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蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

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34/56

Monkey Business

 夕飯は鍋にメシをもらい、あとは寝るだけとなった。

 毛布は人数分あるから取り合いになることはないし、誰かと同衾する必要もない。なにも問題は起きないはずだった。


 なのだが、寝る場所を探していると、鈴蘭が近づいてきた。

「お休み前にすみません。お手洗いへ行きたいのですが、付き添っていただけませんか?」

「いいよ」

 ここは太陽光発電だから、フロアの発光もほとんどなくなっていた。モノの輪郭が見えるかどうかといった程度。

 店内の地形を把握したロボットに道案内を頼むこともできるが、それを勧めるのも野暮というものだろう。彼女は心細いから俺を呼びに来たのだ。


 ふたりで通路を歩きながら、しかし俺は違和感をおぼえていた。

 記憶を探る限り、これまで鈴蘭はトイレに行ったことがなかった。なにせ体からはメシしか出てこないのだ。なにをどう頑張ってもメシ以外のモノは出てくるまい。まさか俺に夜食を提供するつもりなのか……。

 あるいは化粧直しにトイレを使うこともあろう。しかし鈴蘭は化粧をしていなかった。


 危険を感じ、俺は足を止めた。

「待った。すずさん、止まってくれ。俺を連れ出してどうするつもりだ?」

 まさか毒島との密談がバレたのか?

 ロボットは俺たちの会話を聞いている。そして俺たちは所詮ゲストユーザーだから、特別なプロテクトを受けているわけでもない。もし鈴蘭か龍胆が頭を働かせて、ロボットから情報を得ていたとしたら……。

 敵とみなされた場合、こうしてひとりずつ消される可能性もある。


 ほぼ暗闇であるが、鈴蘭が妖しくほほえんだのは分かった。

「どう、とは?」

「君はトイレなんか行かないだろう。なにが目的だ?」

「あら、怯えているのですか? ふふ。それも斬新ですね。けれども誤解です。ただ、出しに行くだけですから」

「なにを出すって?」

「あなたが、私に、いつものように……」

 すっと寄り添ってきた。

 こんな状況だというのに、快楽に溺れていないと気が済まないのか。


 奥まった場所へ連れ込み、ご希望通り鈴蘭を壁際に追い込んだ。

「君は状況を理解してないのか」

「あら、ではやめます?」

「……」

 やわらかな羽衣に包まれた彼女の肌は熱を帯び、あまいにおいを発していた。

 頭では不審に思っていても、離れることができない。触れれば確実にやわらかいことが分かっているのだ。拒むことはできなかった。

 鈴蘭はさらに身を寄せ、耳元でつぶやいた。

「私の体、好きにしてください。そしていつかきっと殺してくださいね」

「絶対にしない」

「けれども、男たちは私の誘惑には勝てない」

 強がってはいるが、彼女の言葉にはウソがある。

「もし誘惑に勝てないんだったら、なぜいまも君は生きてるんだ? 過去の男たちは、君を殺さなかった。だから生きてるんだろ」

「いじわる……」

 強硬に押してきたかと思えば、すぐに引く。

 波のように掴みどころがない。

 男に殺されたいという欲求以外には、本当になにもない女なのかもしれない。


 *


 結局、体力を消耗したまま翌日を迎えてしまった。

 彼女といると、そのうち過労で死ぬかもしれない。すべてを吸い尽くされてしまいそうだ。


 しかし明るい話題もあった。

 徹夜で働かせていたロボットが、近隣の店からマテリアルを発見したのだ。現在、ソーラーパネルと蓄電装置をプリント中らしい。これで夜間でも安定的に電力を使える。


 朝から酒をかっくらう毒島もご満悦の様子。

「いやー、こいつは予想以上だな。どうやら周辺のマッピングも完了したらしいぞ。必要な資材があれば確保できるそうだ。見ろ、酒まで見つけて来やがった」

 床には未開封のウイスキーが転がっていた。消費期限がどうなっているのかは不明だが、どうせ俺が飲むわけじゃない。


 ロボットの一機がこちらへ近づいてきた。

「おはようございます、玉田健太郎さま。現在の時刻は推定午前七時。誤差三十分。天気は曇り。降水確率は不明」

 あの空を曇りと判断したのか。しかし厳密には雲ではなかろう。もっと別のなにかだ。雨もめったに降らない。

 俺も返事をしてやった。

「おはよう、ワトソン。なにかニュースはあるかな?」

「ネットワークがオフラインのため、パブリックなニュースを取得できませんでした。続いてパーソナルなニュースを参照しますか?」

「教えてくれ」

「周辺を探索した結果、たくさんの落とし物を発見しました。落とし物のほとんどは、所有者の存在しない無主物のようです。リストを参照しますか?」

「なにがある?」

「多岐に渡るため、カテゴリに分けて報告します。放置されたリヤカー、骨董品、食器、事務用品、衣服、バッグ、アクセサリー。ほか、動作保証の切れた家電、電子機器、消費期限の切れた食品、医療品、コンクリートブロック、破棄された木材、動物の死骸、違法アルコール類など」

 後半の情報はいらなかったな。

 しかし骨董品ってのは俺の鎧のことだろうか。リヤカーにしたって、放置しているわけではなく、あえて停車しているのだが。まあ彼らにとっては判断もつかないだろう。


 *


 作業の継続を命じ、俺たちは橋を渡って荒川を越えた。

 ここからは、いつ強盗に遭遇してもおかしくない。俺は鎧を身に着け、完全武装でリヤカーを引いた。本当だったら毒島に引かせたいところだが……。リヤカーは軽車両だし、そのまま引かせたら飲酒運転になる。もし俺の知っている法が機能していれば、だが。


 歩を進めながら、俺は作戦を再確認した。

「あくまで予想ですが、動物園には餓鬼が大量に集まってるはず。けどそいつらを相手にしてたらキリがないんで、今回はなるべく戦闘を避けて、最短距離で強盗を奇襲したいと思います。そのためには、まず高いところへ移動して、地形や配置を確認し、侵入ルートを選定する必要があります」


 望遠鏡はすでに入手してある。たぶん子供用の、デカいレンズがくっついてるだけのシンプルなヤツだ。こういうときはやはりシンプルな道具を使うに限る。故障もしにくい。

 新たに高機能の望遠鏡をプリントしてもよかったが、マテリアルを余計に消費したくなかったし、プリンタもフル稼働中だった。よっていまや「無主物」と化した望遠鏡を、かつて店だった廃墟から拝借したというわけだ。


 毒島が酒を飲みながら、うるさそうに「それで?」と促した。

 もっと真剣に参加して欲しいところだが、聞く気があるだけよしとしよう。

「あいつを見つけてみんなで袋叩きにします。けど死なないんで、毒島さんは隙を見てロープで捕獲してください」

「おう」

 ロープといってもただの紐ではない。いわゆるボーラという、紐の両端におもりのついたブツだ。投げつけて、うまく命中すれば遠心力で絡まる。もちろん毒島が手で投げるわけではない。専用のランチャーがある。ホームセンター跡地で防犯グッズとして売られていたものを発見した。

 一発しか撃てないから、もし毒島が外したら、ボーラを拾って手で投げることになるだろう。


 龍胆が、緊張した様子で口を開いた。

「もし失敗したらどうします?」

「みんなは逃げてくれ。見ての通り、俺は鎧のせいで走れない。だから俺が盾になって時間を稼ぐ」

 これに鈴蘭が片眉をつりあげた。

「まさか、私より先に死ぬつもりだと?」

「いや、そんなつもりはない。この戦いは勝てるよ。失敗したときのことは考えなくていい」

 もちろんウソだ。

 勝算はそこそこある。そこそこだ。が、もし俺がしくじれば、みんなは死ぬことになる。

 龍胆は持久戦をこなすメンタルを有していない。鈴蘭の弓は閉所での混戦に対応できない。毒島はそもそも士気が低い。最前線で俺が盾になっていないと機能しない編成だ。もし俺が死ねば、潰走するのは目に見えている。

 撤退したところで、園内には餓鬼がうじゃうじゃいる。逃走ルートをよほどうまく設定しない限り、逃げ切るのは難しいだろう。


 さて、上野公園に到着だ。

 しかし見晴らしのよさそうな高所を発見できなかった。というより、どのビルも崩落しており、高さを確保できなかったのだ。のみならず、動物園の樹木は異様に育ちきっており、ヘリでもなければ内部を覗けそうになかった。

「あの仏像に登ったらどうだ?」

 毒島の指さす先には、いったいどういう経緯で建立されたのかは不明だが、仁王像と狛犬の銅像がデデンと設置されていた。高さは十メートル前後だろうか。足場がないから、ちょっと登れそうにない。

「なんなんです、これ?」

「俺が知るかよ」

 毒島も知らないということは、作られたのは二十二世紀以降ということか。

 近づいてみると、プレートには「TAKAMORI SAIGO WITH HIS DOG」とあった。

 これが西郷隆盛だってのかよ。

 そいつは一方の手に手綱を握り、もう一方の手に巨大剣を握り、歌舞伎役者のように構えていた。見た目が到底まともな人間と犬ではないのだが。

 観光客向けに過剰な演出を施したのか、日本人自身が過去の日本をこう見ているのかは分からない。

 もはやここは俺の知る日本ではない。まあ国家は解体されたようだしな。日本の日本らしさってのも、資料の中にしか存在しないんだろう。

 いや、あまり人のことは言えない。俺の時代にだって、戦国武将がビームを出して戦うゲームはあった。それから四百年も経っているのだ。こうもなろう。


 俺は深く呼吸をし、こう告げた。

「地形が分からないんで、普通に入場口から入りましょう」

「……」

 誰も返事をしてくれなかった。

 仕方あるまい。見たところ動物園は敷地を高い塀に囲まれており、堅固な要塞のようになっていた。

 思えば、ここはそもそも動物が脱走しないような対策がなされているのだ。人間の運動能力で飛び越えられるわけがない。やはり入場口が唯一にしてベスト。同時にワーストでもあるが。


 ゲートは普通にオープンになっていた。

 あの強盗が出入りしているくらいだから、どこかのゲートは空いているだろうと予想していたものの。いや、罠かもしれない。警戒しながら進もう。


 園はそう遠くない時代に建て直されたらしく、ずいぶんスッキリした未来的デザインになっていた。オシャレなテーマパークみたいだ。都心の富裕層が森林浴するための散歩道になっている。

 俺の時代の動物園といえば、とにかく獣臭くて、動物たちがひしめきあっているイメージだったのに。狭い通路を子供が無軌道に走り回り、あるいは学生たちが課題のためにメモを取り、老人たちがうなずきながら見て回る。そんな場所だった。

 いまや動物は主役ではなく、客の添え物というわけだ。


 もちろん檻はたくさん並んでいる。しかし動物はいない。

 遺骨さえないということは、戦争前にどこかへ移送されたのかもしれない。

 人間たちのやる戦争は、動物にとっては迷惑でしかないからな。悲惨な目に遭っていなければいいが。


 入口付近に餓鬼の姿はなかった。

 すなわち、天女もいないということだ。

 奥にいるんだろう。

 いや、奥といったって、とんでもなく広くて、見当さえつかないが。

「おい待て。ちっと休まねーか?」

 侵入して間もないのに、毒島がそんなことを言った。

 あきらかに酒のせいで息切れしている。リヤカーを引いているならともかく、手ぶらで歩いているだけなのに。

 まあよかろう。許可する。ちょっとひらめいた。

「分かりました。ここで小休止にしましょう。いや、完全に休止してもいい」

 みんなきょとんとしている。


 動物園というのは、見学ルートを作り、客同士がぶつからないよう自然と誘導する設計になっている。

 だから、ある地点からある地点まで移動するためのルートは、だいたい同じになる。つまり俺たちの侵入経路と、強盗の通る道は、ほぼ一致するはずなのだ。絶対ではないが。

 そして園内マップによれば、出入口は三つだか四つしかない。

 敵の行動は予測しやすい。

 つまり見学ルート上に罠を仕掛けておき、異様な騒ぎを起こせば、きっと敵はみずから罠にかかることになる。

 俺たちが奥へ行くんじゃない。奥からあいつを引きずり出すのだ。

 彼もまさか自分の庭で罠にかかるとは思ってないだろう。


(続く)

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