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蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

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35/56

想定外

 さあ、楽しいキャンプの時間だ。

 薪をくべて火をおこし、あとはじっと待つだけの簡単なお仕事。


 生木というのは、じつによく煙が出る。

 そいつを焚き火に放り込めば、もくもくと狼煙をあげる。これを見つけた強盗は、火事と勘違いして様子を見に来るはずだ。

 来ない可能性もあるが、いまは来るほうに賭けておこう。


 場所は、入場ゲートそばの広場とした。

 そこは複数の見学ルートとつながっているから、敵がどこから来るのか絞りきれない。地形だけで判断すれば、あまりいい場所とは言えない。しかしこうして無防備に隙を見せておくことで、敵を油断させる算段だ。細い通路でキャンプをするのはわざとらしい。


 罠はすべてのルートに仕掛けた。

 低位置にロープを張り、足をひっかけると絡まるようなやつだ。

 しかしこいつはダミー。

 レベルの低い罠を見せておき、俺たちのレベルを誤認させる。

 強盗は俺たちをナメるだろう。ロープ、ロープ、またロープ。バカのひとつ覚えを繰り返す。


 最終的に、強盗は無傷のまま広場キルゾーンへ足を踏み入れることになる。

 そこでヤツが遭遇するのは焚き火とリヤカーのみ。

 なぜなら俺たちは、それぞれ身を隠している。俺は銃剣、鈴蘭は弓で武装しているから、その気になればいつでも狙撃できる。


 しかしすぐには仕掛けない。

 ヤツは必ずリヤカーを物色する。

 荷台には毛布を敷き詰め、そこへロープで拘束したように見せかけた龍胆を転がしておく。もし嗜好が餓鬼のままなら、ヤツはこの誘惑を振り切れない。そして足元の毛布に隠されたトラバサミを踏む。


 いや、踏まなくともいい。

 ヤツが毛布をめくりあげ、トラバサミを発見したっていい。

 隙さえ見せてくれれば、なんだっていいのだ。そこを俺と鈴蘭が撃ち抜く。かくして痛みにのたうっているところを、毒島がボーラランチャーで捕縛する。


 という、思いつく限りの策を組み合わせ、いま俺は崩れかけた売店のカウンター裏に身を潜めていた。

 鈴蘭も別の売店にいる。においでバレないよう、頭から布をかぶって。

 おとりの龍胆には悪いが、しばらくこのまま待機だ。


 時刻はおそらく、昼をやや過ぎたかというところ。

 園に火をつけられたと勘違いして、慌てふためいてくれると嬉しい。ちょっと火をつけたくらいで全焼するような地形ではないが。


 じりじりと時間だけが経過してゆく。

 ときおり吹き抜けるゆったりとした風が、園内の木々をゆすってはさざめかせる。

 敵が現れても、待ち伏せを見破られない限りは行動を起こすべからず。仲間たちにはそう命じてある。俺が発砲するまでは、たとえ龍胆が切り刻まれても動かない約束だ。


 すると遠方から、なにか怒声のようなものが響いてきた。内容までは聞き取れないが、「おらぁ」とか「しゃあ」とか、とにかくキレていることが分かる。

 そいつは泥だらけになりながら、鬼の形相で登場した。

 例の強盗だ。名前は知らない。

「ざっけんなよオラァ! クソみてーな小細工しやがって! ぶっ殺すぞ! 口ん中砂入っただろうがボケェ!」

 そしてツバを吐き捨てた。ボロボロなところを見ると、バカにしか引っかからないはずのロープすべてに引っかかったらしい。この男、俺の想定を軽々と超えて来やがる。

 しかし安心はできない。槍を手にしている。おそらくは餓鬼からぶん取ったものだろう。俺に槍で負けたから、自分も槍を持とうという発想だ。


 そいつは興奮気味に肩で息をしつつ、キョロキョロと周囲を見回した。

「んだコラ……。いねーじゃーねーか……。ビビって逃げたのか? クソなのかテメーはよ。おいザコ! 出てこい! 火ぃつけたままどっか行きやがって! 危ねーだろーが! 見つけたら生きたまま燃やすからな!」

 このサイコパスめ。

 だが、しばらくして我に返ったのだろう。付近を漂う女のにおいに気づいたらしい。

「あ? いるよな? そこだ! おい! そこだ!」

 ずんずんリヤカーに近づいてゆく。

 そして龍胆を発見し、ニヤリと下品な笑みを浮かべたところで、まんまとトラバサミを踏んだ。ガンと金属同士の噛み合う音がして、強盗はびくりと飛び上がった。いや、正確には飛び上がることさえできなかったが。

「あッ! がッ! 痛ッ! 痛ェ! なにこれ! 痛ェ!」

 噛まれている間は、いくら再生しようが関係ない。容赦なく激痛を与え続ける。

 しかも毛布まで絡んでいるから、立っていることさえできずのたうつのみだ。俺はカウンターから身を乗り出し、一発撃ち込んだ。

 鈴蘭も光の矢を放った。

 どちらも強盗の体に命中し、風穴をあけた。

「ぐふッ! があッ! ふざけんなテメーッ! 正々堂々勝負しろザコがッ! 殺すぞ!」

「……」

 当然、返事などしてやらない。

 俺は売店から飛び出し、強盗の鼻先へ銃剣をつきつけた。

「動くな。動けば刺す」

「テメーマジふざけんなよ、卑劣なマネしやがって……」

 そう。卑劣なんだ。こっちはハナから正々堂々やる気はない。クソ野郎にはクソ野郎向けの対応というものがある。

 強盗はすでに槍を手放している。ほかに武器を隠している様子もない。丸腰だ。完全勝利を宣言してもいい。

 俺は振り返り、毒島に呼びかけた。

「毒島さん、捕縛を」

 しかし返事がない。

「毒島さん? 毒島さぁーん? えーと、あのぅ……おーい!」

 まさかとは思うが、逃げやがったのか? ボーラランチャーを所持したまま?


 だが、そうではなかった。

「彼を解放しなさい……」

 うつろな表情の女が、毒島の腕をねじりあげ、喉元にナイフをつきつけながらやってきた。

 印象の薄すぎる顔立ちの、ひょろりとした体躯の女だ。

 共犯者がいたらしい。

 強盗は目を輝かせた。

「いたのか、南天! 最高だ! 俺を助けろ!」

 面倒なことになった。

 毒島は顔面蒼白になり、言葉さえ発せそうにない。

 あんな酔っぱらいと、この強盗を、人質交換することになるのか。

 いっそ見殺しにするという手もあるが……。

 いや待て。早まるんじゃない。なにか策があるはずだ。たぶん。俺が諦めない限りは。


 強盗はふっと笑った。

「おい、早くしろ。痛ぇんだよクソが。あのおっさん殺されたくねーだろ? あ?」

 反論できない。

 あと一歩だったのに。

 続いて女も告げた。

「武器を捨てなさい……」

「その要求は飲めない。応じるとすれば、あくまで人質の交換だけだ」

「では早く解放しなさい……」

「……」

 彼女は脅すように、ナイフの先端で宙空をかき回した。

 冷徹な瞳だ。いつ刺してもおかしくない。

 俺は南天へ応じた。

「分かった。包囲を解く。罠は自分で外してくれ。それでいいだろう」

「ではすぐ距離を取りなさい……」

「君もその人を解放しろ」

「あなたたちが離れてから……」

「それじゃあ条件が対等じゃない。同時にだ」

 この女、数の上ではこちらが有利なはずなのに、やたら強気な交渉に出てきやがる。まあ強盗は刺しても死なないが、毒島は死ぬから、状況はイーブンではないのだが。

 彼女はやや渋った様子だったが、強盗がこくこくうなずいたので、ナイフだけは遠ざけた。が、腕関節は極めたまま。


 こちらがじりじり後退すると、南天は毒島とともに強盗へ近づいていった。

 なかなか毒島を解放しようとしない。

「おい、そろそろ離したらどうなんだ?」

「うるさい……彼の安全が確認できてからよ……」

「待て。そこで止まれ。それ以上近づいたら対等じゃない」

「……」

 少し強めに警告したおかげか、女は足を止めた。いまちょうど俺たちは、強盗を中心にしてほぼ同じ距離を保っている。もちろん女と毒島もだ。

 南天はぬるりと眉を動かし、不快そうに顔をしかめた。

「彼は痛がってる……」

「その人を解放してくれたら、すぐにでも距離をとる」

「信用できない……」

「どうすれば信用できる?」

「この男に罠を外させる……」

「それじゃあこっちが不利だ。応じられない」

「ならその銃を構えて、いつでも私の頭を撃ち抜けるようにしなさい……」

 これを淡々と言い切れるのだから、たいした度胸だ。

 俺は銃を構え、鈴蘭に告げた。

「君も弓の準備を」

「はい」

 作戦はこうだ。もし彼らに不審な動きがあれば、鈴蘭が南天を撃つ。俺は強盗を撃つ。それで状況を有利に運ぶ。


 南天がせっつくと、毒島はしゃがみ込んで毛布をめくりあげた。そして横に伸びたペダルを押し込み、クラッチを解除。

 するとトラバサミの口が開き、強盗は足を引き抜くことができた。

「クソ、マジで痛ぇ……」

 傷は一瞬で修復するはずだが、痛みの記憶は残り続けているのだろう。寝転がったまま顔をしかめている。

 南天が「行きなさい」と命じたので、毒島は転がるようにしてこちらへ来た。


 これで状況はイーブン。

 いや、飛び道具で狙いをつけている俺たちが圧倒的に有利だ。いまこの場で南天を撃ち抜けば、強盗はまた孤独になる。

 人質を交換するとは約束したが、その後のことはなにも合意していないのだ。ここで発砲したとして、なんらの問題もないはずだ。

 が、どうしても体が動かなかった。いまこの場で彼女を殺傷する道理がないように感じられた。いやある。あるのだが、弱い。少なくとも、無抵抗の相手を殺せるほどの動機はない。

 南天は強盗をかばうように立ち、じっとこちらを見つめている。ややうつむいた顔で、め上げるように。


 俺はつい尋ねた。

「教えてくれ。君はいったい何者なんだ? なんの目的でそいつに協力する?」

 彼女はしばらく沈黙していたが、なかなか強盗が起き上がらないので、ついにじれて回答した。

「私は南天……。彼の案内人……」

「案内人? 正気か? そいつは君の仲間をつかまえて、ひどい仕打ちをしてるんだぞ? それが分かってて協力するってのかよ?」

「うるさい……」

 ノーコメント、か。

 否定しないということは、いかに非人道的な行為がおこなわれているかを知っていながら、それでもなお協力しているということか? なぜ? まさか案内人だから? それだけの理由で?


 するとようやく立ち上がった強盗が、下卑た笑みを浮かべた。

「おいテメー、運良く命拾いしたな。けどまたツラを見せるようなら容赦なくぶっ殺すからな? いますぐ出てけよ? 出てかねーと一匹ずつ女殺すからな?」

「……」

「返事ィ!」

「前向きに検討する」

「……」

 理解したのかしていないのか、強盗はこちらに背を向け、足早に行ってしまった。南天もこちらを警戒しながらあとに続いた。


 残された俺たちは、いつまでもその通路を見つめていた。

 あいつはバカだから、どのルートをたどれば巣にたどり着けるのか教えてくれたようなものだが、俺たちがそのルートを追うかどうかは未定だ。

 完全に警戒されてしまった。共犯者までいる。踏み込めば人質の命も危ない。

 いますぐ手を出すのは難しい。

「悪いな、タマケン。俺のせいで……」

 毒島がガラにもなく申し訳無さそうな顔を見せた。

 が、アレは仕方がない。包囲網の外側から仕掛けられたのだ。誰が狙われてもおかしくなかった。

「気にしないでください。敵が単独だと思い込んだのは俺のミスです。こうなる可能性も想定しておくべきでした」

「お、そうだな。その通りだ。おめーがひとりだって言うから、俺も安心して酒に手を出しちまったんだ。反省しろよ、タマケン」

「はい……」

 この野郎。もしまた人質になったら、今度という今度こそ交換には応じねーからな……。


(続く)

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