想定外
さあ、楽しいキャンプの時間だ。
薪をくべて火をおこし、あとはじっと待つだけの簡単なお仕事。
生木というのは、じつによく煙が出る。
そいつを焚き火に放り込めば、もくもくと狼煙をあげる。これを見つけた強盗は、火事と勘違いして様子を見に来るはずだ。
来ない可能性もあるが、いまは来るほうに賭けておこう。
場所は、入場ゲートそばの広場とした。
そこは複数の見学ルートとつながっているから、敵がどこから来るのか絞りきれない。地形だけで判断すれば、あまりいい場所とは言えない。しかしこうして無防備に隙を見せておくことで、敵を油断させる算段だ。細い通路でキャンプをするのはわざとらしい。
罠はすべてのルートに仕掛けた。
低位置にロープを張り、足をひっかけると絡まるようなやつだ。
しかしこいつはダミー。
レベルの低い罠を見せておき、俺たちのレベルを誤認させる。
強盗は俺たちをナメるだろう。ロープ、ロープ、またロープ。バカのひとつ覚えを繰り返す。
最終的に、強盗は無傷のまま広場へ足を踏み入れることになる。
そこでヤツが遭遇するのは焚き火とリヤカーのみ。
なぜなら俺たちは、それぞれ身を隠している。俺は銃剣、鈴蘭は弓で武装しているから、その気になればいつでも狙撃できる。
しかしすぐには仕掛けない。
ヤツは必ずリヤカーを物色する。
荷台には毛布を敷き詰め、そこへロープで拘束したように見せかけた龍胆を転がしておく。もし嗜好が餓鬼のままなら、ヤツはこの誘惑を振り切れない。そして足元の毛布に隠されたトラバサミを踏む。
いや、踏まなくともいい。
ヤツが毛布をめくりあげ、トラバサミを発見したっていい。
隙さえ見せてくれれば、なんだっていいのだ。そこを俺と鈴蘭が撃ち抜く。かくして痛みにのたうっているところを、毒島がボーラランチャーで捕縛する。
という、思いつく限りの策を組み合わせ、いま俺は崩れかけた売店のカウンター裏に身を潜めていた。
鈴蘭も別の売店にいる。においでバレないよう、頭から布をかぶって。
囮の龍胆には悪いが、しばらくこのまま待機だ。
時刻はおそらく、昼をやや過ぎたかというところ。
園に火をつけられたと勘違いして、慌てふためいてくれると嬉しい。ちょっと火をつけたくらいで全焼するような地形ではないが。
じりじりと時間だけが経過してゆく。
ときおり吹き抜けるゆったりとした風が、園内の木々をゆすってはさざめかせる。
敵が現れても、待ち伏せを見破られない限りは行動を起こすべからず。仲間たちにはそう命じてある。俺が発砲するまでは、たとえ龍胆が切り刻まれても動かない約束だ。
すると遠方から、なにか怒声のようなものが響いてきた。内容までは聞き取れないが、「おらぁ」とか「しゃあ」とか、とにかくキレていることが分かる。
そいつは泥だらけになりながら、鬼の形相で登場した。
例の強盗だ。名前は知らない。
「ざっけんなよオラァ! クソみてーな小細工しやがって! ぶっ殺すぞ! 口ん中砂入っただろうがボケェ!」
そしてツバを吐き捨てた。ボロボロなところを見ると、バカにしか引っかからないはずのロープすべてに引っかかったらしい。この男、俺の想定を軽々と超えて来やがる。
しかし安心はできない。槍を手にしている。おそらくは餓鬼からぶん取ったものだろう。俺に槍で負けたから、自分も槍を持とうという発想だ。
そいつは興奮気味に肩で息をしつつ、キョロキョロと周囲を見回した。
「んだコラ……。いねーじゃーねーか……。ビビって逃げたのか? クソなのかテメーはよ。おいザコ! 出てこい! 火ぃつけたままどっか行きやがって! 危ねーだろーが! 見つけたら生きたまま燃やすからな!」
このサイコパスめ。
だが、しばらくして我に返ったのだろう。付近を漂う女のにおいに気づいたらしい。
「あ? いるよな? そこだ! おい! そこだ!」
ずんずんリヤカーに近づいてゆく。
そして龍胆を発見し、ニヤリと下品な笑みを浮かべたところで、まんまとトラバサミを踏んだ。ガンと金属同士の噛み合う音がして、強盗はびくりと飛び上がった。いや、正確には飛び上がることさえできなかったが。
「あッ! がッ! 痛ッ! 痛ェ! なにこれ! 痛ェ!」
噛まれている間は、いくら再生しようが関係ない。容赦なく激痛を与え続ける。
しかも毛布まで絡んでいるから、立っていることさえできずのたうつのみだ。俺はカウンターから身を乗り出し、一発撃ち込んだ。
鈴蘭も光の矢を放った。
どちらも強盗の体に命中し、風穴をあけた。
「ぐふッ! があッ! ふざけんなテメーッ! 正々堂々勝負しろザコがッ! 殺すぞ!」
「……」
当然、返事などしてやらない。
俺は売店から飛び出し、強盗の鼻先へ銃剣をつきつけた。
「動くな。動けば刺す」
「テメーマジふざけんなよ、卑劣なマネしやがって……」
そう。卑劣なんだ。こっちはハナから正々堂々やる気はない。クソ野郎にはクソ野郎向けの対応というものがある。
強盗はすでに槍を手放している。ほかに武器を隠している様子もない。丸腰だ。完全勝利を宣言してもいい。
俺は振り返り、毒島に呼びかけた。
「毒島さん、捕縛を」
しかし返事がない。
「毒島さん? 毒島さぁーん? えーと、あのぅ……おーい!」
まさかとは思うが、逃げやがったのか? ボーラランチャーを所持したまま?
だが、そうではなかった。
「彼を解放しなさい……」
うつろな表情の女が、毒島の腕をねじりあげ、喉元にナイフをつきつけながらやってきた。
印象の薄すぎる顔立ちの、ひょろりとした体躯の女だ。
共犯者がいたらしい。
強盗は目を輝かせた。
「いたのか、南天! 最高だ! 俺を助けろ!」
面倒なことになった。
毒島は顔面蒼白になり、言葉さえ発せそうにない。
あんな酔っぱらいと、この強盗を、人質交換することになるのか。
いっそ見殺しにするという手もあるが……。
いや待て。早まるんじゃない。なにか策があるはずだ。たぶん。俺が諦めない限りは。
強盗はふっと笑った。
「おい、早くしろ。痛ぇんだよクソが。あのおっさん殺されたくねーだろ? あ?」
反論できない。
あと一歩だったのに。
続いて女も告げた。
「武器を捨てなさい……」
「その要求は飲めない。応じるとすれば、あくまで人質の交換だけだ」
「では早く解放しなさい……」
「……」
彼女は脅すように、ナイフの先端で宙空をかき回した。
冷徹な瞳だ。いつ刺してもおかしくない。
俺は南天へ応じた。
「分かった。包囲を解く。罠は自分で外してくれ。それでいいだろう」
「ではすぐ距離を取りなさい……」
「君もその人を解放しろ」
「あなたたちが離れてから……」
「それじゃあ条件が対等じゃない。同時にだ」
この女、数の上ではこちらが有利なはずなのに、やたら強気な交渉に出てきやがる。まあ強盗は刺しても死なないが、毒島は死ぬから、状況はイーブンではないのだが。
彼女はやや渋った様子だったが、強盗がこくこくうなずいたので、ナイフだけは遠ざけた。が、腕関節は極めたまま。
こちらがじりじり後退すると、南天は毒島とともに強盗へ近づいていった。
なかなか毒島を解放しようとしない。
「おい、そろそろ離したらどうなんだ?」
「うるさい……彼の安全が確認できてからよ……」
「待て。そこで止まれ。それ以上近づいたら対等じゃない」
「……」
少し強めに警告したおかげか、女は足を止めた。いまちょうど俺たちは、強盗を中心にしてほぼ同じ距離を保っている。もちろん女と毒島もだ。
南天はぬるりと眉を動かし、不快そうに顔をしかめた。
「彼は痛がってる……」
「その人を解放してくれたら、すぐにでも距離をとる」
「信用できない……」
「どうすれば信用できる?」
「この男に罠を外させる……」
「それじゃあこっちが不利だ。応じられない」
「ならその銃を構えて、いつでも私の頭を撃ち抜けるようにしなさい……」
これを淡々と言い切れるのだから、たいした度胸だ。
俺は銃を構え、鈴蘭に告げた。
「君も弓の準備を」
「はい」
作戦はこうだ。もし彼らに不審な動きがあれば、鈴蘭が南天を撃つ。俺は強盗を撃つ。それで状況を有利に運ぶ。
南天がせっつくと、毒島はしゃがみ込んで毛布をめくりあげた。そして横に伸びたペダルを押し込み、クラッチを解除。
するとトラバサミの口が開き、強盗は足を引き抜くことができた。
「クソ、マジで痛ぇ……」
傷は一瞬で修復するはずだが、痛みの記憶は残り続けているのだろう。寝転がったまま顔をしかめている。
南天が「行きなさい」と命じたので、毒島は転がるようにしてこちらへ来た。
これで状況はイーブン。
いや、飛び道具で狙いをつけている俺たちが圧倒的に有利だ。いまこの場で南天を撃ち抜けば、強盗はまた孤独になる。
人質を交換するとは約束したが、その後のことはなにも合意していないのだ。ここで発砲したとして、なんらの問題もないはずだ。
が、どうしても体が動かなかった。いまこの場で彼女を殺傷する道理がないように感じられた。いやある。あるのだが、弱い。少なくとも、無抵抗の相手を殺せるほどの動機はない。
南天は強盗をかばうように立ち、じっとこちらを見つめている。ややうつむいた顔で、睨め上げるように。
俺はつい尋ねた。
「教えてくれ。君はいったい何者なんだ? なんの目的でそいつに協力する?」
彼女はしばらく沈黙していたが、なかなか強盗が起き上がらないので、ついにじれて回答した。
「私は南天……。彼の案内人……」
「案内人? 正気か? そいつは君の仲間をつかまえて、ひどい仕打ちをしてるんだぞ? それが分かってて協力するってのかよ?」
「うるさい……」
ノーコメント、か。
否定しないということは、いかに非人道的な行為がおこなわれているかを知っていながら、それでもなお協力しているということか? なぜ? まさか案内人だから? それだけの理由で?
するとようやく立ち上がった強盗が、下卑た笑みを浮かべた。
「おいテメー、運良く命拾いしたな。けどまたツラを見せるようなら容赦なくぶっ殺すからな? いますぐ出てけよ? 出てかねーと一匹ずつ女殺すからな?」
「……」
「返事ィ!」
「前向きに検討する」
「……」
理解したのかしていないのか、強盗はこちらに背を向け、足早に行ってしまった。南天もこちらを警戒しながらあとに続いた。
残された俺たちは、いつまでもその通路を見つめていた。
あいつはバカだから、どのルートをたどれば巣にたどり着けるのか教えてくれたようなものだが、俺たちがそのルートを追うかどうかは未定だ。
完全に警戒されてしまった。共犯者までいる。踏み込めば人質の命も危ない。
いますぐ手を出すのは難しい。
「悪いな、タマケン。俺のせいで……」
毒島がガラにもなく申し訳無さそうな顔を見せた。
が、アレは仕方がない。包囲網の外側から仕掛けられたのだ。誰が狙われてもおかしくなかった。
「気にしないでください。敵が単独だと思い込んだのは俺のミスです。こうなる可能性も想定しておくべきでした」
「お、そうだな。その通りだ。おめーがひとりだって言うから、俺も安心して酒に手を出しちまったんだ。反省しろよ、タマケン」
「はい……」
この野郎。もしまた人質になったら、今度という今度こそ交換には応じねーからな……。
(続く)




