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蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

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33/56

人類はいかにして滅ぶか

 しばらくすると「ピーッ」と電子音が鳴り、プリンタが静かになった。

 シャッターがあがり、ケース内に姿を現したのは、ブサイクなタコみたいなロボットだった。ボウリング球から八本の足が生えいるような印象だ。

 起動していないのか、ピクリとも動かない。

「たぶん、最初は充電しないと、だな」

 毒島が現実的なことを言った。

 登場と同時に感動的なメッセージでも発してくれるのかと思ったが、まずは電気を食わせる必要があるようだ。

 さいわい、コンセントはそこら中にある。パチパチ音を立てている危なそうなのもあるが。

「こんにちは。僕はアシスタンス・システムのワトソン。あなたの生活をサポートします。小さなお子さんは、保護者のかたと一緒にご利用くださいね」

 いきなり喋りだした。

 すでに充電されとるぞ。

 すかさず毒島が告げた。

「俺さまがお前の飼い主の毒島三郎だ。記憶しろ」

「IDを確認できません。顔と声紋による個体識別を開始。毒島三郎さまをゲストユーザーとして承認いたします。現在、ネットワークはオフラインです」

 IDが確認できない以上、管理者ではなくゲストとしか認識されないか。このままじゃ他人に権限をぶん取られそうだが、まあ仕方ない。

 毒島はこう続けた。

「ワトソン、プリンタで武器を印刷しろ」

「危険物の印刷は許可されていません」

「俺が許可する」

「行政の許可を取得してください。関連する条文を参照しますか?」

「しない。もういい。そこのプリンタを使って自己増殖しろ。材料が必要なら、店の中にあるのを使え」

「命令を分析中……。実行します」

 なるほど、こいつを量産する気か。

 しかも増えたやつが、さらに作業に参加する、というわけだ。リソースが尽きるまで爆発的に増殖するだろう。


 *


 かくして、店内は次第ににぎやかさを増すこととなった。

 はじめは一機だったロボットが、二機になり、四機になり、八機になり……。しかしやがて、ある一機が製造ラインから離れて店内の探索を開始した。

 そいつの報告によれば、「電力の消費量が限界を迎えている」とのことであった。プリンタは同時に十二台までしか動かせない。しかも昼をすぎているから、発電量も低下する一方だ。


 二時間ほどで店内のマテリアルが尽き、最終的に五十六機のロボットが完成した。

 自分たちで作ったとはいえ、タコ野郎がフロアを埋め尽くしているさまは、不気味なものがあった。

 いまや事後ではあるが、俺は毒島にこう尋ねた。

「材料なくなっちまいましたけど、武器どうします?」

「あっ……」

 許可が出ないとはいえ、せめて代用となりそうなものは製造しておくべきであったろう。

 が、毒島はごまかすように言葉を続けた。

「待て。この世界でもっとも強い武器はなんだ? それは知恵だ。アシスタンスが五十六機ある。並列処理させれば、きっといい作戦を出すぞ」

「けど、オフラインなんでしょ?」

「いまはこいつら自身がネットワークなんだよ。もうオンラインみてーなもんだ。いまからでも学習させりゃモノになる」

 凄い技術だな。もう人間なんていらないんじゃないか。実際いなくなったけど。


 鈴蘭や龍胆は、この光景に驚くのかと思いきや、むしろ呆れ果てていた。

 彼女たちは過去から来たわけではなく、この時代をリアルタイムに生きている存在だ。人類がこの手の道具を駆使して暮らしていたことは、とっくに知っていたのだろう。

 その結果、世界がどうなったのかも。


 毒島はワトソンに命じた。

「いいか。いまから俺たちは、動物園に立てこもる犯罪者を取り締まりに行く。そのための最善の作戦を立案してくれ」

「命令を分析中……。実行します」

 そして沈黙。

 不気味な連中だ。


 俺はオフィスチェアに腰をおろし、彼らの様子を見守った。

「しかしこんだけ便利な世の中になったのに、自分たちで滅ぼしちまうなんて……。人類ってのは思ったよりバカだったんですかねぇ」

 毒島もふっと鼻で笑った。

「まったくだな。きっと酒を飲まねーから、頭がダメになっちまったんだ」

「それは逆なのでは?」

「何事もバランスだよ。タマケン、おめーみてーのも危ねーんだぞ。どこかで発散しねーとな」

「ふん」

 酒で発散して迷惑をかけ続けているのが身内にいたのだ。同じことをするつもりはない。


 ワトソンがピカピカとインジケータを点灯させた。

「情報が不足しているようです。動物園とその周辺の地形、探索すべき対象者の数、特徴などを入力してください」

 命令が曖昧すぎたようだな。

 毒島も顔をしかめる。

「さすがにムリがあるか。あとで現場を見せる」

「効率化のため、ネットワークへの接続をオススメします」

「分かった分かった。あとでな」

 さっき毒島は「こいつら自身がネットワーク」などと豪語したが、やはり閉鎖されたネット環境では限界があるようだ。


 このクソ退屈な作業の間、鈴蘭も龍胆もまるで言葉を発しなかった。互いに仲良しでないというのもあるが。まあ俺たちの邪魔をしないよう配慮してくれたのかもしれない。


 俺はロボットに尋ねた。

「ワトソン、いまの時刻は?」

「不明です。時刻を取得できません」

「分かったよ」

 ネットがないと不便なのはロボットも一緒らしい。

 俺は席を立って奥のトイレコーナーへ行き、窓から外を確認した。すでに日が暮れかけている。


「今日はここに泊まりましょう。毛布とってきます」

 俺がそう告げると、鈴蘭と龍胆が続けて立ち上がった。

「ご一緒します」

「私も」

 毛布は四人分だから、ふたりいれば運べる。まあ三人で運んでもいいが。

 すると毒島が余計な気を使った。

「タマケンは残れ。ちっと話がある。悪いんだが、毛布はあんたらでとってきてくれ」

「……」

 ふたりは返事をしなかったが、俺がうなずくと、揃って階下へ向かった。武器は所持しているから、もし危険人物に遭遇しても、いきなりやられることはないだろう。声をあげてくれれば俺とロボットたちが駆けつける。


「話って?」

 ふたりきりになってから、俺は毒島に尋ねた。

 彼は不敵な笑みを浮かべたまま、返事の前にウイスキーをひとくちやった。

「今後のプランを話し合おうと思ってな」

「なにか提案でも?」

「このロボットどもは、見聞きした情報を学習し、共有する。しかも、俺の持ってたやつよりはるかに高性能だ。たぶん凄いことになるぞ。五十六機もあるしな。そこでだ。こいつらを戦いには連れて行かず、ここで作業させとくんだ」

「作業? マテリアルはもう使い切りましたけど」

「ここになくたって、そこら中にある。それこそコンビニやスーパーにもな。街を再興させるんだ。せめてこの近辺だけでも。分かるか? 拠点を作るんだよ」

 魅力的な提案だ。どんな活動をするにせよ、ベースとなる拠点は要る。まあ権兵衛の家でもいいのだが。あそこには電気がない。

 毒島は揚々と続けた。

「マテリアルを発見したら、ソーラーパネルをプリントして、古いのと置き換える。それで発電効率もあがるはずだ。マテリアルがある限り、あらゆることができる」

「あらゆること……」

 それでも限界はあるはずだが、少なくともいまの生活よりはマシになるだろう。

 ふと、毒島はエスカレーターへ目をやり、女性陣が戻ってこないことを確認した。

「最終的に、あいつらの世界に戦いを仕掛けるぞ」

「はっ?」

 戦いを仕掛ける?

 これだから酔っぱらいは。

 アルコールに脳を蝕まれているとしか思えない。

「毒島さん、正気ですか?」

「正気かどうかは分からねぇが、しかしそうなるだろ? 俺たちは生活を奪われたんだ。生存権ってのは自然権でな、たぶん神にだって奪えねぇよ」

「意識高すぎてついていけませんね」

「勝てるぞ、間違いなく」

 毒島のその言葉は、確信に満ちていた。

 実際、正気じゃないんだろう。酔った勢いの妄言だ。

 しかしこうも思う。人類は、圧倒的な火力でもって地上を焼き払った。その力を持ってすれば、アノジら天人にも勝てるのではないかと。たとえば、いくらタフな権兵衛だとて、ミサイルの直撃には耐えられまい。かさねだってそうだ。サブマシンガンを乱射すれば死ぬ。

 俺は笑い飛ばす気にもなれず、こう尋ねた。

「勝ったあとは? なにが手に入るんです? 虚しい自尊心が満たされるだけでは?」

「なにがどう虚しいんだ? あいつら、過去から俺たちを引きずり込んだんだぞ。つまり、時間を移動できるってことだ。あいつらの力を使えば、もとの時代に戻ることができる」

「……」

 一理ある。


 合意の上でやって来たのではない。俺たちはなかば一方的に連行された。なんらかの抵抗を示したっていい。

 ただし、中途半端な結果では終われない。

 天人がそうそう人間に服従するとは思えないから、もしやるなら相応の殺戮さつりくが必要となる。科学の力で蹂躙し、彼らの秩序を徹底的に破壊することになるだろう。


 毒島はウイスキーをやり、やや血走った目を見せた。

「餓鬼になった連中のほとんどは、過去から連れてこられた人間たちだ。いや、あいつらだけじゃねぇ。実際、俺もそうなりかけてるし、おめーにとっても他人事じゃねぇ。天人とかいうヤツらは、俺たちの命で遊んでやがるんだ。この件に関する説明も謝罪もねぇ。少しは反省を促すべきだろう?」

「そこは合意します。ただ、攻撃を仕掛けるとなると……」

「結論は急がなくていい。最終的には、そうなる局面も想定しといてくれってことだ」

「はぁ……」


 とはいえ、俺は権兵衛やかさね、天女たちと戦うつもりはない。

 締め上げたいのはアノジだけだ。


 しかして毒島を見ていると、なぜ人類が滅んだのかが分かったような気がした。

 科学の力を手にした途端、その力で外部を征服せんとする欲求を抑えきれなくなってしまう。これはまさしく滅んだ人類の後追いだ。天人との戦いに勝利した人類は、やはり最終的に人類同士で争って、滅ぶことになるだろう。

 かといって、このままアノジの言いなりになるのも、ただの敗北主義に違いない。

 もし支配と被支配の関係しか築けないのであれば、勝利すべしという毒島の主張は正しいようにも思える。

 もしどちらの選択肢も拒むのであれば、支配と被支配の「構造」そのものを破壊するしかない。そのためにも結局、力は要る。


 ふと、鈴蘭と龍胆が毛布を抱えて戻ってきた。

 彼女たちは、もしかすると、なぜ俺たちが過去から連れて来られたか知っているかもしれない。知っていてアノジに加担している可能性もあるのだ。

 もし天人に挑むなら、彼女たちは敵になるかもしれない。

 だが俺は彼女たちとは戦いたくない。絶対に。

 特に、鈴蘭に対して特別な感情を抱いてしまっている。死んでほしくない。もし彼女を殺そうというものがいれば、俺はそいつと戦うことを選ぶ。これは理屈じゃない。とにかく生きていて欲しい。それだけだ。


(続く)

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