された疑似ヌードル、再構成されたデザイナー・ミート、あとは「○○風味」のスープ類と各種ドリンク。
怪しい気配がする。
「なんだか分からねぇから一通り用意してくれ」
毒島のオーダーに、ロボットは即応しなかった。
「全品ご用意した場合、一週間で材料を消費しますがよろしいですか?」
「えっ? まあなんでもいい。持ってきてくれ」
「かしこまりました」
いやいやいや、なんでもよくないよ。一週間だぜ? もっと節約しなきゃさ。
まあ初日だし、豪勢にやるのもいいと思うが。
鈴蘭はさめた顔をしている。
「私、食べませんけど……」
「おう、いいぜ。そのぶん、俺さまが食うからな! ったく、楽しみ過ぎて頭がどうにかなりそうだぜ」
頭はとっくにどうにかなってるだろ。
すると入れ替わるように、別のロボットが来た。
「お食事前に失礼します。玉田健太郎さま、リヤカーの改修についての提案がございます。現在、コントロールと動力をすべて運転手が担っている状況ですが、電動アシスト機能の搭載など三十二の改修プランを実行することで、負担を十分の一に軽減できると確信しております。作業時間は三十分ほどいただきますが、どういたしますか?」
なんて素晴らしい提案なんだ。
しかし残念ながら、あのリヤカーは私物じゃない。
「提案は嬉しいけど、借り物のリヤカーなんだ。勝手に改造はできない」
「でしたら、代替物をご用意できます。ご希望はございますか?」
「ご希望? どんなのが用意できるの?」
「同サイズでしたら、自動運転機能を搭載した搭乗可能なリヤカーをご用意できます。車輪とサスペンションの強化により、積載量も現行機の三倍ほどを見込めます。また、幌を取り付ければ、風雨を凌ぐことも可能となります」
もはやリヤカーではない。
いや待てよ。そこまでできるのか? だったらもっと凄いものが作れるんじゃないのか?
俺はこう尋ねた。
「空を飛ぶことはできるか?」
ロボットはインジケータを明滅させた。
「個人用ドローンでしたらご用意できます。ただし、重量制限があるため、荷物の運搬にはオススメできません」
「それでいい。人が乗れるんだな?」
「一名のみ搭乗可能です。航続可能時間はフル充電で四時間ほどとなります」
「何機用意できる?」
「二機以上のご用意となりますと、周辺エリアの改修プランへの影響が懸念されます」
「じゃあ一機でいい」
「明日の朝までにご用意いたします」
これで制空権はこちらのものとなった。
さて、メシが出てきた。
れっきとした料理だ。
俺の記憶とも一致する、きちんと調理された、ゲロじゃない、丸焼きでもない、料理だ。ライスだ、パスタだ、ヌードルだ。ステーキもハンバーガーもある。
ワゴンが自動で運んできた。
毒島はグラスをつかみ、酒を流し込んだ。
「カーッ! うめぇ! まともな酒の味だ!」
まともとは……。
そしてステーキの皿を自分の前に引き寄せ、ナイフとフォークでガチャガチャやり始めた。鶏肉のようにも見えるが、ほとんどにおいがしない。
切り分けられたステーキは断面も白っぽく、透明な油を流していた。
「うまい! これだ! 肉!」
毒島は上機嫌で小学生並のコメントを出した。
まあ肉だろうよ。
俺は通りがかったロボットに尋ねた。
「なんの肉なんだ?」
「採取したタンパク質を再構成したデザイナー・ミートでございます」
「いや、だから、なにを採取して、どう再構成したの?」
「調理器にプリインストールされたミラクルブッチャー社秘伝のレシピとなります。ミラクルブッチャー社は、ユニオン内に二万の店舗を構える有名チェーン店。このデザイナー・ミートは愛好家たちから絶大な支持を受けており、毎日でも食べたいと大評判の定番メニュー。ぜひともそのフラットでクセのない味わいをご賞味ください」
いきなり宣伝が始まったぞ。
「では、そのレシピの内容を教えてくれ」
「本件はミラクルブッチャー社の知的財産であるため、情報は開示されておりません。もしご希望であれば、開示を請求することも可能です。しかし現在、システムがオフラインのため、ご用件を提出することができません。問題の対処のためネットワークへの接続をオススメします」
「……」
これが企業のやりかたかよ。
もっとも、そのミラクルブッチャー社とやらもすでに滅んでるんだろうけど。
どうせロクでもないモノをかき集めて、適当にこねくり回したに違いない。
確認する方法はあるぞ。
「ワトソン、質問を変える。落とし物のリストを教えてくれ。カテゴリごとでいい。なにが残ってる?」
「リヤカー、骨董品、食器、事務用品、衣服、バッグ、アクセサリー。ほか、動作保証の切れた家電、電子機器、コンクリートブロック、破棄された木材などです」
リサイクルに使用されたらしい物品がキレイさっぱり消え去っている。動物の死骸はいったいどうした? まさか埋葬してやったわけじゃあるまいに。
まあいい。
きっと安全なんだろう。未来の人間はこれを食ってたんだろうからな。滅ぶ直前までは。
俺はステーキやライスなど、一通りの皿を引き寄せ、口をつけた。
味は悪くない。なにより、ゲロじゃないというのがいい。
原材料が動物の死骸だろうが生ゴミだろうが関係ない。世界が滅んだのに、安全でうまいメシが食えるのだ。これ以上のことはない。
鈴蘭が顔をしかめた。
「結局手をつけるのですか? お食事でしたら私が用意しますのに」
「たまにはこういうのも食いたくなるんだ。君もどうだ?」
「結構です」
本気で興味がなさそうだ。
龍胆も苦笑している。
*
食事を終えると、各自の部屋へ案内された。
龍胆と毒島はそれぞれ個室。なのになぜか俺と鈴蘭だけが相部屋だった。
「おふたりにはカップル用のお部屋をご用意いたしました」
このクソロボットめ、さぞかし多くのユーザーから愛されたことだろう。空気なんて読みやがって。
鈴蘭もこれには満足げだ。
「機械のわりに気が利くのね。褒めてあげます」
「恐縮です」
鈴蘭が手で追っ払うと、ロボットは八本足で忙しげに行ってしまった。
内装もキレイだし、照明もムードのあるものが設置されている。
テーブルとソファ、そしてダブルベッドというシンプルなセレクト。それらがゆったりと配置され、贅沢な空間となっている。まるでショールームだ。
キョロキョロしていると、スピーカーからワトソンの声がした。
「なにかお探しですか?」
監視してやがるのか。
いや、きっとサービスのつもりなんだろう。
「ちょっと見てるだけだ」
「ご用の際はいつでもお声がけください」
「……」
ふたりきりになれば、やることは決まっている。
なのだが、こうも見られているとなると……。
鈴蘭は気にしたふうもなく、ソファに寝そべっていた。足元がやたらはだけているのは、わざとなのだろう。
「さ、あなた。今日も励みましょう?」
「励むったって……」
「ええ、所詮はごっこ遊びです。なにをどうしたところで赤子を孕むわけでもないのに、快楽をむさぼるためだけに肌を重ねる……。けれどもここでは、ほかにすることもありませんから。付き合ってくれてもいいじゃありませんか」
「そりゃいいけど」
すると今度はスピーカーから声がした。
「夜の生活をサポートするパーティーグッズを奥のタンスにご用意してございます。おふたりの営みに役立てていただければさいわいです」
「ああ、分かった。ありがとう。ただ、もう少しだけ静かにしてくれると嬉しいな」
「かしこまりました。サイレントモードに入ります」
わざとやってるんでなければいいが。
鈴蘭がくすくすと笑った。
「機械に見られながらなんて、なんだかおかしな気分」
「布団の中までは覗かないと思いたいけど」
「あら、私は気にしませんよ」
「……」
おそらく本気で言ってるんだろう。
そして会話が落ち着いたところで、お節介なことに照明が少し暗くなった。
いや、いいんだ。いいんだが、未来の人間は、こんなことさえAIに見守られながらヤるのか? サービス過剰ってやつだと思うのだが。
(続く)




